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白野百合 5

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「なるほどなあ。後継の守護隊長は、上手くやっておるようだ。もうペズン坊とは呼べんな、クローベル」


「にひひ。あたしとしちゃあ、坊やって方が親しみやすくていいんだが――しっかり下をまとめてるみたいだ。部下への示しってもんもあるし、敬ってあげようかね」


 緑茶を啜りつつ、ドルタスとかいう犬っぽい兵士が持ってきた手紙を眺めながら、セレナおじいちゃんとクローベルは満更でもなさそうな顔をした。


 話を整理すると、そのペズン坊やっていうのが、セレナおじいちゃんがやってた

守護隊長っていう仕事の後釜を託した人物らしい。

 自分がいなくなった後も、後輩がうまいこと会社を回しててほっこりする、二人の雰囲気はそんな感じだ。


「オヤジ、あいつのことずいぶん気に入ってたもんな。新兵のころから、ずいぶん鍛えてやってた」


「真っすぐな青年だったからなあ。特別厳しく接したが、良う付いてきてくれた。ボクと違って、国を富ませたいという大義を抱いておったし、視野もボクより広かった。長じて、良い守護隊長になるであろう。ボクを越えてくれる日が待ち遠しいな」


「老後の楽しみが一つ増えたってか?」


「そうだな。姫のこともあるし――最近は、毎日が楽しいな。長生きも悪くない」


 二人は手紙を眺めつつ、現役時代の思い出話などをしているので、あたしは手持ち無沙汰である。しょうがないので、暇つぶしに、自分のステータス画面を開く。


《パブリックステータス》


【種族】人間(転生者)

【名前】ユリ・シラノ

【レベル】30

【カケラ】2


(うん、間違いないわね)


 カケラの数が、増えている。転生の初期状態から持っている自分のそれに加えて、誰のだかもわからないカケラが一つ増えて、二個になっていた。


(これ、タラオとかいう転生者のカケラよね)


 昨日、酒場にいたあたしのところにカケラが飛んできた直前に、死亡アナウンスがあった転生者、タラオ・ヨネクラ。彼と無関係であるとは思えない。


 なぜあたしのところに飛んできたかまではわからないが、元々はタラオという転生者が持っていたカケラなのは間違いないだろう。


(自殺でもしたのかしらね?)


 カケラロイヤルに自発的に関わることはないと思っていたのでうろ覚えだったが、確かカケラの委譲条件は、お互いが納得しあってカケラを受け渡すか、あるいは転生者が死んだときに、一番近い転生者の元へ所有権が移るはずだった。


 転生者同士の殺し合いでも起こったのなら、加害者へとカケラは渡されるはずだし、あたしのところにカケラが飛んできたということは、タラオという転生者は、カケラロイヤルとまったく関係ないところで死んだということになる。


(たまたま、一番近くにいたのがあたしだったってこと?)


 そう考えるのが一番しっくり来る。

 タラオ氏――呼びにくいのでタラちゃんは、よくわかんないけど死んだ。一番近くにいたのがあたしだったから、カケラはあたしのところに飛んできた。 


 逆説的に考えると、多分タラちゃんはあたしと同じく海の街で暮らしてる転生者だった。んでもって、他の転生者はクララ・クリマには多分いない。そういう推測が成り立つ。


(まあ、わかったところでどうだって話なんだけどね)


 カケラは全部集めないと意味がない。ひとつ増えたところで、あたしの生活には影響がない。むしろ、近くに他の転生者がいない可能性が上がって、平和な暮らしを送れることを喜ぶべきだ。


 同郷の人間が亡くなったことを、ほんの少しだけ寂しく思うものの、顔も見たことがない人物だったので、あまり感慨は湧かなかった。心の中で手を合わせて、とりあえず冥福を祈る。


「軍はもう、任せて問題なさそうだ。ボクらも、隠居生活から引っ張り出されることは、ないだろうな」


 セレナおじいちゃんの声に、あたしの意識は思索から引き戻される。


「回ってなさそうだったら、あたしだけでも戻ろうかと思ってたけどね。なんせ、てっぺん二人が一気に抜けたものなあ」


「軍、ひいてはペズンには、悪いことをしたと思っておるよ。ボクがいきなり、何もかもやる気を無くしてしまったせいで、迷惑をかけた。だから、何とかやっていけているというこの手紙は、素直に嬉しいな。有難い話だ」


