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望月素新 8

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 間違いなかった。

 ちらりと見えたフードの中には、ライオットの顔があった。


 一瞬だけ、たまらなく懐かしく思った。ライオットに駆け寄りたいという気持ちが、湧きでてきた。そしてその感情は、すぐに憤怒へと変わった。


「彼を離せ!」


 懐に忍ばせた短剣を抜き、私は叫んだ。

 まさか、ライオットを人質にされるとは思っていなかった。自分の迂闊さを呪って、唇を噛む。


 どう彼を救出するべきか、めまぐるしく頭を回転させはじめた私であったが、しかしテツオ氏はなぜかのんびりとした表情を崩さなかった。


「離せと言われても、もともと拘束していないんだけれど。じゃあ、はい」


 予想に反して――そう、まったく予想に反していることに、テツオ氏はライオットの背を押した。そのままライオットは、私の目の前まで、すたすたと歩いてきた。


「え、あれ?」


 フードの奥から、眼鏡をかけた理知的な瞳が私を見つめてくる。

 彼の前に立って、短剣を構えている自分という図にうろたえて、私は慌てて短剣をしまった。 


「話し合いの結果次第だけど、すぐさま君を殺しに来たわけじゃないと言ったろう? そして、相手は僕じゃなくて、彼さ。一度ね、ゆっくり話し合ってみるといい」


 やはり、のんびりとテツオ氏は言った。

 私は少なからず混乱していた。つまり、ライオットと私を話し合わせるためだけに、テツオ氏は今日ここへ来たというのだろうか。


「僕はどうでもいいけれど、君たちはここで立ち話をする気かい? ムードのある場所とは思えないけれど」


 ライオットに何を言おうか、口を開きかけていた私は、その言葉に我に返った。ここは裏路地だった。シブとその配下たち、十人以上に囲まれているのだ。包囲の輪の外には、裏路地の住人もいる。

 

 片目だけを吊り上げて、胡乱な目で私たちのことを見守っていたシブに、私は手をひらひらさせる。


「騒がせた。彼らは私の客だ」


 納得してくれるかはともかく、これで手出しはしてこなくなるだろう。

 

 いつまでも衆人環視の中にいるのも気まずいし、早く彼らを人目に付かないところに連れていきたい。そう思って、裏路地にそんな場所はないことに気がついた。まともな喫茶店とか酒場の類は、ここにはない。あったとしても、治安の悪い場所にある店なのだ、中の様子はお察しである。


 私と、それとテツオ氏だけであれば、屋根を蹴って移動することもできたかもしれない。しかし、ライオットがいた。彼は一般人である。さすがにライオットを抱えて屋根を飛び回るのは無理だ。


「――付いてこい」 


 私は歩き出した。


 私たちだけで話すことが出来る場所は、私の家しかなかった。

 シブでさえ呆れた私の部屋にライオットを通すなんてできるわけがなかったが、他に場所がない。前にシブと昼食を摂った、屋上に二人を連れていこう。


 案内している途中、ライオットは一言も話さなかった。

 物珍しげにあちこち見回しているテツオ氏と違って、ライオットは重苦しい雰囲気で押し黙っている。








 屋上に着いた。


「下の階にいるから、話が終わったら呼んでくれ」


 そう言って、ライオットと私を屋上に残して、テツオ氏は階段を降りていった。本当に、何のたくらみでもなく、私とライオットを会わせに来ただけらしい。


 ライオットと、二人きりになった。

 彼は、全身を覆っていたローブを脱ぎ、椅子にかけた。

 ライオットの茶髪が、少しだけ風に揺れた。髪が伸びたのだな、と思った。昔はもっと、短い茶髪だった。


 ライオットは私の前に立つと、その理知的な瞳で、じっと私のことを見つめてきた。目元をゆるめた優しい視線なのに、なぜか、息苦しいような思いにとらわれる。


「懐かしいですね、その服装。今日は、あの靴は履いていないんですね」

 

 ライオットが言っているのは、身長を高く見せるための厚底の木靴のことだった。草原街グラスラードに赴いて、テツオ氏の前に姿を見せたときは、その木靴を履いていた。あの頃は身元を隠そうとしていたから、身長を高く見せ、できるだけ低い声で喋るようにして、男性だと誤認させようとしたのだ。


