二十五話 帰った先は、ただの地獄
リリィは王都にある、生家に帰っていた。
立派な屋敷だが、出迎えるものは誰もいない。けれど、その不自然は気にもとめず、すたすたと奥へ奥へと進んでいく。
――胸中で独りごちながら。
(相変わらず、気持ちの悪いところ)
久しぶりに足を踏み入れた、屋敷。
ここは、自分が生まれ育った場所であるはずなのに、リリィはそんな感想しか抱かない。
父の研究室でもある生家は、醜いビュティア王国のなかでも一際穢れて見えた。
旅立つ前に連れて行かれた、あの王城といい勝負だ。
何から何まで、愛しい彼のいた場所とは大違いだと、リリィは目を細める。
(カラールのお家は、綺麗だったな……)
記憶に残る、親子が暮らしていた森の家も。今の彼が暮らす、あの家も。
綺麗で、あたたかくて、いい匂いがして……――これ以上無いくらい幸せだった。
幸福を絵に描いたようなあの場所に、二度も自分を招き入れてくれた事が、本当に嬉しかったのだと、リリィは口元に弧を描く。
――こんな自分を受け入れてくれた彼が、誰よりも何よりも大切だと、心の底から思っている。
(だから、ね……カラール……)
リリィは、赤い両手を見下ろす。
愛する人の血で濡れた、自身の両手。さきほどまでは、とてもあたたかかったのに、今はもう冷えてしまった。
手を繋がれているような感覚に浸っていられた時間は短かった。
残念だと名残惜しみつつ、魔王の元へ送ったカラールは、無事傷を癒やしただろうかと考えた。
いきなり転移してきた血まみれのカラールを見て、あの魔王は驚くだろう。けれど、すぐに彼の傷を治すはず。
(…………むかむかする……)
自分で作った切っ掛けなのに、想像すると腹の底からぐつぐつと煮え湯だった感情がわき上がってくる。
(……でも、しょうがない。……これは、必要な事、だから)
自分を置いて、父と会おうとしていたカラールを、見逃すわけにはいかなかった。
そう自分を納得させつつ、リリィは眼前に迫った扉を押し開く。
「よぉ、遅かったじゃないか、勇者様よ」
「どこかに行くなら、ちゃんと報告してよ! おかげで、しばらく探し回ったんだよ!」
「神に懺悔なさい。貴方には、勇者であるという自覚が足りません」
通路を塞ぐように化け物が三体、待ち構えていた。
どこかで見たような……と記憶を辿り、リリィはようやくそれらしき者達を思い出した。
魔王を倒すための仲間。たしか、そういう名目で引き合わされた者達だった。
三体……いいや、三人から投げかけられる言葉は、あたかもリリィを待っていた風だが、にじみ出る殺気は隠せていない。
(馬鹿みたい)
――自分を害するために待っていた、というのが正解だろうと、リリィは一度止めた歩みを再開した。
「どいて。わたし、お父様のところへ行かないといけないの」
「そうは行かない。――公爵様は、たいそうお怒りだ。ちょっとオイタが過ぎた娘に、仕置きしてくれって頼まれてるんだ」
「アタシ達だって、本当はこんな事したくないんだよ? でも、リリィが勝手にいなくなったりするから……!」
「貴方は勇者。庇護すべき人間に、抵抗は出来ないように躾られている。そうですね? ですから、粛々と罰を受け入れなさい」
本当に、馬鹿みたいだ。
リリィは笑って、腰の剣を抜いた。
「あが?」
「うぇ?」
「ぎゅ?」
奇妙な鳴き声を一つあげ、化け物達の体が真っ二つになった。
何が起こったか分からないまま、三体の……、一時はともに旅をした彼らは、死んだ。
他でもない、勇者リリィの手によって。
「化け物は……。醜い化け物は、みんなみんな消さないと。そうでしょう?」
冷たく暗い双眸で、肉塊を見下ろしたリリィは、そう言い捨てると、愛する人の血がこびりついた自身の手に頬ずりした。
「……だって……カラールの世界に、醜い化け物なんて必要ないもの……」
ふふ、と小さな笑い声がこぼれる。
「――待っててね、お父様。…………貴方を殺せば、カラールの世界は、うんと綺麗になるに違いないから……!!」
そしてリリィは、転がる亡骸には見向きもせず、奥へと続く扉を押し開いた――。




