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米倉鱈雄 0

「転生、そしてカケラロイヤル、と言われましてもね。願い事が何でも一つ叶う、たまものでしたっけ?それには興味ないんで、料理スキルと毒耐性スキルだけ貰いましょうかねえ」


「俺は人の心の中を読めるんだが――本当に食うことだけしか考えてなくて恐れ入ったよ。その美食への飽くなき執念は一体どこから来るんだ」


 カケラを争奪するバトルロイヤル、その趣旨を神様から一通り説明され終わった後、神様が呆れ顔で呟いたその一言は、僕の心に火を点けた。


「神様こそ何もわかっちゃいませんよ。人生で何が最も強い快楽なのかといえば、食ですよ。社会的な認知欲求や女がもたらしてくれる快楽なんて、それに比べたら微々たるもんです。旨い飯を食う、僕はそのためだけに生きているといっても過言ではない」 


 そもそも、食文化というものは、僕のような食い意地の張った人間が発展させてきたものである。そうでなくて、何でフグの肝が旨いということが人々に知られているというのか。


 フグ毒で死んだ人間は、ごまんといる。それでもなぜフグが食われるのかというと、旨いからだ。旨さを追求するが故に、人は色鮮やかな警告色のキノコを食い、海鼠なまこのようなグロテスクな生物を食す。

 

 タコなんてその最たるものだ。予備知識なしでタコを初めて見た人間は、その醜悪な容貌に恐れを為したはずだ。表面はぬめぬめしていて、足は八本もある軟体動物である。デビルフィッシュなどと呼ばれるのも頷ける見た目だ。


 しかしそれでも、人はタコを食った。食への好奇心からである。

 あるいは猛毒を持っていて命を落とすかもしれないというのに口に入れた、偉大なる先人の勇気ある行動によって、人類の食卓に新たな彩りが増えることとなったのだ。


「思えば、今までの僕は、そういった先人たちの偉業を受け継ぎ、文字通り食いつぶしていくだけの存在でした。しかし、神様はこうして僕を生き返らせ、新たな世界で暮らしていけという。僕は思いました、これはまさに天啓だと。地球という枠組みを飛び越え、異世界にて新たな食文化を花開かせるのが僕の使命であると。新たな食材、新たな料理。それらが僕の行く末に拓けているのを感じます」


「お、おう」


 神様はちょっと引いているようだった。恐らく、危ないやつだと思われているのだろうが、逆に彼を哀れむのは僕の方である。彼は、食の楽しみに開眼していないのだ。

 

 僕は、神様が何を食べて生きているのか知らない。パンとワインの主食がイメージとしては神様っぽいが、食を楽しまないなどと、人生、いや神様だから神生を損しているのは間違いない。


「僕はプロの料理人ではありませんが、旨い物を食い続けたという点では余人に引けを取らないと思っています。そんな僕が、異世界に行く。これはね、快事ですよ。日本という島国の食文化を身体の髄までしみこませた僕が、異世界で新たな食材に出会ったとき、どんな化学変化が起きるのか今から楽しみで仕方ありません。和食と、異世界食の融合。新たなる食文化の発生、発展が、僕の手によって為される。素晴らしいことだ!」


 思わず身振り手振りを交え、熱をこめて僕は叫んでしまった。

 しかし、致し方のないことだ。僕の転生には、それほどの可能性が秘められているのだ。


「ああ、早く特典を選べと仰るのでしょう? わかっていますとも」


 口を挟むことを諦めたのか、沈黙してじとりと俺を見つめてくる神様の顔を立てて、手渡された電卓らしきものに特典を入力していく。


「料理スキルと、毒耐性スキルは確定ですね。それと、料理を作るための家、拠点が必要です。さらに、異世界でファンタジーってことはドラゴンとかもいるわけですよね? どんな味がするのか楽しみだなあ。肉食動物の肉はマズいっていうのが相場ですが、草食のドラゴンとかもいるかもしれませんしね。いや、むしろブロイラーのように食肉用のドラゴンを飼育することを視野に入れるべきか!」


「ドラゴンがいると聞いて、まず食おうって思考のやつに出会ったのがお前が初めてだよ、ほんと。一つだけ言っておくが、俺が作った世界(リングワールド)のドラゴンは強いぞ? 現地で最もレベルが高い人物をだいたい6000弱ぐらいに設定したが、その人物でも一対一では勝てないと思う」


