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白野百合 2

「いい暮らしね。思わず老け込んじゃうぐらい」


 セレナおじいちゃんが淹れてくれた緑茶をずず、と啜りながら、あたしはひなたぼっこを楽しんでいた。


「ボカぁ兵隊だったからな。老後はのんびり過ごしたかったんだよ。それも、できれば人と関わり合いにならないようなところで、ゆっくりな」


 そう言って、Tシャツ短パンに似たラフな格好のセレナおじいちゃんは、茶を啜った。二人して縁側気分で茶を飲む図である。


 先日からあたしも住まわせてもらっている丘の上の一軒家は、確かにいいところだった。麓の町から一本道を上ってくれば辿り着けるここには、周囲に他の民家はない。周囲を森に囲まれているから風が強くもないし、少し丘を下るだけで海鳥の飛び交う水面が見える。


 セレナおじいちゃんが自分で積んだという煉瓦作りの家は庭が広めになっていて、あたしたちが今くつろいでいるように、大きなウッドデッキまである。

 海の街はやや寒い地域なので、日傘はいらない。陽光にぽかぽかと照らされていればいい。

 おじいちゃんの趣味だとかで、ウッドデッキに椅子や机はない。木目の上にのーんびり足を伸ばして、ごろごろできる。


「ボカぁ今の暮らしで満足しとるんだが、義娘むすめには退屈なところでな。毎晩飲み歩いとるよ。お前さんがあれの友達になってくれると、嬉しいんだがの」


「友達になるも何も、クローベルって四十手前でしょ? そんなにもなって、義理の親にぼっちを心配されたくはないでしょうよ」


 違いない、と言ってセレナおじいちゃんはかか、と笑った。


「ボクとクローベルは、長いこと軍にいてなあ。自分で言うのも何だが、よく働いたよ。人並みの成功は手に入れたしの。ただ、この歳になって少しばかり後悔しとる。成功と引き換えに、あの娘の婚期を逃がしてしもうた。人並みの幸せの方が大事だったんじゃないかとな」


「そんなもん、クローベルが決めることでしょうよ。おじいちゃんが口出すことでもないわ」


 それもそうか、と微笑みながら緑茶を啜るセレナおじいちゃんであった。

 酒場で出会ったときは人の良い好々爺ぐらいにしか思わなかったが、この家にいるときの彼は、やけに老けて見えた。


「あたし、転生者だからこの世界の風習とかよくわからないんだけど。結婚って、お見合いとかでするもんなんじゃないの?」


「そうだの。いくら四十手前の大年増とはいえ、ボクの伝手を当たれば相手がいなくもないんだが。あの娘がそれを断ってな。そんなことまで親に面倒見させたくはないと言うておる」


「んじゃ、ほっときなさいよ。覚えがあるからわかるけど、親に婚期の心配されるのって結構嫌なもんよ。クローベルがそれでいいって言うならいいじゃない。孫の顔が見たいってわけでもないんでしょ?」


 孫、孫か、と言葉の意味を噛みしめるようにセレナおじいちゃんは何度も頷く。


「言われてみれば、ボカぁ孫の顔を見たいのかもしれん。気づかなんだ」


「勘弁してあげなさいよ。クローベルが好きで独り身でいるのか、それとも単純に相手ができないのかは知らないけどね、親のそういう期待って当の娘からしてみると鬱陶しいもんよ?」


