シェル 2
50メートル走のトラックぐらいの長さを、一秒で飛ぶ。
引き絞った弓から放たれた矢は空を裂き、豚の額に深々と突き立った。魔物は地面に倒れ伏す。自分の身に何が起こったのかもわかっていないだろう。
「これで、六匹目――」
あたしが勝手に豚と呼んでいるだけで、頭から矢を生やして地面に転がっているこいつは魔物だった。豚の癖して偉そうに腰みのを巻き、棍棒を持って二本足で歩く図体のでかい魔物である。
ステータス画面を開けば、おそらくオークだとか種族名が表示されるだろうが、興味がないので調べたこともない。
(慣れれば、案外簡単だな、魔物狩りって)
魔力感知スキルがあるから、敵がどこにいるかは丸分かりだった。
隠身スキルを使うまでもなく、遠距離から必中の弓を急所にぶち当てて一方的に魔物を殺していく。敵に気づかれずに狩りが終わることの方が多かった。気分はちょっとしたスナイパーだ。
(うん、悪くない買い物だったかも)
あたしはこのエルフの弓を作ったときのことを思い出す。
弓矢を作っているのは、鍛冶屋ではなく、そのまんま弓屋という店らしい。
あたしは裁縫屋のおばあちゃんに貰った小遣いを握り締めて、その弓屋へと赴いた。もちろん、端材を譲って貰うためである。
結論から言うと、交渉の末に端材と鉄屑を譲ってもらえたので、あたしは人目に付かないところで細工スキルを使い、一張りの弓を仕立てた。なんでも質のいいナントカっていう樹の端材だと細工屋の店長はドヤ顔を決めていたが、恩着せがましい上にがめつそうな顔をしていたので、あたしは早々に店を離れたのだった。
「ただで譲ってくれたわけでもないし、危険地域から木材を取ってきたのもあいつじゃないだろうに、使い物にならない廃材を売りつけただけで偉そうに振る舞うヤツだったなー」
小さい店で細々と弓を作ってる零細企業の社長の癖して態度がでかくて気に入らない。仕立屋のおばあちゃんと違い、あの男の前でスキルを使うのは良くないとあたしの勘が囁いていた。
ともかく、おばあちゃんに貰った小遣いはすべて使い切ってしまった。
「買えるだけの鉄と木材をくれって言ったのはあたしだけど、少しだけ残しておけばよかったかな?」
とはいえ、元はいい木材だったのは確からしく、細工スキルで弓を作るときにかなりのMPを消費した。
出来上がった弓を見て、あたしは機嫌を直した。あんな屑の木材から作ったとはとても思えない、飴色のつやつやとした光沢がある、ずっしりとした手ごたえの立派な弓だった。
「すげー。昔に見たファンタジー系の映画に出てきたな、こういうの。エルフが使ってた弓みたいだ」
弓をつがえずに弦を引き絞ってみたが、硬くて半分も引けなかった。それどころか、糸を引いた指が痛い。
「大丈夫かこの弓。ちゃんと矢、飛ばせるかな? それに手袋とかも作らないと」
あたしは仕立屋のおばあちゃんの店へととんぼ返りした。ちょっと弓を引いただけでこの痛さだと、布手袋では破れてしまうかもしれない。動物の皮が必要だった。
「ただいまー。ごめんねおばあちゃん、動物の皮みたいなのって余ってない?」
「あれまあ、見事な弓だこと。自分で作ったのかい? 何でも作れるのねえ」
あたしが片手に握っていたエルフの弓を見て、おばあちゃんは目を丸くして驚く。あたしがおばあちゃん用にと作ってあげた、細かな花の刺繍が入ったワンピースが、ハンガーにかけられて一番目立つ場所に飾られている。ショーウィンドウもマネキンもないけれど、机に置かれた銀箔みたいな色の鏡の前は、この店の特等席みたいなところだった。あたしはちょっと嬉しくなる。
「ここのところ、新しい革鎧の注文がなくてねえ。一着丸ごと仕立てられるほどの革は置いてないの。継ぎはぎ用の小さい革ならあるけれど」