 ずずい、と緑茶を啜りながら、セレナおじいちゃんは目を細めた。

 あたしも、焼き菓子をひょいぱくしながら茶を啜る。

 元部下からの手紙と聞いていたので、邪魔をしないように大人しくしていたのだが、そろそろ口を挟んでもいい頃合だろう。


 先ほどから、ちらちらと視線を感じてしょうがないのだ。


「二人が後輩だかの手紙を読んでほっこりしてるのはいいんだけど――あんた、昨日あたしが酒場で修羅場ってたときに、その手紙を持ってきた兵士よね? なんでここにいるわけ?」


「あ、自分、いたらまずいっすか?」


「まずかぁないけど、違和感よね。何か用なの?」


 そう。


 先ほどからあたしをちらちらと見る視線の主は、ドルタスとかいう犬顔の兵士だ。セレナおじいちゃん家のウッドデッキ、要するに絶好の日向ぼっこポジションにて、あたしたち三人の横で、私服姿のドルタスはちょこんと膝を揃えてかしこまっているのだ。


 そういう容姿に整えたからしょうがないと言えばしょうがないが、先ほどから

胸元にたびたび視線を感じるのが鬱陶しくてしょうがない。

 思春期の少年よろしく、ふと目が吸い寄せられては慌てて視線を外すので律儀な性格ではあるのだろうが、ガン見されておらずとも気に障るといえば障るのだ。


「あの、守護者様! 不躾かとは思いますが、こちらの綺麗な方がどなたなのか紹介して頂けませんか?」


 意を決したかのように、ドルタスはずびしと挙手をしてセレナおじいちゃんに問いかけた。何の用かって聞いただろう、まずあたしの質問に答えなさい。でも綺麗な人って言ったから許したげる。


「ん? ボクん家の居候で、そうだな――今の、ボクの上官だよ」


「じょ、上官!? 守護者様のですか!?」


 元からセレナおじいちゃんに横柄な口を聞いていたので、あたしが何者なのか気になってはいたのだろうが、セレナおじいちゃん自らの口から上官であると言われ、ドルタスは大きく衝撃を受けているようだった。


 彼は下っ端兵士らしいので、現職の守護隊長であるぺズンとかっていう人は雲の上の存在だろう。

 その彼が敬愛している先代の守護隊長セレナおじいちゃん。そのおじいちゃんの上官である、あたし。


 頭の中でかしゃかしゃちーんと成立した方程式の結果、ドルタスの中であたしは敬うべき存在となったようだ。あたしを見る目が、きらきらと輝いている。


「鬱陶しいわねえ」


 あたしはげんなりとした気持ちになった。


 憧れマックスといった表情であたしを凝視してくるのがイケメンとかショタ顔ならともかく、二十代半ばほどのいい年した男、それも天然パーマかつ犬っぽい顔となれば、素直に喜べない。

 なんかこう、一歩間違えたら、舎弟にして下さいとか言いそうな勢いだ。


「あんた、歳いくつ?」


「はっ。自分は二十一になります。首都ピボッテラリアから、一般兵の小隊長格で転任してきました!」


「その顔で二十一!?」


 率直にいって、老け顔である。犬っぽいというか、彫りが深くて浅黒い顔立ちなので、見た目よりもずっと彼は老けて見えた。二十半ばぐらいだと思っていたのだ。


「まあいいわ、年下ってことには変わりないし」


「え? 失礼ですが、守護者様の上官殿は、おいくつでいらっしゃるのですか?」


 ドルタスは心底驚いた表情になった。

 まさか年上とは思わなかった、といったところか。


「ああ、忘れてたわ。今のあたし、十六歳だったわね。まあいいわ、あたしは十六歳だけど、二十一歳のあんたは年下。そういうことにしておきなさい。いいわね?」


「はあ。了解しました」


 了解しちゃうんだ、とあたしは内心で少しおかしくなる。

 転生関連の説明が面倒だったので勢いで押し切ったが、納得するならそれでいい。


「ちょうどいいわ、何かの縁でしょ。あんたファンクラブに入りなさい」


 ファンクラブの既存会員であるくたびれたおっさんたちは、それこそあたしのことを、上官として慕っているような気がする。彼らは枯れ過ぎていて、色恋の成分が欠片も残っていない。


 それは悪い気分ではないのだが、あたしの目的はあくまで、可愛い女の子としてちやほやされることだ。先ほどあたしの身体に注がれていた視線から察するに、この犬顔の兵士はそっち方向でのあたしのファンとなれる素養がある。引っ張り込んで損はない。


 聞いたことのない単語に、ファンクラブですか、と彼は首を傾げた。

 

「あたしのことが好きでしょうがない人たちの集まりよ。やることといえば、必死に魔物を狩ってあたしに貢ぐことぐらいかしらね。詳しいことはあとでおじいちゃんから聞いてちょうだい」


「守護者様をおじいちゃん呼ばわり――な、なんてすごい! わかりました、何でもお命じになってください!」


 あれえ?