「構いませんよ、どのみちカケラロイヤルが終わって、優勝者に神様が願い事を叶えてあげた後も、僕たちの生活は続くわけでしょう? よほど常軌を逸した人物が優勝でもしない限り、僕らの生活はそのままですよ。なら、いつかドラゴンを倒せるレベルに到達すればいい。あるいは人海戦術で大量の冒険者を雇い、山狩りをしてもいい。継続は力なり、ですよ」


 入力を終えた電卓を、神様に突きつける。



【取得特典一覧】

 料理スキル:7

 『毒耐性』:5

 コミュニケートマスター:20

 ナレッジマスター:5 

 家格選択:状況によって異なる

 所持金選択:状況によって異なる

 

 計:37ポイント


「ん、ずいぶんポイントが余っているようだが。家格選択とかはどうするんだ?」


「家を貰うのにどれぐらいポイントが必要かわからなかったので、余らせてあります。余裕が出来れば、戦うための特典を追加しようかと。現地で山に分け入り、食材となる魔物を狩るにも、戦う手段は必要でしょうから」

 

「本当に食うことに特化させたんだなあ。いや、一貫しているというか、ブレないなあ、お前さんは」 


 特典を眺めて、顎に手を当てながらうんうんと頷く神様である。


「お前さんみたいなのがいると、用意した甲斐があるってもんだな――実はな、食文化というか、文化レベルは全体的にこっちで手心を加えてある」


「文化レベルに手心を? どういうことです?」


「向こうに行った地球人が、文化差で心を病んでも面白くないだろ? 多少の努力、あるいは投資は必要だろうが、文化的な生活に慣れたお前らでも不快感なく暮らしていけるような下地は整えてあるってことだ。例えばトイレだな。作水石という水の出る石や、綿みたいなふわふわが付いた植物の葉を利用することで、現代のウォシュレットとそう変わらない使い心地を実現できる。下水道が網羅されてるのは都市部だけだから、場所を選ばないと汲み取り式だがな」


「なるほど? つまり、食文化についても同様の措置を講じてあると?」


「その通りだ。地球で近代になってから流通した食品、例えばコーヒーやトマトなんかはすでに現地で商品化してる。味噌や醤油なんかは出回ってないが、特典で作ろうと思えば作れるだろう。未開の山を調査すれば、救荒作物なんかの原種だって自生してる。人類の人口規模からみれば、驚くほど食文化は豊かなはずだ。いわば転生者へのサービスだな」


「Trés bien! 素晴らしい!」


 収穫できる作物によっては、再現できない地球の味があるかもしれない。

 それは僕の抱いていた大きな危惧の一つだったのだが、その心配はなさそうだ。


 地球の味は向こうで再現できる。

 向こうでしか作れない味がある。


 素晴らしい。転生先の世界が、天国のように思えてきた。


「家についてだが、立地はどうする? どの街に転生したいか次第だが、首都付近の土地、あるいは地方の街でも繁華街とかだと地価が高くなるぞ。現地でどれぐらいの価値があるかで、必要となってくる特典ポイントも変わってくるが」


「スタート地点は、海の街しかありえません。美食の街でもあるのでしょう? 山あり、海ありで、食の宝庫といっても過言ではないでしょうし。店を構えるつもりはないので、現時点では郊外とかの安い土地で構いませんよ。将来的には店を開くことも視野に入れていますが」


「それじゃ、比較的安全が確保されている北門を出てすぐの場所だな。世界の中心に面しているのは南門だから、北門は魔物が出現することはまずない。かわりに盗賊なんかがいたりするんだが、衛兵の目の届きやすい場所にしといてやろう。あのへんの土地はまだまだ安いからサービスだ、広い畑に、家の中には現地基準で最新の調理器具を一式付けといてやる。これで特典ポイント20でどうだ?」


「それで構いません。では余ったポイントで、斬術スキルと射術スキルを頂きましょう。戦闘手段としても使えますし、血抜きや弓矢での狩りにも便利でしょうから。余った分は――そうですね、初期レベル増加に19、所持金選択に10を割り振ります。これで100ポイントですね?」


「ふむ、それではこうなるな。確認してくれ」



《パブリックステータス》


【種族】人間(転生者)

【名前】タラオ・ヨネクラ

【レベル】125

【カケラ】1


《シークレットステータス》


【年齢】36

【最大HP】620

【最大MP】32


【腕力】62

【敏捷】31

【精神】32


【習得スキル】

 斬術

 射術

 料理

 動物知識

 魔物知識

 魔法生物知識

 動物意思疎通

 魔物意思疎通

 魔法生物意思疎通


【アイテムボックス】

 1t 



「間違いありません。それで結構です」


「ところで、基本的には転生者の特典取得には口出しをしない主義なんだが、一つだけ確認させてくれ。後から、こんな予定じゃなかったって文句言われても困るからな」


 僕が選んだ特典一覧をしげしげと眺めながら、神様は僕に問いかけた。一体何だというのだろう?


