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白野百合 4

「姫よ、椅子と机は並べておいた。それと、竈はこんなものでいいかな? 時間をくれれば、石積みで囲んで作った、もっと使いやすいものを組めるが。地面を掘って盛り土をしただけのそれじゃあ、屈みこんで料理をしなきゃならんから、しんどいぞ?」


「ううん、いいわ。どの道手ずから料理をするわけじゃないもの」


 五人が席に着ける折りたたみの椅子と机、大鍋、少量の薪、食材、その他もろもろ。自分の体積から輪郭がはみ出てしまうほどに巨大な荷物を背負って山を登り、

さらにはそれらの設営まで軽々とこなしたセレナおじいちゃんは、汗一つ浮かべてはいなかった。


「助かるわ、ありがとう。手際がいいのね、おじいちゃん」

 

「鉄よりも重い魔力鋼の鎧を着て狩りをするのに比べたら、朝飯前だよ。クローベルのおかげで、のんびりできとるしな」


 時おり、森の奥の方から、雄叫びのようなものが聞こえてくる。

 かなり遠くなのでかすかに響く程度だが、それは紛れもなくクローベルと、会員三番六番が魔物と戦っている証だ。 


 初めての狩りということもあり、会員たちが怪我などしないか心配ではあったが、クローベルがいれば大丈夫だとセレナおじいちゃんが太鼓判を押してくれたので、あたしも腹を据えて彼らの帰りを待つことにした。


 あたしは銃後にあって、彼らの英気を養う食事を用意するのが今の役割である。


「戦いでは、あたしは役に立たないしね。自分にできることをしましょうか」


 魔物が数多く生息するという、未開の森。そこではあたしは、無力だ。

 戦闘に使えそうな特典は光属性魔法だけで、それですら初期レベル30のままではほとんど唱えることができない。運動能力だって低い。役立たずである。


 森の入り口となる、少し開けた草むらで、おじいちゃんは「ここまでだな」とあたしを制した。ここから先は、セレナおじいちゃんが護衛に付いていたとしても危険な地域なのだという。


「毒蛇や兎のような、見逃しやすい魔物から奇襲されるかもしれないからね。姫の強さと装備だと、奇襲の一撃だけで死にかねない。ここから先は、姫は立ち入り禁止。ボクが護衛に付いていても守りきれんでな。これは譲れんよ」


「ふむ。ならしょうがないわね」


 足手まといになってもしょうがないので、プロの忠告に従い、森の中には三人で向かわせた。クローベルたちと別れたあたしとセレナおじいちゃんは、入り口前の広場で休憩所を組み立てつつ、食事を作る。


 はるか森の奥から、クローベルたちが発したと思われる叫び声や甲高い金属の音が聞こえてくるたび、あたしは気になって音のした方を振り向いてしまうが、セレナおじいちゃんの言う通り、あたしには祈るぐらいしかできないのだ。彼らを信じて待つべきだろう。


(――なんて、頭ではわかってはいるんだけれど)


 自分が戦力外だというのは、やはり尻の据わりが悪いものだ。

 非力な女子扱いされるのが嫌で、男たちの中に乗り込んでいって仕事をこなした前世の記憶を思い出す。あたしはガサツな方だし、男たちだってお世辞にも紳士な奴らじゃなかったけれど、ただの同僚ではなく、仲間扱いされるのは、良いものだった。


 どれだけ仕事が苦しかろうが、信頼さえお互いにあれば何とか乗り切れるものである。セクハラで訴えられるかもしれないとか、あの男連中は微塵も気にしていなかったので、物言いがずいぶん率直なものだった。言うに事欠いて、生理で体調不良のときに、ケチャマンなら大人しくしてろよメスブタはないと思う。


 あたしも一応は女だから文句を付けるのだが、これだけ言っても怒るまいと信頼されているのか、連中はあたしと接してるときは常に笑顔だった。悪気があって言っているのではないのだ。それでいて、あたしが辛いときには、嫌な顔一つ見せず仕事を肩代わりしてくれた。

 元々ハードな職場だったから、汗みずくになりながらあたしに楽をさせようとしてくれたものだ。


 ここまでやりあえる仲だという、女とは基準が違う男同士の連帯感の中に、あたしは組み込まれていた。あの日々は、悪いものではなかった。なんだか、むしょうに懐かしい。


「姫よ、ぼうっと森を見て、どうかしたかな?」

 

