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盤台哲雄 13

 ざっ、ざっ、と走ってくる足音。

 

 待ち人の到来を感じ取り、座り込んでいた大樹の根元から腰を上げ、音のする方を振り向いて――僕は絶句した。


「ごめーん、待った?」


「今来たところだよ――って、ちょっと待ってくれ侠者、なんだその格好は」


「へ? 何がだ?」


 首都郊外の草原を背景に、こちらに走ってくる侠者の姿を見た瞬間、僕は言い知れぬ怒りがふつふつと湧いてくるのを感じた。


「どこか、おかしいところ、あったか?」


 うつむき、自分の装備のどこがおかしいのか、きょろきょろと探す侠者である。彼にしてみれば、例によって付き合い立てのカップルめいたトークで場を和ませつつ、今日の予定――魔物狩りの段取りでも話し合おうと思っていたのだろう。


 しかし、だ。


「いや、頭装備はどうした。頭装備は」


「兜のことか? 着けないことにしてるんだ。安物の革鎧一式買ったときに、革頭巾みたいなのも付いてきたんだけどさ、あれが着てみると不便でさあ。なんせレザーだから蒸れるし、耳まで覆っちゃうから物音が聞こえにくくてさ、狩りに行くときは外してるんだ」 


 そう、侠者は兜を装備していなかった。素顔なのである。

 

 それだけではなかった。

 肝心の鎧だって、粗末な部類のものだ。

 

 革の質がどうこうといった問題ではない。パーツが足りていないのだ。胸当て、腰当て、ブーツ。侠者が着ているのは、この三つだけである。

 

 兜は言うに及ばず、肩当てがない。篭手だってない。胸当てと腰当てだけでは当然ながら防御面積が足りていないので、腕回りのみならず、膝回りとか腹のあたりだってむき出しである。


 下に分厚く縫った布鎧クロースアーマーでも着込んでいれば身動き重視の軽装戦士と言い張れなくもなかったが、侠者はただの私服の上から革防具を身に付けているだけだった。綿か何かの薄手のシャツが、風にひらひら揺れるたび、僕のこめかみにビキリと青筋が走る。


「ふ、ふ――」


「ふ? どうした? どこか笑いどころあったか?」

 

 きょとんとした表情の侠者に、僕はブチ切れた。


「ふざけんな! なんだその格好は!」


 僕と侠者の他には人っこ一人いない草原で、僕は吼えた。

 なんで怒られてるのかわからないといった顔で、侠者はびくりと後ずさる。


「腹、腕、肩、膝、全部むき出しじゃねえか! スパルタ兵かお前は! 兜かぶってる分、奴らの方が先進的だわ! 紀元前五世紀ぐらいの国だぞ!? 弥生時代より昔じゃねえか! 縄文時代か!? 卑弥子かお前は!」


「どど、どうした哲雄、落ち着け。クールダウン、クールダウン」


 静まれ、静まれと両手で僕を抑えるかのようなジェスチャーをする侠者だったが、それは火に油であった。まだまだ説教し足りないし、看過しがたい点が山ほどある。


「いいか、武器の発達に伴って防具もまた発展してきたんだ。つまり武器と防具は

切っても切り離せない関係なわけだ。刃物をこよなく愛する僕の前で、そんなふざけた格好しやがって――終いにゃ刺すぞ!」


「待て落ち着け。怖い。侠者、怖い。哲雄、落ち着く。オーケー?」


「なんでカタコトなんだよ! 縄文人だからか! 原始人なのか!? いいか、そこに座れ――そうだ。まずなぜ防具を身に着けないといけないのか言ってみろ」


「えっと、攻撃から身を守るため?」


「そうだ! 敵の攻撃を食らったときに、防具がないと致命傷になっちゃうよな!