 色については目立たないものがいいとは思っていたが、適当に決めたので、黒一色になった。男物のダブレット、ズボン、そして覆面。全部黒色で、今日着ているものは、あのときの服装のままだ。


「ライオットが用意してくれたんだよね」 


 顔を隠しながら動ける服が欲しい、できれば体型がわからなくなるようなもの。そう注文したところ、ライオットは商会が扱っている衣服を取り寄せてくれた。厚底の木靴はジョークグッズのようなもので、貴族の夜会などでたまに使われることがあるらしい。


「今でもたまに、あなたが私の部屋に忍び込んできたときのことを思い出します。あれは、鮮烈でした。覚えてますか?」


 言い方がちょっとエロくないかライオット、そう思ったけど口には出さない。

客観的に見れば何一つ間違っていないのだから。


「覚えてるよ。忘れるはずがないよ、そんなに昔のことじゃないんだから」


 西門の外で出会った、シュテファンおじさまに連れられていった、カナン商会。そこで寝起きするようになってしばらくしてから、私は彼に自分の素性を話すことにした。


 ライオットの人となりは、同じ家に寝起きしていたから、だいたいはわかっていた。当時の彼は、まだ私に心を開いてはいなかったけれど、会社内の異物でしかない私に、優しく接してくれたと思う。

 信用できる人物だと思った。彼の仕事ぶりとか、彼の下で働いている商会の事務員の人たちを見れば、真面目だということはすぐにわかった。職場を見れば、どんな人物が上にいるかはわかるものだ。


 月明かりの夜だった。


 私はライオットの私室を、無言でノックする。

 訝しみながら、ライオットは部屋の扉を開く。そこには誰もいない。


 いたずらなのかと考えたのだろう、腑に落ちぬ表情でライオットが扉を閉め、振り向くと、自分のベッドの上に座って手を振っている私がいて驚愕する、というわけだ。


 あの小細工をしたおかげで、ライオットはかなりすんなりと転生のことを信じてくれた。証拠となる、アイテムボックスを目の前で使ってみせたときよりも、特殊な能力を持った十六人の転生者がカケラを奪い合うという、カケラロイヤルのシステムの説明したときの方が、ライオットは真面目に考え込んでいたっけな。


「今だから聞くけど、なんであのとき、私に協力しようって言い出してくれたの?」


 私としては、ライオットには、ちょっとした情報収集をしてもらえればそれで良いと思っていた。例えば、変な商売を始めた人物がいるとか、不審な死者が最近出ていないかとか、そういったことを聞き込んでくれるだけでいいと思っていたのだが、ライオットはカナン商会を巻き込まないということを前提に最大限の援助をすると言ってくれたのだ。


 現に彼は、本来は他会社の動向を調査したりする情報収集部門に働きかけ、かなりの人員を私の転生者探しに使ってくれた。


「放っておく方が危ないと思いましたからね。進化した文明の知識を全員が持っていて、創世神様から人智を越えた力を授けられた人物が、十六人もいると聞いてしまっては。ほんの一人だけでも、この街に混乱を巻き起こすなんてたやすいでしょうから」


 それにまあ、と言ってから、ちょっと彼は恥ずかしそうにはにかんだ。


「一目惚れでしたからね。可能な限り、手助けしたいと思いました」


 私の顔が、熱くなる。頬がちりちりするのを感じる。

 覆面をしていて、良かったと思った。


「正確には、あの夜に会ったソアラに、ですね。薄暗い部屋の中で、ベッドに腰かけたあなたの横顔を、窓から差し込む氷帝の光が照らしていました。とても、綺麗でした」


「も、もうやめて、ライオット。恥ずかしいから」


 おそらく赤くなっているであろう顔を見られていないか心配で、私は覆面の目元をいじった。ライオットは、そんな私の様子を、じっと眺めている。いつの間にか、真面目な顔つきになっていた。


「ソアラ。覆面を取ってください」


 背中に、冷や水を浴びせられたような気がした。

 私はすぐに我に返った。何を浮かれているのだ私は。

 

 すぐ下の階には、テツオ氏がいる。そんな彼に連れられて、今日ライオットがここへ来た理由。考えるまでもない。私を説得しに来たのだろう。

 

