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盤台哲雄 15

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「せいっ!」


 握った包丁を突き出す要領で、クリスダガーを突き出す。

 革の腹巻きみたいな衣服ごと、蜥蜴人リザードマンの腹部に半ばまで切っ先は吸い込まれた。手応えがほとんどなかったのが、逆に空恐ろしい。


 底が見えない貫通力。これが、クリスダガーという武器の強みだった。


 爬虫類めいた甲高い叫び声をあげるリザードマンを蹴っ飛ばし、よろめかせてから追撃にかかる。武器に体重を乗せずとも致命傷になるので、ジャブみたいに軽く、心臓、喉と貫いていくと、やがてリザードマンは倒れ、息絶えた。


「お見事でございますわ、哲雄様」


 控え目な、品のいい良い拍手でクリッサが祝ってくれる。

 クリスダガーの使い心地を知っておきたいという僕の申し出を受けて、今日は可視化ビジュアライズ状態で僕の狩りを見守ってくれていたのだった。


「すごいね、この武器」


 僕は心の底からそう思った。自分のことを褒められて、クリスダガーの精霊であるクリッサははにかんだ。


 柄から刀身まで一メートルはあろうかというクリスダガーの攻撃可能部位は、先端の数センチだけで、そのため斬撃はほとんどできず、切り口を派手に破壊することもない。突いた場所に刺さるだけだ。クローベルの両手剣による一撃のように、派手に切断したりすることもない。


 ただ、その分――ほんの十センチ強であれば、ほとんど何の抵抗もなくクリスダガーは貫く。例えばフライパンに似た、鉄の鍋。あれを、ほとんど力を入れずに貫くことができる。刀身の重みを一点に集中させた切っ先は、どんな防具を着ていようと容易く相手を傷付けることができるほどの、凄まじい貫通力を誇るのだ。この軽さで、これほど威力の高い突きが出せるのかと驚くほどの。


「突き出し方とかに、おかしいところはあったかい?」


「ございませんでした。強いて言うのでしたら、今のように体重を乗せる一撃ではなく、身体を開いて、右手と右足を同時に突き出すように致しますと、突きの射程が伸びます。私の外鉄そとがね緑魔鋼ミスリルで出来ておりますし、リザードマン程度の相手でしたら、全力で突くまでもなく貫けると思いますわ」


「うん、僕もそう思ったよ。先端だけしか刺さらないし、余計な力を入れるのは良くなさそうだ。フェンシングっぽく使う方がいいかもな。レイピアみたいに」


 僕はクリスダガーをクリッサに返す。

 あくまで試し切りをしてみたかっただけで、本番の狩りでは彼女が使うからだ。

武器系統の特典スキルを持っていない僕が使っても、宝の持ち腐れである。


「さて、それじゃあ、狩り本番といこうか」

 

 言ってから、ススキみたいなとがった青い葉の生えている沼地を歩き出す。

 地面はぬかるんでいて、草むらを踏みつけるように歩くとぐちゃっと音がする。


 今日の狩りは、いつもの首都近郊ではなく、かなり踏み入った場所で行っていた。一言で表すならば、レベル100から200ほどの魔物が生息している、緑豊かな湿地帯。そういったところである。あちこちに小さな池や湖があって、それを覆い隠すように森が広がっていた。わかりやすく言えば、涼しいアマゾンだ。


 首都から世界の中心に向けて、移動すること約一時間。闇属性魔法の夢魔召還を使い、騎乗移動を併用した上での一時間――これは、僕にとってはかなりの深入りである。出没する魔物の様相も、かなり変わってきていた。