「そうだな、ボクの我がままに過ぎんか」


 言って、ずず、とセレナおじいちゃんは茶を啜った。


「だいたい、セレナおじいちゃんは結婚とかしなかったの? 死に別れたとかならごめんなさいだけど」


「ボクか。ちょっと事情があってな、嫁は娶らなんだ」


「事情って何よ。言い辛ければ言わなくていいわよ。野次馬根性で聞いてるだけだから」


 しばし、セレナおじいちゃんは黙り込んで、青空の雲模様を眺めていた。


「墓まで持っていくつもりだったが、お前さんと会ったのも何かの巡り合わせかな。少し、聞いてもらおうかの」


「いいわよ、住まわせてくれるお礼ってことで聞いたげる。前世では口が堅いって評判だったわ、あたし」


「いやなに、恥ずかしいんじゃがの。もう何十年も前、ボクが若かったころだが。

貴族の奥方に手を出してしまっての」


 すぱーん、と肩を叩き、やるじゃないおじいちゃん、と褒めてあげた。

 身分違いの人妻を食うとは、中々もってこのおじいちゃん剛の者である。


「家同士の都合で嫁いできた方でなあ。その手の奥方にありがちで、ほとんど空閨を囲っておった。可哀相な人だったよ。ボクはその家に雇われてた私兵だったんだがな、なんやかんや情にほだされて抱いてしもうた。しかも、運が良いのか悪いのか、子が出来てしまっての」


 あたしは、目を輝かせるのをやめた。

 若かりし頃の武勇伝かと思って聞いていたが、子供まで作ったとなると笑い話ではなさそうだ。ヤリ捨てるような人にも見えないし、どう考えても厄ネタである。


「外聞を気にしたのか離縁こそされなかったものの、ボクが手を出した奥方は離れに飼い殺しにされてしまってな。ボクは袋叩きにされてその場で放逐じゃ。それ以来、逢うとらん」


「それで、奥さんがいないわけね」


「そうだな。ボクは屋敷を追い出されたその足で、兵士になりに行ったよ。守護隊――兵士の中でも精鋭の部隊があってな、そこに所属しておればそれなりの地位になる。ボクが出世すれば、彼女の嫁ぎ先もそう彼女のことを粗略にはすまい、万が一彼女が追い出されたとしても養ってやれる、そう思ってがむしゃらに働いてな」


「一応、責任は果たそうとしたのね」


「果たせずじまいで終わったがな。つい最近――二、三年前かな。風の噂で彼女が亡くなったと聞いた。それを聞いたとき、ボクも軍を辞めようと思ってな。長年の相棒だったクローベルもそのときに軍を辞めた。あやつを養女にしたのはその時だ。それ以来、見ての通りここでのんびり暮らしておるよ」


「人に歴史あり、か。でもねおじいちゃん、厳しいこと言うようだけど、だからってクローベルに孫を求めるのは筋違いよ。彼女には彼女の人生があるんだから」


「そうだの。わかっておったつもりだったが――お前さんに言われるまで、気づかなんだ。ボカぁどこか、顔も見たことのない娘とクローベルを重ねておった気がする。良くないことだ」


「そうよ。おじいちゃんはおじいちゃんで、趣味は別に見つけなさいな。クローベルが結婚するかどうかは彼女が決めることよ、口出ししちゃあいけないわ」


 そうだの、ほんにそうだ、と呟きながら、セレナおじいちゃんは茶を啜った。

 骨の浮いたあばらといい、寂しそうな背中といい、初対面の印象とは打ってかわって弱々しい。放っておいたら、このままボケてしまいそうだ。


「よし、こうしましょうおじいちゃん――いいえ、ファンクラブ会員ナンバーワン。あたしが暇つぶしを用意したげるわ。あたしの野望のお手伝いしなさい」


「ほうほう? 聞こうじゃあないか、何だい?」


「ファンクラブの活動内容をね、周知しようかと思うの。色んな人に説明して回ると二度手間になるし、今晩、例の酒場で説明するわ」


 ぱちんと、あたしはウィンクをしてみせた。

 神様と一緒に特典を選んだ、あの真っ白い空間で、神様が寝ている間に延々と練習したウィンクである。







「それじゃ、ユリ姫ファンクラブの第一回方針決め会議を行うわよー」


 セレナおじいちゃんの行きつけの酒場。借り切った奥の個室。


 あたしは片足を椅子に置き、もう片方の足を円形テーブルの上にどかりと乗せ、高らかに宣言した。要するに机の上に登って演説をする構えである。


 靴は脱いであるが、白絹のハイソックスを履いたあたしの足が乗っているのは机であるので、その周囲は酒のつまみの料理やらで足の踏み場もない。


「あんたたち、会議に必要な麦茶は持ったわね――そうよ、それでいい。ファンクラブに大事なのは練度よ、練度。軍隊よりも規律良く、キビキビ動きなさい。そうね、さしあたって最初の命令は――どんどん飲みなさい。乾杯!」


