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白野百合 3

「むんむむむむむむ」


 ぽかぽかした陽気の中、あたしはウッドデッキに寝そべりながら自分のシークレットステータスを開き、特典スキル一覧を眺めていた。自分に何ができるのかを再確認しようとしているのだ。

 

「姫、どうしたかの? 難しい顔をしておるが」


 セレナおじいちゃんが持ってきてくれた茶を啜りながら、あたしは一息入れることにした。


「ファンクラブのみんなを連れて、近々魔物狩りに行くつもりなのよ。みんなのフォローしたげようと思うんだけど、どう役立とうかなって悩んでるとこ」


「――姫も来るのか?」


 愕然とした顔で、セレナおじいちゃんはぽかんと口を開けた。

 今まで見たことのない面白い顔で、おろおろし始める。


「そうよ? あたしのために使うお金だもの、いくらみんなが手伝ってくれるからって、家でのほほんとお留守番ってわけにはいかないわよ」


「そりゃいかん。初耳だ。あのな、姫、魔物狩りというのは、本当に危険なのだ。

言っちゃ何だが、素人が混ざっておっては、皆もやりにくい。考え直さんか?」


「最初は誰だって素人よ。慣れないといつまで経っても覚えないじゃない。そもそもそんな危険な狩りをよ、みんな行ってきてーって送り出して、戻ってきたらはい成果のお金ちょーだい、そんな不義理な真似できるわけないでしょ。あたしも狩りに付き添うのは確定事項よ」


「それはまあ、そうだがの――クローベル、クローベル! すまんが来てくれ!」


 旗色悪しと見て取ったのか、セレナおじいちゃんは説得の増援を呼んだ。

 ウッドデッキへと続く扉をだだだだどぱぁんと蹴破る勢いで、暴風あらしのクローベルが現れた。


「どうしたよ、オヤジ? そんな困った声出すなんざ、珍しい」


「いやな、姫が魔物狩りに同行したいらしい。何か言うてやってくれ」


 何でまたそんな話になったんだ、と首を傾げるクローベルに、先ほどの会話内容を説明する。なるほど、と得心した表情で彼女は頷いた。


「いいんじゃねえか? 他人だけ働かせようとしないのは、ちょっと見直したぜ」


「クローベル!?」


 味方だと思っていた義娘が敵に回ったのが予想外だったのか、がーんと言う表情でセレナおじいちゃんはうろたえた。


「大丈夫よ。セレナおじいちゃんや元部下のおっさんたちって、魔物狩りのプロだったんでしょ? 最初はみんなに守ってもらえば問題ないわ。あたしが独り立ちできるまでしっかりエスコートお願いね」


 この話はこれでおしまい、と言わんばかりに会話を打ち切り、あたしは再び特典内容とにらめっこを始める。


 光属性魔法。これはほとんど使えない。なぜならあたしのレベルが低くて、一時間に一、二回、低級の魔法を唱えられるだけだろうから。


 統率コマンダーマスター。これも微妙だ。

 命令を聞いてくれる自分の部下が強化されるらしいが、あたしは素人だ。

 歴戦のおっさんたちに余計な口出しはしない方がいいだろう。

 あたしの指揮下に入って能力は強化されたけど、指示が間違ってて全滅しましたとかは嫌だしね。


 魅了テンプテーションマスター。

 容姿変更のおまけで取得した、異性ならびに同性魅了っていうよくわからないスキル。説明文を開いて詳細を見ると、他人が自分に好意を持ちやすくなるスキルらしい。

 セレナおじいちゃんたちがあたしに良くしてくれるのは、ひょっとしてこれの影響も一部あるのだろうか。まあ、戦闘に役立つとも思えないのでこれも除外。


 生活ライフスタイルマスター。

 これは論外だ。美声化や長寿なんかでどう戦えというのか。後ろからみんな頑張って、と黄色い声で応援でもしてればいいのか。やる気削げるわ。

 

(となると、やっぱり、これよね)


 生産プロダクトマスター。


 錬金術、鍛冶、裁縫、細工、料理、大工の六種スキルがひとまとめになった、特典。100ポイント中35ポイントも使ったセットスキルだ。


「みんなタダ働きだもの、福利厚生ぐらいはしっかりしてあげないとね。美味しいご飯があれば少しはやる気出るでしょ」


 野戦糧食というわけではないが、食材を持ち込んでピクニックみたいにしてもいい。休憩時間に美味しいものが食べられるとなれば、息抜きになるだろう。


 裁縫とか鍛冶スキルがあれば、きっと壊れた武器や防具だって直せる。

 

 細工スキルって何に使うんだろう。弓とか作れるんだろうか。


(大工スキルと、錬金術スキル――?)


