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花咲侠者 11

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「ご主人様、一休みしませんか?」


 部屋の戸をノックされたので、俺は書類から目を離した。気が付けばあたりが薄暗くなっている。始めたのは日が高い昼のことだったから、いつの間にか数時間が経ってしまったのだろう。


「そうしようか。この分だと二、三日以内には終わりそうだし」


 椅子から立ち上がり、伸びをした。

 全身がパキポキ言わないのは、さすが若い身体といったところである。これがもし、三十半ばという生前の肉体であったならば、あちこち軋んだに違いない。


 牧農場についての書類や資料を雑にまとめ、俺は部屋を出ていく。ムームーと茶を飲むときは、それぞれの私室ではなく居間でというのが我が家の習慣だった。


(ようやく、形になり始めたなあ)


 ここしばらくというもの、激務の日々だった。

 牧農場で子供たちに働いてもらうにあたり、いくつかの書類を作らねばならないし、そのためにはこの世界の商習慣やら法律なんかにも目を通さなければならないし、提携先の牧場主の人柄だとか、扱っている肉や乳なんかの卸値だとか市場価格だとか、ひいては畑にどんな作物を植えればいいのか、何がどれだけの値段で売れるのか、子供たちでも世話のできる、できれば単純な作物を探したりだとか――


 事務作業に加え、調査にかかる時間も馬鹿にならなかった。

 インターネットでぽちぽち調べれば、すぐに答えが得られるわけではないのだ。カナン商会のライオット君に、そういったことに詳しい担当者や業者を紹介してもらわなければ、収拾が付かなくなっていたことだろう。


「お疲れ様です。一から牧場を作るわけじゃなくなったのに、ずいぶん忙しそうですね?」


「これでも楽になった方だと思うよ。全部自分たちで作ってたら、かかる時間も費用も、もっと跳ね上がってたんじゃないかな」


 ムームーが淹れてくれた紅茶を啜りながら、俺は一息吐いた。

 

 そう――牧農場は、外部の会社との、共同経営という話になった。というか、俺がそうなるように画策した。


 何から何まで牧農場を一から作るのは、大変な、非常に大変なことであると、少し資料を調べただけでわかってしまったのである。これは誤算だった。俺の予想では、広い土地を買って、ちょっとした畜舎みたいなのを建てて、あとは少し人が手を入れるだけで牧畜というのは成り立つんじゃないかと思っていたのだが、いざ必要経費を試算しよう、という段階になって、とてもではないが簡単にいくものではないと思い知ったのだった。率直に言えば、農業をナメてたというところである。


 ライオット君に紹介してもらった、カナン商会の生鮮品部門の事務員――要するに、精肉とかの仕入れを任されている人物に話を聞き、ついでに取引先の牧場にも連れていってもらったところ、まず驚いたのは、牧場員の仕事の多さである。


 まず、陽が昇る前に起きて、畜舎の掃除や、餌やりをする。

 昼は、家畜を連れ出して、草原などで放牧し、夜には彼らをまた畜舎まで戻す。


 この作業の合間合間に、畑を耕したり、あるいは肥料を作ったり、牛や山羊などの乳搾りから、あるいはと殺、解体、その売却などなど、やらなければならない仕事を挙げていけばキリがないほどだ。


 朝早く起きなければならないという一点をとっても、いや労働の大変さという点でも、大人ならばともかく、子供にやらせていい仕事ではなかった。

 必要になる技能が多岐に渡るという点も考慮すると、子供たちとごく少数の大人だけで牧農場の経営をやっていくのは、不可能と思わざるを得ない。


「あのときは、焦ったなあ」


 ヘリオパスル教会の面々に、俺が何とかすると大見得を切った手前、いざ実現させようという段階になって、やっぱり無理でしたとは言い出せない。


 これはヤベぇ、どうしようかと頭を抱えて悩みぬいた結果、教会の子供たちを、牧童として雇ってもらえればいいじゃんと閃いたのだった。


 もちろん、ただ子供たちを働かせて、働きに見合った給金を受け取らせる、それだけでは意味が薄い。総じてこの世界では、子供の労働にまともな給料は払われない。半日働いて給金が500ゴルド、千円すらも払われないなんてことはザラだ。

 