じゃあどこを優先的に守るべきか、言ってみろ」 


「え、えっと、急所? 頭とか心臓とかちんまることか」


 笑わせて場の空気を変えたかったのか、強張った顔でにこりとする侠者であったが、今の僕はまるで笑う気になれなかったのでスルーする。


「そうだ。特に頭なんてのは、重要器官の集まりだ。そこだけは絶対に守らないといけない。軽装の狩人や、遠距離で戦う魔術師とかなら、まだわからんでもないが――然るに侠者、お前は戦士だよな? 近接戦闘をするんだよな? その腰に吊ったロングソードで戦うんだよな?」


 うん、と心細げに頷く侠者であった。

 彼のことを見据えたまま、近くの樹木の幹にごつんと拳を叩きつけて威圧をすると、侠者はびくりと身を縮ませる。


「見た目を重視してんのか何なのか、よくゲームで肌を露出した戦士キャラがいるだろう? 戦乙女だか女戦士だか知らないが、兜をかぶってないのは当たり前で、ひどいのになると太ももとかが剥き出しになってたりするが――いいか、ああいうのは全部、痴女だ」


「痴女っすか」


「そうだ! 命の危険と肌の露出を天秤にかけて、露出を選ぶようなのが痴女でなくて何なんだ! 男だったらドMだ! どいつもこいつも防具ナメやがって! 肌が露出してた部分だけ、ずたずたの傷痕が残ってオモシロ日焼け痕みたいになってしまえばいいんだ!」


「そ、そうですね。俺が間違ってました。すいませんでした」


 ぺこりと頭を下げ、話を終わらせようという魂胆が透けて見える。許すまじ。


「まだ話は終わってない。兜についても語り足りないが、次はその肌着だ。なんだそりゃ。Tシャツか」


「え、あの、この世界ではごく平均的な肌着でして――」


「そんなことは知ってる。なんで肌着なんだ。肌着の上から革の胸当てを直装備って何なんだ。やっぱりドMなのか。え? ごつごつした革鎧が素肌に当たる感覚をお楽しみになりたいのか?」


「あ、やっぱり革鎧って、そういうものじゃないんだ? いやあ、買って着てみたんだけどさ、どうにも肌触りが良くなくって、着心地が悪いんだよね。シャツの上から着てだいぶマシになったんだけどさ」


 はあ、と盛大なため息を僕は吐く。


 フェイクレザーなどと違い、革というものはそこそこ水を吸う。それでいて、通気性はない。恒常的に汗を吸わせてしまうと、ひどい匂いを発してカビるだろう。


布鎧クロースアーマーだ。分厚い布で織られた服を下に着るんだよ。そうじゃなきゃ、革鎧ならまだしも、鉄の鎧なんて金属が肌にごつごつ当たって痛いに決まってるだろう。棍棒みたいなもので叩き付けられたときの衝撃吸収にもなる、かいた汗をある程度吸ってくれるから不快感の軽減にも繋がる。剣道の授業、学生時代にやらなかったか? 面の下に手拭い巻いたろう? 蒸れないように、汗が垂れてこないように、頭に布を巻きつけてから兜をかぶるんだよ。脳震盪対策にもなる」


「なるほどなあ。言われてみればその通りだ。防具ってのは不便なものなんだなと思ってたわ」


「いいか、鎧の基本は、重ね着だ。柔らかい鎧の上から、硬い鎧を着るんだ。日本の小説とか漫画で、鎖かたびらの着込みのおかげで助かった、みたいな話を聞いたことがないか? 一種類だけじゃなく、何枚にも重ねて着るのが普通なんだよ。たびびとのふくの上からてつのよろいを着るのが普通なんだ、いいな?」


「イエッサー!」


「ただ――侠者は論外としても、戦士が軽装でも、悪いことばかりじゃない」


 僕は魔法を使うために金属の鎧を避けているが、そうでなくとも軽装の戦士というものには一定の需要があるのだ。


「足場の悪い森を歩くときに、重装備はかえって邪魔だ。金属の足甲じゃ転びやすいし、歩くときにガチャガチャ音が鳴って無用心だ。よっぽど体力と器用さに自信がない限り、行く場所によっては軽い防具に切り替える方が実用的だろう。重装備の鎧っていうのは、あくまで平地や草原みたいな開けた場所で運用すべきなんだ。

侠者も、今の鎧を少しまともなものにするだけでかなりマシになる。具体的には、布鎧をしっかり下に着て、全身を覆えるようなきちんとした革鎧、ないしは鋲を打ったスタデッドレザーや蝋で固めたハードレザーを着るとかな」