 私は首を横に振ったが、ライオットは強い声でそれを打ち消した。


「それは」


「ソアラ。あなた、痩せていますね?」


 私は、ぎくりとした。

 いきなり本題に切り込まれたような気分だった。


 確かに私は痩せた。頬がこけてしまったのは覆面で隠しているが、なぜわかったのだろう。全身像だけでわかるほどに痩せたとは思いたくない。


「動かないで」


 後ずさろうとする私を言葉で縛り、ライオットはゆっくりと近づいてきて、私の腰を抱いた。空いた片手で、器用に覆面の結び目を解いていく。


 このままでは、醜い素顔をライオットに見られてしまう。

 それは絶対に嫌だと思う私がいる一方で、もう何もかも見られてしまえばいいと開き直る自分がいる。


 ろくに入浴していない私の髪は、覆面で押さえつけられてきっとくしゃくしゃだろう。入浴といえば、私はいま、すごく体が臭うのではないだろうか。


 そう思うと、ライオットを振り払いたくなる気持ちが強くなるが、腰に回されたライオットの片手はぎゅっと私を抱きしめていて、身動きが取れない。腕力差を使って、彼の腕をねじり上げてでも止めようとは、なぜか思わなかった。


 私の顔を覆っていた黒い布が、はらりと落ちた。


「ああ、なんて、なんてひどい――」


 白日の下に晒された私の素顔を、ライオットは両手で包み込んだ。

 

「知り合いからは、死神みたいな顔だって」


 言われたんだよね、ひどくない?と私は言うつもりだった。 

 最後まで言う前に、ライオットはその両手で、私を深々と抱きしめてくれていた。少し苦しいぐらいに、強く。


 ――ああ。私はずっと、こうされたがっていたような気がする。

 置き手紙で、一方的に別れを告げて、事務所の私の部屋から出てきた日から、ずっと。


 こんな死神のような私を、まだライオットが受け入れてくれるのだということが、嬉しかった。押し殺したような泣き声が、頭の上から聞こえてきた。ライオットが私のために泣いてくれているのだ。


 私も、ライオットの背に手を回し、抱き寄せるように力をこめてみた。私がこうして、好きな人に抱き締められることなど許されないという思いと、ライオットは許してくれたという安堵感が、入り混じった。喉から、変な声がこみ上げていた。気がつけば私も、ライオットの胸に顔を埋めて、泣いていた。


 どれくらい、そうしていたのだろう。


 どちらからともなく身体を離した。ライオットは赤い目をしながら、私の目尻を指で拭ってくれた。


「ソアラ、結婚しましょう」


 大真面目な顔で言ったライオットに、思わず私は、くすりと笑った。

 恋人になってくれとか、そういうのをすっ飛ばして、いきなり求婚されるとは思わなかった。


「だめだよライオット、私はその、人殺し、だから」


 人殺し、という単語を呟いた瞬間に、私の身体に寒気が襲ってきた。

 そうだ、私は人殺しなのだ。他人の命を奪っておいて、のうのうと自分だけ幸せになるなど、許されないのだ。


「人殺しでも、構いません」


 ライオットは、私の両手を握りながら、私を見つめてきた。

 歪んでしまっている私と比べて、彼は何と真っすぐなのだろう。


 レベル的には、私の方が圧倒的に格上だ。私とライオットが戦ったら、一瞬で私が勝つだろう。 

 それなのに、普段は線の細い、理知的な瞳をしているライオットの男らしさは、私を圧倒してくる。


「あなたが転生者の人々を手にかけたことが、良いか悪いか、私にはわかりません。あなたが関わったことで命を落とした人物もいれば、あなたが手を汚したことで助かった人物もいるでしょう。しかし、私利私欲から短剣を握ったわけではないことは、間近で見ていた私にはわかります」


 しばらく会っていなかったというのに、私の心の中にある命の天秤のことを、ライオットは良く知っているのだな、と思った。

 

 市場で地震の大規模魔法を使って、多くの人々を虐殺したジンを殺すことに躊躇いはなかった。

 もし私が過去に戻れたとしても、再び私は彼を殺すだろう。

 彼の命一つで、これからも殺されるはずだった多くの人々が助かる。


 ヤハウェさんがやったことは、悪事だったと断言できる。

 この世界の誰かが、新しい商売を考えついて、それで既存の商売敵たちが困窮に陥るのは仕方ない。それは、古いものが新しいものにとってかわられるという、自然の摂理であり、商売の基本原理なのだろうから。