 必要なのは、教会が半永久的に自活するための稼ぎ口であり、楽しく働くための優良な職場であって、児童を搾取するための農園ではない。


 知識のない子供でも楽に働けて、教会にも金が落ちるような仕組み。

 それを実現させるためには、教会そのものが牧場を経営していなければならなかった。しかしその計画が不可能だと判明したので、既存の牧場の経営に食い込むという形で応急処置を取る必要に迫られたのだ。

 そして、その問題であれば俺が努力すれば何とかなる事柄だった。


「結局、ギルガシ牧場っていうところに決めたんですね?」 


「うん。大きすぎる牧場とかだと、経営権に口を挟めないからね。大牧場に対抗しきれていない、経営状況の良くない中小の牧場で、できればヘリオパスル教会から近いところ。いくつか候補はあったけど、ギルガシ牧場が一番ぴったりだった」


 ヘリオパスル教会から徒歩三十分ほど、首都の門を出た郊外に、そこそこの広さの土地を持つ、親族経営をしていたギルガシ牧場。そこに俺は何度も赴いて、共同経営を成立させるべく働きかけた。


 こちらが求めるのは、教会と児童にもたらされる安定した収益であること。

 その上で、教会が参入することによって、先方の経営状況が良くなること。

 この二点を柱として、牧場主の一族を説得していく。

 

 まず教会側からの要求としては、児童の雇用である。

 といっても、この世界でありふれているような搾取の一形態ではなく、給与自体はそこそこの額でもいいから、危険な仕事には従事させず、そして短時間の拘束に留めるという項目を盛り込む。


 さらに、子供たちに払う給金とは別に、紹介料という形でヘリオパスル教会へもわずかな金額を払う。いわば派遣紹介料でヘリオパスル教会も採算を取ろうという腹積もりだ。子供たちが稼いだお金は各自で使っていいし、さらにプラスアルファで、牧農場で採れた肉や卵、乳、あるいは農産物などは、ヘリオパスル教会に対しては安く、卸値以下で売ってくれるように交渉することも忘れない。

 

 ここまでが俺たち、つまり教会側からの希望である。

 これがすべて通れば、教会は自活できると俺は踏んだ。

 今後、引き取る孤児が増えたとしても、教会はそれに比例して収益が上がる。教会は何とか潰れずにやっていけるし、子供たちにもそこそこの給金が払われる。


 本音をいえば、子供たちにも小遣い銭ではなく、ちゃんとした給料を支払って欲しかった。しかし元々、農場の経営自体が、人件費をどれだけ抑えられるかで成立しているという部分があり、やりすぎると赤字になってしまうのだった。衣食住完備ということで、長年働けばひと財産作れるようになっているので、それで良しとするしかない。


 次に、こちらが牧場に対して示せるメリットの話である。

 

 一言でいうと、カナン商会とのパイプ。それに尽きる。


 今まで先方は、個人経営の肉屋などに、畜産物を直接売っていたようだ。それが、カナン商会が一気にすべての品物を買い上げるという形に変わる。


 肉類や農産物の、安定した売却先というのは、農家にとっては非常に重要なものらしい。農協やらがある日本と違って、この世界の商取引は個人同士のやり取りというか、細々とした規模のものも多いらしく、市場のニーズによって価格がダイレクトに変わってきてしまうのだという。


 しかし、カナン商会を売却先とするならば、その懸念がなくなる。

 常に一定の価格で、作ったものが売れる。それはカナン商会とは別口の、大手精肉業者と契約している競合牧場と戦う地力を生む。

 であるならば、牧場の規模を大きくすることに何の不安もいらないので、労働力を増やそうと考えるのは自然の流れで、子供たちの就労にも意味が出来てくる。

 カナン商会に卸す以上、商品の選別は厳しいだろうが、売り物にならないものの普通に食べられる農産物はヘリオパスル教会が安値で買い上げるので補填が効く。


 我ながら素晴らしい、両者得をする関係だと思う。

 

 教会との繋がりを切ると、カナン商会との縁も切れるというところがミソだ。

 本来は、牧場側からしてみれば、間に教会を挟む必要はないのである。安価な労働力なら集めようと思えばいくらでも集められるだろうし、教会に払う派遣紹介料や、子供にしてはまともな、いわば高い人件費を払う必要はどこにもない。