 じろじろと侠者の全身を眺め回して、他に足りていない箇所はないかを確認する。


「武器は――片手持ちのロングソードだけか。人と戦うわけじゃないから、盾が魔物にどれだけ有効かっていう問題もあるし、左手が空いててもまあいいか。森の中みたいな狭いところで武器を振り回すなら小振りな剣の方が有用だろうし、無理に両手持ちの武器を持つ必要はないね。予備の武器として短剣ぐらいは持っておいた方がいいかもしれないが」


「おお、そうだ! そういえば、新しい武器買ったんだよな? 精霊契約はもう済ませたのか? 紹介して欲しいんだが!」


 ちらちらと、僕が左腰に吊ったクリスダガーに視線を送ってくる侠者である。

 

 話題を逸らしたい一心で話を振ってきたのだろうが、僕も言いたいことは言ったし、乗ってあげようと思う。


「いいさ、僕も頭が冷えてきた。少し落ち着こう。クリッサ、ご挨拶を」


 すでに、契約コントラクトは済ませてある。

 傘のような形の、片手持ちの刺突剣にマナを注ぎ、新たな家族を実体化させた。


 いつも通り淡い光が広がり、収まった後には、クリスダガーの精霊――クリッサが、行儀よくお腹のあたりを両手で抑えてかしこまっていた。


「クリッサと申します、花咲様。よろしくお引き立てをお願いしますわ」


「ヘソチラ褐色美人!?」


 レベル高ぇ、と叫びながら侠者は驚いた。

 クリッサは口元に手を当て、お上手ですね、と照れた様子を見せる。


 その落ち着いた声色と物腰に、失言だったと感じたらしく、侠者は居住まいを正して頭を下げた。素早い変貌ぶりである。


「あまりにも綺麗な方でしたので取り乱しました。失礼をお許し頂けますか?」


「主人から、侠者様の人となりはお伺いしておりました。多情で、女性に優しい、紳士な方だと。容姿をお褒め頂き、嬉しく思います」


 クリッサが瞼を閉じながら一礼すると、ターバンに似たヘッドバンドから覗いた後ろ髪が風に舞った。濡れたようにしっとりとした髪は頭頂付近では黒く、背中まで伸びた毛先になるに従って、茶色、やがて瞳の色と同じ、淡い緑色へと艶やかなグラデーションを見せる。


「哲雄とは、もうご結婚を? それでは、目のやり場に困りますね」


 僕のことを主人と呼ぶクリッサに対して、侠者は頭をかいて照れてみせた。


 彼の言う通り、言動の上品さに反してクリッサの服装はかなり攻めている。

 首から回した白絹の布を胸元で交差させる、見ようによっては下着にしか見えない服しか上半身に着ていない。侠者の言う通り、腹回りは艶やかな肌が惜しげもなく曝されていて、もはやチラリズムどころではない。


 下半身はサリーのように布を巻きつけるタイプのロングスカートを着ており、茶色の布地に金糸銀糸で緻密な刺繍が施されたそれは、高級な絨毯のように派手である。


 語弊を恐れず言えば、上半身だけ露出の多いムスリムの女性であった。

 胸のふくらみを覆い隠す布が羽のような絹のせいか、扇情的でありながら下品には見えない。


「主人の数少ない御友人であるとも伺っております。刃物へのこだわりに熱が入りすぎてしまう人ですが、どうかお見限りなくお付き合い頂ければと思いますわ」


「いえいえ、こちらこそ哲雄には良くしてもらっています」


 友情をアピールするつもりなのか、僕と肩を組む侠者であった。

  

 そのまま、クリッサに見えない位置でごすごすと僕の腹に拳を入れてくる侠者である。


(おいめっちゃ美人じゃねーか!)


(だろう。ふふ、羨ましいか)


(これで楓さんにクローベルちゃんに続いて三人目の嫁か? ふざけんな、お前は前世の俺か!)


(うむ、幾人もの女性を侍らせる日が僕に来るとは思わなかった。いいものだな友よ)


(くそっ、俺みたく刺されてしまえ!)