「お前が選んだ毒耐性スキルだが、これは文字通り毒に強い身体になるわけだ。例えば生前、お前が死んだ原因であるフグであれば、一匹丸ごとの危険部位をすべて食したとしても、まるで身体への影響が出ないぐらい強固なスキルでな。食いすぎで腹を壊すことはありえるが」


「でしょうね。そのつもりで選んだのですから、そうでなくては困ります。しかし言われてみれば、料理人としては良くないかもしれませんね。食べたものに毒があるかどうかがわからないのでは、自分が良くても他人に食べさせることが出来なくなってしまう」


「そういうことじゃないんだ。食ったものに毒があれば、ちゃんと違和感として感じ取れるようになってるから。例えばフグの毒部位を食ったとして、身体の中に入ってきた毒素をスキルが中和しているっていうのは体感としてわかるはずだ」


「おお、それはありがたい。しかし、では一体何が問題だというのです?」


「いや、美食が趣味だって言ってたからな。その、なんだ。アルコールだよ」


 血の気が引いた、とはこのことを言うのだろう。神様に言われて、僕は気づいてしまった。

 まさか、なんということだろう。もしや――!


「そう、アルコールも一応、毒に分類される。他にも、向こうでは麻薬扱いだが、煙草とかもな。酔いや薬物による快楽は、毒耐性スキルを持っていると得られなくなる。正確には、ごくわずかな間だけ効くが、すぐに中和されて感じなくなる。それでもいいか?」


「バカな――!」


 思わず僕は吼えた。

 旨いおつまみで一杯やり、ほろ酔い気分になるあの楽しみが、得られなくなるというのか!


「ならば、毒耐性はいりません。やめてください」


「決断早いなおい。しかしいいのか、フグなら向こうの世界にもいるが」


「ぐっ、それを言われるとキツい。オブジェクトシステムとやらで対象物を調べたら、毒の有無とかを確認できたりはしませんか? それなら毒耐性がいらない」


「無理だなあ。オブジェクトシステムはあくまで種族名と個体名、それにレベルがわかるだけだ」


 僕は肩を落とした。フグ、いや毒性のある食材を好き勝手に食べ放題するという夢は、淡くも消えた。毒のある食べ物には、旨味が強いものが多いから、楽しみにしていたのに。


「ならば、レベル増加にでも回しておいてください。飲酒の妨げになるのであれば、毒耐性スキルなどいりません」


「筋金入りだなあ。それじゃあ一つ提案だ、水属性魔法を取ってみたらどうだ?」


「どういうことです?」


 怪訝な顔をしているであろう僕に、神様は水属性魔法の一覧を広げてみせた。


「水属性範囲級の治癒ピュリフィケーションは、肉体系の状態異常をすべて治す魔法だ。これにはもちろん毒も含まれるから、仮に食中毒になったとしても、即死していなければ自分で治せる。ついでに、作級魔法の作水クリエイトアクアで純水が作れるから、飲み水や料理にも便利だと思うが」


「それだ!」


 僕は、思わず叫んでしまった。声の大きさに神様がびくっとする。

 それならば、毒耐性スキルを持っておらずとも、毒のある食べ物を摂取することができる。


「素晴らしい提案です、神様。ぜひそれでお願いします。毒耐性スキルから水属性魔法スキルに取得特典を変えた場合、確か特典ポイントが2足りなくなるはずですね? 所持金選択をその分減らしてください」


「ん、わかった。満足してくれたようで何よりだ。もう転生させてしまってもいいか?」


「ええ、よろしくお願いします。あなたが下界に接触できないのを悔しがるような、旨い料理を作ってみせますよ」


「期待してるよ。カケラロイヤルの優勝者になる可能性は低そうだからまた会うことはないかもしれんが、達者でな。それでは、良き人生を」


 神様がぱちんと指を鳴らすと、僕の意識は暗転していった。

 フグ毒にあたって死んだときと感覚が似ていたので少し恐ろしくなったが、首を振って弱気を追い出す。

 

 前世も、食の探求のために死んだようなものだ。立派な死に方である。

 死ぬことを恐れていては、未知の食材を発見することなどできないではないか。

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