 これはあれか。魔物の出没する危険地帯に家を建てろってことか。

 錬金術スキルで何が出来るのかよくわからないが、栄養剤とか作れるんだろうか。


 まあこの二つは今は置いておこう。余裕ができたら色々試せばいい。


「うん。メシね、メシ。食材とか水なんかは、アイテムボックスに入れて持ってきゃいいわ。魔物狩りで疲れたところに、美味しいメシと冷たい濡れタオルとか貰えればやる気出るでしょ」

 

 方針が決まったので、あたしはむくりと身を起こした。


「おじいちゃん、明日魔物狩りに行くぞってファンクラブの皆に周知しといて頂戴。あたしは買い出しにいってくるわ」


「む、むう。わかった」


 あたしが街へと続く坂道を降りていく途中、背後からクローベルの声が聞こえてきた。


「いいのか、オヤジ? 多分あいつ、鎧とか何にも持ってないぜ。普段着のままついてくるつもりなんじゃねえか?」


「い、いかん!? 待ってくれ姫、ボクも付いていく! ああ、財布財布――」


「こりゃ傑作だ、あのオヤジを慌てさせるなんざ大したもんだ。面白そうだし付いてくかな」


 何やら背後がどすばたと騒がしい。

 クローベルはおじいちゃんを置いて、あたしと一緒に歩き始める。

 

 この際だから、本人に面と向かって聞きにくいことを聞いておこう。


「そういえば、おじいちゃんって何やった人なの? 結構な有名人よね。色んな人から尊敬されてるみたいだけど」


「何か一つこれ、っていう英雄譚はないな。誰にでも出来ることを、数多くやっただけだ。竜殺しとか、排他的なドワーフ族との交友なんかは、庶民受けするわかりやすい手柄ではあったなあ」

 

「へえ、竜殺し。言葉の響きはすごいわね。強い魔物なんでしょ?」


「隼の速さで、そこいらの家ぐらいはありそうな肉塊が空を飛ぶんだぜ。下手にぶち当てられたら即死、息撃ブレスを食らっても即死、それでいて黒魔鋼以下の武器じゃ傷も付けられない。割に合わないってオヤジはボヤいてたっけな」


「想像できないわね。あたしから見ると、ちょっとくたびれた人の良いおじいちゃんなのに、剣や鎧を装備して竜と戦うところなんて」


「そういう扱いでいいと思うぞ。特別扱いされるの好きじゃねえんだよ、オヤジ。

軍のてっぺんでずっと働いてただけなのに、いつの間にか何だか祭り上げられちまってな。箔が付くってんで、最初の頃は喜んでたりもしたんだがなあ」


「それだけじゃなかったの?」


「あれで案外、小市民なところがあるからな。どこへいっても敬われて落ち着けないって言ってた。一時はすごかったんだぜ。たまにふらっと街に出れば、人だかりができるわ吟遊詩人が美化した英雄譚を歌いだすわで」


「有名税ってやつかしらね。まあでも贅沢な話よね。あたしは逆に、そんな風にもてはやされたいってのに」


「ああ、なるほど。そう言われてみりゃ納得するわ。酒おっぱいが言うアイドルってのは、ああいう状態のことか」


「間違ってないわね。あたしはそんな風に名前を売りたいわ」


 なるほどなるほど、である。

 この世界では、竜を倒しただとか、そういう冒険譚がもてはやされるのか。


 日本においての知名度の目安は、テレビの出演数だとか、CDの売り上げ枚数だとかで決まったが、こちらではどんな魔物を倒したかという武勇伝とかがそれの代わりになっているのだろう。