「それで大丈夫。じゃあちょっとだけ貰うぜ、ばあちゃん」
あたしは裁縫スキルを使って、右手首まですっぽり入るような革手袋を作った。
手を通してみると、あたしの手のサイズにぴったりとフィットする。
「それは、弓懸のかわりかい? 中央区の仕立屋に行けば、しっかりした見本が見つかると思うけれど」
「いや、いいんだ。ちょっとレベル上げるまでの繋ぎだからさ」
レベル?と呟いて、おばあちゃんは首を捻った。
(そっか、ステータスを見れるのは転生者だけだっけ。現地の人は、レベルみたいな目安がないのか)
「気にしないで。それじゃちょっと、魔物倒してくるからさ」
「そりゃあ危ないわ。魔物はみいんなはしっこいからねえ、なかなか弓じゃ当てれんよ?」
「大丈夫、あたし弓も上手いんだ。ありがとねばあちゃん」
手を振って仕立屋を後にする。魔物がいる場所は聞いてあった。
転生初日にあたしが目覚めた南門の方ではなく、リングワールドの中心に向いた北門から外に出ればいい。街の近くには魔物はあまり出没しないらしいが、北の山の方へ登っていけばたくさん見つかるという。
エルフの弓を作ってから小一時間後、あたしは山に来ていた。様々な魔物の出没地帯らしいが、今のところ豚の姿しか見ていない。
ここは、いわゆる豚人の駐屯地であるようだった。
自然にできた洞窟を利用して、奥深い森の中に簡易な砦のようなものを建設したらしい。木片を地面に刺しただけのちゃっちい柵や、雨風を避ける屋根つきの小屋みたいなものが点々としている。
(初めて豚を倒したときは、衝撃的だったなあ)
まさか自分に、あんなことが出来ようとは思いもしなかったものだ。
魔物との初遭遇は、たった数分前である。
キャンプの中央に焚き火があって、何匹かの豚が、毛皮を剥いだ獣を炙っては食らいついていた。この世界に来てから初めて出会った、敵対的な魔物である。
(食い方汚ねえな。焼けたところを丸かじりしてまた火に戻して――料理の意味ねえだろ、それ)
特典である射術スキルがどれくらい有用なのかの検証も兼ねて、あたしは四本の矢を手に持った。焚き火を囲んでいる豚が三匹。近くで見張りまがいのことをしている槍持ちの豚が一匹。
できるだけ、素早くあいつらを全滅させよう――そう意識しながら、あたしは弓を引き絞った。もし矢の威力が足りなかったり、気づかれたりしたら、隠身スキルを使って逃げればいい。ここから焚き火までは、三十メートルは離れているのだ。
「え?」
勝手に腕が動き、矢が飛んでいった。
見張り役の豚に突き立つのと、あたしが二本目の矢をつがえるのと、どっちが早かっただろう。さも当然のごとく、槍持ちの豚の額に矢は突き立った。あたしが驚く間もなく、焚き火を囲んでいた三匹のうち一匹に次の矢が突き立つ。やっぱり額に刺さっていた。
あたしの腕は止まらず、心臓の鼓動にしてほんの数回の間に、残り二本の矢も発射された。もちろん、残った二匹の豚に命中している。一匹は額、二匹目は逃げようとしたので後頭部から矢が生えていた。
あっという間に、四匹の豚は全滅した。
「ははっ――ははは、すっげえ! なんだこれ、秒殺じゃん!」
途中から勝手に腕が動いたのは、射術スキルの恩恵だろう。
急所を間違いなく射抜き、それだけではなく連射もできるようだった。
「ははは、すげえなあ! これで銃なんか持った日にはどうなるんだ!?」
笑いが止まらなかった。弓でこれなのだから、銃を持てば百発百中だろう。
必ずヘッドショットが出る連射式の銃なんか持ったら、あたしは無敵に違いない。
