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第百十一訓 無理強いするのはやめましょう

 「ふぅん……そういう事だったんだ」


 話がややこしくなりそうなのでと、ミクには少し離れたところに居てもらってから、自分にかかった冤罪を晴らそうと俺が語った経緯説明を聞いた立花さんは、険しい表情をやや緩めた。


「つまり、今日の事はソータも全然知らなくて……全部ミクさんが仕組んだドッキリだったっていう事なの?」

イグザクトリィ(その通りでございます)……」


 俺は、立花さんの誤解が解けた事にホッとしながら大きく頷く。

 そんな俺に冷ややかな目を向けながら、立花さんは大きな溜息を吐いた。


「はぁ……ていうか、なんであたしがソータの誕生日会に出る事がドッキリになるのさ?」

「それは……じ、自分も良く分からんとです……ハイ……」


 立花さんの問いかけに、俺は曖昧にとぼける。

 ここで正直に『ミクは、俺と君がカップルとしてお似合いだと思い込んでて、俺たちを付き合わせるきっかけにしようとしたからです』と答えようものなら、彼女からどんなリアクションが返ってくるか分かったもんじゃない……。

 ここは、俺も知らないフリを決め込むのがベターだろう。


「ふぅん……ヘンなの」


 幸い、立花さんは訝しげに首を傾げたものの、それ以上追及しようとはしなかった。

 俺はホッと胸を撫で下ろしながら、今度は自分の頭に浮かんだ疑問を彼女にぶつける。


「……つうかさ、君の方は? なんで、こんな所に居るんだよ?」

「それは……」


 俺の問いに、立花さんは当惑するような表情を浮かべ、チラリとウチの玄関の前に立っているミクの方を見てから、ポツリと答えた。


「ミクさんに料理を教わりに……」

「……料理を?」

「うん」


 訊き返した俺に、彼女は気まずげに目を伏せながらコクンと頷く。


「ほら……この前、あたし、失敗しちゃったじゃん。ハンバーグとスクランブルエッグ……」

「あ、ああ……まあ」


 彼女の言葉に、一か月前に味わった“ハンバーグ”という名の暗黒物質(ダークマター)の食感と味を思い出した俺は、やにわに胃がキリキリと締め付けられるように痛み始めるのを感じ、思わずみぞおちを押さえた。

 と、その時に彼女から頼まれた事も併せて思い出す。


「そういえば……なんか、俺の家で練習したいとか何とか言ってたような?」

「……うん、言った」


 俺の言葉に再び頷いた彼女は、浮かない表情を浮かべながら「でも……」と言葉を継いだ。


「そうは言っても、やっぱりもうちょっと上達してからにしたいなって思ってて……。いくら平気だったって言っても、またシュータに胃薬をガブ飲みさせちゃうのは悪いなあって……」

「あ……胃薬ガブ飲みは確定なんすね……」


 俺は頬を引き攣らせる。

 ……とはいえ、どうやら彼女なりに俺の健康を気遣ってくれていたようで、それはちょっと嬉しい。

 と、立花さんは、俺の家の隣に建つミクの家に目を向けながら、再び口を開いた。


「それで、どうしよっかなって迷ってたら……この前、ミクさんから連絡をもらったの。『今度の日曜日に、私の家でお料理の特訓をしよう』って……」

「あぁ……それでか」


 立花さんの話を聞いて、俺の疑問は氷解した。

 一方の立花さんは、不満げに口を膨らませる。


「なんか突然だったから、ちょっと変だなって思ってたんだけど……」

「えへへ、ごめんね、ルリちゃん」


 ぶすっとする立花さんに、ミクが近付きながら謝った。


「せっかくだから、颯大くんだけじゃなくて、ルリちゃんの方にもビックリしてもらいたくて黙ってたの。どうだった?」

「まあ……確かにビックリはしましたけど……」


 憮然としながら、立花さんはしぶしぶと頷く。

 と、そんなふたりのやり取りを横で聞いていた俺の脳裏に、さっきチャイムが鳴った時にチラリと見た母さんが浮かべていた満面の笑みが浮かんだ。

 まさか……と思いながらも、俺はミクにおずおずと訊ねた。


「なあ……もしかして、このドッキリを考えたのって、お前じゃなくて――母さんの方か?」

「あれ? なんで分かったの?」


 俺の問いかけに、ビックリした顔で目を丸くするミク。

 その顔を見た俺は、「やっぱりか……」と頭を抱える。

 だよなぁ……こういうサプライズが大好きだもんな、母さん……。


「はぁ……」


 俺は深く溜息を吐くと、自分の母親の悪だくみの犠牲者である立花さんの方に顔を向け、深く頭を下げた。


「……ゴメン、立花さん。ウチのバカ親が勝手に仕組んだ事とはいえ、変な事に巻き込んじゃって」

「……もう、別にいいよ」


 俺の謝罪に対して、立花さんは諦め顔でかぶりを振る。


「ソータは全然知らなくて、ミクさんとアンタのお母さんのお膳立てだったんでしょ? じゃあ、アンタが謝る事ないじゃん」

「ま、まあ……そりゃそうなんだけど。一応、俺の誕生日会が絡んでるし……」

「そういえば、これから誕生日会だって言ってたね……」


 立花さんは、思い出したように言った。

 と、ミクがニコニコと笑いながら声をかける。


「ルリちゃん! 一緒に行こ、颯大くんのお誕生日会!」

「え……」

「おい、ミク!」


 突然のお誘いに戸惑いの表情を浮かべる立花さんを見かねて、俺が口を挟んだ。


「もういいって。これ以上、立花さんに迷惑をかけるなよ」

「だから、ドッキリのお詫びがてら、いっしょに楽しもうって……」

「楽しくなんかないだろ、他人(ひと)()の誕生日会なんかに参加してもさ」


 ミクの言葉に、俺は苦笑いを浮かべながらフルフルと首を横に振る。

 そんな俺の言葉に、ミクは表情を曇らせた。


「でも……真里さんも、ルリちゃんに会えるのを楽しみにしてるし……」

「母さんには、後で俺から言っとくよ。『変なイタズラで他人に迷惑をかけんじゃねえ』って付け加えてな」


 俺は、断固とした口調で言う。


「悪いだろ? 行きたくもないのに、こっちの都合で無理やり――」

「……別に、行きたくないなんて言ってないじゃん」

「へ?」


 不意に上がった声に、俺はビックリして振り返った。

 憮然とした顔をした立花さんが、ため息混じりの声を上げる。


「……もう、『乗り掛かった舟』だよ。こうなったら、とことんアンタのお母さんとミクさんの仕組んだドッキリに付き合ってあげる」

「え、マジ……?」

「何さ? あたしが誕生日会に出るのは嫌なの?」

「あ、いや……め、滅相も無いデス……」


 ギロリと立花さんに睨まれた俺は、戸惑いながらも、慌てて首を左右に振るのだった。

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