 クローベルも、いつの間にか他人から二つ名を付けられて困惑したと語っていたことがあったが、こっちの庶民はお茶の間のテレビを見る代わりに冒険者の活躍を談笑の種とするわけだ。


 そこまで考えてあたしは、はっと気づいたことがあった。


「ということは、あたしが目指すべきアイドルの元祖っておじいちゃんってことになるのかしら」


「アイドルはどうあるべきかっていう酒おっぱいの観念は良くわからないけどな、名を売りたいってんなら話はわかる。こっちじゃ手っ取り早いのは、冒険者か兵士になってオヤジみたいに強力な魔物を倒すことだな。竜の死体でも担いで街に帰ってきてみろよ、門のところで見物の輪ができるぜ。どこそこの誰がどんな活躍したかっていう噂話は、庶民の娯楽だからな」


「荒事はごめんよ。向いてるとも思わないわ」


 もはやそれはアイドルではなく、戦乙女とかの領域である。

 あたしは美貌と可愛さを売りにしてもてはやされたいのだ。


「まあ、オヤジと同じぐらい有名になりたいってんなら、険しい道だと思うがね。なんたって人類最強だからな。多分、国王より有名人だぜ」


「へ?」


 あっさりと断言したクローベルに、あたしは間の抜けた声を返した。


「なんだ、言ってなかったのか。七つある街の中で、一番強い奴は誰かっていうと、オヤジだよ。要するにオヤジが人間の中じゃ一番強い。今でもそうだし、向こう何十年かはオヤジを超えるやつは出てこないんじゃねえかな」


「嘘だあ? 引退したのか何なのか知らないけど、今のおじいちゃん、ひょろっひょろじゃない。あんな骨の浮いた身体で今でも強いっていうの?」


「魔物狩ってる奴はマナが強くなるから、見た目と力量が致しないことが多いからな。引退してからしばらく剣を握ってないだろうけど、それでもまだ、オヤジが一番強い人間だと思うぜ。ちなみに、二番目に強いのは多分あたしだね。ペズン坊や――今の守護隊をまとめてる後輩よりも、あたしの方がまだ強いかな。二、三年したら抜かれるだろうけど」


 あたしは半信半疑だったが――ステータスシステムを使えばおじいちゃんのレベルが見れることを思い出した。


 本当にひょいっと、気軽にセレナおじいちゃんのステータスを覗き込んで――変な声が漏れた。



【種族】人間

【名前】セレニアル・カザーブ

【レベル】5821



「え、何これ? 確か、成人男性の平均が30レベルって話よね?」


「何の話だ? レベルとか何とか」


 思わず立ち止まってステータス画面をガン見していると、不審に思ったのかクローベルが尋ねてくる。


「いや、あたしってば、神様から他人の強さとか名前が見れる特典貰ってるのよ。それでセレナおじいちゃんのレベル――強さの目安みたいなものを覗いてみたら、すっごい高かったから」