 なんかこう、反応が予想外だ。

 ただ働きなんですか、それはちょっとみたいなことを言い出したら、勢いで押し切るつもりだったのだが、なんかこう、超やる気出してる。そして、やっぱり舎弟にしてくださいみたいなノリになってる。なんだこれ。どこで間違えた。










 三日後。


あねさん! 兵士、やめてきました!」


 暑苦しい顔で爽やかに宣言しつつ、きらきらと輝く笑顔で走り寄ってくるドルタスの宣言に、あたしは盛大に茶を噴いた。霧となった緑茶は、ウッドデッキに小さな虹をかけた。


「アホか!」


「ありがとうございます!」


 あたしは思わず、手刀でドルタスの天然パーマを全力でぶん殴った。

 ずごん、といい角度で額を強打されたドルタスは、にこやかな笑顔で頬を染めた。


「頬を染めんな! 兵士をやめてきたって、馬鹿じゃないの!? 仕事どうすんのよ、どうやってこれから食べていく気!?」


「ちょっとなら、蓄えがあります。そんなことより、自分、姐さんに惚れました!

姐さんに付いていきます!」


 犬顔の元兵士が、目を輝かせながらそう宣言したので、あたしは頭を抱えた。


「一応聞いておくわね、あたしのどこに惚れたわけ?」


「そりゃもう、歴戦の先輩方とか、守護者様にキビキビ指示を出す凛々しさとか、男勝りな勇ましさとかです! あと、綺麗な人だなって!」


「そうよね、そんな気がしたわ」


 率直に言って、あたしは絶世の美女である。そういう風にいじったから、それは当然だ。しかし、そんなあたしを褒めるにあたって、ドルタスは最後にほんのちょっと容姿に触れただけで、主に指導者としてのあたしを褒めていた。


 つまるところ、ドルタスの言う惚れたは異性に対するそれではなく、セレナおじいちゃんみたいな偉い人をアゴで使う権力者かっこいい、そういう方向性なのだろう。姐さんという呼び方がそれを表している。

 

 セレナおじいちゃんは軍では生き神様みたいなものだったらしいし、そんな人たちがやろうとしている大きなことに一枚噛んでみたいと思ったのかもしれない。


 正直、気持ちはわからなくもない。

 雲の上の人がなにかやろうとしてる、面白そう、自分も混ぜて欲しい。普通の思考回路だ。生前の感覚で言うと、一流の芸能人が村興しをするメンバーを募集してるみたいなところだろうか。うん、気持ちはわかる。あたしだって、松岡君とか城島君が「一緒に何かやろうぜ」って言ってくれたら孤島にだって付いていく。 


「確かにあんたをファンクラブに誘ったのはあたしだけどさ、仕事辞めてまでやるものではないわよ? 言っとくけど、セレナおじいちゃんがいるからって、旨い思いができるわけじゃないし、あんたにおこぼれもないからね? 頑張ってあたしに尽くしたからといって、あんたが有名になれるわけでもないし、おじいちゃんが何かあんたにしてあげるとかもないわ。浮ついた気持ちならやめときなさい」


「給料出ないんですよね? わかってますって」


 本当にわかっているのか、にへらっと人懐こい笑顔を浮かべるドルタスであった。

 包み隠さずファンクラブについて説明し、本人も受け入れているので問題ないといえばないのだが、妙にもやもやするものが心のどこかに引っかかっている。


「あ、姐さん。お名前聞いてもいいですか? 自分、教えてもらってないです」


「ユリよ。ユリ・シラノ。好きに呼んでちょうだい」


「ユリ姐さんですね、わかりました!」


 舎弟だ。


 完全にこれ、ノリが舎弟である。


「誤解されてるような気がするんで、それだけ解いておきます。ユリ姐さん、自分のことを権力者にすり寄るおべっか使いだって思ってません?」


 あたしは面倒だなあと思いながら頬杖を付いていたのだが、にこにこした笑顔のままでドルタスがそう言ったので、彼の方に向き直る。


「まあね、正直そう思ってるわ」


「あのですね、軍では守護者様っていうのは、一般人が思うよりもはるかに尊敬されてるんです。で、引退したその人が、すごく綺麗な人と新しいことをやろうとしてる。面白そうだから、混ぜて欲しい。それだけですよ。良い思いできるかもしれないと思って、混ざりたいんじゃないんです。その違いだけはね、わかって頂けませんか? 兵士の仕事蹴ってまで来てるのに、金とか地位目当てだって思われるのは少し、納得がいかないもので」


