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盤台哲雄 14

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「あなた様、必殺技を考えましょう」


 そう、カエデは真顔で宣言した。

 場の空気が固まった。


 率直に言って、愛しの妻がトチ狂ったのかと、僕は彼女のことをまじまじと見つめた。


「詳しく話し合う前に一つ確かめておきたいんだが、必殺技っていうのはあの、アニメやゲームでよくある、必殺技かな? 派手でどかーんと爆発して技の名前を大声で叫ぶあれ」 


「そうですね、あの必殺技です。超電子ダイナモを埋め込まれた改造ヒーローが繰り出す超電子ドリルキックとか、そんなやつです」


 ふるっ。

  

 平成ライダーの決め台詞なんぞが出回っている昨今、ストロンガーをわかる若者なんて極少数だと思う。


「佐々木小次郎のツバメ返しみたいに、実用レベルにまで引き上げられた特徴的な剣術に、名前を付けるとか、そういうんじゃなくて?」


 そうであったのなら、まだ話はわかる。

 ツバメ返しという名前自体、後世の創作だという説が色濃い件についてはさておき、他人から見ても異色の動き、剣術に名前が付けられ、それが自然と呼ばれていくようになるなら理解もできる。


 例えば僕の二つ名は山賊狩りだ。

 草原街グラスラードの冒険者ギルド関連の施設でその名前を出せば、大体の相手は僕の簡単な経歴を思い出すだろう。それは自ら名乗って定着した名前ではなく、他人が僕の特徴を捉えてそう呼び始めたに過ぎない。

  

 異名だとか二つ名だとか、あるいはその延長線上にある必殺技なるものがあったとして、そのように他人から自然と呼ばれるようになって初めて意味があるというか、箔が付くというか、ちゃんとした物であるのではなかろうかと僕などは思うのだが。


「違います。聞いた相手が思わず恐れ戦いてしまうような、勇ましい必殺技を考え、あなた様に実際に使って頂きたいのです」


 にこりと花のように微笑まれ、僕は言葉に詰まる。

 もしや真昼間から酒でも飲んだのかと室内を見回すと、クローベルと目が合った。彼女も「一体こいつは何を言ってるんだ」ぐらいの面食らった表情をしてるし、私は飲ませてませんよとぶんぶん首を振って否定したので、飲酒によるハイテンションである可能性はない。


 とするとなおさら不可解である。

 身内の僕が言うのも何だが、カエデは冷静で理知的だ。


 まかり間違っても、かっこいい必殺技考えましょうなんて言う人ではない。


「カエデ、変なものでも食べたかい?」


 宿で食べた昼食のパスタに陽気になるキノコでも入っていたのだろうか。

 普段とは違った妻の様子を眺めるというのは面白いものではあるが、黒歴史にならないよう配慮し、場合によっては解毒薬を飲ませることも考慮に入れなくてはなるまい。  


「わたくしは正気かつ本気でございます。よろしゅうございますか、必殺技だけでなく、例えば軍団に固有の名称を与えるということは、実際に良い効果が見込まれるのです。赤備えなどがいい例ですね」


 赤備え。戦国時代末期に活躍した、徳川家の一軍団である。

 当初は武田家で用いられ、武田家の滅亡後は遺臣を吸収した徳川家の井伊家によって運用された、具足を赤色で統一した部隊のことだ。日本の歴史上、最も有名な部隊の一つに数えられる。


「まず、揃いの軍装を身に着け、固有の名称を名乗る部隊に所属しているというだけで、士気と連帯感が上昇します。さらには、敵方を威圧する効果もございますね。あの赤備えが来た、強敵だ、まずいぞ――この威圧というものは、中々馬鹿にはできませぬ。敵方とて死にたくはございませぬから、相対すれば及び腰にもなりましょう。そのような敵に打ち勝つは容易きこと。勝てば自軍の士気が上がり、ますます勇名が轟き、自信に満ちたお味方は萎縮した敵を打ち破りやすくなる、いわば好循環が発生致します」


「なるほど。つまりカエデが言いたいのは、僕にとっての必殺技が、それだと?」


 意を得たり、とぱあっと顔を輝かせるカエデである。


「左様でございます。あなた様が敵と戦うときに、編み出した必殺技の名を叫びます。すると、それが噂となり、次にあなた様と戦う敵は、必殺技に脅えるようになります。あるいはそれを打ち破ろうとして、ぎこちない動きになるやもしれませぬ。そうしたとき、敵は自ら本来の力をすべて出し切ることが適いますまい。それゆえの、必殺技でございます」