乾杯ギャリオーッ!!』


 酒樽を打ち付けあいながら、水属性の神様、ギャリオットの名を口々に讃え、ぴゅいぴゅいと口笛が飛び交い、だかだかだかと足を踏み鳴らすバックミュージックの中、あたしは腰に手を当てて中樽の麦酒エールを一気飲みした。


「ぷはーッ!」


 あたしが天高く空樽を掲げると、またも口笛と喝采が沸き起こる。

 飲み会は総勢八人。セレナおじいちゃんの元部下だとかいうムサいおっさんが五人集まってくれた。記憶にないが、前回の飲み会であたしがファンクラブに引き入れた五人らしい。

 

 計八人ともなると、そこそこの賑わいである。

 うんうん、これでいい。やっぱ飲み会なんて、騒いでナンボよね。


「とーう」


 あたしは机から降りるのが面倒くさくなって、後ろに跳んだ。

 床にしたたかに背中を打ち付ける前に、セレナおじいちゃんが宙で受け止めてくれる。両腕がふさがってるおじいちゃんのかわりにクローベル(ナンバーツー)が椅子を引き、あたしはそこにお姫様のように座らされる。


「ありがとう、名誉会員ナンバーワン」


「どういたしまして、じゃ。お姫様(プリンセス)


 姫、と呼ばれると、あたしは訳もなく嬉しくなる。

 他人にかしずかれて喜ぶのは、女の本能と言ってもいいだろう。


 今、あたしの本能は満たされまくっている。


「うんうん、これよこれ! なんかちやほやされてる感があるわね!」 

 

 あたしはご満悦だ。転生させてもらって良かったと、心の底から思う。

 ぶっちゃけ死にたくはないが、仮に死んだとしてもそこまで悔いが残らないだろうというぐらいにはあたしはこの世界の生活を満喫している。


 といっても――あたしだってそう馬鹿ではない。

 現状だと、セレナおじいちゃんを初めとした、この酒場の常連があたしのことを面白がって、少し付き合ってやるかぐらいの意味合いでちやほやされているに過ぎない。いつまでも桃源郷が続くわけではないのだ。


 これを発展させ、多くのイケメンたちに囲まれながら、姫、姫、とちやほやされる日々を過ごす――それがあたしの野望であり、ファンクラブの使命でもある。


「そんじゃ、あんたたちは飲みながら聞きなさいよね。これからファンクラブについて説明するから」


「それじゃよ。やりたいことがあるならば、協力するのはやぶさかではないがの。皆の前で説明するからと、ボクも何をすればいいか聞いておらん。姫は、どうしたいのかの?」 


 そう、今までファンクラブの概要を、あたしは誰にも説明していない。

 こういうのは、最初が肝心だった。最初にぐだると、尾を引いてしまう。

 組織をガツンと大きくするつもりなら、締めるべきところは締めるべきだ。

 

「それよ、よく聞きなさい。ファンクラブの活動、その目的を一言で表すと、あたしのファンをより増やすことよ」


 あたしは焼いた鳥肉にとろりとした餡をかけた、ちょっと酸っぱい料理を頬張り、麦酒で流し込む。他のファンクラブメンバーも、あたしに倣ってめいめい酒を飲みながら耳を傾けている。

 飲み会とはかくあるべきだ。上司の話を真面目ぶって聞くだけの飲み会の何と害悪なことか。


「まず大前提として、あたしがファンクラブに何を返せるかだけを明示しておくわ。それはね、感謝よ。あたしからの感謝。たったこれだけ」


「ふむ?」


 麦酒にもあまり口を付けずに清聴してくれているセレナおじいちゃんと違って、あまり興味がないのか、クローベルはガツガツと肉を食らい、酒を飲んでいた。

 それもそうである、同性がどうちやほやされるかを考えるなど、アホらしくて仕方あるまい。


「ファンクラブっていうのはね、要するにあたしのことを好きな人の集まりなわけよ。会員は、働き蟻みたいに、あたしのために尽くすわけ。例えばそうね、ライブ――あたしが一つの会場を借り切って、歌ったり踊ったりするのにもお金がかかるわよね。そのお金を、ファンクラブの会員が、自発的に魔物とかを狩って、準備してくるわけ。それであたしはライブを開催して、ファンクラブ以外の人たちにも、あたしはこんなにも可愛いんだぞってアピールしていく。そうするとファンクラブの会員がどんどん増えていくわけよ。最終的に――あたしのことを好きな人、ファンクラブの会員を増やせるだけ増やすっていうのが目的になるわね」