 なぜこの場所を本日の狩場に選んだかというと、それなりの理由はある。


 一つには、狩りの効率を上げるためだ。

 首都の周辺で出没するような、屍鬼グールだとか狂猪デアデビルなどをちまちま相手にするのは、もはや非効率的だった。僕のレベルに見合わない。


 レベルを1上げるのに必要なマナ、言い換えれば経験値は、レベルと等しい。

 そして、生物を倒して得られる経験値は、倒した相手のレベル値と等しい。

 これは転生時に神様が直々に言っていたことなので、間違いない。


 つまり、レベル30ならば、レベル30の生物を一匹殺せば、1レベル上がる。

 だが、自分がレベル300ならば、レベル30の生物を10匹殺さなければ、レベルは上がらない。ごく単純に考えて、レベルの上がりにくさは十倍だ。


 もちろん、その分自分も強くなっているので、じゃあレベルの低い魔物を乱獲すればいいのかというと――そういうわけでもない。


 数がいないのだ。


 以前、僕の剣術を修行しにいった、アンデッドが群れていた墓地。あれぐらい魔物がいるならば話は別だが、それにしたって一度狩り尽くしてしまえば、数週間は同じ状態に戻らない。危険度の割にうま味がないから、普通の冒険者からあの墓地は忌避されて魔物溜まりになっていただけで、自然にアンデッドが生まれるペース自体は、とても遅いのだという。


 いちいち魔物を探す手間を考えると、小物を一体一体狩っていくより、多少時間をかけてでも大物を仕留めていく方が、金銭的にもレベル上げ的にも効率がいいというのが、僕の結論だった。


 もう一つ、このアマゾンみたいな湿地帯を狩場に選んだ理由としては、この湿地帯が、狩りに向いているという情報を冒険者ギルドで得たからである。


 この付近は、環境が向いているリザードマンの生息地帯らしい。

 彼らは群れを作る魔物だし、足場もけっして良いとは言えないが、それを考慮したとしても、空を飛ぶ魔物とか、足の早い魔狼の群れなんかよりは戦いやすいというのが、冒険者ギルドの見解だった。


「おっと――もう一体来たか」


 考え事をしていたら、新手が来た。


 仲間の叫び声に引き寄せられたのか、剣と盾を持った新手のリザードマンががさがさと茂みをかきわけながら現れたのだ。


「どうせだし、クリッサのお手並み拝見といこうかな」


「お任せくださいませ」


 僕の注文に応えて、嫣然と微笑んだまま、クリッサは無造作に歩き出した。

 姿勢を低くして重心を下げたりもせず、これみよがしにクリスダガーを構えたりもしない。左手に鞘を、右手に武器をだらりとぶら下げて、散歩のような気軽さでリザードマンの方へと歩いていく。


 対照的に、現れたリザードマンの方はといえば、大声で叫びながら突進してくる。右手に持ったシミターのような片手剣を振りかぶりながら、クリッサへ向けて走りこんでくる。


 ぶんっ、とリザードマンの大振りが空を切った。


 クリッサは、すれ違う人に道を譲るような気軽さで、ひょいっ、と避けた。

 交錯というにはあまりにも短い時間であったが、リザードマンはその場でたたらを踏み、やがてよろめき、倒れこんだ。その頃には、すでにクリスダガーは鞘に収められている。


「すごいなあ。ほとんど見えなかったよ」


 すれ違いざまに、クリッサはリザードマンの喉を突いたのである。

 証拠に、地に倒れ伏すリザードマンの首あたりから、血だまりが広がっていた。


(実力の底が知れないなあ)


 まるで散歩のような気軽さで、クリッサはリザードマンを屠ってみせた。

 武器を使う知性もあるし社会性もある、肉体だって人間よりも強靭で大柄な、レベル平均が100を超えるリザードマンを、だ。

    

 元が僕の魔力であり、契約した精霊に過ぎないというのに、凄まじい戦闘能力である。


「忘れておりました、魔石を拾いませんと。これぐらい遠出をすれば、中々良い魔石が手に入るのではないでしょうか?」

 

 魔物の死体は溶けるように消え去り、後に小さな魔石を残した。

 それを、クリッサは腰を屈めて拾い上げる。彼女の細い指に握られた魔石は、陽光を反射してきらりと輝いた。


 首都の近くに出没するような弱い魔物が出すものと違って、リザードマンの残した魔石は、紫色がやや濃い。こめられたマナの濃度が高く、良質なのだ。

 より上質な魔石は、より高値で売れる。例えば作火石をこの魔石で作れば、既存のものと比べてかなり長持ちするものが作れるだろう。 


(これなら、一個10,000ゴルドぐらいで売れるかな?)