「ん。ちょっと郷愁に浸ってただけ。みんなが危ない仕事してるときに、あたしだけのんびりしてられる場所にいるのが、悪いなって思ったのよ」 

 

「軍人は出撃するとき、自分の後ろに人々の暮らす街があると自分に言い聞かせるんだよ。自分の狩った魔石や素材で、庶民の生活が豊かになる。街に近づく魔物を倒すことで、庶民が安全に暮らせる。そう思い定めないと、命がけで戦ったりはできんでな。後ろに守るべき民がいるなんてのは、みな慣れっこだよ。気にせん方がいいな」


「その輪に入れないのがね、ちょっと寂しかっただけよ」


 もやっとしたこの気持ちを言ったところで、わかってもらえるとは思わない。

 説明する意味もないので、あたしはしばし、黙っていた。


(ん、切り替えていこう)


 千里の道も一歩から、あたしはあたしにできることをしよう。


料理クッキング

 食材と調理器具、そして完成品を入れる容器を用意した状態で使用可能。全体をマナで覆い、調理の過程と、出来上がりの想像図を脳裏に思い浮かべることで発動。消費MPは、作成物の難易度と量に依存。


 ステータス画面から料理スキルの詳細を開きながら、あたしは手のひらにマナを集める。料理本を片手に慣れないフライパンと向き合っているような気分だ。


(全体をマナで覆えって言われてもねえ)


 一体どうすればいいのかがわからない。


 あたしの目の前には、セレナおじいちゃんが作ってくれた竈がある。

 地面を掘って周囲に盛り土をしただけの簡素な竈には、火を付けたばかりの薪が弱々しく炎を揺らめかせている。鉄製の台座をその上に置き、大鍋を火にかける。中にはまだ、水しか入っていない。炎で熱せられて沸騰するまで、かなり時間がかかるだろう。


(食材って、切らないといけないのかしら)


 後々、みんなの食卓になるであろう机の上には、あたしが買ってきた食材が置かれている。キロ単位で買ってきた牛肉の塊と、玉葱、人参、トマト。それに何種類かの果物と、セレナおじいちゃん家秘伝のブレンド調味料。塩胡椒にハーブとかを混ぜて香り付けしたものだそうだ。


(えっと、全体をマナで覆って――?) 


 地面をごりごりと引きずって、机を竈の近くに寄せる。

 火にかけられた大鍋と、机の上に乗った生肉なんかの食材と、五枚に重ねられた木の器。これらすべてを包むようなイメージで、手のひらからマナを放出する。

 あたりを漂うマナが、だいたい全部を覆いきれたかな、と感じたとき、あたしの脳裏に「使用可能」という文字が閃いた。


「ん? もう?」


 水は沸騰していない。食材を切ってもいない。

 しかし、使用可能になったら知らせてくれる特典スキルの補助効果なのか――今だったら料理スキルを使えるという確信があたしの中にあった。


(どうしよう、スキル、使ってみようか?)


 常識的に考えて、料理の準備が整いきっていないことぐらい、あたしにもわかる。しかし、特典スキルは、もう使えるぞとあたしに促してくる。


「悩むわね。これで試しに料理スキル使ってみて、下手なものが出来て食材無駄にしましたとか嫌よね。まあでも女は度胸よね、最悪また街まで走って食材買ってくればいいし。やってみよっか」


 この世界に来てから今まで、あたしは料理スキルを一度も使ったことがない。

 なので、どういう扱いで、どういう風に料理が出来上がるのかを知らないのだ。


(ぶっつけ本番じゃなく、一度ぐらい試しときゃよかったわね)


料理クッキング


 あたしがスキルの名前を口に出すと、あたりはまばゆい光に包まれた。

 それは竈、大鍋、食材を包み込み――光が収まった後には、食材が消えていて、大鍋から湯気が出ていた。机の上に乗っていた牛肉とか、野菜だとかが、綺麗さっぱりなくなっている。


 未知のものに対する警戒心を面に浮かべながらセレナおじいちゃんが大鍋に近づいてきたので、あたしも一緒に、ひょいと鍋を覗き込む。


「ええええええええ?」


 二人して声を揃えてのけぞる。有り得ない。

 有り得ないことに――大鍋の中には、じっくりと煮込まれた、いい色合いのビーフシチューで満たされていた。


「いやいやいやいや、おかしいでしょう。確かにあたしはビーフシチューっぽいものを作りたいとは思ってたわよ。でもね、ソースもケチャップもなかったのよ?