あたしは飛び跳ねた。ハイテンションになってるのか、妙に身体が軽い。いや、気のせいではなく、本当に高く跳べている気がする。中学校の身体測定で、立ち幅跳びの記録は150センチだったが、今だったらその倍は跳べそうだった。そういえば、この世界に転生してからやけに身体の調子がいい。
「あ、ひょっとしてあれか!? レベルアップってやつか!」
あたしは自分のステータス画面を表示させた。もとは30だったレベルが、31に上がっている。基礎ステータスである敏捷が1上がって、14から15になっていた。
「すっげー。敏捷が1上がるだけで、こんなにも違うのか。身体がすげー軽い」
ぴょんぴょんと飛び跳ねているうちに、あたしの騒ぐ声を聞き付けてきたのか、
耳障りな叫び声を発しながらもう一匹、豚が近づいてきた。さっと矢をつがえ、さっと放つ。
例によって、豚の額に突き刺さる。豚は倒れる。もはや手慣れたものだ。
「ちぇ、レベル上がってないや」
ステータス画面のレベル表示は31のままだった。しかし、悲観することはないだろう。あたしの魔力感知スキルには、付近の山や洞窟の中に、魔物がうようよいることを感じ取っていた。
このペースでどんどん倒していけば、あっという間にレベルアップできそうだ。
土属性魔法の念動を使えるMP15に達するのも、そう遠くないことだろう。
楽しくなってきたあたしは、さらに山の中を進んだ。
道中で出会った豚を射殺していく。もう何匹殺したか覚えていない。
「よい、せっと」
あたしは、死んだ豚の頭を踏んづけて、矢を引っこ抜いた。最初は死体に触れるのが怖かったが、慣れればどうってことはない。あたしの作った鏃は先端が尖ってる、太い針みたいな矢だ。骨に刺さっても、力を篭めて引っ張れば抜ける。もっとも、そのままでは再利用はできない。
「ふう。いやあ、シューティングゲームみたいで楽しいなあ。撃った敵の悲鳴とか血しぶきがリアルで最初はグロく感じたけど」
ゲームセンターに、こういったファンタジー系のガンシューティングがないのはなぜだろう?
対ゾンビとか、銃撃戦みたいなのばかりではなく、弓で魔物を倒す台があってもよさそうなものなのに。
手持ちの矢が減ってきたので、死体から引き抜いておいた矢を材料に、細工スキルで再び矢を作る。一度使った、鏃に血糊がついている矢が、あっという間に新品に元通りだ。矢筒がわりに使っている籠の中がちょっと血で汚れてきたが、それすらもわずかなMPで新しく生まれ変わるのだ。
「やっぱ便利だなあ、チートスキル」
使い終わったボロの矢も、細工スキルで新品に作り変えれば何度でも使える。あたしは二十本ぐらいしか矢を作らなかったが、矢が足りなくなることはない。
魔物に刺さった矢を引っこ抜くという行為がちょっと面倒な上にグロいが、例え折れた矢であろうと再利用できるのだ。リサイクルと考えれば、実にエコである。
「地球に優しい女だなあ、あたしってば」
言ってから、ここは地球ではなかったし、別に矢を捨てたところで環境汚染にはならないのではと気づくが、まあ些細なことだろう。
「さて、次の敵は――左前方四十メートルってとこか」
魔力感知スキルのおかげで、半径一キロ以内の魔物はすべて居場所を特定できている。次の獲物へと向かい、あたしは山の中を進んでいった。
「なんだよ、つまんねえな。オークってぐらいだから、攫ってきた女をがっつんがっつんヤってるかと思ったのに」
友達から借りた本によると、オークとは性欲旺盛で、異種族の女を攫ってきて子を産ませるとか書いてあった。そういう展開を期待していたのだが、残念なことに、このオークキャンプには、人間を含めて、豚以外の生物がいる様子はなかった。
そういったものに興味がある年頃だ、とはどこの大人の言葉だったろうか。
確かに、ここ最近は性に関するあれこれに興味が湧いて仕方がない。教室で輪になり、ひそひそと小声でエロいことを話している同級生たちに混ざりたかったことを思い出す。