 革鎧の腰にある収納部分に、クリッサから受け取った魔石を入れる。

 

(あと何個ぐらい必要なのかなあ)


 侠者と共同で進めている、ヘリオパスル教会の牧農場建設予定。

 それには、まだまだ資金が足りない。狩りに没頭する日々は続いている。


(まあ、黙々と魔物を狩り続けるだけだと、飽きるんだけどね)


 人を相手にするならともかく、魔物を虐殺しても、楽しくも何ともない。

 気分転換のために、たまには目先を変えた狩りをしたいものだった。


「というご主人様の悩みを汲み取りまして、私、考えました!」


 ばばーん、という効果音でも付きそうな現れ方をしたのは、言わずと知れた両手剣の精霊、クローベルである。カエデが家で育児を兼ねたお留守番なので、今日はクローベルとクリッサの二人を連れての出稼ぎなのであった。


「ずばり! どちらがより多く魔物を倒せるかしょーぶー!」


 いえーい、とセルフでぱちぱち拍手をしながら、クローベルは宣言した。

 要するに、クローベルとクリッサ、どちらが魔石の量を稼げるかを競おうというものである。


「クローベル、前回もそれやらなかった? しかも、前回は負けたよね?」


 侠者にクリッサを初お目見えさせたときも、二人は競っていた。

 結果はもちろん、重量級のクローベルの負けである。

 魔物の方から大挙して押し寄せてくるような状況ならともかく、遭遇戦であれば、移動速度が早いクリッサが有利なのは自明の理であった。


「負けっぱなしなんて、先輩精霊としての沽券に関わります! 今日こそ良く出来た後輩に勝って、ご主人様に愛でてもらうんです!」


 勝手に賞品まで設定されていた。しかも僕が巻き込まれていた。


「そのような賭けにせずとも、哲雄様は二人とも可愛がってくれると思いますが」


 やんわりと先輩をたしなめるクリッサだったが、クローベルは地団駄を踏んだ。


「きいーっ! 軽量型だからって、余裕ぶっこいてやがりますね! 今日こそ勝ってみせます! 見ててくださいご主人様!」


 言うや否や、苦笑顔のクリッサを残して、クローベルは魔物を狩るべく駆け去っていった。一見すると、対抗心をむき出しにしているように見える。


「よろしいのでしょうか。第二夫人様と、張り合いたいわけではないのですが」


「ああ、大丈夫。あれはクローベルなりの気遣いだから」


 クリッサだけではなく、僕への気遣いでもあった。


 カエデによる夜伽禁止令はまだ続いている。デートだって、競売に出かけていった一度きりだ。僕とクローベルは、未だに清い交際を続けているのである。


 しかしカエデは、クリッサに関しては、特に閨を禁止していない。

 彼女はカエデの覚えがめでたく、認められているのである。「近頃には珍しい、良く出来た娘御」とはカエデの弁だった。何かと自分に噛み付いてくるクローベルへの当て付けなのか、「筆頭側室はクリッサ、そなたに」とまで言っていた。


 とはいえ、クローベルを追い越す形で、ではお先にと僕に抱かれるのは、先輩を差し置いているようでクリッサが気兼ねをしているようなのである。それを察したクローベルが、あえて勝負ごとに持ち込んで、勝ったのだから賞品を受け取ることは当然の権利なのだと、遠まわしに言いたいのだ。


 これはクリッサだけでなく、僕に向けた気遣いでもあった。

 率直な言い方をすれば、君ら、ヤってもいいよ、という意思表示なのである。


 そんな彼女が妙にいじらしく、僕もクリッサとの睦みあいは控えていた。要はお互いに譲り合っているというか、みんながみんな気を使っていて膠着状態なのである。


「なら、良いのですが。では勝負らしいですし、私も行って参ります。抱いて頂けずとも、可愛がっては頂けるのでしょう?」


 気持ちを切り替えたのか、妖艶な微笑みを残してクリッサも駆け去っていった。走り方も、彼女はどこか上品だ。


(やっぱり、綺麗だなあ)


 クリッサの肌が、である。

 踊り子の衣装にも似た彼女の服は、四人の精霊たちの中でも最も露出度が高い。交差させた布をブラがわりにして胸元を隠しているのだが、谷間は見えてしまうし、お腹も背中もむき出しなので目のやり場に困る。

 

(どんな手触りなんだろう)

 

 クリスダガーの外鉄は、ミスリル製である。 

 世界の中心に近づかねば手に入らない、貴重な緑魔鋼で出来ている。


 それはつまりクリッサの肌も、ミスリルの良さを映し出しているということだ。ぱっと見ただけで、艶やかできめの細かい、しっとりとした肌だとわかる。


 どんな手触りなんだろう。触れたい。思う様、撫で回したい。

 彼女の肌に触れてはいけないという戒めは、思いの他、僕に忍耐を強いるのだ。


(我ながら、ムッツリだなあ)