 その分、牧場側の利益が減っているのかといえばそうではなく、カナン商会がある程度負担してくれているのである。要するに、教会を挟まずに商売をすればもっと多額の利益が出るところを、薄利に抑えてまで教会を支援している形になる。

 

 そんなことをなぜしてくれるのかというと、もちろんライオット君のおかげだ。

 もっといえば、ソアラ嬢の口利きのおかげなのである。


 これにより、ヘリオパスル教会、ギルガシ牧場、カナン商会、三者それぞれの思惑によって、牧場の共同経営という計画が成立する。どこを切り捨てようとしても、牧場の経営は立ち行かなくなる。教会の永続的な収入源の完成だ。


 これに加え、牧場の人々に、慈善事業でもあるという思想を植えつけていく。

 働き口を探している孤児を助けることは、社会的な信用や評判にも繋がる、もちろん露骨に言ったわけではないが、そういった内容のことを、時間をかけて少しずつ少しずつ吹き込んでいった。


 結論から言うと――この商談は、まとまった。

 ギルガシ牧場の人々は好意的に俺の提案を受け入れ、むしろ乗り気で子供たちの面倒を見ることを確約してくれた。なので、こまごまとした書類やら契約書やらの作成に、先日から俺が追われているというわけである。


 書類仕事だけではなく、増え続ける教会の子供たちのために、教会と牧農場、双方に近い場所に土地を買い、寮として使える広大な家を特典の大工スキルで建てたり、フェリオ神父たちに計画の内容を説明し、働く時間ができることによって子供たちへの教育だとか、そういった時間が変わってくることを納得させ、生活習慣を牧農場で働くそれを組み込んだものに変えてくれるように頼んだりだとか――


 まあ、目が回るような忙しさであった。それが、そろそろ一息つけそうなのである。


「適材適所ってわかっちゃいるが、こうも書類に忙殺されてると哲雄が羨ましいなあ」


 事務は、俺。

 金策は、哲雄。


 どちらから言い出したわけでもなく、役割分担は自然とそうなった。

 俺はあちこち駆け回って契約成立のために奔走し、哲雄はひたすら魔物を狩って資金を溜める。金は、子供たちが暮らす寮や土地の買い付け、あるいはギルガシ牧場の規模を大きくするための家畜の買い足しなどに使われた。


 外部から金を受け取ったことで牧場が拡張できたという事実は、ギルガシ牧場の人々の心象を向上させるのにも役立っただろう。投資にあたって、彼らが懐を痛めたわけではないのだから。


 大きくなった牧場は、孤児たちがいないと維持できない。取引先であるカナン商会も、教会を切れば同時に縁が切れる。ここまでお膳立てしておけば、真っ当な感性の人間ならば子供たちを大事に扱おうと思うだろう。

 血族経営ということで、視野の狭い商売人の集まりかもしれないという懸念は、俺が実際に会ってみて払拭されている。大手を相手取り、青息吐息ながらも牧場を経営してきた彼らは、それなりにシビアな経営観念を持っていた。ぱっと見、子供にしか見えない俺の持ってきた計画をじっくり吟味し、内容に理解を示してくれたことからも、それがわかる。利害の計算が出来るなら、子供たちを邪険にしたりはしないだろう。


「哲雄との飲み会も、あと何回できるかなあ」


 紅茶を飲みながら、ふと、そんなことを思った。


 友人との別れのときは、そう遠くないような気がしている。

 そんな予感がするのだ。


 哲雄が趣味でもない魔物狩りに勤しんでいるのは、養子のディアナの預け先を探しているからだった。もし哲雄が死んでしまって、契約した精霊たちがいなくなってしまっても、赤ん坊が一人で生きていけるようにと。


 その心配がなくなってしまえば、哲雄は心おきなく鉄火場に首を突っ込んでいくのではないか、そんな気がしてならない。


 先だってコンスタンティ家と裏路地の抗争の話題が出たが、哲雄はソアラ嬢の行く末に強い興味を持っているようだった。傍観者に徹することは、まずあるまい。そこで哲雄が命を落とすか、あるいは生き延びても、今度はどんな荒事に関わるのか――長生きはしないだろうなと思う。


 哲雄には哲雄の人生があった。引き留めて、止まるものでもない。

 いずれ必ず来るであろう別れが、少し寂しかった。




 

 