 とうとうと熱弁するカエデであった。


 うん、強引なこじつけ理論を、ここまで「ひょっとしたらそうかも」と思わせる話術は大したものだ。揃いの軍装はともかく、自分が考えた必殺技の名前を叫ぶことにそんな有用性があるわけない。こいつは何言ってるんだ、厨二病か?と思われるのが関の山である。


「で、本当のところは?」


「必殺技の名乗り、一度、やってみたいなと」


 てへり、と舌を出すカエデであった。可愛い。


「半ば冗談でございますが――半ば、本気でございます。古い価値観だとはわかっておりますが、武者は名を上げるものだという思い込みを捨て切れませぬ。名を上げ、一家を興し、守り、大きくしていく。お家とはかくあるべしという姿を、あなた様にも求めておるのやもしれませぬ」


「カエデ、それは」


 表面上は下らないことに見えても、根は深いのかもしれない。

 

 僕は現代人である。鎌倉時代に生まれたカエデとの文化差は、間違いなくある。彼女が僕との暮らしに順応しているからこそ、僕はそれを忘れていられたけれど、

僕が彼女のことを理想の妻だと思っているのと同様、彼女も僕に対して、どのような旦那でいて欲しいかという希望はあるはずだった。


「わかっております。あなた様と出会った平成の御世が、もうそのような時代ではないことは。それでも、三つ子の魂百までと申しますし、わたくしにとっては、お家を栄えさせることこそ唯一無二の価値観であるという思い込みを、捨てきれないのでございます。個人の幸せ、自由の形を追い求める時代のことを、良き物として思っているにも関わらず、です」


「カエデは、僕に名を売って欲しい?」


「本音を申さば、そう思うことはございます。わたくしたちを操る精霊契約と、闇属性の魔法、そしてレベル成長促進――あなた様の力をもってすれば、いかようにも名を上げられましょう。ここに盤台哲雄ありと、満天下に知らしめることができまする。カケラロイヤルを勝ち抜くことも、絵空事ではございますまい」


 確かに、できなくはない。

 全力でレベルを上げれば、他の転生者に優位を取れる特典構成だと思う。

 犯罪者しか襲わないという自分の中のルールを守ってなお、巨大な魔物を倒して名を売ることはできるだろう。


 やりたいかどうかは、別として、だ。

 日々の営みの中に小さな幸せがある現状に、僕は満足している。

 前世では果たせなかった殺人の宿願も、こちらの世界では満たすことができる。心持ちを穏やかにすることで、殺人への焦燥もずいぶん抑えられるようになってきた。今の生活に、何の不満もないのだ。

 

「されど、あなた様が借り物の力を誇示する気がないこともまた、わかっておりまする。それは美徳だと思っておりますし、納得もしているのでございますが――個人という小さな枠に収まってしまっておりますのを、時たま口惜しく思うこともございます。その意趣返しというわけではないのですが、必殺技の名乗りという、少しばかりの遊び心に昇華させようかと思いまして」


「なるほどねえ。それなら、何か考えようか、必殺技」


 カエデがそれで満足するなら、お安い御用である。

 とはいえ――必殺技と言われても、どういったものにすればいいのか。


 そもそも、剣術なんて単純なものだ。

 自分でも剣を振るようになったからわかるが、剣術なんて基本技の集合体でしかない。攻撃手段は斬ると突くの二つに集約される。鈍器として殴るという選択肢を入れても三つだ。

 

 剣道という、ルール限定下で人間同士が技術を競い合う段階になって初めて奥深いものに昇華するわけで、野生の魔物に対するときに必要なのは小手先の技ではなく速度と威力である。ゲームなんかでよく見かける連撃技なんてする暇があったら、一撃に力を篭めて斬り伏せればいいのだ。

 

「とすると、やっぱり魔法との組み合わせかなあ」


 視野阻害ブラインドを相手にかけてからのカエデたちの強襲は、僕の得意戦術である。何せ最も初級の魔法であるから、マナの消費が少なく回転率がいい。これに何かを加え、発展させていく方向で考える方がいいだろうか。