牛肉のトマト煮込みみたいなものしか出来ないだろうって思ってたのに――あ、やばい、これ美味しい」


 木匙でちょいと大鍋の中身をすくって口に運んで――あたしは身悶えた。

 美味しい。高級料理店じゃないと出てこないようなビーフシチューだ。味の深みとコクがやばい。


「おかしい。絶対におかしいのに美味しい。くそっ、納得いかないわよ神様。どう考えたってこの味を出すには食材が足りてなかったでしょうよ」


 あたしが溺れ死んだ前日、旅行先の島にあるレストランで、最高級のブイヨンを使って何日も煮込んだとかいうお高いビーフシチューを食べた。年に一度クラスの大贅沢だったが――量産品の大鍋の中に入っているシチューは、あれより美味しい。

生クリームとかで見栄え良く化粧なんて施されていない、ぐつぐつ煮える大鍋のシチューなのに、あれを越えている。


 どう考えても、あれだけの食材でこの味が出るわけがないのだ。

 

「これが、特典スキルの力ってことなのかしら――大まかなところさえ用意してあれば、例えば香草とか、足りない食材があったとしても、強引に完成品ができるってこと?」


 なんだそれ。

 やばいだろうこのスキル。材料の不足を無視できるなんて。


「姫、今のは――?」


 訝しんでいる様子を隠すつもりもないのか、あたしの顔と湯気を立てる大鍋を交互に見ながら、セレナおじいちゃんは呟く。


「転生するときに、神様からもらった能力。あたしも初めて使ったんだけどね」


 セレナおじいちゃんはおそるおそる木匙で鍋の中のシチューをすくい、味見をして――放心した。木匙をぽろりと取り落として、あんぐり口を開けて宙を見ている。


「王族の晩餐会で出てくるものより、美味い」


 有り得ないものでも見たかのように、ぶんぶんと首を横に振るおじいちゃんである。あたしも同じ気分だ。このスキルは、凄すぎる。


(え、ってことは、あれなの?)


 他の大工スキルだとか、鍛冶スキルだとかも、ちょっとやそっとの材料の不足ぐらいなら、強引に無視して完成品を作れるということだろうか。

 例えば家を作るんだったら、木材と釘さえ用意しておけば、なぜかそこそこの内装のある、立派な家が建っちゃったりするんだろうか。


「生産系のスキル、地味だと思ってたけど、やっばいわね――」


「姫、この味なら、店が出せるぞ。それも、貴族や王族が足しげく通う有名店になれる」 


「興味ないからいいわ。王様が通ってきたところで、だからなんだって感じだし」


 あたしは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 特典スキルの使い勝手を見直すつもりにはなっていたが、それはまた、後日でいいだろう。一気に色々試すことなんてできはしないし、なんだかあまりの衝撃に頭の中がパンクしそうだ。


「要するに、ファンクラブの会員に振舞うご飯が美味しくできるって事実だけで、今はいいわ。おじいちゃん、呆けてないで合図送ってちょうだい。煮詰まって味が変わっちゃうのが勿体無いわ」


「お、おお。承った」


 未だショックから立ち直っていない様子のセレナおじいちゃんは、虚空に向けて、火矢を何本か撃った。魔法で産み出された火矢は、きゅんっ、という音とともに空気を切り裂いて空へと吸い込まれていく。


 セレナおじいちゃんたちが話し合って決めた、合流の合図だった。

 しばらくすれば、クローベルたちが戻ってくるだろう。予定よりも早く呼び戻すことになったので、何事か起きたかと焦らせてしまうかもしれないが。


「疑っておったわけではないんだが、姫よ――本当に、創世神様のご加護を受けてるんだなあ」


「ん、そうね。もっと早く見せてあげれば良かったかしら。そういえばあたし、こっちの世界に来てから特典の類をぜんぜん使ってなかったわね。考えてみたら、アイテムボックスがあるから、肉とか鍋ぐらいだったら持ち運びできたわ」