 しかし、ヤハウェさんはそこにズルを持ち込んだ。

 日本で住み暮らしていた知識だけならまだしも、特典をフル活用して商売敵を駆逐した。本人に悪気がなかったとしても、そのせいで食い詰める子供たちが出てきたのなら、やはりそれは悪事なのだ。


 心残りがあるとしたら、聞き入れてくれるかはわからなかったけれど、彼に商売をやめるよう説得すべきだった。いや、実際、少しばかりの説得はした。しかし、彼の本質は自己中心的で傲慢だったから、翻意させるには至らなかった。


 私の本性、そして暗殺者であるという素性がバレてしまわないように、軽い口調で説得したせいもあるのだろう。もっと真摯に彼と向き合っていれば、彼も考えを改めてくれたかもしれない。


 ただ、もし彼がそんなことを知らないと突っぱねてきたら、そして私を身辺から排除してしまったら、暗殺は非常に難しくなっただろう。あのベアバルバという軍からきた護衛は、それほどの手練れだった。隙がない。ヘリオパスル教会の少女たちの話を聞き、彼女たちがどれほどヤハウェさんのせいで困窮しているかを知ったとき、ヤハウェさんは殺さないと、と私は思った。だから、本気で説得をすることなく、暗殺したのだ。


 フヒト氏を殺したことだけは、未だに悩み続けている。


 彼は、奴隷身分の少女を性的に搾取しようとした。罪状はそれだけだ。

 日本の法律では罪であろうとも、この世界では合法である。シブの話によると、体を目当てに金持ちに買われるのは、奴隷としてはまだしも幸せな末路だという。


 奴隷を嬉しそうに宿へと連れていくフヒト氏を見たとき、私はとっさに、少女を助けなくてはいけない、という義憤を感じたのだ。


 なぜならば、死者に鞭打つようで申し訳ないが、フヒト氏はとても気持ち悪かったから。どもりながら、にやにやと暗い笑いを浮かべる、清潔感のない大人の男性。あの人に、玩具のように少女が弄ばれるのかと思うと、とっさに気配を消して、後をつけていた。


 今思えば、私が単に、潔癖症だっただけなのではないだろうか。

 私が男性経験がないせいで、フヒト氏の行為を、より醜いものとして受け止めていなかったか。そもそも娼館とか、性を売る場所は他にもある。私はそういった場所や、金銭で体を売る行為、そしてまだ小さな女の子――私が言うのも何だが――が奴隷身分に堕ちてしまうことに嫌悪感を抱いていたが、その悪感情をフヒト氏へのそれとすり替えて、彼を憎みはしなかっただろうか?


 あの少女は、今はヘリオパスル教会で、平穏に暮らしているという。

 フヒト氏のところにいたときよりも、それはきっと、彼女の主観からしても幸せな生活だろう。しかし、それはフヒト氏を殺してでも実現させるべき事柄だっただろうか。


 裏路地に来てから、それなりの時間が経った。

 それでもなお、心の中の天秤は、揺れ続けている。


「あなたが人殺しという烙印を心に焼き付けて苦しむのならば、私も共に苦しみましょう。私は、あなたの目的を知っていながらなお、手を貸したのですから。重い荷物も、二人で背負えば半分になります」


 私の中に、また新たな天秤があらわれた。

 

 片方には、ライオットの申し出を受け入れる選択肢。

 もう片方には、ライオットを拒絶して、一人で生きていく選択肢。


 私にとっていいのは、もちろんライオットの求婚を受け入れることだ。私は好きな人と一緒になれる、それも私の罪を許してくれる人とだ。彼といれば、私は幸せになれるだろう。