 露出したクリッサの肌は、僕には刺激が強かった。

 あるいは堂々と褒めてスキンシップを取れば良いのかもしれないが、性格上、侠者のようにオープンスケベになれないので、クリッサには触れられていない。

 彼女自身の性格が妖艶ということもあり、なんだか綺麗なお姉さんに尻込みしている少年のような気分になることが多々ある。


(ハーレム道は、険しいなあ)

 

 率直に言って、何人もの女性を均等に愛し、構うなどという芸当は、僕には難易度が高い。いずれこの状況にも慣れ、カエデたち三人を相手取り、うっはうはの日々を過ごせる時が来るのだろうか。どうもそんな未来が予想できない。僕は小市民である。


(っ――とと、いかんいかん、色ボケするのはやめよう)


 僕はぶんぶんと頭を振って、煩悩を追い出す。

 このあたりは精霊抜きの僕個人だけでは、歩き回るのもままならない危険な地域なのだ。先ほどクリッサは易々とリザードマンを倒していたが、彼女たち抜きで戦うとなると、僕だけでは苦戦を強いられるだろう。


(レベルだけで見れば、格下ではあるんだけど)


 リザードマンは社会性の魔物であり、人ほどではないにしろ、知性の高い魔物だった。オークなどのように群れの中で役割分担を作り出し、中には戦闘を主に担う戦士だっている。さきほど倒したのは雑用に使われていた個体だったようだが、それでも剣と盾、それに簡素な革の服を着ていて、上背が僕よりも高いために、相対するとかなりの脅威を感じる。


 いわば雑魚ですらそうであるのだから、戦いを担当するリザードマンの戦士ともなれば、下手をすれば僕よりも強い。

 人間と違って戦闘慣れしているだろうし、強靭な筋力から繰り出される斬撃は、魔法抜きの僕では打ち勝てないはずだ。


(過信をするべきじゃ、ないな)


 僕は素人だ。侠者などと違って、特典で武器スキルを取っているわけでもない。


 並み居る魔物を蹴散らしてレベルを上げていられるのは、カエデたち精霊が強いからだ。侠者にヒモと言われてしまったように、僕の本分はマナタンクだった。マナさえあれば、彼女たちを長い時間、実体化させていられる。もっと余裕があれば、召還した夢魔ナイトメアにも戦場を駆けさせることができる。僕自身が戦う必要など、どこにもない。


 可愛い妻たちを戦わせておいて、自分は後方からのうのうと彼女たちを見守る立場であることについて、引っかかる気持ちがないわけでもない。

 しかし、そもそも僕は何の特技もない一般人だったのだ。僕の剣術なんて、付け焼刃だ。彼女たちに良いところを見せようとして、自分も戦えると思い込むことこそ、蛮勇というものだろう。


「さて、気持ちを切り替えたのは、いいんだけど」


 彼女たちが狩りをしている間、僕は暇である。

 僕自身が襲われないか、警戒するぐらいしかやることがない。


 きょろきょろとあたりを見回して警戒はするのだが、それもずっととなると飽きる。いつまでも変わり映えしない景色を見ているだけというのも、退屈なものだ。


 ちなみに、いざ魔物に襲われたときの段取りは決めてある。

 クローベルとクリッサ、どちらかの実体化を解除させて、手持ちに戻すのだ。


 彼女たちは一瞬で手元に戻ってくる。ただし、精霊契約の依代である、武器そのものの姿で。この状態から再度彼女たちを実体化させるためには、二分間のクールタイムを待たねばならない。二分間は、武器を手にとり、魔法を駆使して僕自身が敵と戦わねばならないのだ。


(まあ、そうそう即死するような危険なんてないんだけどね)


 彼女たちを実体化させておける時間が減ってしまうので極力使いたくはないが、闇属性の上位魔法には、気奪エナジードレインの強化版のような魔法もあり、抵抗できない相手に短時間かけ続けるだけで絶命させることができる。


 視野阻害ブラインドで目潰しをして、気奪エナジードレインで行動力を削ぎ、命奪ライフドレインで文字通り命を奪う。クローベルたち剣の精霊がいなくとも、マナさえ潤沢であれば僕一人でも十分に戦闘はできる。

 直接的な攻撃力という点では物足りないが、相手の妨害に特化した魔法、それが闇属性なのだ。氷属性と並んで、時間稼ぎには向いている魔法だった。


 そんなことを考えていたら――がさり、と音がしたような気がした。


(魔物か?)