 肩を組んでいるので、お互いに空いた方の手で相手の腹をボコボコとどつきながらの内緒話である。そんな僕らを見て、クリッサは微笑ましいと言わんばかりに目を細めていた。


「そういえば、剣の精霊ってことは、クリッサさんも戦えるのか? 根に持ってるわけじゃないが、彼女、かなり薄着に見えるんだが」


 ふと気づいたかのように呟いた侠者の疑問に、僕は頷きで返す。

 確かにクリッサは軽装だが、それを補う装備があるのだ。


「私には、盾がございますので」


 クリッサは腰布から吊ったクリスダガーを右手で引き抜くと、鞘を左手に持った。取っ手が付いている鞘は、手首から肘までを覆う盾になる。


「バックラーみたいに、鞘で敵の攻撃をさばくらしい。僕も、まだ見たことはないんだけどね。侠者は次回までに防具を新調してもらうとして、今日はこのまま狩りにいってみようか」


「おっ、了解だ。つっても――哲雄は普段、どんな風に狩りをしてるんだ? 俺は敵を探して斬り付けるだけだから、シンプルなもんだが」 


「僕の狩り方か。説明するより、見せた方が早いね。クローベル、おいで」


 実体化の魔力を流し込むと、背中がすっと軽くなった。

 クローベルが実体化したことで、背負っていた未熟者の剣がなくなったからだ。


「はいはーい! 出来のいい後輩が現れて内心焦らざるを得ないクローベルです!」


 淡い光とともに、銀の全身鎧を着込んだ両手剣の精霊が現れる。

 侠者とも顔なじみなので、二人はおいっすー、などと挨拶を交わしていた。


「ねえご主人様。ロリババア一号、なんでクリッサさんは出会うなり即認めやがるんですかね。これはもうクローベルへの当て付けとしか思えませんね!」


 そう、礼儀正しく挨拶をしたクリッサのことを、カエデはあっさりと認めた。

 どころか、小娘も彼女を見習うように、などと発言したために、クローベルの面目は丸つぶれであった。当然ながらクローベルは盛大に反発し、またしても僕が割って入る羽目になった。


「女の戦いとは良く申しますけれど――先達を差し置いて主人を独占しようとは思いませんわ。第二夫人様、仲良く主人に尽くして参りましょう?」


「くっ、あふれ出る良妻オーラ――なんというよく出来た後輩!」


 きゃいきゃいと騒ぐクローベルを見て、侠者はじとりと僕を眺めてきた。


「まあ、なんだ。刺されるなよ?」


 男は平等に接すれば良いだけだが、女性陣の中での上下関係もしっかり決めておかないと、ハーレムっていうのは簡単に崩れるからな、と真顔で忠告してくれる侠者であった。


「うん。それは最近の課題だね。まあいいさ、今は狩りに専念しようか。クローベル、クリッサ。お願いできるかい?」


「はーい。それじゃ、行ってきますね」


「戦果をお持ち致しますわ」


 僕が告げると、クローベルとクリッサの二人は別々の方向へと走り出した。

 銀の金属鎧を着ているクローベルと違い、軽装のクリッサは軽やかに草原を駆ける。サリーのようなロングスカートが、風を巻き上げてぱたぱたと翻った。


「軽装、ずーるーいー!」


 どすどすと走りながら、クローベルは叫ぶ。

 クリッサは左手に広がる森の中へ、クローベルは草原をどこまでも――走り続ける二人の姿は、やがてすっかり見えなくなってしまった。


「おい哲雄、俺たちは行かなくていいのか?」


「大丈夫大丈夫――おっ、マナが流れてきたな。もう、魔物を倒したらしい。方向からして、クリッサかな」


 森の方角から、僅かながらに流れてくるマナの流れ。それは、魔物を倒したという証だ。


 死骸から最も近くにいる生物にマナは吸収される。

 クリッサたちは剣の精霊なので、魔物を倒してもレベルアップすることはない。

しかし、マナの吸収自体はでき、それは精霊契約で繋がっている、いわば本体である僕に還元されるのだ。


 要するに――放置狩りというやつである。

 彼女たちに狩りを任せて、僕はぼーっと立っているだけでいい。


「ヒモだこれー!?」

  