 堂々たるあたしの発言を聞いて、男衆はぽかんとした顔になった。


「なあ酒おっぱい、一つ聞くがよ。聞いてる限りだと、ほとんど搾取にしか聞こえねーんだけど。ファンクラブの会員ってのは、見返りに何がもらえるんだ? 何のために、お前に貢ぐかって話なんだが」


 ごっぱごっぱと麦酒の樽を傾けながら、クローベルが口を挟んでくる。

 その質問は、まったくその通りと言いたくなるほど当たり前の疑問であり、最も気になる点だろう。組織を成立させるために、避けては通れない一穴である。


「だから、最初に言ったのよ。あたしからの感謝以外、何一つファンクラブの会員に見返りはないわ。いくらあたしに投資したからといって、配当金が返ってくるわけでもない。働きに応じて、あたしが特別扱いしてあげるとか、そんなこともない。言ってみれば――完全にタダ働きよ。ファンクラブってのはね、タダ働きして喜ぶ集団になるわね」


「控え目に言って、トチ狂ってるんじゃねーか? 赤の他人のために喜んで働くやつなんていねえよ。稼いできた金をファンクラブのために使ったら、酒おっぱいがヤらしてくれるってわけでもねーんだろ?」


「ないわね。だからファンクラブって言うのは、誰でも入れるってわけじゃないわ。割に合わないってわかってて、あたしのために尽くせる人間だけが入るってことになるわね。そこで、あたしとファンの間で、一つの勝負が発生するわけ。どう考えても利用されてる、馬鹿馬鹿しい、お前なんかに金を払ってやるか、そう思われたらあたしの負けよ。絶対にいいように使われてるんだけど、でもあたしが可愛すぎて、騙されてるってわかってても協力しちゃう。こうなったらあたしの勝ち。あたし及びファンクラブの目的は、そういうあたしのファンを出来る限り増やすこと。ここまではいい?」


「内容はともかく――説明は実にわかりやすいの。理路整然としておる。姫よ、お前さん、人を使う立場であったことがあるのかの? ボカぁ今、感心しとるんだが」


「入ってすぐに辞めてく新人の指導を何年もやってりゃ、誰だってこれぐらい言えるようになるわよ。話が逸れたわね――あたしからは何ひとつ、ファンクラブには強制しない。会員だって仕事があるだろうしね、それを辞めてまで盲目的にあたしに尽くしなさいとは言わないわ。ファンクラブに入るのも、辞めるのだって自由。会員は、これぐらいだったらやってもいいなっていう範囲で、あたしのために協力する。つまり、ほとんどタダ働きで、慈善事業よ。しかも施す先であるあたしが偉そうにするっていう、傍目から見たら意味わかんない集団になるでしょうね」


「つまり、人を騙して稼ごうとしてるってことか、酒おっぱいは?」


「馬鹿ね、最初から劣悪な条件を提示してるんだから騙しじゃないわよ。始めに断ったでしょう? 見返りは、あたしからの感謝だけだって。ファンクラブの募集をするときも、そこを誤魔化したりはしないわよ」


 お茶がわりに麦酒の樽を呷って喉を湿らせる。

 うん、濃くて美味しい。ビールとは少し違うのだろうが、飲み慣れるとエールもいいものね。


「そもそもあたしはお金なんていらないし、ファンクラブの運営基金はすべてファンクラブの拡張に使われるわ。そのあたりのお金の流れはクリーンにしておかないとダメね。ファンクラブの人たちが稼いできたお金がいくらいくらで、それはこういう使い道でなくなりました、っていうのは、誰もが見える場所に提示しておかないと不審に思われるわ。あたしはむしろ、つつましい生活をしてなきゃダメね。贅沢しまくってるお姫様は庶民の反感を買うでしょ?」