「何だそりゃ、便利だな。ちなみにオヤジのレベルはいくつで、あたしはなんぼだ?」


「えっと――」


 クローベルのステータスを覗き込んで、やはりあたしは絶句する。



【種族】人間

【名前】クローベル・カザーブ

【レベル】2496



「えっとね、おじいちゃんが5821で、クローベルが2496」


 数値を聞いてから、頭の中で何かを計算しているかのようにしばらく黙り込んでいるクローベルだったが、何かを納得したかのような表情で深く頷いた。


「うん、合ってる。あたしの倍より少し強いぐらい。結構正確だな、それ」


「あれ? そんなに強いおじいちゃんがいるなら、ファンクラブの資金稼ぎ、余裕なんじゃない?」


 あたしはふと、気づいてしまった。

 言葉の響きは悪いが、おじいちゃんにすべて任せて外で稼いできてもらえれば

あっという間にお金が溜まるのではなかろうか。


 そう、自分の考えを口に出してみると、クローベルは首を横に振りながら、やめといてやれ、と言った。


「オヤジが引退した理由、聞いたか?」


「貴族さんが最近亡くなったとか、そこらへんのくだりなら聞いたわ」


「そっか。滅多に他人に話さないのに、ずいぶん信頼されてんな――オヤジな、長年に渡って魔物殺してきたろ? もう殺生に飽き飽きしてるんだ、あの人」


 クローベルが語るところによると、こうだ。

 手を出してしまった貴族の奥方に不自由させないようにと、長年にわたって誰よりも魔物を率先して狩り続けた結果、もうセレナおじいちゃんは擦り切れる寸前なのだという。


「他のやつがようやく起き出してくるような朝には、もうオヤジは狩りに出てる。帰ってくるのだって、誰よりも遅い。他の奴が遊んでる休日にだって、オヤジは狩りに出るんだ。そんな生活を、もう三十年近くも続けてきたわけだ」


 三十年といえば、あたしの前世の没年齢である。

 つまり、あたしが地球で産まれてから死ぬまで、ずっとセレナおじいちゃんは働き続けてきた計算だ。


「いくら力持ちで、いくら素早く動けようが、気持ちや身体は歳とともに衰えてくるもんだ。それでも限界超えて働き続けてたところへ、例の奥方の死亡報告が舞い込んできたってわけだ。傍目から見てもわかるほど、ポッキリ折れちまってな」


「なるほどね。心の支えみたいなものがなくなったと」


「間が悪いっていうか、奥方が亡くなったときに、娘さんも失踪したらしくてな」


 娘さんというと、いわゆる不倫の末に出来ちゃった子供のことか。


「それ以来、ちょっと危ないんだ。気力が湧かないっていうのかな、ここに家を建てて隠居して以来、どうも元気がない。オヤジもよ、もう歳だろ? 正直さ、このままボケちまわないかとあたしゃ心配してたんだ」


「そんな風には、見えなかったけど」


 確か、セレナおじいちゃんは七十歳だと言っていた。

 この世界の平均寿命など知らないが、日本基準だったとしてもボケ始めておかしくない年齢ではある。


「だから、酒おっぱいが来てからだよ、あんな風に元気になったのは。言っちゃ悪いが、娘の姿を重ねてるんじゃないかな。何かしら手伝ってやりたいと思ってるんだろう。だけれど、本当はもう魔物とか争いとか、見るのも嫌なはずなんだ。金がいるならあたしが稼いできてやっから、オヤジを引っ張り出すのはやめてくれねえか?」  


 むう、とあたしは腕を組んで考え込む。

 義娘なんていう間柄だから、セレナおじいちゃんはクローベルに実娘の面影を見ているのではないかと思っていた。しかし彼女に言わせると、あたしにこそ娘の影を見ているという。


 どちらが正しいのかはわからないが、セレナおじいちゃんが見た目より病んでるかもしれないということだけは分かった。


「なによ、水臭いわね。そんな事情があるなら無理に駆り出したりはしないわよ。クローベルもいいわ、裏方でもやってなさい。セレナおじいちゃんを盾にして稼がせようなんて、そんな懐の狭い了見でやってるわけじゃないもの」


「それならいいんだけどよ――」


 できるだけひそひそと話していたつもりだったが、ちゃっかり聞かれていたらしい。


「聞こえとるぞ、二人とも」


 いつの間に忍び寄っていたのか、すぐ後ろからセレナおじいちゃんの声がして、

思わずあたしとクローベルは身をすくめるのだった。





 海の街の商店街、その一角にある仕立て屋にて――。

 あたしは、思わず叫んでしまった。


「ださっ。何これ、ださーい!」


 銀紙みたいな色の鏡に映し出されたあたしは、全身まっ茶色のもっさりした革鎧を着て、不満そうな顔をしていた。


 何がださいって、兜がださい。

 頭からすっぽり首まで隠れてしまう、革の頭巾なのである。

 

「これはないでしょう」


 革鎧一式。

 用途によっていくつかのパーツを省くことが出来るらしいが、セレナおじいちゃんがあたしに着ろと言ってきたのは、すべて揃った完品だった。


 すなわち、ジャンパーみたいな胴鎧と、ズボンみたいな脚鎧の上から、蝋で固めた硬革の胸当てと腰当てを着け、さらに肩当て、手袋、ブーツ、そして頭巾をかぶる、全身装備である。