「そうだ、クローベル。鎧を脱いで、動きを高速化させるとかどうだろう?」


「この流れでさらっとセクハラ!?」


 重い鎧を脱ぎ捨てて剣を振るえば、その剣閃はより鋭いものとなるだろう。

 滅多にお目にかかれないクローベルの薄着姿も見れて一石二鳥、ブラボー、おお、ブラボーである。


「あらあら、おはよう」


 クローベルの声で起きてしまったのか、ディアナがんにー、とベッドの中で伸びをした。環境の変化に戸惑っていたのか、最初は泣くことが多かったディアナも、落ち着いた暮らしの中でカエデに慣れ、今は抱かれても嫌がらない。


 僕が抱くと反応があまり宜しくなく、微妙な顔つきになるので、男親としてこれからやっていけるのかと心配になることしきりである。


「今日のおやつは林檎のすりおろしですよ、ディアナ。ここまでいらっしゃい」


 あいー、と柔らかな返事をしつつ、ディアナはベッドの上を這い出す。

 カエデは、にこにことその様子を眺めている。手を貸すつもりはないようだ。 


 カエデ曰く、歯の生え揃い具合から見て、ディアナは一歳ちょうどぐらいだと言う。栄養が足りていなかったせいか、動きの発達が少し遅いので、たっぷり食べさせてたっぷり動かせるを教育方針にしているようだ。骨と皮のようだった小さな身体は、今ではいくらかふっくらとしてきた。


「林檎ですよ、ディアナ。言えますか?」


「ぃんごー」


 母と子の、微笑ましい情景である。

 

 赤ん坊に対して心を開くことができていない僕と違い、カエデは母の顔になっていた。それを良いこととして捉えている自分がいる反面、僕が親になってもいいのかという悩みは解消できていない。


 レア――山賊の一家に身をやつしていた赤ん坊の母親を殺害したから煩悶しているのではない。カエデが彼女から直々にディアナを託された以上、彼女にはディアナの母を名乗る権利がある。


 しかし、僕はそうではない。

 殺人者だった。人の親が、快楽殺人者であってはならない。

 数多の命を奪ってきた僕が、しれっと誰かの親になるというのは、命への冒涜なのではないだろうか。


 ディアナと接するときに、どうしてもその思考が頭をよぎる。

 ディアナへの触れ方が、ぎこちなくなる。


 赤ん坊は賢いもので、その微妙な空気を感じ取っているのか、ディアナは僕には懐かなかった。


 カエデもそんな僕の葛藤を見抜いているのか、無理に赤ん坊と接しろとは言ってこない。自然と、ディアナはカエデにべったりになった。


 鎧をぺしぺしする感触が楽しいのか、クローベルにも懐いているし、ごく稀に実体化する「おねーたま」こと短剣の精霊ロベリアにも良い印象を持っているらしいのだが、ディアナは僕に対しては少し警戒しているようだった。やむを得ないことだと、最近は思っている。


「くろー、かしゃい」


 おやつを食べ終えたディアナは、クローベルと遊び始めた。

 面頬をカシャリと上げ下げする様子がディアナはお気に入りで、よくクローベルにねだっている。


「ふふふ、良いでしょう。今日こそ秒間五カシャリを成し遂げて見せます」 


 手甲を外したクローベルの大きな手が、兜の面頬を高速で上げ下げし始めると、ディアナは大喜びではしゃぎ始める。


 その様子を横目で眺めながら、カエデはぽつりと呟いた。


「あの子の生家について、ロベリアから話を聞けました」


 護身用の短剣の精霊であるロベリアは、ディアナの実の親であるレアの懐剣だった。当然ながら、レアがどういった身分の人間かは知っているだろう。


 彼女の夫は、ジェズという名前の山賊だった。山賊にしては、腕の確かな男だった。ジェズが山賊稼業だったので、短剣も略奪品である可能性はあったが、ロベリアは初めて実体化させたときの名乗りで、代々伝わった短剣であると言い切った。


 つまり短剣は元からレアのものであり、それはレアが裕福な家の出であることを示している。代々伝わった護身具だからこそ、あれほどの困窮の中にありながら短剣だけは手放さなかったのだろう。

