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米倉鱈雄 生前

 米倉鱈雄の死因は食中毒であった。享年は三十六歳である。


 彼は自称美食家(グルメ)である。といっても、得意分野は気取らない大衆的な食事、いわゆるB級グルメと呼ばれる分類のものであったし、食道楽グルマンと呼ぶべきかもしれない。


 好物は特にない。美味ければ何でも好きである。


 自ら腕をふるって料理を作ることもあれば、ステーキやラーメンなどの庶民的な外食をすることもあるし、しっかりした作法が必要なフレンチや会席料理で料理の奥深さに感動することもある。


 酒も好んだ。ワインの産地や銘柄などを熟知しており、食べ頃になったチーズでワインを飲むのは、彼の最も好む晩酌の形であった。フォアグラを買ってきて表面を焼き、とろりとしてきたところをバゲットに付けてかじったり、少し醤油を付けて酒の肴にすることは、彼にとってたまらぬ贅沢であった。


 彼は太っていた。身長170cm少々に対して体重は90kgである。

 好きな物を食い続けているために当然の体重ではあったが、彼自身に痩せるつもりはまったくなかった。なので、恵まれた家庭環境にいるにも関わらず、恋人は出来なかった。彼にも人並みの性欲はあったが、食欲がそれを凌駕するのである。

 外見を整えるために痩せる苦労と、好きなときに好きな物を食べる快楽を天秤にかけ、彼は後者を選択する。ドレスコードは熟知していても、普段着にはさほど気を払わない性格であったことも恋人が出来ない原因であったかもしれない。


 彼は趣味が高じて調理師免許を取得しようとした。

 免許取得に必要となる実務経験を得るために、親の会社を辞めて飲食店で働くほどの入れ込みぶりであった。

 

 彼の両親は資産家であったため、彼が生活に困ったことはない。

 自分の店を開きたいので会社を辞めたいと伝えたところ、引き止められるどころかむしろ歓迎された。自分のやりたいことが見つかったなら素晴らしいことだし、店を開くなら開業資金を全額出そうと後押しまでされた。


 調理師免許の習得に必要な実務経験を得て、一人か二人で切り盛りできる小さな飲み屋を開き、気の合う常連と好きな物をひたすら食う生活を送るのが最近の彼の夢になっていた。流行らなければ店は潰してしまえばいいと思っていたが、おそらく繁盛するだろうとも思っていた。自分ほどに美味いものを食い続けてきた人間はそういないという自負があったからだ。


 そんな彼の青写真は、一匹の魚によって引き裂かれた。フグである。


 養殖したフグは無毒になるという噂を聞き、彼は意気揚々と養殖業者からトラフグを取り寄せた。彼のお目当ては、肝である。フグ肝で一杯やりたいという情熱に彼は燃えていた。


 中毒の危険があるため、ふぐ調理師の資格を持った方が適切に処理した部位だけをお召し上がり下さい、特に内臓は危険です――そう箱書きにあったが鱈雄にとってそんなことは知ったことではない。


 フグ調理師の資格を彼は持っていなかったが、捌き方は知っていた。

 長年に渡って自分で料理を作っていたということもあって、包丁捌きは鮮やかである。わずかな試行錯誤だけで薄造りをマスターし、捌き始めてから数十分後の食卓には、大皿に薄造りのフグ刺しと、ピンクに色付く美しい肝の小鉢が並んだ。


 この日のためにと取り寄せておいた純米大吟醸の日本酒を冷やと熱燗で交互に楽しみつつ、美味い美味いと舌鼓を打つこと小一時間。物の見事に、彼はフグ毒にあたった。


 フグ毒は麻痺を伴う。身動き一つできず、電話で救急車を呼ぶこともままならない中、彼はどうして無毒のはずの養殖フグにあたったのかを考えていた。


 無毒にするために養殖したフグは確かに存在するものの、流通している普通の養殖フグは必ずしも無毒なわけではないことを、彼は知らなかったのだ。

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