 

 セレナおじいちゃんに重い荷物を運ばせる必要など、なかったかもしれない。


 転生してからというもの、あたしがしたことといえば、飲み歩きとファンクラブの設立、それに加えて吟遊詩人ギルドの講習を受けに通っているぐらいである。


 こんなにも特典が便利なら、もっと早く色々試しておくべきだったかもしれない。日常的な暮らしには慣れたものの、特典を使うことにはぜんぜん慣れていないのだ。












「おっ、煮込み料理か。よっしゃ、酒おっぱいの家事の腕をちょっと見てやらあ」


 雑に兜を脱ぎ捨て、金属の手甲を外したクローベルは木匙でビーフシチューを口に運び、いくらか咀嚼して――押し黙った。それは会員三番六番も一緒で、何やら呆然とした顔になっている。


「うめぇ――」


「うむ。やはり、そういう顔になるだろうの。ボクもそうだった」


 クローベルのことだからガツガツかき込むかと思っていたら、姿勢を正して三口四口スープを啜り、具材を一つずつ木匙ですくって吟味するように咀嚼している。意外なほど、品があった。

 

「これ、本当に酒おっぱいが作ったのか? どこぞの高級店から、鍋ごとかっぱらってきたんじゃないのか? 首都で一番良いとこだって言われてる高級店より美味い気がするんだが」


「失礼ね。愛情が篭もってるかまでは保証しないけど、作ったのは一応あたしよ。特典スキルの説明、前にしたでしょ。あれよあれ」 


「一部始終、見ておった。事実だ」


 彼らが放心している横で、あたしは堅焼きパンを切り分けて籠に盛る。

 柑橘類をちょっと搾って香りを付けた水を、木の椀に注いで各自に配る。


「次から、パンも自分で焼いてみようかしらね。多分、一瞬でできるような気がするし。まあ、今日のところは店で買ったもので我慢してちょうだい。シチューは大鍋一杯あるわ、食い倒れるまでお代わりすること」


「これが、食い放題だと――?」


 眼の色を変えて、三人はシチューを食べ始める。あたしとセレナおじいちゃんも、食卓に付いた。うめぇうめぇの他にほとんど会話らしい会話もなく、しばしあたしたちは食事に没頭する。


「ああ、食った食った――腹が裂けるほど食ったわ」


 大盛りで二杯はお代わりしたクローベルは、自らの腹を叩きながら、げふーと満足そうな顔をした。

 最初に見せた余所行きのマナーの欠片も見当たらない。


 着替えのときに彼女の裸体を見たことがあるが、四十手前だというのに身体は引き締まって腹筋は見事に割れていた。あの身体のどこに入ったかというぐらい、シチューは彼女の胃へと収まったようだ。


「ほとんどタダ働きなのかと思ってたんですが、このメシが食えるなら安いもんじゃないですかね、この狩り。大枚積んで食いたがる奴、絶対いますよ」


「居残りの、おかん組だったか。あいつらに悪いな」


 会員三番六番もしこたま食ってご満悦の様子だった。

 それを見て、あたしも満足する。


「うん、福利厚生にはなったようで何よりよ。出稼ぎ組には、毎回あたしが料理作ったげる。ちょっとはやる気の足しになるでしょ」


「足しになるなんてもんじゃありません。これが食えるとなれば、ファンクラブの入隊希望者も殺到するんじゃないですかね?」


「嫌よ。あたしはあくまでも、自分の可愛さとか綺麗さをちやほやされたいの。美食目当てで来るようなのはお断りよ、頼まれたって作ってやんない。ああでも、炊き出しのときぐらい、特典スキル使ってもいいわね。この世界の貧しい人ら、本当に貧乏なんでしょ? あんまりいいもの食べてないでしょうし、このご飯持ってったら大受けするわよね、売名がはかどるわ」


「欲があるんだかないんだか、姫の場合はわからんなあ」


 食後のお茶でほっこりしつつ、しみじみとセレナおじいちゃんが呟く。

 