「やるじゃん!」


 契約の全貌を、わかりやすく説明し、実際に契約書を見せてみたところ、シーリィは俺の肩をぱしーんと叩いた。お気に召したらしい。


 教会の応接室、とは名ばかりの机と椅子が置いてあるだけの一角に、俺とムームー、そしてセレス・シーリィ姉妹、フェリオ神父の総勢五名が集まっての、結果報告会である。


「期待してなかったかって言われると期待してたんだけど、でも話がなんだか大きすぎて、上手くいくのか心配だったんだ。でも本当にやってくれたんだね。やるじゃないキョーシャ君!」


「お褒めに預かり、どうも」


 はしゃぐシーリィとは対照的に、爆乳シスターセレスとフェリオ神父は額を付き合わせて契約書の書類に見入っていた。


「ええ、素晴らしい内容だと思います、神徒キョーシャ。働くことが子供たちの重荷になりすぎないよう、しっかりと労働時間を限定し、その上で楽しく働けるような工夫まで凝らされている」


「それだけではありませんわ、神父様。長く働いてきた子らには、給料を上げる約束まで盛り込まれています。これなら、大人になって巣立っていく子供たちの働き口としても良いかと」


 従業員のモチベーションの維持は、大事な問題である。

 ギルガシ牧場の人たちだって、長いこと勤めて勝手を知り尽くした従業員に去られたくはあるまい。勤労年数に応じた給料アップは当然の権利だと思うのだ。 


 ここがどうの、この文言が良く考えられているだの、神父とシスターの二人は俺を褒めちぎることしきりだった。二人の印象が良いということは、ほぼ契約は成立であり、上手くいくものと見ていいだろう。


 彼らの様子を眺めていて、大きな仕事のプロジェクトを一つ成し遂げたような達成感が、俺を満たしていった。


「よし! 私も約束を守ろう!」


 ほっこりしていた俺は、首根っこをつかまれた。

 横を見れば、なぜかシスターセレスも同じように襟首をつかまれており、二人してずるずると引きずられはじめる。


「ちょ、ちょっと、シーリィ?」


 俺に負けず劣らず、シスターセレスも困惑顔だ。

 二人を引っ張っていこうとするのが妹のシーリィだということもあるが、なぜこんなことをするのかがわからないといった体で、それは俺も同じだった。腕力で抵抗しようと思えば簡単だが、それはそれで大人げないし。


「一体どうした、シーリィ? また何か、内緒話かい?」


 こうやって引きずられていくのは二度目だなあ、と思い出し、またその手の話をしたいのだろうかと俺は笑いをこらえる。あのときは確か、教会の経営状態が悪いから自分を買ってくれって言われたんだった。


 以前と同じ、教会の裏手まで俺たちは連れてこまれる。


「とう!」


 ぼふむっ、と俺の顔面が何かにめり込んだ。

 シーリィが俺の後頭部をつかんで、何かに叩き付けたのだ。


 鼻っ柱が痛むかと思いきや、意外にも柔らかな弾力が俺の顔を包み込んでおり、気持ちよい。


「シーリィ!?」


 今まで聞いたことのない、シスターセレスの慌て声が頭上から降ってきた。

 

 うん、つまるところ、いま俺は、シスターセレスの胸の谷間に顔をうずめているわけだ。


「見事なお手前でございました」


 名残惜しくはあったが、紳士的に顔を離し、手を合わせて一礼した。

 これほどの胸にうずもれる機会は、前世でもございませんでした。


「キョーシャ様も、なぜそのように落ち着き払っておられるのですか!」


「ありがたやありがたや」


 これまた珍しい、ちょっと膨れ顔のシスターセレスに、すりすりと手を擦り合わせながら拝む。


 しかし、有難さと、なぜこうなっているのかという話は別問題である。話の流れからいって、これはシーリィから俺へのご褒美なのだろうが、教会の経営を建て直したからといって、シスターセレスにエロいことをさせろなどと要求した覚えはない。