昔の不良用語で番長というのだろうか、みんなの顔役というか、グループの頭として、猫まっしぐらにそういう話題に飛びつくのが恥ずかしく思えて、ついにあの輪には入っていけず終いだった。
残りの人生が短いと分かっていたなら、恥を忍んであたしにも聞かせてくれ、って言えただろうに。
「ま、ボヤいてもしょうがない。敵の本拠地なんだし、気張っていこうぜっと」
あたしは今、豚どもの巣である洞窟の中にいた。
粗末な柵を張り巡らせたような外の砦から、山肌にぽっかりと空いた洞窟の入り口を進んできたのだ。どうやら、外の砦は見張りのために設営されているだけで、居住スペースはこの中らしい。
今いる場所は、洞窟に入ってすぐの下り坂である。細い坂を降りきると開けた空間があり、何匹かの豚がたむろしているようだ。
「ひのふのみ――そこそこいるな。あの中に入っていくのは面倒だな」
特典を駆使すれば至近距離でも戦えそうだが、やはり弓使いの常套手段は、遠距離からの攻撃だろう。
「よっ、と」
坂道から射線が通っている一匹の豚の首筋を射抜く。
これで、あたしに気づいていなかった豚たちも異変に気づき、大広間から出て坂道を上がってくるだろう。あたしの戦いやすい、細くて長い道へと、だ。
「お、きたきた」
不快感を刺激する、それこそ豚のような声で口々叫びながら、やつらは群れをなしてわらわらと坂道を上がってくる。
「ほい、ほい、ほいっと」
そこに、あたしは無造作に矢を射込んでいく。
額に矢を突き立てられて倒れ伏す仲間の死体を踏み越えて豚たちは進んでくるが、残念なことにあたしが連射する方が圧倒的に早く、あっという間に坂道は豚の屍で舗装された。
大広間にいた豚たちは、今ので全滅したらしい。あっけないものだ。
「さて、奥にまだいるっぽいな」
あたしは洞窟の奥へと、坂道を下っていく。
壁はごつごつとした岩肌で、坂を下りた先の大広間には、地面を埋めるように藁が敷かれていた。座布団がわりなのか、点々と動物の皮も置かれている。広間の中には松明でもあるのか、うっすらと灯りがあった。
振り向いて死体を数えたところ、ここには合計八匹のオークがいたようだ。座り込んでいる奴もいたので、何か会議でもしていたのかもしれない。その八匹を倒すのに、三十秒もかかっていなかった。逆ドミノ状態だ。
「よしよし、まだいっぱい残ってるな」
あたしの魔力感知スキルには、この奥にまだまだ魔物がいる気配を捉えている。
気配の位置からして、広間の奥は二手に分かれていて、さらなる深部がある。
「って――うぇっぷ」
オークたちを虐殺した坂道はさほどでもなかったのに、大広間に一歩踏み入るなり、目に沁みるほどにもわんとした臭気があたしを襲った。
「くっさ。くっさ、なんだこれ」
臭い。商店街の一角に寝起きしているホームレスを知っているが、あの饐えたような体臭を何十倍もきつくしたような凶悪な臭さだ。
たまらず、あたしは逃げ帰った。元来た坂道を駆け上がり、外に飛び出すと胸いっぱいに空気を吸った。洞窟の外で殺したオークの血臭が多少混ざっているが、中よりは格段にマシな空気だった。
「体臭きっつ。あの中には入っていきたくねえなあ。臭いがうつりそうだ。でもレベル上げはしたいんだよなあ。洞窟の中にいる豚共を炙りだすいい手段ないかなあ――炙りだす?」
あたしはいいことを考えついた。あたしの視線の先には、外のキャンプで豚共が
肉を炙っていた焚き火がある。薪はくべたばかりなのか、まだぱちぱちと燃えていた。
「っしょ、せいっ。もういっちょ――と。はは、良く燃えらぁ」
坂道の途中から、あたしは洞窟内部の広間へと火のついた薪を投擲した。