 あたしは確かに、名声が欲しい。有名人になりたい。

 けど、それはアイドルとしての名声であって、料理人として名を馳せたいわけではないのだ。よしんば国王とやらに料理の腕を認められたとしても嬉しくも何ともない。


 あたしの野望はたった一つ。イケメンパラダイスであり、逆ハーレムなのだ。断固として料理界の重鎮になることではない。


「良し。酒おっぱいのメシで、ちょっと気合が入っちまった。午後はお前らの引率やめて、あたしが前線張るわ。出稼ぎ組全員の装備が買えるぐらいは、稼いで帰ろうぜ」 


 勢いよく立ち上がり、こきこきと首を鳴らすクローベルであった。

 うっす、などと雄臭く答えて男衆も立ち上がる。


「ちょっと、頑張ってくれるのは嬉しいけど、会員を危ないとこに放り込むのはやめなさいよ? 怪我でもされたらあたしの立場なくなるんだから」


「酒おっぱいは戦闘の経験ないんだったな。本気でやらないと危ないぐらいの場所で勘を研ぎ澄ませてないと、かえって危ないんだよ、いつだって死を招くのは油断だからな。まあ任しときな、あたしはこの道で二十年食ってんだ」 


 ならいいけど、とあたしは納得する。

 ベテランにはベテランの理屈があるだろう。現場の判断に上が口を出しすぎると、ろくなことがない。大まかな方針だけ示して、あとは現場にぶん投げるのが正しい上司の姿だとあたしは思っている。


 クローベルたちは気合十分で、本日二度目の出撃に向かっていった。


「ふむ。ボクだけが役に立っておらんな。姫の護衛だけで済ますつもりであったが、この食事の代価としてはちと足りておらんなあ」


 クローベルたちが走りこんでいった森の入り口をぼんやりと眺めながら、セレナおじいちゃんは白髪まじりの頭をぽりぽりと掻いた。


「気にしなくていいわよ。おじいちゃんの分、クローベルが働いてくれてるもの。もう血を見るの、嫌なんでしょ? 無理して頑張らなくていいわ、若い者に任せちゃいなさいな」


「ふむ、そうだなあ――のう姫よ、特典スキルとやらで、一つ作って欲しいものがあるんだが」


「いいわよ。あたしで作れるものなら作ったげる。世話になってるしね」


 今日に至るまで、寝食の世話を受けている上に、ファンクラブの会員だって全員おじいちゃんの知り合いだ。今日、こうしてファンクラブの活動が形になってきているのも、おじいちゃんのおかげである。かなり厳しい要求をされても、応えるつもりでいた。


「作れたらでいいんだが、美味い酒を作ってもらえないかな? 酒精の強い酒であれば、なお良い。二樽以上作ってもらえたら、完璧だ」


「あ、いいわねそれ。街で事務作業してくれてるおかん組に料理を作る機会がなさそうだから、彼らに悪いなって思ってたのよ。帰ったら試してみるわね」


 材料が足りていないのに完全な料理を作れるほどの特典スキルである、使い方次第では酒も作れるだろう。打ち上げのために酒を作ってみるというのは、いいアイデアだった。


「よろしく頼む。それがもし出来たなら、少し分けてくれぬか。付け届けに使いたいでな」


「付け届け――ああ、お偉いさんへの挨拶とかってことね。いいわよ、あたしが面倒事に引っ張り込まれないように気を付けてくれれば、好きにやってちょうだい」


「面倒事に巻き込まれないようにするための、付け届けだよ。目に見えぬところでぐらい、ボクも働いておかんとな」


「一切合切任せるわ、よろしくね、おじいちゃん」


 あたしは茶を啜りながら、ひと息吐いた。

 クローベルたちが狩りを終わらせて出てくるまでには、かなり間があるだろう。次回以降もこの時間は空いてしまうだろうから、暇つぶしの手段も考えておかねばなるまい。


 出稼ぎ組が狩りに行っている間、あたしは暇なのだ。


「レベル上げ、しないとダメそうね」


 あたしのレベルは、初期状態の30のままである。

 精神の基礎能力値、すなわちMPは14で、大鍋一杯のシチューを作るのに半分以上消費した。


 料理を作るだけでなく、これからお酒を作れるか試すつもりだし、大工スキルだって使うだろう。料理スキルを使ってみた体感からすると、さすがに家一軒作るにはマナが足りない。