「で、なんでまたこんなことを?」


 免疫がないのか、頬を赤らめているシスターセレスにちょっかいをかけたくなるが、それはぐっとこらえて、真顔でシーリィに向き直る。


「あれ、ムームーの姉御から、キョーシャ君は性豪だって聞いてたんだけど。セレスお姉ちゃんにいいとこ見せたくて頑張ってたわけじゃないの? あげるよ? お姉ちゃん」


 俺はがっくりと肩を落とした。あげるよ、ってそんなあっさり言われても困る。


 そもそもムームーとシーリィがいつ姉御呼ばわりするほどに仲が良くなったのか、ムームーを預けたいから教会を建て直すと散々言ってきたのになぜエロ目当てだと思われているのか、相変わらず姉を売ろうとしている妹の外道さだとか、色々な面で脱力せざるを得ない。


「え、それともまさか、同年代がいいとか? つ、つまり私がいいの? 姉御を娶ってるから年上好きなのかと思って油断してたわ」


 かと思えば、もしや狙われているのは自分だったのか、とうろたえ始めるシーリィであった。


 しかし良く考えればキョーシャ君は優良物件、ここは己の売り時ではなかろうか、などと顎に手を当ててぶつぶつと何かを呟き始めたので、俺は苦笑した。


「残念だけど、俺にはもうムームーがいるから、新しい奥さんを作る予定はないよ?」


「えっ!?」


 心底驚いたといった表情で、シーリィはのけぞった。

 驚きたいのは俺の方だ。なぜ俺が、一夫多妻を目指していることが前提となっているのだろうか。前世では確かにハーレムを作っていたが、この世界ではその予定はない。


「嘘だあ! ムームーの姉御が言ってたもん、キョーシャ君が性豪すぎて自分では満足させられてないって。絶対欲求不満に違いないから、奥さんのあてがあったらお願いねって私、言われたのに!」


(ムームーっ!)


 俺はよろめき、壁を背にして顔を覆った。

 何ということでしょう、根も葉もないと思っていた噂の出所は自分の嫁でした。


 いやまあ、確かに青少年の性欲を持て余している部分はある。

 なぜなら、特典スキルによって精力が大幅に強化されているからだ。


 元々そっち方面には強い身体で、しかも若返って肉体年齢は性欲絶頂期の十三歳だし、そこに特典スキルを使って倍加させることで、俺の下半身は無敵といっていいレベルの強靭さを誇る。身も蓋もない下品な言い方をすれば、まる一日中だってやってられるだろう。出しても出しても気持ちいい。


 しかし、男として三十を越えて生きてきた以上、性欲の律し方ぐらいは弁えている。性豪性豪と先ほどから連呼されているが、性獣にならない理性は当然持ち合わせているのだ。見境なく手を出そうとしている男と見られるのは心外である。


「で、どっちがいいの? 姉さんがいいの? それとも私?」 


 逃げられないようにシスターセレスの腰に手を回しつつ、シーリィは壁際に追いつめた俺にずずい、と近寄ってくる。二人の女性の肉体が、ほとんど密着しそうなほどに俺を囲んでいる。見ようによってはカツアゲの現場である。


「どっちも選ばないってのはナシね。必ずどっちかは選ぶこと。両方でもいいよ?」


「良くないよ。なんで俺が最低でも一人は嫁を増やす方向で話が進んでるんだ」


「ムームーの姉御は、身体は正直だって言ってたわ。特に弱い場所がこのへんで、

確かこんな風に触ってあげれば――」


 思わず声が出そうになった。シーリィが、たどたどしい手つきながら、内股を触り始めたからである。失礼な話ながら、シーリィはともかく、爆乳シスターの姉の身体までが俺に密着している状態だと、おさわりの効果は抜群であった。


 言葉を尽くして、嫁を増やすつもりはないと説得する暇はなかった。すでに接触が生じてしまっているからである。このままイジられ続け、「そんなこと言っても身体は正直じゃない」式に後戻りできないところまで追い込まれてしまっては、それこそ性豪として、あるいは年長者としての沽券に関わる。


(もう、いいよね)


 俺は結構、我慢したと思う。

 姉のセレスが乗り気ではなかったとはいえ、若い女の子二人のモーションを拒絶し続けた。その精神力は褒められて然るべきだと思う。


 もう、反撃に転じてもいいと思うんだ。正当防衛というやつである。


 いらん噂をバラ撒いてくれたムームーは今夜ベッドの中で手加減なしで責めぬいてやるとして、半ばノリで男を誘惑しようとしているシーリィには、ちょっと痛い目を見せてあげよう。