一本、二本、三本――地面が藁だけに、一度火が移ると燃え盛るのは早かった。
あっという間に、もくもくとした黒煙で広間は見えなくなった。坂の上にも煙は昇ってくる。
「お、焦ってら。火事で死んでもあたしに経験値入るかわかんないからな、できれば外まで逃げてこいよ」
魔力感知スキルのおかげで、洞窟の内部の様子がよくわかる。
魔物の気配が慌しく右往左往していた。
他の出口があれば逃げられてしまうと思っていたが、慌てぶりから察するにここが唯一の脱出口のようだ。
あたしは、洞窟の出口から少し距離を取って、弓を構えた。
もちろん、逃げてきた豚たちを一掃するためにだ。
出てくる豚の数によっては、途中で矢を補充しなくてはならないから、距離は大目に取ってある。どのみち矢を外すことなどないのだ。
「補充――? やっべ、わらわら出てきたら矢引っこ抜いてる暇ないな。忘れてた」
細工スキルで新品の矢へと作りかえるためには、手元に使い古した矢があることが前提だ。どんどんオークたちが出てきたら、死体から矢を抜く時間が取れない。
「足りるか?」
肩から吊るした籠の中に入っている矢は、合計二十本である。一射一殺としても、倒せるのは二十匹までだ。
あたしは、ちょっと真面目に魔物の気配を数えた。入り乱れていてわかりにくいが、二十を大幅に超えているということはなさそうだ。
「ま、足りなきゃ逃げればいいか。いらっしゃい、死ね!」
煙にいぶされながら走り出てきた豚の頭を射抜く。走り出てきた勢いそのまま、前に倒れこんだ。
本当は格好いい決め台詞を叫びたかったのだが、気の利いた台詞が思いつかなかった。「注文は弓矢でよかったか?」「そんなところで寝ると風邪引くぜ?」うーん、イマイチ。次までに考えておこう。
「うえぇ、なんだありゃ」
三体目のオークを射抜いた時点で、洞窟から走り出てきた四匹目のオークは、メスだった。腰みのこそしているものの、上半身は裸で、太ったおばちゃんよろしく乳の垂れた豚である。見た目的なビジュアルが大変よろしくない。
「オークにメスなんていたのか。エッチには興味あるが、豚の交尾なんて見てもなあ」
メス豚に引き続き、小柄なオークや他のメスがわらわらと飛び出てきた。
「団体さんいらっしゃい。お帰りはあっちだぜ」
どっちだよ、と自分の台詞に突っ込みつつ、あたしは立て続けに矢を放った。
一矢たりとも狙いは外れず、わずかな呼吸の間に、洞窟の出口には豚の死体が積みあがった。まさに死屍累々である。小さかったのはオークの子供だろうか。子豚という言葉の響きに反して、まったく可愛くない。
「矢、何とか足りそうだな。おっと――最後のはでかいな」
洞窟の中には、もう生物の気配がない。今飛び出してきた三体の豚で打ち止めのようだった。中央の一匹だけ、一回り身体がでかい。
【種族】オーク・エリート
【名前】ググルルチュカ
【レベル】81
「こっちの世界に来てから相手のステータス画面見たのはこれで初かな。群れのボスってとこかな?」
見張りとかの豚と違って、ごつい斧を手に持っていて、とげとげのついた鉄の肩当てや胸当てを着けていた。生意気にも、鉄の額当てみたいなものがついた革の兜をかぶっている。なぜか紅の豚を思い出した。
「ポルコさんはお前なんかよりもっと格好いいだろうが!」
脇の雑魚二匹をさくっと射倒してから、あたしは残り四本の矢のうち一本をオークエリートに撃った。額は兜に守られているし、鼻とか口だと即死させられるか疑問だったため、狙ったのは首だ。
「げ、マジかよ」
狙い過たず、首の真ん中に矢は突き立ったはずなのだが――オークエリートは倒れず、あたしを視界に捉えて、片手に持った斧を振り上げつつ、くぐもった怒声を挙げながら駆け寄ってきた。ちょっと焦る。