(寄生させてもらうべきかな)


 魔物と戦う人たちの後ろであたしは出待ちしておき、魔物を倒してもらったら、倒した人とあたしが場所を交代して経験値的なものだけを貰いにいく――ネトゲで言うところの寄生というか、別の意味での姫プレイをする必要があるかもしれない。おじいちゃんと相談するべきだろう。


「ねえおじいちゃん、今の時間って、暇よね――」


 一気に物事が動き出した実感があった。これから忙しくなりそうだという予感が、あたしの胸の内にある。











 

 隣の個室で、うぇーっはっはっはと男臭い談笑が起きている。

 クララ・クリマに戻ってきた出稼ぎ組が、居残りのおかん組と合流して酒盛りを開いているのだ。もちろん話の内容は、今日の狩りとか、あたしが作ったメシの感想とか、そんなところだ。


 あたしは珍しくその輪に加わらず、空いている机を借り、酒場の真っ只中にあって書類と睨めっこをしている。居残りさせた三人が出してきた見積もり、要はファンクラブの予算案を眺めて今後の行動予定を考えているのである。


 飲食物を注文せず、隅の机を一つ陣取って唸っているというのに、眼帯姿のマスターはあたしに目くじらを立てることはなかった。


 元々が寡黙なのか、マスターがあたしたちに話しかけてくることは滅多にないけれど、彼もセレナおじいちゃんの知己で元軍人らしく、あたしたちの一行にはかなり好意的に接してくれていた。おじいちゃんが関わっている事柄のみ、ここでは大抵の融通が効く。


 そもそも、酒場を出資したのもセレナおじいちゃんらしい。

 眼帯のマスターに用意した引退後の仕事であり、傷病兵のたまり場兼、交友の拠点としても使えるように作った店なのだそうだ。経営はマスターに丸投げして関わっていないのでオーナーとは違うようだが、おじいちゃんの巣であることに違いはない。


「うーん、出費予定が山積みねえ。出稼ぎ組を希望してる他の会員に武器防具買ったげないといけないし、回復薬とかはセレナおじいちゃんが作ってくれるらしいけど、包帯とか作水石とかの必需品もいるし、ファンクラブハウスを建てるための土地と木材もいる、ファンクラブハウスって言いにくいわね、なんかいい愛称も考えないと」


 居残りのおかん組三人が出してきた予算案は、しっかりしたものだった。

 例えばクラブハウスの建設予定地については、いくつかの候補の空き地を探してきて、そこの土地代がいくらぐらいするのかとか、どれぐらいの建物にはどれぐらいの木材が必要でお金はいくら必要とかまで書かれているのである。土地以外の項目も同じように微に入った見積もりを出してきているので、よくこのリストを半日で作り上げたものだと感心するほどだ。


「姫ー、まだですかーい?」


「今忙しいんだからちょっと待ってなさいよ! すぐ行くから!」


 飲み会の参加を促す隣室からの野太い声に怒声を叩き付けて黙らせ、あたしはぶちぶちと独り言を呟きながら今後の予定を作っていく。


「ああもう、あたしだって飲みたいの我慢して表作ってるっていうのに、お気楽な奴らねまったく。げ、なにこれ。武器防具の消耗と、装備品が壊れたときに買い直すための積み立て金? 馬鹿にならない額ね、しかも注釈が付いてる、極力武器に負担をかけないように格下の魔物を狩った場合でこの金額です? ああもうそうだった、ゲームじゃないんだから当然装備が壊れることもあるんだった、出費予定が増えるわねえ。あとは食材費も追加しないと。お酒とか料理とかを出撃ごとに作るなら、それも会費で捻出しないと。全部あたしが負担してたら破産するわ。それを酒場に持ちこんで飲み食いしていいかマスターと相談しないといけないし、後はあれとこれと――ああもう、忙しいったらないわね!」

  

