モブはお家に帰りたい!
◇◇◇
「何だかんだ、世話になったな。お前たちが居なかったら、隊員たちも積荷もどうなっていたか……」
「ほんとにいいの? 次の街まで載せてあげられるけど?」
ヤクの背をさすり、リゾンとサンディが俺たちに言う。他の隊員達は、もう出発の準備万端だ。
「何度も言うけど、大したことはしてないよ。それに、私たちはまだまだ見たいところがあるからね。ゆっくり歩いて行くさ」
俺はあくまで旅の薬師として答える。
「師匠!」
荷台からコブとロッチが顔を出す。
「もう会えないなんてこと……ないよな?」
「トモエさん、セレーネ。寂しいよう……」
二人の顔は暗い。たった三日ほど一緒にいただけなのに、随分と懐かれてしまった。俺は二人にそっと近づいて、小さな声で囁く。
「二人とも、私との秘密……忘れるなよ。魔女の契約は、“絶対”だからね」
俺が“魔女”だという設定は、コブとロッチにしか話していない。もっとも、それも“嘘”だが。
「ああ、任せろい! 商人の口は固いんだ! 恩人の身を危険に晒すことなんかできるもんか!」
「ふふ、頼もしいね」
「あの、あの……セレーネ……ぼく」
「ロッチ!」
セレーネが、ぴょんと跳ねてロッチの膝に飛び乗る。
「また会えるわよ! それに、困ったことがあったら吠えなさい。アオーーンって。わたし、耳がいいの! その声を聞いたら、すぐ助けに飛んでってあげる!」
そう言って、小さな身体でロッチの首に抱きついた。ロッチもそれを抱き返す。
「あう……。わかった」
そういえば、この小さな冒険は確かにセレーネの耳から始まったんだった。案外、本当にまた会えるかもしれない。なんて、そんな風に思った。
「さあ、子ども達。もうお別れよ。陽が高いうちに次の村まで行かないと。他の仲間達にも追いつけなくなっちゃう」
サンディが促し、俺たちはそっと荷台を離れた。
「じゃあな、トモエ。また会おう」
リゾンはヤクに跨ると、思い出したように口にする。
「あ、そういえば……」
「トモエ、お前はオルタンザの王族と付き合いがあるのか?」
唐突な問いに、俺は一種何を言われたかわからなかった。
「え……いや、ないですけど」
半ば硬直気味にそう返すと、リゾンは少し悩んだ様子を見せてから、セレーネの胸に掛けてある“友の証”を指差す。
「その宝石は、ここから西にあるオルタンザの王族が婚姻に用いる物と似ている。昔、西回りの護衛をやってな。貴族の行列も何度か見た」
淡い紫色の宝石に白銀色のツタが絡みついたようなデザイン。良いものだとは思っていたが、まさか王族由来のものだとは……。
「意匠といい、相当良いもののようだが、あまり見せびらかさない方がいいかもしれん。変な疑いをかけられてもつまらんからな」
「ああ、ご注告ありがとう。知らなかったよ。これは古い遺跡で見つけたものでね。もしかすると、何か縁があるのかもしれない」
少し悩んでそう答えた。
「そうか……。あ、いや、疑ってるわけではないぞ!? 気を悪くしないでくれ。ただ、こういう仕事をしていると目利きがな……つい」
「いいんだ。私は薬以外のことにはとんと疎くてね。助かるよ」
俺は素直に感謝の言葉を述べて微笑み返す。気のせいか、リゾンの頬は赤い気がする。
「ごほん。まあ、本当に世話になったからな。恩人の旅の安全を心配するくらいはさせてくれ……それともし──」
「父さ〜ん。ちょっと話が長いんじゃないの〜?」
まだ何かリゾンが言いかけたが、途中でニヤニヤと笑みを浮かべたサンディが割り込む。
「いや、なんでもない! なんでもないぞ! サンディ、準備は?」
「バッチリよ! ねえみんな!」
「オッス」「こっちもいいぞ〜」
サンディの確認に、隊員から合図が返る。彼女がヤクの尻を軽くたたくと、リゾンの乗ったヤクは一歩ずつ足を進めた。
「トモエさん」
静かにサンディが歩み寄り、少しだけ真剣な顔で俺を見つめると、抱きしめてきた。
「本当に……ありがとう、ございます。……何もかも……」
その声は、少し震えていた。
本当は、彼女は全部わかっていたのかもしれない。ずっとずっと怖くて、仕方なかったのかもしれない。
ウロボロスは、記憶は再構築できないから。
「いいんだ……頑張ったな」
俺はその身を抱きしめ、背をさすりながら優しくそう返した。しばらくそうしていたが、サンディはゆっくり俺から離れると、再び真剣な眼で口を開いた。
「このサンディ──いえ、カサンドラは、受けたご恩は忘れません。いつか、必ず報います」
そう、彼女は本当はカサンドラだ。みんなからは愛称でサンディと呼ばれているだけ。それは、《鑑定》で最初から知っている。
「ふふ。わかった」
「あ! なんで笑うんですか!」
「い、いや。昨日のテントの中での一幕を急に思い出しちゃって……」
「あ! アレはセレーネさんが悪いんですよぅ!!」
「なになに〜?」
「ああもう! ややこしくなるから来ないでください!」
ドタバタと賑やかにしている俺たちを見て、隊員の一人が声をかける。
「おーい、サンディー。置いてくぞ〜」
「あ、待ってよキール! 乗る乗る! 乗るから〜」
最後の荷馬車に飛び乗りながら、サンディは最後、俺たちを振り返った。
「必ず、また会いましょう! 私の“勇者さま”!!」
そう言って彼女は、耳まで赤くして前を向いた。
日の昇る方へ馬車は進む。鳥の群れは舞い上がり、草原を吹く風は心地よい。俺はその背を見送ると、仲間たちを振り返って言った。
「ぶっはぁ〜。もう無理ぃ〜。いったんおうち帰るぅ〜」
足腰がカクカクと震える。
「だ、大丈夫!? トモエ!」
そう、何日もお家を離れて行動するなんて、俺にはまだ早かったのだ。なんせ、前世はほぼ引き篭もってたからね!
◇◇◇