「否定はしない。僕は働いてないからね」


 僕も武器を取って戦うことはできるが、効率的な狩りにはならない。

 武器の扱いだって、武器自身である彼女たちに任せた方がよほど上手く扱うだろうし、武器なしで一人で戦うには、僕の戦闘手段がない。


 闇属性魔法を使って戦うと、クローベルたちが実体化するマナがなくなってしまう。僕自身が剣を持って戦おうにも、そもそも気に入った武器しかそばに置きたくない。


 つまりまあ、僕に求められている役割は貯留槽、マナタンクなのである。棒立ちでも務まる仕事だ。


(本当はまあ、カエデがいれば磐石なんだが――)


 カエデとクリッサ、短剣組には今のように別の場所で狩りをしてもらい、僕は自分で未熟者の剣を振り回せる。武器が三本あれば、今と同じマナの消費で三ヶ所で狩りができるのだ。

 

 とはいえ、実のところ――人が相手ではないので、僕が出向く必要性をあまり感じない。剣の練習にはなるかもしれないが、効率という面で考えれば、マナの余裕がある限り手持ちの精霊をそれぞれ別の方向に飛ばして狩りをしてもらう、この現在の形が一番いいのだ。


「あれ? となると、俺はどうすりゃいいんだ、哲雄?」


「自由行動でいいんじゃないかな。ここにいてくれれば、僕の護衛になる。そうそう襲われることもないだろうから、侠者が狩りに行くにも、それはまた良しだ」


「んじゃ、俺も行ってくるかな。哲雄に護衛なんて必要とは思えないし。だって、敵に襲われたところで、精霊を手元に呼べばそれで済むんだろ?」 


「そうもいかない。実体化を解除させて手元に刃物を呼び戻すことはできるけれど、再び実体化させるにはクールタイムが二分あってね。その間、僕は無防備さ。特典スキルを持ってるわけじゃないから、僕が武器を持ったところで素人剣術だしね。つまり、闇属性魔法で何とか二分、ごまかしながら耐えるしかない。護衛の意味はあるよ」


 精霊契約スキルを持っていない侠者に、このスキルの弱点について教えると、

彼は眉をひそめた。


「いいのか、俺に教えちまって? いつか俺が裏切って、その弱点を付かれたらとか思わないか? 信頼してくれてるってのは嬉しいけどさ」


「問題ないさ。出会ってさほど経っていないけれど、一定以上の友情は感じてるし、信用もしてる。それに、裏切られたらその時はその時さ」


「その時はその時、ねえ」


 僕の台詞を受けて、侠者は複雑そうな顔をした。鋭い男だ。

 投げやりになっているわけでもないが、保身を考えているわけでもない。そんな微妙なニュアンスに、侠者は気づいたようだ。  


「単純な信用――じゃないな。言っちゃ何だが、俺らは仲良くなったけどさ。裏切られてもいいやと思えるほどじゃ、ないだろ? それなのに、哲雄は保身に頓着していない。どっちでもいい(・・・・・・・)って思ってるのか?」


「すごいね、良く気づいたと思うよ」


 本当に鋭い男だと、僕は思った。

 僕の死生観というものは、中々他人に理解されない。だから、あえて口に出すことはないし、隠そうともしていない。


「例えば侠者が裏切る、あるいは僕らの隙を窺っていた第三者の転生者が近くに潜んでいて、僕が襲われて、死んでしまったとしよう。それもまたよし(・・・・・・・)、と僕は思っている」


 侠者は黙って僕の言うことを聞いている。

 前世では世間体もあり、中々口に出せなかったことだった。それを隠さずに済むというのは、心持ちが楽である。


「僕はね、ろくでもない死に方をするだろう。だって、人殺しだもの。なるべく発覚しないように手を下しているけれど、それでも僕の所業を知る人物は探せばいるだろうし、死人の親類縁者で僕を恨んでいる人間だっているかもしれない。もちろん襲われたら抵抗はするし、戦うだろうけど――死にたくないとは(・・・・・・・・)あまり思っていない(・・・・・・・・・)んだ」


 おかしいだろう、人を殺すのに自分は殺されたくないだなんて。

 そう告げると、侠者は理解できないとでも言うように、首を振った。


「死んでもいい。生きていてもいい。保身に走ってもいいし、投げやりになっていてもいい。殺したければ殺せばいいし、殺さなくたっていい――心の自由っていうのは、そういうものさ。自然体であること、それが僕のライフスタイルなんだ。もっとも、こんな心境に目覚めたのは、こっちの世界に来て、実際に人を殺めてからだけどね」