 カナン商会の自室にライオットへの別れの手紙を置き、去ったことで、消えてしまったと思っていた最後のチャンスを、ライオットはもう一度くれたのだ。


 だが、その一方で、やはり私は思い悩む。

 理由はどうあれ、私は他人の人生を終わらせたのだ。その私が、幸せを得ていいのだろうか。


「ライオット。私はやっぱり――」


 どうしても、そこが受け入れられない。

 私が幸せになっていいはずがない。


 死神と言われてしまうような今の私の有様は、罪に対する罰だと思うべきだ。自分中心主義のことを、確かエゴといっただろうか。私のエゴで他人の人生を歪めた罰は、甘んじて受けるべきだ。


 拒絶する方向へと、心の中の天秤が傾ききろうとするとき、ライオットが口を開いた。


「ソアラ。賭けをしませんか?」


「賭け?」


 珍しいことを聞くものだ、と私は思った。ライオットは時としては果断であるが、基本的には慎重な性格である。彼ほど、賭けという言葉が似合わない人物もいない。


「負けた方は、勝った方の言うことを何でも一つ聞く、そういう賭けです。つまり、私が勝ったら、先ほどの求婚を受け入れてください、ソアラ」


「いきなり言われても、勝負する内容にもよるよ。頭の良さだったら、私に勝ち目なんてないし」


 オセロとか、パズルとか、そういうもので勝てるとは思えない。

 私がライオットに勝っているものは、特典に頼り切ったレベルの力だけだ。


「ソアラの得意分野で構いません。私とソアラが戦って、戦闘が続けられなくなった方の負けです」


「え、それでいいの? だって」


 念のため、ライオットのステータスを調べてみる。レベルは30、完全な一般人だ。銃なんかの武器を持ち歩いている様子もないし、そのルールだったら一瞬で勝負がつく。


 それとも、どちらかが相手にとどめを刺すまで続けるルールなのだろうか。

 それでは意味がない。私がライオットを手にかけられるかどうかで言えば、おそらく否だ。でも、逆にライオットだって私を殺そうとはしないだろう。


「睡眠とか気絶とか、あるいは拘束されるなど、明らかに勝負が付いた時点で終了で構いません。ソアラは、どう見たって負けているような状況で、まだ負けていないって駄々をこねたりはしませんよね?」


「なら、いいけど。本当にその条件でいいの? 言っちゃ悪いけど、ライオット相手なら一瞬だよ?」


「もちろん、この場ですぐに始めるというわけではありません。それだと一方的すぎますからね。場所は、そうですね。これから街の外まで移動しましょうか。人目のないところで始めましょう」


 む。


 一見するとごく真面目な表情をしているライオットだが、私は知っている。

 目線を一瞬だけ外して眼鏡モノクルをくいっと上げる仕種は、私を騙そうとしているときの癖だ。


 私を驚かせようとして、サプライズ的なものを仕掛けてくるライオットが、よくこの仕種をしていた。つまるところ、ライオットには勝算があるのだろう。

 

「あとで、卑怯だとか文句を言われても困りますし、先に打ち明けておきましょうか。私は、テツオ氏に助っ人を頼むつもりです。構いませんね?」


「それぐらいなら、いいけど」


 拍子抜けだった。もっとすごい秘策を用意しているのかと思ったのだ。


 ライオット自身に戦う力がない以上、つまりは私とテツオ氏の一騎打ちということになる。 テツオ氏のレベルは、400ぐらいになっていた。会ったばかりの頃と比べると、かなりの成長だとはいえるが、それでも私の相手になるには実力が足りない。

 

 もしテツオ氏が私よりもレベルが上だったら、短剣を構えて隠身状態ではなくなった私の攻撃を、とっさに回避なり迎撃することも可能だったかもしれないが、600レベルオーバーの私が相手では無理な相談だ。


 そう思っていたのだが、ライオットはあっさりと頷いた。


「では、決まりですね。行きましょう。それとも、食事の時間を作った方がいいですか?」


 タイミングよく、私のお腹がきゅるるーと鳴ったので、私は赤面した。こと、今のような大事な場面になっても、私の身体は自重してくれないらしい。


「わかりました。では、二時間後、西門の外で待ち合わせにしましょう」


 お腹が空いて負けました、なんて話にもならない。

 何か買い食いして、久しぶりにお風呂に入ってから、向かえばいい。それと、足腰の装備とか、姿を隠すためのマントも、着ていこう。


 一人で引き篭もっているときには気にならなかった身体の汚れが、ライオットの近くにいるときには、とても気になった。


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