第百四訓 伝言は正確に伝えましょう
「あ……そういえば」
久々のミクとの通話ですっかり舞い上がっていた俺は、彼女 (ついでに実家)に伝えておかないといけない事があったのを思い出した……あんまり言いたくないんだけど。
俺は、脳裏に浮かんだ一文字のドヤ顔に溜息を吐くと、しぶしぶ口を開く。
「日曜日なんだけどさ……同じ大学の知り合いも連れて行くからって、母さんに言っといて」
『えッ?』
俺がそう告げた瞬間、受話口の向こうからミクの驚いた声が聴こえてきた。
『同じ大学の知り合いって……ひょっとして、そうちゃんのお友だ――?』
「違うよ」
なぜか少し弾むミクの声を断固とした口調で遮った俺は、電話越しで彼女から見えないのをいい事に、思いっ切り顔を顰めてみせる。
「断固として友達なんかじゃねえよ。アイツは――」
『じゃ、じゃあ、まさか……そうちゃんの彼女さん?』
「ンな訳無えだろうがああああっ!」
俺は、ミクの口から出た『彼女』という単語に背筋が凍るのを感じながら、激しくかぶりを振って声を荒げた。
「か、彼女なんかじゃねえよ! つか、そもそも、アイツは男だ!」
『お、男? ……あ、そういう……』
俺の言葉にミクは驚いたようだったが、すぐに納得したように呟くと、慌てた声で言葉を継ぐ。
『あ! だ、大丈夫だよ、そうちゃん! まさか、そうちゃんが男の人を好きな人だって思いもしなかったから、かなりビックリしちゃったけど……私はそうちゃんとカレシさんの恋を応援す――』
「違ああああああああああうっ!」
俺は、とんでもない勘違いをしたミクに、あらん限りの声で叫んだ。
「お、俺が男を好きな訳無えだろうがッ! 俺が好きなのはおま……お、女だよ!」
危なッ! 勢いあまって告白しかけそうになった……。
すんでのところで『お前』から『女』へ無難に言い換える事が出来た俺は、ホッと胸を撫で下ろしながら言葉を継いだ。
「あ……アイツは、カレシでも友達でもない……ただの同級生の知り合いだよ! その……色々あって、話の流れで連れて行く事になっちゃっただけで……」
『あぁ……そうなんだ』
俺の説明を聞いたミクが、安堵ともガッカリともつかないような響きを含んだ声を上げる。
…………ガッカリ?
『――分かった。じゃあ、真里さんにも伝えておくね。そうちゃんが、お友達をひとり連れてきます~って』
「いや、だから……友達じゃなくて、ただの知り合いだって……」
辟易としつつ、ミクの言葉を訂正する俺。……まあ、ホモだって誤解は解けたようだからいいか。
……と、ミクが訝しげな声を上げた。
『って、そのくらいだったら、自分で伝えればいいじゃない? 真里さん、この前も「颯くんが連絡してくれない~」って悲しんでたよ?』
「だって……連絡したら、最低三十分は拘束されるんだもん……」
俺は、この前の学生食堂での長電話を思い出しながらぼやく。
「それに……もし、俺が『知り合いを連れて行く』なんて伝えたら、さっきのお前みたいなやり取りを十倍ぐらい濃厚にしたリアクションが返ってきて、訂正するのがめちゃくちゃ面倒くさそう……」
『ああ……それはちょっと分かるかも……』
ミクは、俺の言葉に苦笑を漏らした。
『分かった。じゃあ、私から真里さんに伝えておくねー。「お友達もいるから、ご馳走を多めに作っておいてってそうちゃんが言ってた」って!』
「だから、『お友達』じゃねえっつうのに……」
俺は、ミクの声に溜息を吐きつつ、不承不承頷いた。
「まあ、いいや……。じゃあ、それで頼む」
『うん!』
諦め交じりの俺の言葉に元気よく返事をしたミクは、『あ……』と、何かに気付いた様子で声を漏らす。
『結構長電話しちゃったね。私、お出かけの準備をしなきゃ。そろそろ切るね』
「あ……う、うん。分かった」
正直、ミクとだったら、このままいつまでも電話し続けていたいところだが、出かける用事があるのだったらしょうがない。
俺は名残惜しさを感じつつ、ミクに言った。
「じゃあ……また、日曜日に」
『うん! 久々にそうちゃんと会えるのを楽しみにしてるね!』
「う、うん。俺も……」
“俺と会う事を楽しみにしている”というミクからの嬉しい言葉にだらしなく鼻の下を伸ばしながら、俺も電話を耳に当てたまま頷く。
『じゃあね~』
「う、うん……また」
最後に挨拶を交わした後、“ポロン”という合成音が鳴って、LANE通話が切れた。
少し寂しい気持ちになりながら、俺も液晶画面の『切断』ボタンをタッチする。
「ふぅ……」
俺は、まだ少し早い鼓動を鳴らす左胸に手を当てながら、通常の友だち一覧リストに戻ったスマホの画面に目を落とした。
友だち一覧リストには、ミクの他にも数人のアカウントが並んでいる。
その中には、今のミクとの話に出てきた母さんや一文字のアカウントもある。
そして、その下には――。
「……そういえば」
俺は、ふとひとつのアカウントに目を留めると、その“RULLY”と記されたアカウントを何の気なしにタッチしてみた。
すぐに“RULLY”のトーク画面が開く。
「……何にも無い、か」
トーク画面を一瞥した俺は、そう呟いた。
表示されたトークの履歴は、十日前に交わした『今日から期末テストマジだるい』というRULLYのメッセージと、それに対する俺の『がんばれ!』というセリフが付いた猫キャラのスタンプのやり取りで止まっている。
それを確認した俺は、
「……ま、そりゃそうか」
と苦笑いした。
一瞬だけ、誕おめメッセージが来てやしないかと思ったのだが、ただの杞憂だったようだ。
……つか、そもそも立花さんが俺の誕生日を知っている訳が無いのだから、来るはずが無いのは当然だ。
「それなのに、何でメッセージが届くと思ったかな、俺……」
俺はそう自嘲げに呟くと、電源ボタンを押してスリープさせたスマホをテーブルに置いた。
そして、相変わらずつまらない情報を垂れ流すテレビをぼんやりと眺めながら、
――なぜか、少し落胆していた。