 音がした方に振り向く。森の方角から、かすかにではあったが、風のそよぎとはまったく違う、生物が茂みを揺らした音が聞こえた。未だ姿を現していないが、何かしらの生物がいるのは間違いない。


(どうする、クローベルたちを手元に戻すか?)


 少し考えて、僕は様子見をすることにした。

 出来るだけ、クローベルたちには狩りを続けていて欲しい。即物的な理由ではあるが、現金が必要だからだ。彼女たちが魔物を討伐し、持ち帰ってくる魔石こそ、僕の唯一の収入源だった。


(まあ、よっぽど変なのが出てこない限り、何とかなるだろう)


 狼の魔物などの、一直線に僕目がけて突進してくるような敵が現れたとしても、視野阻害をかけてしまえば大丈夫だろう、そう考えて、僕は音がした森の入り口を注視し続けた。


 少しの間が空いた後――それは、森の入り口をがさがさとかき分けて、姿を現した。


(人間?)


 ぎらりと光る、鋼の鎧。手には盾を持ち、剣を腰に吊っている。

 クローベルと同じような、全身鎧に身を包んだ戦士が、森の中から現れた。


(同業者かな? 魔物を狩る冒険者とか、そういった)


 彼の方も僕に気がついたようで、僕の方へと兜ごと向き直った。

 兜に遮られて、一体どういう表情をしているのかはわからない。


(念のため、ステータスを確認しておくか)

 

 そう思って、射程50メートルギリギリの範囲で、彼のステータスを表示させた瞬間、僕の全身からは汗が噴きだした。



《パブリックステータス》


【種族】人間(転生者)

【名前】ヒョウタ・セキ

【レベル】561

【カケラ】1


(格上の転生者――!)


 僕は咄嗟に、クローベルとクリッサを物質化させ、手元に戻した。

 背中と腰に彼女たちの武器が現れた重みをずしりと感じる。


 様子見とかそういう次元ではない。最大級の警戒レベルで臨むべきだ。


(なぜここに転生者が? 僕を狙った襲撃なのか? いや、そもそも、この首都に僕が存在を把握していない転生者がいたのか!)


 戦闘を挑まれようとしているのかと焦ったものの――どうやら、そうではなさそうだった。なぜなら、彼の方もまた、動揺しているように見えたからだ。


 表情こそわからないものの、恐らくは僕のステータス画面でも開いたのだろう、どうしてここに転生者がいるのだという戸惑いが、彼の仕種からは感じられた。


 つまりは、まったく偶発的に出会ってしまったというところなのだろう。

 意図された接触ではなかったとわかって、僕は少しだけ落ち着く。


(もし襲われたらどうするかな。二分間はクローベルたちを実体化させられないし――まずは魔法が通るか調べて、無理だったら一目散に逃げるかな。向こうが特典持ちだったら、剣で斬りあったら負ける。有難いのは、カケラを一つしか持っていない点だ。好戦的な転生者ではないかな?)


 頭の中でめまぐるしく対応策を考えている僕をじっと見ながら、全身鎧のセキ氏は微動だにしなかった。彼も、僕にどう接するかを考えているのだろう。


(こちらからやり合うつもりはないし、多分向こうもだと思うんだが)


 そんな風に見つめあっている中――彼は首の後ろから、前方へと手を回すような身振りを行った。どんな意味があるジェスチャーなのか計りかねていたのだが、やがて後ろの森から、俊敏な動きで彼の仲間と思われる人物が四人、飛び出してきた。


 彼らも僕のことに気づいたらしく、セキ氏を中心に僕へと向き直る。

 セキ氏はよくわからないが、他の四人は僕のことを敵視してはいないようだった。兜をかぶっていないので、彼らの表情が見えるのだ。特に警戒した様子はない、柔らかな笑顔を見せている。


(転生者は、セキ氏だけか。他の四人は、全員魔術師か?)