「ふんっ!」
あたしは、持てる力を目一杯使って、弓を引き絞った。
放たれた矢は、風を切ってオークエリートの喉に篦深く突き立つ。さすがに効いたのか、ぐらりと巨体が揺れた。
致命傷だったのか、崩れ落ちようとする膝を何とか立て直そうとしていたが――そこに、ダメ押しの矢を射込む。合計三本の矢で喉を貫かれて、オークエリートは地面に倒れこんだ。
「ふう、ヤバい奴だったな。近くに魔物の気配ないし、余ったもう一本もぶち込んどこっと」
ぴくぴくと痙攣してるオークエリートの後頭部、延髄あたりにとどめの矢を撃っておく。
付近に動く生物はいない。魔力感知スキルでも、この周囲には何もいないことを確認する。
「一丁あがり、っと。イージーオペレーション、朝飯前って奴だな!」
洞窟からは、未だにもくもくと黒煙が出続けている。あたしは、オークキャンプの殲滅に成功したのだ。
「お、そういえばレベルはどうなったかな。ステータスっと」
《パブリックステータス》
【種族】人間(転生者)
【名前】シエ・ミツボシ
【レベル】46
【カケラ】1
《シークレットステータス》
【年齢】14
【最大HP】110
【最大MP】11+5
【腕力】11
【敏捷】24
【精神】11
「きっ――たああああ。MP15超えてんじゃん。すっげーレベル上がったな、大物しとめたからか?」
オークエリートのレベルは81だったが、恐らくそれが大きかったのだろう。他にも、オークのメスやら子供やらを大量に倒してもいる。そういえば、通常のオークのレベルを見るのを忘れていたっけ。
「何にせよ、これで念動が使えるぜ! 弓じゃなく銃が作れる!」
あたしは飛び上がって喜んだ。レベルが上がったおかげで、身体が軽いなんてもんじゃない。助走なしで何回でもバク転ができそうだった。空中で回転しながら銃撃ったら格好いいかもな。
「念のため、何本か矢を作っておいて――うん、念動を早速使ってみようかな。洞窟のあるこの山肌、ちょうど鉄の鉱脈あるみたいだし」
鉱脈探査スキルのおかげなのか、地面の土や、山々の岩肌に、どんな成分が含まれているかが直感でわかる。この岩山からは、豊富に鉄鉱石が採れるようだ。
「早速使ってみよっと。土属性魔法の一覧を開いてっと――どうやって使うんだ、これ?」
【土属性魔法】地母神ドロレスの属性。
範囲級:念動――念じた対象物を動かす。重量制限は消費MPを腕力で換算した値まで。
「まあ、やってみればいいか。念動!」
あたしの全身から、マナがごっそりと抜け落ちていくのがわかる。同時に、マナで形作られた、見えざる手のようなものがあたしの目の前に現れたのがわかった。
「おお、なるほど。この見えない手で自由に物を動かせるってわけか。ははっ、こりゃ楽しいな」
あたしが念じるのにあわせて、見えざる手がひゅんひゅんとあたしの周囲を飛び回る。指を立てたり、わきわきしたりと、意外と細かな動作もできるようだ。
「けどこれで、どうやって鉄を掘れってんだ?」
試しに岩肌に見えざる手を押し付けてみると、するりと吸い込まれるように中へと入っていった。しかし、中から鉄鉱石を取り出そうとしても、岩盤にがっちり食い込んで抜き出せない。
握り拳の形にして、岩肌を叩いてみたが、頑丈な岩盤はびくともしなかった。
「なんかよくわかんない魔法だな。物質を通りぬけるかどうかはあたしが選べるのか?」
触れようと思って地面に触ると、しっかり触れる。土も握れる。
通り抜けろ、と念じながら地面に触れると、すうっと通り抜けて地面の中までもぐりこめる。
見えざる手が自分の身体も通り抜けられるのか試したが、これは無理だった。どうやら、生物は通り抜けられないらしい。