「うりうり、そろそろ堕ちてしまえばいいのに――はうっ!?」


 まず、抱きしめます。締め付けるほどではなく、あくまでそっと。

 これは攻守が逆転しますよ、という宣言でもあり、逃がさないぞ、という意思表示でもあります。


「え? あれっ?」


 畑仕事の帰りだったのか、土で汚れた前掛けをしていたので、肩紐をそっと撫でて脱がします。ふぁさっ、と音もなく前掛けは地面に落ち、彼女の着ている服が露になります。


 ドレスというよりは寝巻きに近い、ベージュ色の長袖ワンピース。

 スカート部分は膝下あたりまでで、そこから黄色いストッキングのような肌着が見て取れます。色気もへったくれもない、村娘の格好ですね。


 とても好都合なことに、全体的に、衣類の生地が薄いです。トップス部分など、それこそ布一枚の厚みしかなさそうです。これなら、ほとんど地肌に触れているのと変わりありません。


「はうん!?」


 次に、触れるか触れないか、というぐらいの優しさで、人差し指の先端で敏感な部分をつつきます。人間は、がっしり触られるよりも、皮膚の表面をつつーっと撫でる方が敏感に感じたりします。産毛の生え際を、皮膚に触らないように撫でたりするのも効果的。自分の腕とかで試してみると良くわかります。ぞわぞわするね。


「ひうっ!?」


 例えば、脇からちょっと下がった肋骨のあたり。例えば、背中。他にも、腕や脚の外側ではなく、内側の敏感な部分とか、おなかとか。そのあたりを、優しくなぞっていく。一歩間違えるとくすぐったいだけなので、内股なんかのデリケートゾーン近くを重点的に、性的な要素を感じさせるように触っていきます。

 

 やってやっても良かったのですが、今回は悪ふざけ程度のお仕置きなので、胸や股間など、ガチの性感帯はやめておいてあげましょう。開発してないと反応も弱いしね。


「ひあっ!?」


 いつの間にか、壁に押し付けられているのが自分だということに気づいて慌て始めますが、もう遅いです。奇襲ぎみに、ほんの少しだけ、耳に息を吹きかけたり、今まで一点ずつだったのを、一気に三点同時に触ったり。触る場所を少しずつ変えながら、色々なところを触ってあげます。


 もう少しで性的な部分に接触してしまう近さ、例えば股間からほど近い内股とか、お尻ではなくて腰の側面だとか、おっぱいそのものではなくて胸と胸の間とか、そういうところをつつーっと撫でていきます。ちょっとずれたら大事なところを触られてしまう、そんな危機感を煽っていくわけですね。


 そんなこんなで、自慢のテクニックを活用して責め続けた結果――


「はあ、はあ――」

 

 ご覧下さい。

 腰くだけになりながら、頬を上気させて壁によりかかる少女の完成です。


 シーリィが真顔になってきたので、このあたりでやめてあげましょう。これ以上やると、お互いガチになってしまうので、最後まで行ってしまいます。話の流れ的に、向こうから食べて下さいと食卓に並んだようなものなので、行ってしまってもいいかとは思うのですが、そこは大人の優しさで許してあげましょう。私は紳士なのです。


「ちょ、ちょっと、シーリィ?」


 途中からどう止めていいかわからずおろおろしていたシスターセレスが、上気した妹を前にあたふたし始める。いや、ちょっと違うな。いつでも止められたにも関わらず、興味津々でつい一部始終見ちゃったって感じか。うむ、姉の方はムッツリスケベである。把握した。シスターなのにムッツリスケベ。良い属性である。


「何かで扇いであげて。のぼせてるだろうから」


 二人から離れつつ、天高く燃ゆる炎帝を目を細めて仰ぎながら、俺の小手先のテクニックはまだまだ健在であると、妙な達成感に浸る俺であった。


 とりあえず少女たちと俺がくっつけばいいじゃないと言わんばかりにけしかけてくれたムームーには、手加減抜きのお仕置きタイムをせねばなるまい。今までも俺が全力だったと彼女は勘違いしているようだが、アブノーマル方向の技を封印してきた俺の引き出しはまだまだ無数にあるのだ。


(それとは別に、お説教も必要だな)