「へえ」


 あたしはぱちくりと目を瞬かせた。

 

 意外だ。

 

 実に意外なことに、ドルタスはまともな男だった。

 

「へらっとしてるから、信用していいかどうか迷ってたんだけど、ちゃんと熱いところもあるのね。あたしが悪かったわ、ドルタス。あんた、八番目の会員よ。給料は出ないから、自分の食い扶持は休みの日にどうにかして稼いでちょうだい」


「おっす、ユリ姐さん。了解しました!」


 ずびしと挙手をした会員八番に、手をひらひらさせて追い払う。

 今日はファンクラブの活動日ではないのだ、いつまでもここにいられてはセレナおじいちゃんの長閑な休日の邪魔だろう。


「あ、ユリ姐さん、最後に一つ。自分、金とか地位はどうでもいいですけど、下心はあります。いま恋人募集中なんで、覚えといてください」


「とっとと帰れ!」


 あたしが怒鳴ると、うーっす、などと叫びながら、ドルタスは麓へと続く小道を駆け下りていった。その様を眺めながら、セレナおじいちゃんは笑った。


「はは、まったく賑やかな青年だな、彼は」  


「おじいちゃん、ちょっとは口を出してくれても良かったのに。あたし女だから、男の考えること、あんまりわからないのよ」 

 

「そうかな? 姫は男心をよくわかっておる方だと思うが。まあ、黙っておったのはすまなんだ。ペズンがボクへの手紙を預けるような男だし、悪い奴ではなかろうと思ってな。様子を見させてもらった。こじれるようなら口を出そうと思ってたがの」


 ずずい、と緑茶を啜りながら、どことなく満足げな表情になるセレナおじいちゃんであった。

 おじいちゃんはお気楽でいいわよねえ、とあたしはため息を吐く。


「こっちは考えなきゃいけないことが山積みだってのに、またぞろ厄介ごとが増えた気分よ。仕事やめたって言うけど、住む場所どうするつもりかしら、あいつ。兵士の宿舎にはもう住めないんでしょ? 遊んで暮らせるぐらい兵士の給料っていいのかしら」


「守護隊の上の方だけだな、遊んで暮らせるほどの金が手に入るのは。彼は守護隊ですらない一般兵だから、何とか生活できるだけの給金しか出なかったはずだ。言うほど蓄えはなかろうな」


「やっぱり行き当たりばったりじゃない、あの犬顔ったら」


 あたしはウッドデッキに寝そべってぐったりする。

 確かにあたしは、ファンクラブの会員を搾取して目的を叶えようとしているが、それは傷病兵のおっさんたちが生活に困窮していないという前提があってのことで、寝る場所や食べ物に困ってる人間から吸い上げたいとは思わない。


「見たとこお調子者っぽいし、食いっぱぐれはしなさそうだけど。それでも、寝る場所はどうすんのかしら。首都から出向してきたって言ってたし、頼れる伝手とか持ってなさそうなのよね。ああもう面倒くさいなあ」


 下手したら、ドルタスは野宿でもする気なのではなかろうか。

 ちょっとやそっちのことじゃ死ななさそうなふてぶてしさはあったので心配はしていないが、野宿している人間をただ働きさせるというのは気が引ける。

 

 寝る場所ぐらいは作ってやった方がいいだろうか。


「ねえおじいちゃん、これからあたし、仕事が増えそうなの。身の回りの世話をする従者みたいなのが必要だわ。あいつ気が利きそうだし、図太いからちょっとやそっちのことじゃめげないだろうし、適任だとは思わない?」


「ふむ? まあそうだな、向いてると思うよ」


「そうよね、パシリとしては使いやすいと思うわ。何かあれば、小遣いでもあげればいいでしょうし。ところでそうすると、あの犬が近くに住んでた方が都合がいいのよね。ねえおじいちゃん、あいつの住む犬小屋、この家の隅っこにでも建ててやったらダメかな?」


 あたしの提案を受けて、はっはっは、とセレナおじいちゃんは笑い出す。


「良い良い、好きにやんなさい」


「ありがと。場所さえ作ってやれば、こっちが便利だなって思うぐらいには、気が利くやつのような気がするのよね。物怖じしない性格っぽいし」


 気疲れさせてくれた仕返しだ、ドルタスの住む家の外見は、思いっきりネタに走ってやろう。

 まんま、犬小屋を大きくしたような形にして、家のあちこちに犬の足跡みたいなペイントを付けて。看板も家の横に作ってあげよう。どるたす、オス、二十一歳。


 ファンクラブの役職は、あたし直属のパシリ。

 うん、それぐらいの扱いでいいや、あいつは。

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