 久しぶりに感じる、仕事に忙殺されている気分を味わいながらあたしがあれこれ考えていると、『ぽーん』と頭の中で何か音が鳴った。


「うっさいわね! 今度は何よ!」


 軽く怒鳴りながら周囲を見渡してみても、音の発生源が見当たらない。

 誰かが話しかけてきたのかと思ったが、そうではないようで、あたしが首を捻っていると、頭の中に直接話しかけるような声が響いてきた。


『転生者、タラオ・ヨネクラが死亡しました。転生者は残りは十二人です』


「ああ?」


 カケラロイヤルのことを忘れていたとは言わないが、この忙しいタイミングで

死亡通知が出るとは思っていなかったので、あたしは深く考えずに死亡者名と残り人数をメモ用紙に書き写す。考えるのは後でもいいだろう。なんせこちとら修羅場ってるのだ、後回しにして欲しいものだ。


「あのう、ちょっといいですか? こちらに『守護者』様がいらっしゃると伺ったのですが――」


「今度は何よ!」


 さあ書類と向かい合おう、そう気合を入れ直したときに話しかけられて、あたしは思わず吼えてしまう。デスマーチ真っ最中のあたしは、目付きが悪くなっている自覚がある。そんなあたしに噛み付かれて、ひっ、と怯えながら若い兵士は後ずさった。


「って、兵士?」


「はい、ドルタスと申します。守護者様に言付けを預かっておりまして――」


 おずおずと切り出した兵士は、見回りの下っ端兵士が身に着けているような安物の革鎧を装備していた。あたしが買った一式装備よりも廉価な、胸当てと腰当て、それに鉄兜といった感じの、パーツの少ない例のアレだ。


 天然パーマのくしゃっとした短髪で、ブルドッグみたいな犬っぽい顔をした青年は、人懐こそうな顔で戸惑っている。


「セレナおじいちゃんに用? なら隣の個室で飲んだくれてるわ、さっさと行ってちょうだい、あたしは忙しいの――って、今度は何よ!」


 しっしっ、と手振りでドルタスとかいう兵士を追い払ったあたしであったが、酒場の入り口の方がまばゆく光り輝いてあたしの目を潰す。


 何事かとそちらの方を見るも、なぜか酒場のマスターは強い輝きが気になっていないようで、平然として食器の整理をしたりしている。


「どういうこと? この光が見えてないの――って、何かこっち来たし」


 間近で見るその輝きは、七色の光を放っていて、あたしの方へと近づいてきた。

 え、あたし?と戸惑っているうちに、その光は遮るように伸ばされたあたしの腕をすり抜けて、すうっと胸に吸い込まれて、消えた。まばゆい輝きも、なくなった。突然あたふたしだしたあたしを見て、ドルタスとかいう兵士と酒場のマスターが、怪訝な顔をする。


「もう、何なのよ――!」


 あたしは思わず、叫んでしまった。酒場にいるみんなが、びっくりしてあたしの方を見てくる。


 もういい、きっと今日はそういう日なのだ。

 何かをやろうとしても、邪魔される日なのだ。もういい、あたしは頑張った。

 今日は何も考えず飲んだくれよう。


 思考を放棄したあたしは、マスター、酒ッ!と叫びながら席を立つ。


(きっと今日は、細かいことを考えちゃいけない日だったんだ)


 よくわからない結論に至り、ファンクラブ会員が飲み騒いでいる隣室に向けて

あたしはのしのしと歩き出す。事情が飲み込めずに固まっているドルタスとかいう兵士にも、あたしは酒樽を押し付けた。


「ああもう、何もかも面倒臭い。あんたも飲むわよ。来なさい」


「いえあの、自分は守護者様にですね――」


「飲みながら話しなさい。どうせおじいちゃんも飲んでるわ。いいから早く」


 ぐいぐいと腕を引っ張り、兵士を飲み会の輪へと引きずりこむ。

 うん、場を盛り上がらせるサプライズの一つってことにしよう。どうせ飲ませてしまえば、何がなんだかわからない狂乱の宴になってしまうのだ、細かいことはどうでもよかろう。


(そういえばさっきの、七色の光――)


 ひょっとしてあれが、カケラロイヤルで集めなくてはならない、カケラというものだったのではなかろうか、そんなことをちらと思ったりもするが、まあどうでもいいか、とあたしは考えるのをやめた。

死亡時機の表記ミスがあったため、ヤハウェ2内の記述、

残り転生者数を12→11に修正しています。タラオが四、ジンは五人目です。

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