「せめて、兜だけはもっと格好いいのないの? ティアラみたいなのとかさ」


 あたしの全身像のうち、肌が見えているのは目鼻口だけである。

 特に、頭巾の見た目の悪さがヤバい。消防士の肩のひらひらに似ているというか、まんま、防災頭巾を革で作ったような見た目なのだ。


「イモい」という死語はこの装備を表すために存在したのではないかと思えてしまうほどにイモい。


「ねえおじいちゃん、あたしこれ嫌よ。みんなが守ってくれるんだし、普段着じゃダメなの?」


「ダメだの。未開の草原やら、森の奥やらを歩き回るんだぞい? 毒虫だっているし、触ればかぶれる葉だってある。そいつを着ておけば、最低限の護りにはなるからの。いくら魔物と戦うのがボクらだといっても、それぐらいは着といてもらわんと困る」 


 ここまで言えば諦めるだろう、みたいな期待が言外に見えて、あたしは少しかちんと来る。生来、負けず嫌いなのだ。やってやろうじゃない、とかえって闘志が湧いてくる。


「物凄く不満だけど、しょうがないわね。足出まといなんだし、着るわ」


「む、むう。そうか」

 

 狩りに連れていきたくないという本音がひしひしと伝わってくるが、あたしも本気なのだ。セレナおじいちゃんに反対されても、最悪ファンクラブのおっさんたちだけで出撃する心構えは出来ている。


「隊長、うちらはどうしましょうか? 支給されてた槍や鎧なんかは、退役のときに国に返しましたし」


 問題は、そのおっさんたちであった。

 彼らが自前の武器防具を持っていない可能性に、今まで思い至っていなかった。


(しまった。彼らの鎧、買えるだけのお金、あるかな――)


「ぬう。君らの蓄えを使わせるわけにはいかんな。かといって、普段着で来いとも言えんし――ボクが立て替えようにも、この魔物狩りでは給料は出ぬと言うし――」


 何やらセレナおじいちゃんたちが悩んでいたので、あたしは口を挟む。

 

「ねえねえ、まともな鎧っていくらぐらいするの?」


「姫が着とるそれなら、150,000ゴルドほどだな。部位を減らした簡易な一式なら

そこから更に三割ほど安くなる。金属の鎧はピンキリだが、安くても倍から、高いやつだと五倍は軽いのう。魔力鋼や魔獣の皮なんぞを原材料に使うと、跳ね上がって天井知らずだな」

 

「それじゃ、剣は? この後買うつもりだったんでしょ、いくらぐらいなの?」


「ダガーやショートソードぐらいなら100,000ゴルドもしないだろうが、ロングソードや槍なら倍、守護隊が普段使い慣れていたハルバードになると三倍からといったところかのう。そもそも、どんな魔物と戦うか次第で装備は変わってくるからなあ」


 マジかよ、とあたしは天を仰ぐ。

 ある程度セレナおじいちゃんに頼るつもりではあったが、それは魔物狩りにおいてである。さすがに初期資金まで出させてしまうのはやりすぎだ。

 家の倉庫で見かけたので、セレナおじいちゃんたちが自前の武器防具を持っているのは知っているが、部下の六人分、全員の装備代となると途方もない金額になってしまうだろう。それを立て替えさせるのは、何というか、良くない。組織として不健全な気がする。


 あたしは急いで脳内の作戦を修正すべく、脳を働かせる。

 手持ちの金と相談して、どうすれば上手いこと組織の体を為せるか、考え込む。


「初期資金として、神様から貰ったお金が1,000,000ゴルドちょっと、あるわ。本当はその倍あったんだけど、吟遊詩人ギルドの講習に申し込んだりして減ってるのよね」


 あたしは財布として使っている懐の小袋を取り出して、最低限のお金があることをアピールしつつ、仕立て屋に集まったファンクラブのおっさんたちをぐるりと見回した。


「セレナおじいちゃんの元部下だったなら、お互いの強さとか、大体わかるんでしょ? よし、あんたたち、一番強い奴を二人選びなさい。昔強かったとかじゃなく、今、強いのを二人だからね。腕とか足がないなら、それを加味して選んでちょうだい」