 男性三人、女性一人。

 セキ氏以外の四人は、みな革鎧を着込んだ身軽な服装だ。

 

 ただし――装いは統一されていて、身のこなしがきびきびしていた。組織的に動くことに慣れているようだ。


(ベテランの冒険者か――あるいは、軍か。装備が完全に同じもので統一されてる、おそらく後者)


 ヤハウェの護衛であるベアバルバがいたという、守護隊とかいう軍の精鋭部隊が彼らなのではなかろうか。彼らがどう出てくるか警戒しつつ見守っていたところ、セキ氏は兜の面頬を上げ、一歩進み出てきた。その顔は、意外と若い。二十歳ほどといったところか。


「同郷の人間には、初めて会うな。どうすっかな」


 彼の表情には、思いがけない相手に会ったという困惑の色があった。

 やはり、偶発的遭遇だったらしい。


「僕から君を襲うことはない。見たところ、格上のようだしね。できるなら、お互いにさっさと別れた方が余計な心配をせずに済むんじゃないかな?」 


 戦闘にならぬよう言葉を選んで話しながら、僕は考え込んだ。


 セキ氏は同郷の人間――転生者には初めて会うといった。

 見たところ軍の人間のようだし、首都にずっと住んでいたであろうにも関わらず、あのソアラの情報網に引っかからずに潜伏していたということになる。


(軍の宿舎とか、そういうところでずっと暮らしていたんだろうか。そして、魔物をずっと狩っていたから、僕よりもレベルが高い。そう考えるのが自然かな)


 そうであるならば、戦闘はどうやら避けられそうだ。

 転生者と断言せずに、同郷の人間などとわざわざ言葉をぼかしたあたり、同行している一団には素性を明かしていないのだろう。秘密を知られるのを避けるタイプのようだ。一見すると初対面の僕に襲いかかるのを、軍属の仲間が看過するとも思えない。つまり、セキ氏は襲ってこない。


「そうした方がいいんだろうが――バンダイさんが二個・・持ってるのが気になる。あんたが公共の敵なら、こっちも捕まえなきゃならない。見てわかるだろう?公僕なんだよ」


 まあ、初対面の転生者と会ったときに、真っ先に気にするところはそこだろう。

 複数カケラ持ちは、好戦的な転生者である可能性が高まるからだ。


「自衛の成果だよ。証明はできないけれどね。冒険者ギルドには登録してあるから前科がないことだけは確かかな。前科持ちは資格を剥奪されるからね。草原街グラスラードで山賊狩りっていえば僕のことはすぐわかる」


「ん、わかった。もう一つ質問がある。裏路地の奴らが抱えている暗殺者ってのはあんたか?」

 

 意外にもあっさり引き下がった彼の次の質問は、僕の意表を突いた。

 ソアラの素性が彼らにバレていないのもそうだが、セキ氏がそう言ったことで彼の連れている仲間が驚き、僕を警戒するような素振りを見せたことも意外だ。


「いいや、違う。というより、君たちがそれを知らないことに、僕は驚いているぐらいだ」


「どういうことだ? 俺たちなら知っていて当然だと?」


 僕の返答を聞いて、セキ氏は眉間に皺を寄せた。


「君たちは多分、守護隊とかいう精鋭なんだろう? ベアバルバという人物を知らないか? 彼なら恐らく、犯人の名前と容姿を知っているはずだが」


 筋骨隆々とした、守護隊から派遣されてきたという高レベルの戦士のことを思い出す。

 彼がヤハウェの護衛に付いていたのであれば、当然ヤハウェを殺そうとしたソアラが犯人だと気づいているはずだ。職務に忠実そうな人物だったし、いくらソアラとて、彼に気づかれぬように暗殺することは不可能だろう。


「あの人が? わかった、嘘でもなさそうだしな、信じよう」


 これもまた、あっさりとセキ氏は追及をやめた。

 思い当たる節があるのだろうか?


