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第百十訓 ドッキリはほどほどにしましょう

 「……へ? な、なんで? 何で立花さんが、ここに……?」

「……ッ!」


 思いもかけない人物の出現に驚き、思わず目を丸くしている俺を見上げるや、立花さんは慌てた様子で踵を返した。

 そのまま脱兎のように駆け出そうとした彼女だったが、


「あーっ、ダメだよ、ルリちゃん!」


 すかさずミクが彼女の前に立ちはだかる。

 ミクに進路を妨げられ、止む無く急ブレーキをかけた立花さんは、不満と当惑が入り混じった声を上げた。


「あの……何なんですか、コレ? あたし、聞いてないですよ?」


 俺に背中を向けた立花さんの表情は分からないものの、ものすごい渋面を浮かべているであろう事は、その声色からも容易に想像できる。

 一方のミクは、小さな全身から憤懣のオーラをスーパーサ〇ヤ人のように放っている立花さんを前にしても、全く物怖じせずにニッコリと微笑んだ。


「うん、そりゃ、聞いてないよね。だって、ルリちゃんにも言ってないもん、今日の事は」

「な、なんで言ってくれないんですかッ?」

「そりゃもちろん、サプライズだからだよー」

「さ、サプライズ……?」


 ミクの答えを聞いた立花さんが、唖然とした声を上げる。

 そんな彼女に、ミクは更にニコニコする。


「ね、ビックリしたでしょ?」

「ま、まあ……そりゃ……」


 ミクの問いかけに、立花さんはぎこちなく頷いた。


「いきなり『お隣さんちに挨拶に行こう』って言われたから、意味も解らないままとりあえずついてきましたけど……まさか、その隣の家からソータが出てくるなんて、思いもしなかったから……」

「あれ、言ってなかったっけ? 私と颯大くんの家が隣同士だったって?」

「『近所に住んでる幼馴染』とは聞いてましたけど、隣同士だとは聞いてません!」


 白々しく首を傾げるミクに、ムッとした声を上げる。

 ……っていうか、今のミクのリアクションで分かった。

 俺と自分の家が隣同士だって事、わざと伏せてたな、ミクの奴……。

 それを悟った途端、俺の頭の中で、色々なものが繋がった。


『……真里さん。大丈夫ですって。そうちゃんにも、ちゃんといい相手が出来そうですから』

『本当に……ルリちゃんと付き合いたいとか思わない?』

『そうかなぁ? お似合いだと思うんだけど……』


「はぁ……そういう事か」


 俺は深い溜息を吐く。

 そして、ミクの元に歩み寄ると、立花さんに聞こえないように声を潜めて言った。


「お前……俺と立花さんをくっつけようとして仕組んだんだろ?」

「うふふ……それはどうかなぁ?」


 口ではとぼけるミクだったが、その口から漏れる含み笑いで本心はバレバレだ。

 俺は呆れ顔を浮かべながら、更に大きな溜息を吐く。


「あのさあ……この前も言っただろ? 俺と立花さんがそういう関係になる事なんて、絶対にありえないって。だから、お前が何を仕組んでも無駄だぞ」

「え~?」


 俺の言葉を聞いたミクが、不満げに頬を膨らませた。

 そして、その黒目がちの目を真っ直ぐ俺に向けて尋ねる。


「なんで? ルリちゃんの事、そんなに嫌いなの?」

「い、いや……別に、嫌いって訳じゃないけど……」

「じゃあ、別にいいじゃない。ルリちゃん、いい()だよ?」

「そ……」


 思わず『そうかぁ?』と口走りかけたが、すんでのところで踏みとどまった。

 ……まあ、確かに悪い()ではないとは思うけど、かといって、いい()だとも一概には……。

 俺はそう思いながら、ぶるぶると首を左右に振りながら、キッパリと言い放つ。


「と……とにかく! 俺と立花さんが、お前の思ってる通りになるような事には120パーセントならないから! だから、妙な気と策謀を回さない事、いいな!」

「なんでそんなに頑ななの?」


 俺の断固とした態度に怪訝な表情を浮かべるミク。

 と、彼女は何かに気付いたようにハッと目を大きく見開いた。


「あっ、もしかして……ルリちゃんに、もう好きな人がいて、そうちゃんはその事を知ってるとか?」

「え、え~っと……」


 ミクに尋ねられた俺は、思わず返答に詰まる。


(……鋭い。当たってるよ、ミクさん……)


 彼女は基本的には鈍感だが、時々妙に勘が鋭い事がある。

 そして、こういう時に限って、その勘の良さが発揮されるのだ。

 ……ものすごく困った。

 正直に『立花さんが好きなのは、あなたの彼氏なんです』なんて、とても言えないし……。


「ねえ? そうなの、そうちゃん?」

「そ……それは……」


 結局、目を輝かせながら訊いてくるミクを前に、俺は気まずげに視線を逸らすしかない。

 ――と、


「……おい」

「ぐえぇっ?」


 ドスの効いた低い声が聞こえたと思った次の瞬間、シャツの襟首を思いっ切り引っ張られた俺は、潰れたヒキガエルの断末魔のような悲鳴を上げながら大きく仰け反った。

 慌てて首を巡らせると、“ザッツ・ア・虚無”といった表情をした立花さんが、すっかりハイライトの消えた瞳で俺の事を睨みつけていた。

 彼女は、俺の襟首をギリギリと締め上げながら、抑揚のない声を上げる。


「……答えろ。これは一体、どういう事だ?」

「た、立花さん……お、落ち着いて……ぐ、ぐええ……っ! ぎ、ギブギブ!」


 ますます強く力が加わり、徐々に気管と頸動脈が締まっていくのを感じながら、俺は必死で立花さんの腕をタップした。

 ぐ、(ぐる)じいっ……!

 ……い、いや、だんだんと感覚が鈍くなって、逆に心地よく――


「ルリちゃん! そ、そのくらいにしてあげて! そうちゃんの顔色が紙みたいに……!」

「……あ!」


 対岸で死んだじいちゃんが手を振っている大きな川を、もう少しのところで渡り切ろうとしていた俺は、ミクのレフェリーストップによって、間一髪のところで現実世界へと引き戻されたのだった……。

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