「つまりこういうことか? 酒おっぱいは、他人からちやほやされたいがために、ファンクラブとやらを作ったと。贅沢をしたくて人を集めてるわけではなく、会員が稼いできた金を自分が自由に使うことはないと。そういうことか?」


「そうなるわね。規模が大きくなってきたら、活動内容も増えてくるでしょうけど――基本はそうよ。それが、この組織の基本骨子。わかった?」


「賛同するかどうかは別として、わかった」


「ならよし。あんたたち、考え込むのはいいけど、せっかくの飲み会でしょ、明るくやんなさいよ」


 あたしの発言について考え込んでいるせいか、男連中のテンションはいくらか下がっているが、それでも連中は「うぇーい」と酒樽を掲げて見せた。

 あたし、セレナおじいちゃん、クローベル。同じ家に住んでいるこの三人の他に、セレナおじいちゃんの元部下だとかいう、この酒場の常連でもあるむくつけき野郎共が五人、それが飲み会のメンバーであり、今のところファンクラブの全会員でもあった。

 あたしを除くと総勢七名。ユリ姫ファンクラブ(仮)(かっこかり)の全貌である。


「ファンクラブの会員が何を求めてファンクラブに入ってるか、それにあたしは関知しないわ。純粋にあたしを可愛いと思ってるとか、そんなあたしにムラムラ来てるとか、あるいは死んだ娘の面影をあたしに重ねてるとか、単純に群れて騒ぐのが楽しいとか、そんなのはどうだっていいの。各自で好きにすればいい。ただし、あたしがファンクラブに返すのは、あたしの感謝だけ。これは大前提よ。むしろ変な幻想持たれてる方が困るし、そこははっきりさせておかないとね」


 自分で言っておきながら、大層な博打だなあとあたしは思う。

 クローベルの感想は、第三者からの感想でもある。アイドルという職が一定の社会的地位を得ている日本と違い、こちらの世界の常識では有り得ない組織だろう。


 最初は、もう少し受け入れやすい活動方針を提示すべきだろうかと迷ったりもした。たった七人だけとはいえ、これだけの人数を再び一から集めようとすると、かなりの労力がかかるだろう。この七人に去られてしまうと、正直なところ、かなり困る。


 それでも、やはり甘い言葉で騙そうとするのは避けたかった。

 あたしの我がままに付き合わせるのだ、せめて納得ずくで付き合わせたい。

 この場にいる七人は、前回の飲み会のノリに付き合わせて全員ファンクラブに在籍させているが、実態を知って何人かが抜けてしまうのもやむなしと思っていた。


「当然ながら、生活が苦しい人はファンクラブには入ってこないわね。そんな余裕ないでしょうし。ライブをやって、知名度が上がって、活動費に余裕が出来てきたら、貧民街で炊き出しをするとか、そういう方向で売名していく予定だから、そこであたしのファンになる人は出てくるかもだけど」


「売名って言い切っちまったよ、こいつ」


「そーよ。どっからどう見ても売名じゃない。あたしは売名したいの。ほら、考え込むのはいいけど酒が進んでないじゃない、飲み会は楽しくやるものよ。よっしゃ会員ナンバーファイブ、そうよそこの右腕がないあんたよ、あたしと飲み比べね。

負けた方は、誰か一人を指名してもう一回一気飲み勝負すること。大丈夫よ、急性アル中で倒れたらセレナおじいちゃんが解毒魔法をかけてくれるから」


 魔法とは素晴らしいものである。

 日本では完全にアルハラになってしまうが、こちらの世界にそんな法律はない。

 やりたい放題であった。


 彼らにも相談しあう時間が必要だろうと思い、気の向くままに飲み散らしていたところ――


「ボクはの、少し付き合ってもええかと思っておる」


 セレナおじいちゃんがぽつりと呟いた。他の男たちの視線が集まる。


「ボカぁ君ら傷病兵に、家と生計は用意したよ。国がやってくれん以上、それは自分らで用意せにゃならんかったからな。けれども、老後の楽しみは自分で見つけにゃならん。ボクはの、お姫さんのやりたがっとることが、かなり面白そうに思えとる。言うことに何一つ嘘がないしの。お姫さんは、本気でこれをやるつもりだぞい。ちょいと付き合ってみても良いかなと、お前たちもそうは思わんかの?」