(ともかく――)


 こちらとしても、得られた情報は少なくない。


 まず、どういうわけか、守護隊の面々には、ソアラの素性が割れていないようだ。いくつか理由が考えられるが、最も可能性が高いのは、軍の上層部が知っていて握りつぶしているという可能性だ。

 僕の記憶の中にあるベアバルバ氏は、謹厳実直な人物だった。僕とヤハウェが初めて会ったとき、彼は傍らに直立して微動だにしなかった。一応、彼にも茶や菓子が供されていたにも関わらず、だ。


 その後、侠者から聞いた彼の人物像とも、それは一致する。


 彼は、プロだった。任務に妥協しない、本物の軍人なのだ。


 その彼であれば、任務失敗を誤魔化したりせず、その犯人と思わしき人物の情報は報告するだろうし、そうなるとヤハウェを殺したのが裏路地の人間ではないというのは、軍の上層部はわかっているはずなのだ。


(だからこそ、おかしい)


 まず、セキ氏がこのことを知らないというのがおかしい。


 クリッサを買ったときの競売からもわかるように、コンスタンティ家は金銭を欲していた。明らかに、戦争の準備だった。裏路地以外を襲うつもりで金を溜めているのか、あるいは真実を知っていてなお、裏路地を襲うのか。そのどちらかだろう。


(後者だろうが――ちょっと妙だな)


 先ほどセキ氏は、「裏路地の抱えている暗殺者はお前か」と僕に聞いてきた。

 つまりは、軍としては、裏路地に何者かの暗殺者がいることは知っているのだ。ただしその素性は知らない。ベアバルバ氏なら知っているはずのことを、なぜか知らないのだ。


(下っ端だから、そこらへんは知らされていないのかな?)


 現状では、判断材料が少なすぎて、そうとしか考えられない。

 よくわからないことになっているな、というのが率直な感想だった。


「このまま別れてもいいが――どうせだし、僕からも一つ、質問をさせてもらおう。

襲撃はいつ頃になりそうだい?」


「答えられない。軍の機密を話せるわけがないだろう」


 言いながら彼は、後ろに控えている背の高い男と、何事かを耳打ちした。背の高い男は頷き、セキ氏らの一団は明後日の方向に去り始める。どうやらこの場を撤収するようだ。


 力関係を考えれば仕方のないこととも言えるが、一方的に情報を吐かされたな、などと思っていると、セキ氏はわざとらしく大声で愚痴をこぼしはじめた。


「あーあ、こんな近場の弱い魔物じゃあ、腕がなまっちまうよ。いつもみたいに、もっと奥に行かせてくれればいいのになあ」


 そう言い残して、彼らは去っていった。

 僕は内心で、なるほど、と頷く。


(いつもはもっと奥の、強大な魔物を相手にしている。しかし、今は近場の魔物を狩らざるを得ない理由がある、と)


 その理由は、深く考えるまでもなかった。上からそう命令されているからだ。

 もっと大物を狩れる腕を持っているはずの彼らを近場に留めておく、その理由があるからだ。


(有事に備えて、ってところか)


 軍としては、近々裏路地の掃討作戦を決行するつもりなのだろう。

 そのためには、重要な戦力であるセキ氏らを遠出させたくはない。だから、近場までしか狩りに出させない。そういう命令が彼には出ているということだろう。


 僕が知りたいことを、セキ氏は間接的に答えてくれた。

 情報の対価は、払ってくれたというわけだ。


 恐らくだが、軍と裏路地のぶつかり合いは、近い。

 

(僕は、どうしようかなあ)


 彼らが去ってしまって、妙に広く感じる平地のただ中で、僕は思考に耽る。


 ソアラの性格上、両者がぶつかることになったら、裏路地の側について戦うだろう。自分が原因で引き起こされた戦いだと彼女は思っているだろうから。


 罪を犯さないという前提がある以上、僕はソアラの側について軍を相手取ることはできない。官憲に刃向かうなど、どう考えても犯罪だろうから。


(でもまあ、ソアラには死んで欲しくないなあ)


 僕としてはごくごく珍しいことに――生身の女性であるソアラに愛着を持っている。その感情は、家族愛に近い。彼女が肯じるかどうかは別として、彼女を逃がしてやりたいとは思っているのだ。


 あるいは――いっそ、僕がこの手で仕留める、とか。


 見ず知らずの転生者、あるいは兵士なんかに囲み殺されるぐらいなら、僕自ら引導を渡してやりたいと思うのだ。彼女の最後には、関わりたいと思う。

 僕のいないどこか遠くの場所で、ひっそりと彼女が死んでしまうのは、嫌だ。

 自らの半身とまでは言わないが、目と目で通じ合った同類の彼女が、物量に押しつぶされて死んでしまうというのは、もやもやするというか、妙にすっきりしない結末であるような気がするのだった。

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