「ヤバい奴のオーラが、ぷんぷんするよ。生前、宗教への勧誘をしてきたやつと似た空気を感じる。哲雄を見てると、人には多面性があるってはっきりわかる」


 受け入れられないとでも言うように、侠者はため息を吐いた。

 それでいいとも思う。健常者が理解できない事柄というのは、世の中にはままあるものだ。


「宗教。言い得て妙だ。僕の心持ちを悟りって言ってしまうと、宗教家の人たちに怒られてしまうだろうけど、似たようなものかな。自分の心を縛らず自由にさせてあげるとね、すごく楽になるんだ。自分の力ではどうしようもない苦しみみたいなものを抱える日が来たら、侠者にもわかると思う」


 人を殺したい。

 それでも我慢しなければいけないと、自分をがちがちに縛っていた、前世。


 人を殺した。

 そうしたら、次々に殺人の欲求が湧いてきて自分を苦しめた、今生。

 

 この病にも似た欲望をどう御していくのか、いつまでも付き合っていかなければならないのか、振り切って殺人鬼にでもならない限り、葛藤が続くのか――延々と悩んでいた日々から、ある日、僕はすっと抜け出した。


 いいのだ。どっちでもいい。

 ただ心の赴くままに、人は動き、生きればいい。

 

 我慢せずに人を殺してしまって、その結果修羅道に落ちてもいいし、何とか我慢して、苦しい思いをしながら生きていくのもいい。どっちを選ぶにしろ、僕は自由だ。


 そう気づいてからというもの、僕は楽になった。現実には、何一つ状況が変わったわけでもないのに、すっと心が軽くなったのだ。


 それ以来、僕は自然体で生きるように心がけている。

 そうすると、日々の喜びや幸せといったものが、心なしか身近に感じられるようになったのだ。


 例えば、クローベルがきゃーきゃー騒いでいたら可愛いと思う。好かれて嬉しい。カエデと睦みあうのは、気持ちがいい。心の内に溜まっていた、鬱屈した何かを情欲として燃やし、吐き出すのは心地良いものだ。

 

 天気がいいと嬉しいし、雨だったら今日は何をしようかなって、のんびり考える心の余裕ができる。 


 この一連の心の流れ、これを宗教と呼ぶのなら――そうなのだろう。

 日本のそこいらに溢れていた宗教に入門したことはないし、これは僕の勝手な思い込みだが――宗教の信者というものは、この心境を得たくて、あるいは得たために信者でい続けているのではなかろうか。


「まあ、そんなわけで、だ。僕は侠者を縛らない。君は僕の護衛をしてもいいし、

クローベルたちに混ざって狩りをしてきてもいい。あるいは僕に襲いかかってくる自由だってある。もちろん抵抗するし、悲しく思いもするだろうけどね。どのみち、今日の狩りの儲けは全額孤児院とか教会とか牧農場とか、そのへんのことに使うんだろう? 狩りの成果を折半するわけでもなし、好きにすればいいんじゃないかな」


 僕はのんびり、伸びをする。

 空は青く、ゆっくりと雲は流れている。


 僕の話を聞いて、ドン引きして僕から離れていってもいい。

 あるいは、他人は他人と割り切って、引き続き僕との付き合いを続けてもいい。


 侠者にだって、その自由があるのだ。世の中は、自然な形に収まるようにできている。その結果、侠者と道を違えることがあったとしても――それは、巡り合わせというやつだ。


「そんなこと言う割には、俺が防具をしっかり着ていないとブチ切れるのな」


 ぷふっ、と思わず僕は噴きだした。

 もしかして根に持っているのだろうか。


「それはそれ、これはこれさ。僕は刃物が好きだからね、それ関連のことには真剣になるのさ」


「まあ、なんだ――めんどくさい奴だな、哲雄は」


「知ってる」


 からからと笑って、僕はからりと晴れた空を仰ぎ見た。

感想欄にてご希望がありましたので、同日内に複数話投稿する場合は、

次回以降、前書きに2/3などのように表記します(三日間ぐらいのみ)。


2/3の場合、同日に三話投稿したうち二話目と、そう思って頂ければ。

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