 シーリィと違って、ムームーは俺がここ数ヶ月の間に死亡する確率がとても高いことを知っている。結婚しました、抱かれました、旦那がすぐ死んじゃいましたでは彼女たちが可哀相だ。ムームーだけでは確かに物足りない部分はある。しかし、その物足りなさを我慢して、二人目以降の妻を作らない理由を、彼女は知っているはずなのだ。


 にも関わらず無責任にシーリィたちをけしかけてきたのは、いただけない。


「やめちゃうの?」


 呼吸を乱し、教会の壁にもたれかかりながら、シーリィは俺の方を見つめてきた。俺はそんな彼女の様子を見ながら、やりすぎてしまったかと後悔した。


 実のところ、手つきからテクニシャンだということは伝わるだろうけれども、この手のスキンシップは恋愛感情を抱いていない相手からされても女性陣は大して興奮しない。


 しかし、不意打ちだったというせいもあるだろうが、拒まれる様子がなかった上に、シーリィの感度と反応は予想外に良かった。なので、反応に気を良くしてねっとり触りまくってしまったのである。おっさん以外の何物でもない。


「にょほほほほ、これに懲りたら男をからかうのはやめるのだ!」


 漂い始めたガチな雰囲気をぶち壊すべく、道化っぽく笑ってみせる。

 正直なところ、途中で姉のセレスから突っ込みなり、何がしかの制止なり声がかかるなりがあると思っていたのだが、それがいつまでも来なかったので切り上げ時を見誤った側面がある。本来は、きゃー何してくれるんですかーぐらいの軽い反応が返ってきた時点でやめる予定だったのだ。


「少女の柔肌、ゴチでした! まあ犬に噛まれたとでも思って諦めてくれ、はーははははっ」


 こういうときは、一旦時間を置くのが得策である。 

 踵を返して、俺は走り出そうとしたのだが――


「待って!」


 弾かれたように、シーリィが俺の裾をつかもうとする。

 そんなつもりはなかったのだが、無手の格闘にも効果が反映される特典の殴打スキルが発動してしまい、ほとんど無意識のうちに、するりとシーリィの手を払いのけた。


「あ――」


 思わず俺は足を止めた。背後を振り返ると、拒絶されたかと思ったのか、シーリィの目が潤みだした。まずい。ものすごくまずい。何より気まずい。


 このまま見なかったことにして、高笑いを残して走り去った方が良いと男の直感が訴えてくるが、かといって、女の子を泣かせて逃げるという行為が一夫多妻主義者の本能を強烈に刺激してくる。これを放っておいて逃げるというのは、よろしくない。


「姉御の許可は、取ってるもん」


 無言かつジト目で睨まれ続けるという、とても重苦しい空気の中、俺が言葉を探していると、シーリィはぼそりとそう言った。


 許可ってなんだ、許可って。二人目の嫁にしていいとかそういうことか。

 おいムームー、なんでそんな許可出した。まさか貴様、お仕置きフルコースのさらに上を望むというのか。


 いやそもそも、その前に、なんでシーリィが抱かれる気全開になってるのだ。姉のセレスをハーレムにねじこもうとか、最初はそんな話じゃなかったっけ。


「んっとな、シーリィ。姉妹ともども頂いてしまいたいのは山々なんだけれども。俺は少し、ヤバいことに関わっててな。あと数ヶ月も経たないうちに死ぬ可能性が、とても高いんだ。フヒトって人が死んだのと、同じ件なんだが」


 俺は腹をくくって、率直な理由を伝えることにした。

 転生云々までは教える必要はないだろうが、変に誤魔化していては、この場を切り抜けられないような気がしたのだ。


「仮に恋人同士、あるいは夫婦になったからって、すぐに旦那が死んじゃったら意味がないだろう? 牧農場にほとんど貯金は使っちゃったから、シーリィが思ってるほど俺は裕福でもないし、お金もない。だからその、なんだ。俺はいい結婚相手にはなれないんだよ」


 ここまで言えば、諦めてくれるだろうと思っていた。

 失礼な言い方ながら、シーリィぐらい世知辛い人生を送ってきた子ならば、お金の大切さを知っているだろうから、ムームーにあやかって俺と結婚したがる気持ちもわからなくはない。苦学生だった頃が俺にもあるから、貧乏の苦しみは彼女ほどじゃないけれど俺も知っている。金目当てで近づいてくる女を、男性はとても嫌うものだが、彼女の場合、仕方ないかなあとは思える。