 六人のむさくるしいおっさんたちは、顔を見合わせる。

 軽い相談の後に、あたしの前に歩み出てきた二人の顔を、あたしは偉そうに睥睨する。


「ん、ファンクラブ会員三番と六番ね。先に聞いとくけど、あんたたち、あたしのために魔物狩りする気、ある? なければ他の希望者に変えるけど」


 首をふるふると振ってやる気があることを示す二人を見て、あたしは胸を張りながら告げた。


「よし。それじゃ、あんたたち二人を魔物狩り班――語呂が悪いわね、出稼ぎ組に任命するわ。あんたたち二人分の装備は、ちゃんと用意したげる。安物だけどね。それと、あたし。まずこの三人で狩りに出るわよ。セレナおじいちゃんとクローベルがひょっとしたら付いてきてくれるかもしれないけど、頼りっきりってのは良くないから、自分たちだけで何とかするつもりでね。お金が出来たら、どんどん次の人の装備を買っていけばいいわ」


 うむ、と鼻息荒くあたしは頷いた。これで最低限、おじいちゃんに頼りきらない形にはなるだろう。


「あとは、裏方班ね。名前は、えーと――おかん組にしましょう。出稼ぎ組が外で魔物を狩るなら、家で繕い物とか、ご飯の準備したりとか、そういう仕事をやる班ね。残りの四人の中で、戦闘が得意じゃない人とか、魔物と戦うのが好きじゃないって人、挙手しなさい」


 おずおずとファンクラブ会員五番が残った右腕で挙手をする。

 全員の中で最も気が弱そうなおっさんだった。


「よし、あんたはおかん組ね。そのうちアホかってほど仕事回すから覚悟しなさい。読み書き計算はできる?」


「できます。というより、兵士になるために必要だったので、全員できるはずです」


「そりゃラッキー。もう一つ質問よ、あんた人を使うのは得意?」


 少し考え込んでから、経験が少ないのでわかりませんが、得意ではないと思います、と彼は答えた。


「うん、あんた多分、誰かに指示を出すの、得意な方だと思うわよ。冷静だもの。五番、あんた、暫定的におかん組の隊長ね。新人が入ってきたら指導とかもさせるから、よろしく」


 有無を言わさずちゃきちゃきと決めていく。ちょっと楽しくなってきた。

 何かに向けて物事を積み立てていく、なんか貯金みたいで楽しい。


「それにしても意外ね、会員四番。あんたは挙手すると思ってたわ」


 戦闘が得意じゃない奴は挙手するようにと言ったとき、片足がない会員四番は手を挙げなかった。実力不足だからなのか、出稼ぎ組には選ばれなかったようだったけれど。


「俺は、出稼ぎ組がいいです。足がなくなったから、軍からは抜けなきゃいけませんでしたが。俺みたいなやつがいたら、迷惑ですか?」 


「あたし、戦いのこととかは良くわからないけれど、魔物を狩るのは出稼ぎ組だけってわけじゃないわ。今後、ファンクラブの会員が増えてきたときに、出稼ぎ組以外で、魔物を狩りに出る組とか作る予定なの。あんたはそっちの方がいいかもね。気を悪くしないで欲しいんだけど、その足でセレナおじいちゃんたちに遅れないように山歩きとかできる?」


 唇を噛んで、悔しそうに会員四番は、できませんと答えた。


「あんたがセレナおじいちゃんと狩りに行きたいのか、それとも魔物を狩りたいのかは知らないけど、どっちにしろ上手くいくわ。前者ならセレナおじいちゃんが暇な休みの日にでも自分で交渉して何とかやんなさい。後者ならいくらでもやりようはあるわ。新人だけど魔物を狩って稼ぎたいって会員たちのお守り役も必要になってくるだろうしね」


 あたしは頭の中で算盤を弾く。

 うん、だいたいの組織図があたしの中で出来てきた。


 出稼ぎ組が、今のところ四名。

 ファンクラブ会員一番二番こと、セレナおじいちゃん、クローベル、それと三番と六番。


 おかん組のリーダーが、五番。

 

