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第百二訓 誕生日に過度な期待を抱くのはやめましょう

 それから二日経ち、俺は誕生日を迎えた。

 遂に二十歳という、大きな人生の節目を越えたわけだ。

 朝の九時に目が覚めた俺は、ベッドの上に半身を起こして、眠い目を擦りながら一つアクビをしてから――、


「おっしゃ、二十歳だ! 今日からは、成人(オトナ)の本郷颯大だぜ、ひゃっほーい!」


 と叫んで万歳三唱! ……とはならなかった。

 別に二十歳になったからといって、急に目に見える景色がバラ色に染まるような事は無く、寝起きが劇的に変わった訳でも無い。

 顔を洗う為に向かった風呂場の洗面台の鏡に映った顔も、昨日までと何ら変わらない。跳ねた寝ぐせも寝ぼけ眼も、薄っすらと生えたヒゲも、いつも通りの見慣れた冴えないツラのままだった。


「こんなもんか……」


 俺は、生温い水で顔を洗い、濡らした指で寝ぐせを撫でつけながら、やや拍子抜けた気分で呟いた。

 なんか……子どもの頃は、何となく『二十歳になるって、ものすごい事なんだろうな』って思ってたけど、実際に二十歳を迎えたら、そんな事は全然無かったよ。

 昨日まで(未成年)の俺と今日(成人)の俺で、何かがガラリと変わったなんて事は全く無い。

 いつもの朝だし、いつもの俺のままだった。


 まあ実際、齢がひとつ変わっただけで、その他は一切何も変わっていないのだから、生活や外見に変化が無いのは当たり前なんだけどさ……。


 ――大人になってからの誕生日なんて、案外味気ねえもんだな。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 顔を洗った俺は、台所の冷蔵庫を開けてコーヒー牛乳の紙パックを取り出してコップに注いだ。

 そして、コップになみなみと注いだコーヒー牛乳が零れないように注意しながらリビングへと移動し、ローテーブルの前に腰を下ろす。

 それから、朝食用として昨日のうちに買って、テーブルの上に置いておいたチョコクロワッサンの封を開けながら、リモコンでテレビの電源を点けた。

 そして、テレビから流れるくだらないワイドショー番組のMCの声をBGMに、左手でスマホを操作して掲示板サイトの面白そうなスレッドを探して読みながら、質素な朝食を摂る……というのが、俺のいつもの朝ローテであり、それは誕生日だろうが変わらない――()()()()()


「……わっ?」


 コーヒー牛乳を飲もうとした俺は、一旦テーブルの上に置いたスマホが急に鳴動し始めた事に驚きの声を上げた。

 どうやら、LANE電話の着信が入ったらしい。


「……母さんかな?」


 そう呟きながら、俺は軽快な電子音を奏でながら小刻みに震えているスマホを手に取り、液晶画面に表示されたアカウント名に目を落とした。

 ――次の瞬間、俺の心臓が、肋骨を突き破らんばかりに勢いで跳ね上がる。

 黒地の着信画面に白抜きで表示された『MIKU-chan』というアカウント名が目に入ったからだ。


「み……ミクから?」


 俺は、思わぬタイミングでの想い人からの着信に激しく動揺しつつ、鳴動するスマホと同じように小刻みに震える指先で緑の『通話』ボタンをタップした。

 そして、一拍おいて動悸と息を整えてから、出来る限り平静を装ってスマホを耳に当てる。


「も……も、もしもし?」

『もしもし~! そうちゃんですかー?』

「……!」


 スマホの受話口(レシーバー)から聞こえてきたミクの声を聞いた瞬間、俺の心拍数は更に一段上がった。

 この前、藤岡や立花さんと一緒にこの家に泊まりに来て以来、数週間ぶりに聴く想い人の声に、俺の心と心臓は高鳴る。

 ドドドドドドドドド……と、まるでジョ〇ョの擬音のようなビートを刻み始める左胸を右手で押さえながら、俺は口を開いた。


「う……うん。み、ミクか?」

『うん、そうだよー。っていうか、私のLANEIDから電話してるんだから、私に決まってるでしょ~』

「ま、まあ……そういやそうだな」


 くすくす笑いが混じったミクの言葉に、頭を掻きながら俺も苦笑いを浮かべる。

 そのおかげで、少しだけ心に余裕が生まれた俺は、さっきよりは落ち着いた声で彼女に尋ねた。


「つ……つうか、こんな時間に電話してくるなんて珍しいな。どうした? なんかあったのか?」

『あれ? ひょっとして、忘れてる?』


 俺の問いかけに、ミクの声に怪訝そうな響きが混ざる。


『いや……今日はそうちゃんのお誕生日だよ? ……あれ? ひょっとして、私が間違えちゃった?』

「あ……いやいや!」


 焦った様子のミクの声に、俺は慌てて声を上げた。


「み、ミクは間違えてないよ! そ、そうだった! 確かに今日は、俺の誕生日だった!」


 朝っぱらから自分の誕生日に思いを馳せてアンニュイな気分になっていた事など忘却の彼方に置き去って、俺はわざとらしく声を上ずらせてみせる。


「い、いや~、うっかり忘れちゃってたよ、俺! あ、あはははは……!」

『あぁ、良かった~』


 わざとらしく馬鹿笑いする俺の耳に、安堵した様子のミクの声が届いた。


『そうちゃんに「なんかあったのか?」って訊かれたから、てっきり、私の勘違いかと思っちゃった』

「あ、いや、その、ゴメン」

『あ、ううん! なんでそうちゃんが謝るの?』

「い、いや……まあ、何となく」


 ミクに訊き返されて、俺は困ったように言い淀む。

 そんな俺の答えに、ミクは鈴を転がすような声で笑い、言葉を継いだ。


『だから……そうちゃんにお祝いを言おうと思って電話したんだ』

「あ……そ、そうなんだ」


 ミクの言葉を聞いた俺の胸の鼓動のテンポが、更に早くなった。

 そんな俺の動揺と高揚にも気付かぬ様子で、ミクは弾んだ声で俺に言う。


『えと……お誕生日おめでとう、そうちゃん!』


 ミクの祝福を聞いた瞬間、スマホに当てた頬がみるみる熱くなっていくのが分かった。

 多分、今の俺の顔を鏡で見たら、シャ〇専用ザクよりも鮮やかな……ラ〇デン専用高機動型ザク並みの紅一色で染まっている事が分かっただろう。


「え……ええと、その……あ、ありがと、ミク」


 俺は、嬉しさで胸がいっぱいになるのを感じながら、たどたどしくお礼を告げるのだった。


 ――前言撤回。

 味気ないなんて、とんでもない。


 誕生日って、最高オオォォォォォ~ですッ!

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