 けれどまあ、彼女自身、あるいは姉をあてがってまで狙うほどの身代が俺にあるかといえば、ノーである。必要に応じて稼ぐことはできるかもしれないけれど、実際に俺の貯蓄はゼロに近い。俺と結婚するのは、無駄というものだ。


「知ってる」


 だから、シーリィの次の一言は、俺に脂汗をかかせるに足りるものだった。


「姉御にそれとなく、お妾さんが増えたらどう思う、って聞いてみたら、同じことを言ってた。遠くないうちに、神様の下に召されてしまうだろうってキョーシャ君は言ってるし、そうなってしまう可能性が高いって、姉御自身も覚悟して受け入れてるって。でもさ、そこではいそうですかって引き下がっちゃったら、キョーシャ君とはもう会えなくなるわけでしょ?」


 ああ。


 これは、間違いない。直感に、ピンと来た。


 ここまで聞いてしまえば、間違えようもない。勘違いのしようもない。


「それはね、嫌だったの。逆に、今しかないんじゃないかなって思ったの」


 どうやら俺は、この少女に惚れられているらしい。

 

 どこだろう。一体どこで、俺はこんなにもシーリィの好感度を稼いだのだろう。

 教会の再建を主導しているわけだから、好意的には見られるのはいいとして、ここまで恋慕が天井を突破するほどのイベントが彼女との間にあっただろうか。記憶にない。

 

 現在までの間に、彼女と会った回数は、十回そこらである。

 しかもそのうちの半数ほどは、牧農場の事務で訪れただけなので彼女との会話はなかった。それこそ身売り関連とか、フヒト氏のこととか、ソアラ嬢のこととかのときに、いくらか話をしただけである。


「キョーシャ君、お姉ちゃんみたいな人、好きでしょ? お姉ちゃんをくっつけたら、何かの弾みで、私もひょっとしたら、その、いい仲になれるかもしれないと思って」


 うん、その理論はよくわからないが、女性がたまにぶっ飛んだ思考回路に至ることは知ってるので、それはいい。


 よくある年上への憧れではないはずだ。だって今の俺、見た目は少年だし、彼女とは同年代なのだから。では、もしや友情の発展系というか、あんなに仲良く接してた男の子と会えなくなるのが嫌とかそういうのだろうか。


 いや、それも多分ない。彼女は割と、利害関係にはシビアだ。やることをやれば子供ができることぐらい、彼女だって知っているだろう。厚い友情だけで、今後の人生を左右しかねない事柄にここまで突っ込んでこないはずだ。

 同様に、淡い恋心でも、多分ない。そうでなければ、あれだけ刺激的なスキンシップをされた直後に、うろたえずに俺に求愛めいた発言をするはずがない。


 彼女なりに、本気だった。

 本気で俺は惚れられているらしい。


(ミスったかな)


 生前、少女趣味がなかったせいで、彼女へのガードが甘かったかもしれない。ほとんど異性としては見てこなかったのだ。せいぜい、レディとして扱ってあげようか、それぐらいに考えていた。


(あるいは、日本とこの世界の常識差って側面もあるのかな) 


 比較してしまうと、この世界の人々の命は、どうしたって日本のそれよりは軽い。だからなのか、この世界の子供はみんな早熟だった。


(身体だけは同年代だったから、忘れてたな)


 子供は、大人と比べて経験に乏しく、直情的だ。言い換えれば、未熟ということでもある。ただし、そのかわりに、子供の持っているエネルギーは、大人のそれよりずっと強い。そのエネルギーを、早熟な彼女が、真っすぐに俺にぶつけてきている。


 それは思わず戸惑ってしまうほどの、力強さだった。

 

「前言訂正。お姉ちゃんはもうどうでもいい。ここまで言わせといて、私を、その、食べないとか、認めないんだからね!」


 気がつけば、俺の背が壁に当たった。いつの間にか、立場が逆転している。追いつめられている。顔を紅潮させた涙目のシーリィが、いつの間にかじりじりと俺に近寄ってきていた。


「まあ、落ち着け。一度、ゆっくり話し合おう。な?」


「どりゃーっ!」


 両手を挙げて降参のポーズを取っていた俺に、シーリィが突進してきた。


 気が付けば、組み付くかのように、俺はがっしりと彼女に抱きしめられていた。


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