「お供しますよ、隊長。考えてみれば、真っすぐ自分のことを見てくれた人は久しぶりだ」


 その他モブ野郎共の一人が、何も入っていないズボンの裾をひらひらさせた。確か彼は会員ナンバーフォーである。見ての通り、彼は膝から下がない。


 ファンタジーの世界ならばそういうこともあろうと大して気にも留めていなかったが、この酒場にいるのは身体のどこかしらが欠損した男たちばかりだ。

 そもそも酒場のマスターにしてからが眼帯をしている。


「俺たちの中に入ってきて、怯えない若い娘ともなると、さらに久々だし、な」


「老後の楽しみ。うん、セレナおじいちゃん、いいこと言うじゃない。あんたたち、どうせ暇なんでしょ? ちょっとその暇を、あたしみたいな若い娘のために使いなさいよ」


 あたしの物言いの何が面白かったのか、モブ野郎共はげーっへっへ、と雄臭い笑い声を上げる。どいつもこいつも、濃ゆい顔のくたびれたおっさんばかりだった。

 あたしの理想であるイケメンに囲まれるという野望には程遠い現状だが、贅沢は言うまい。ここからどうファンを増やしていくかがあたしの腕の見せ所というわけだ。






「あたしも、あんたみたいな人生を送ってたらなあと、今日思った」


「ふぁい?」


 しこたま酔っ払ったあたしは、今日もクローベルに負ぶわれて家路についていた。世界がぐるんぐるん回る。夜風は気持ちよくて、少し汐の匂いがする。


「十三、四の頃から、ずっと剣を握り締めて生きてきたからな。二十過ぎの頃に、オヤジに拾われてからは兵隊だってやってた。あたしもオヤジも、首都にいたころはかなり名前が売れてたんだぜ。兵隊としては成功した方だと思うよ。今まではそれで良かったと思ってたんだが」


「ああ、なんか以前行った酒場のクソマスターがそれっぽいこと言ってたわよね。

守護者がどーのこーのって」


「そうだなあ。オヤジが有名だったから、そのおこぼれに預かって、あたしも女だてらに最前線で戦う剣士だっつって、もてはやされた時期もあるよ。その人生が間違ってたとは思わねえが――酒おっぱいを見てると、うらやましく思うこともある。あたしもこんな風に、男たちから愛でられてみたかったなって」


「んじゃ、今からでもそうしなさいよ。あんた素材は悪くないわ、念入りに化粧すりゃまだ男だって寄ってくるわよ」


「やめとくよ。これでも二つ名持ちなんだぜ。暴風あらしのクローベルがいい歳こいて化粧して男漁りなんざ、いい笑いの種だ」


「あたしが一度死んだことは言ったわよね。死ぬ前にやりたいことやっとかないと、後悔するわよ。あのときこうしておけばってね」


「死んだことがある奴の言うことは、重みが違うねえ。なんせ乳も重いときた」


 あたしを負ぶいながら、クローベルは器用に背中に手を回してあたしの乳を揉んできた。


「あんたね、欲求不満をあたしで解消しようとすんじゃないの。それは自分が揉まれたい裏返し? ちゃんと男に揉んでもらいなさいよ。今からでも遅くないって言ってんでしょ」


「そうそう出会いもねえからなあ。酒場の連中はほとんどあたしの部下だったから、いまさら手なんざ出してこねえし」


「それなら、ファンクラブに手を貸しなさいな。男たちが増えてきたら、出会いもあるわよ」


「酒おっぱいに惹かれて集まる奴をつまみ食いするってのも、なんか気が進まねえなあ」


 そんな会話をしつつ、あたしたちは家へと帰る。

 夢に向かって前進しているのかどうかよくわからないが、あたしの日常はこんな感じだ。

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