 四番と七番は、今のところ無職。


「ひとまずは、あたしと出稼ぎ組が魔物狩りに行って戻ってくるまでの間、これからのあたしたちに必要そうな物をリストアップして、表に作っておいてちょうだい。これは、五番に加えて、四番と七番の三人で相談しあってね」


「ええと、必要そうなもの、と言いますと?」


 不安顔の五番に、あったらいいなって思うもの全部よ、とあたしは告げた。


「いい? 出稼ぎ組が一日でどれだけ稼いでくるかはわからないけれど、話に聞いたところによるとそこそこの額にはなるらしいでしょう? そのお金をどう使っていったらいいかっていう目安が必要なのよ。例えば、四番と七番が装備する武器や防具。あとは、あたし良くわからないけれど、魔物を狩りに行くなら必要なものってあるんじゃないの? 回復薬だとかさ。そういう必需品がどれだけ必要で、どれぐらいの頻度で補充しないといけないのかっていうのがまず、あるわよね」


「それなら、わかります。相談しあって、数を出しておきます」


 具体的な例を示されて、五番の顔が明るくなる。

 どうやら、明確な指示を出しておいた方がいいタイプのようだ。

 前世で働いてきたあたしの経験からいうと、このタイプの部下は、自分一人で物事を考えて進めていくのは苦手だが、指示を出しておけば忠実にやっておいてくれる。


「あとね、どうせだから家、建てちゃいましょう。ファンクラブの本部になる家。会議やったり、寝泊りしたり、倉庫がわりにもなるしね。特典スキル――そのうち見せたげるけど、あたし、家を建てるのも得意なの。建設に必要な木材とか、土地を買うために必要なお金も計算しておいて。人が増えることを見越して、増築できそうな広い土地がいいわね。出稼ぎ組の移動時間を短縮できるから、門の近くがいいかな。この際、広ければ外でもいいわね。利便のいいところで、ここはどうかなっていう場所を何箇所か、選んでおいて」


 会員五番が何やら空を見ながら覚えようとしているので、紙に書きなさい紙に、とあたしは叱咤する。誰も持っていなかったので、武器防具屋の店員と交渉して紙と羽ペンを貰ってきて四番に渡した。 


 その場で、五番は猛烈な勢いでペンを走らせ始める。 


「ライブ会場を借りたりとかは――実現には程遠いわね。まだ考えなくていいわ。とりあえずは、組織をしっかりと作り上げることよ。魔物狩りは、週二回ぐらいにしましょうか。みんなの生活を圧迫してもいけないし、最初はみんなの都合のいい日、週二回の出稼ぎね。それで、月あたりいくら稼げるか、支出はいくらで、他のことに回せる予算がいくらできるかも表にしてね。余った予算で何をしていくかは、その都度決めていきましょう」


 はい、はいと頷きながらペンを走らせる四番を見て、私は満足してうむと頷く。


「前も思ったが――堂に入った指揮ぶりだのう、姫よ。軍でもそこまで明確な指揮が出来るやつ、そうはおらんよ」


 うんうん、とおっさんたちが同意して頷き始めるので、はぁ?とあたしは首を傾げる。


「んなわけないでしょ。あたしのいた世界のバイトリーダーだったら、誰だってこれぐらい言えるわよ。あ、お世辞ってやつ? あのね、あたしは確かにちやほやされたいけど、仕事の話をしてるときはそういうのいらないからね」


「そうではないんだが――まあ、良いかの」


「よし。それじゃあちゃっちゃと三番と六番、出稼ぎ組の装備買っちゃうわよ。それでもって、今日は試しに出撃よ。夜にいつもの酒場で集合ね。それまでに、四番五番七番は相談しあって、予算案とか出しといてちょうだい」


 軍にいたころを思い出したのか、おっさんたちがみな、了解です、と野太い声を揃えて直立する。動きが機敏で、それはあたしの満足がいくものであったが、しかしイケメンがいなくてどうにも華がない。うむむ、なんだかこれじゃない感。


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