 挙措も、山賊の夫人とは思えないほどに落ち着いていたように思う。


「そうか。僕たちは、いつ命を落とすかわからないからね。レアの実家に預けるという選択肢が必要になってくるかもしれないし、知っているに越したことはない」


「それが、ロベリアは、実家のことは知らなくていいと」


「どうしてだい?」


 ロベリアは僕の精霊ではあるが、赤ん坊のディアナを主と仰いでいる。

 今も姿を現していないことからもわかるように、ディアナの実の両親であるジェズとレアを殺めた僕やカエデに対して、ロベリアは非協力的というか、打ち解けることを拒絶し続けている。


 しかしそれは、ディアナの不利益になってまで貫き通すことではなかった。

 事実、ロベリアはディアナが関わることになれば、態度を軟化させてきた。


「ディアナの実の親は、駆け落ちだったようです」


「ほう」


 恐らく、そんなところだろうとは思っていた。

 腕の立つ剣士と、品の良い夫人。どうとでも食っていけるだろうに、山賊に身を窶していた。何か事情があるのだろうなという察しは付く。


「母親、レアの実家は貴族だったらしいのですが、レア自身は疎まれていたようで。そこをジェズが連れ出して逃げた形になるので、実家との縁は切れている上に、ディアナを連れていっても歓迎することはまずないだろうと。なので、実家にディアナを預けるのはやめなさいとのことでした」


「ん、了解したよ。それじゃあ、ヘリオパスル教会が本線になるかな」


 ディアナの預け先である。


 極力、孤児院、つまりはヘリオパスル教会には預けず、膝下で育てたいというのがカエデの意向であり、現に今もこうしてディアナと共に暮らしている。


 しかしそれは、不意の事態が起きてしまうと瓦解するのだ。


 僕が死亡した結果、精霊であるカエデたちがみな消滅してしまい、世話をする人間がいなくなってディアナを餓死させるのは不憫である。 


「それが無難かと思います。不吉な申し様かとは存じますが、万が一あなた様が討ち死になさっても、侠者様の奥方がディアナの様子を見に来てくれますから」


「そうだね。じゃあ、気合を入れてお金、作らないとな」


 実務面というか、牧農場を建設する計画については、ほとんど侠者に任せていた。侠者と連れ立って狩りに行かない日でも僕は人を狩りに出かけたりするので、実入りのいい僕がお金を多めに出し、その分、侠者には組織作りの事務作業を負担してもらっている。


 牧農場が完成し、運営が軌道に乗れば、ヘリオパスル教会が潰れることはまずない。後顧の憂いなく、ディアナを預けることができるようになる。


 毎日のように狩りに出かけているので、もう資金はかなり溜まってきていて、あと少しで予算が整うと侠者は言っていた。土地の確保、そして買い付けなどはすでに始めているらしい。


(できれば、裏路地への襲撃が起こる前にはお金を作り終えておきたいなあ)


 ヤハウェ亡き後のコンスタンティ家と、裏路地の抗争。

 未だにドンパチが始まったという話は聞かないが、しかし水面下で事態は進んでいるはずだった。そうでなくては、わざわざコンスタンティ家が蔵を開け、家宝を

売りに出すはずがない。


 あそこには、ソアラがいる。

 何から何まで僕と正反対の、妹みたいに可愛い暗殺者がいる。


 今も裏路地に、彼女は潜伏しているはずだった。


(あの子が僕の預かり知らないところで死ぬのは、嫌だなあ)


 僕としては非常に珍しいことに、僕は彼女に執着していた。

 生身の人間を、これほどまでに気に入ったのは人生で初めてだと思う。


 その感情は肉欲とか異性愛ではなく、家族愛や自己愛に近い。

  

(いっそ――)


 軍の兵士や、他の転生者に殺されるぐらいなら、この手にかけたいぐらいだ。


 彼女と再会したときに、どう接するかは決めていない。

 しかし選択肢の一つとして、彼女と戦うという道も有り得るだろう。


 そして、彼女は格上だった。戦うなら、僕が死ぬ可能性はかなり高い。

 裏路地と軍の抗争、ひいてはソアラの行動に絡んでいくならば、牧農場の建設を終わらせ、僕が死んでもいいように後のことを整え終えてからにしたい。


 できれば、いましばらくは、戦争は起きないで欲しいものだった。 

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