やがて、効果時間が切れたのか、見えざる手は消えてしまった。
「げっ、もう終わりかよ。おい神様、話が違うじゃねえか。念動で鉄を掘れるんじゃなかったのかよ」
そもそもの話、鉄鉱石を掘り出したところで、それをどうやって鉄に変えればいいのだろう。社会の勉強でやったうろ覚えの知識だが、でかい炉を使い、石炭か何かで熱しないと鉄は抽出できないはずだ。
錬金術スキルでもあれば鉄鉱石から鉄を作れるのかもしれないが、あたしは錬金術スキルを持っていない。細工スキルと裁縫スキルだけでは、鉄鉱石を加工できるとは思えなかった。
鉄鉱石を材料として銃を作れるのかとも考えたが、いくら何でもそれは無理だろう。綿花から服を作れるわけではないのと同様に、鉄鉱石ではなく材料としての鉄に加工しなければ銃は作れないはずだ。
「いやでも、あの神様が嘘を言ってるようには思えないんだよな。ってことはあたしの考え方が間違ってるのか。確かにあの神様は、念動を使えば鉄を手に入れられるって言ってた。鉄鉱石を掘れる、とは言ってないんだよな――ああ、そういうことか。わかったわかった」
疑問が解けて、とてもすっきりした気分だ。
発想を転換すればいいのだ。
「鉄鉱石を掘るんじゃなくて、鉄を手に入れればいいんだもんな」
MPが全回復するまでの一時間を待って、あたしは再び念動の魔法を唱えた。
待ち時間の間に、街を流れている川の上流へとやってきている。
「念動!」
あたしの作った見えざる手が、川の底から砂を両手一杯に持って浮かび上がる。 水を滴らせながら、砂は太陽の光を浴びてきらりと鈍く光った。
「あっはは、大正解!」
そう――砂鉄をすくいあげたのだ。
岩の中に見えざる手をもぐりこませたとき、鉄鉱石を選んで握りしめることはできた。つまり、念動で触れる対象はあたしが選べるのだ。
ただの砂や石ころは触れず、砂鉄だけを選んで触れながら、見えざる両手いっぱいに持ち上げると――選別された砂鉄が山盛り採れたというわけだ。
「よっしゃ、この調子でがんがん行くぜ!」
すくいあげた砂鉄は、籠の中に放り込む。矢筒がわりに使っていた籠を細工スキルで作りなおし、持ち手を付けた上で底の穴をふさいだものだ。元が木の蔓だから強度は低いが、間に合わせの品としてはじゅうぶんだ。
川底にずぼりと見えざる手を突き刺し、砂鉄だけを触れるように念じながら、ショベルカーのごとく川底を走らせる。すくいあげたときには、見えざる両手には山盛りの砂鉄が残っていた。
「多分これなら、材料の鉄として使えるだろ。多少錆びてるかもしれないけど、どうせスキルで加工したら新品になるんだから関係ないもんな」
満タンの砂鉄でずしりと重い籠を持ち上げながら、あたしは上機嫌に笑う。
材料の鉄が手に入ったから銃自体はもう作れるし、似たようなやり方で硝石や硫黄だって採れるはずだから、弾丸だって作れるだろう。
「マナが溜まるのが待ち遠しいぜ!」
砂鉄いっぱいの籠を持ち歩くのは面倒だから、先に銃を作ってしまおう。
どんな銃がいいだろうか。やはり格好良さでいえば二丁拳銃だろう。連射式のマシンガンも欲しい。ゲームセンターのガンシューティングゲームは、実在の銃をモデルに作ったといっていたから、あの銃を真似して作ろう。たしかイングラムのマックイレブンとかいうモデルだと聞いた。
わざわざ銃のメーカーとライセンス契約までして作ったというこだわりの筐体だったらしい。でかくて派手な銃じゃなく、拳銃と大差ないほどに小さなマシンガンだったが、通好みの銃だったらしく地味な人気のある台だった。
あのゲームで、一人で両手持ちプレイをするときみたく、イングラムも二丁作ろう。マシンガンの二丁持ちなんて超格好いいと思う。ああ、夢が広がるぜ。




