白野百合 0
「よし、わかったわ。本当はあたしね、いっぺんだけでいいから、男たちからちやほやされたいと思ってたの。こんな図体だから諦めてたんだけど、それが叶うってことなのよね?」
神様からの説明を一通り受けたあと、あたしは即座に取得する特典を決めた。
蝶よ姫よと男たちからもてはやされたい。BL本に出てくるような、涼しい顔をしたイケメンたちに囲まれてみたい。
それは持病で痩せられなかった生前の夢だった。
「そうだな。ついでに言うと、転生時に持病の類は全部治してやってる。健康体の特典を取れば文字通り病気にかかりにくい身体にはなるが、別に取らなくても日常生活に影響が出るレベルの病気は治して送り出してやるから心配するな。持病持ちで転生させて、薬がなくて死亡とかは見てても面白くないからな。お前に喫煙習慣はないようだが、ちゃんと喫煙者はニコチン依存症も治して転生させてるんだぜ」
「いいじゃん、嬉しいじゃん。まずは夢にまで見た痩せよね、痩せ。早くスリムボディにしてちょうだい。あとは容姿変更で絶世の美女にしてくれればいいわ」
そこまで私が言うと、神様は少し渋い顔をした。
一体どうしたというのだろう。わざわざ容姿変更なんていう特典まで用意しておきながら、口ごもるようなところだっただろうか。
「言っちゃなんだが、どういう女が好みかってのは男によって違うからなあ。巨乳が好きだったり若い子が好きだったり、細いのが良かったり肉が程よく付いてる方が良かったり、様々だ。容姿は確かに変更できるが、それはお前さんの好きなようにいじれるってことであって、誰からもちやほやされるかまでは保証しないぞ? 一度転生させた後はもう変更なんて出来ないしな」
「あん? 構やしないわよ、どうせ性格だけならあたし超美人だもの。それなりの顔になりゃ大モテよ」
「確かにまあ、その性格は好感が持てるよ。男からしたらだけどな」
「あたしは女なんだから男に好かれりゃそれでいいのよ。んで、さっさと容姿いじらせてちょうだい」
はいはい、そう焦るなってと呟きながら神様が指をぱちんと鳴らすと、あたしの眼前に巨大な鏡のようなものが現れた。鏡には、半透明になったあたしの図体が映っている。
「まずは単純に痩せさせてみようか。サービスで実体にしてやるよ、ちょっと歩いてみ」
乙女にとっては口に出すのも憚られる禁忌そのものであったウン十キロの大台を突破していたあたしの身体は、神様が宙をきゅっと握ると、一気に萎んだように細くなった。
「おほおおおおおお! 痩せてる! あたしの身体痩せてる!」
あたしは思わずBL本を読んでいるときのような奇声を発してしまった。
鏡の中のあたしは、芸能人ばりにしゅっと痩せ、足は細く、胴体はくびれ、頬はすっきりとしていた。
「あれ? 意外とあたし、痩せたら可愛くない?」
「そうだな。平均点は超えてると思うぞ」
肉を減らしたあたしの顔は、閉ざされがちだった目がぱっちりとしていた。白フグと陰口を叩かれていたほどに元から肌は白い上に、そこまで崩れたパーツはないので、単純に痩せただけでも割といい線を行っている顔になった。
もしあたしに痩せられないという持病がなければ、この顔で順風満帆な人生を送れていたかと思うと、長年付き合った持病にも殺意が湧く。
「ちょっと神様。もうちょっと脚長くしてちょうだい、脚」
イエスマム、と神様はきびきびとあたしの身体をいじる。
自分の身体がにゅっと変化する感覚というのは変な感じだ。
「やだ、あたし可愛い。これ、あんまりいじらなくてもいいんじゃない?」
自己を卑下することにも慣れてしまったあたしであるが、鏡の中の自分は、かなりいい線を行っているのではないだろうか。率直に言って可愛いと思う。
「なんだかんだ言って顔は、そいつの人格そのものだったりするからな。あんまり元からかけ離れた顔にしちまうと、違和感が出てくるんじゃないか?」
「そうね。これなら、細かいパーツを上方修正していくだけで良さそう。眉毛の形をちょっと整えて、唇を少し小さくして可憐さアピール、ちょっと小顔にしてちょうだい。ああもうじれったいわね、あたしがいじれればいいのに」
わかった、好きにしてくれと降参のポーズを取り、神様はあたしに光の塊みたいなのを投げて寄越した。
それはあたしのお腹のあたりに入ってきて、じわりとそのあたりが温まる。
「容姿を変える権限だけを委譲した。使い終わったら返してもらうが」
試しに鏡を見ながら眉毛の形を少し変えようと念じると、その通りに自分の顔がもにゅもにゅと変化する。ちょっと面白い。
「よっしゃ。作るぜ理想のあたし。こういうのはコンセプトが大事よね。あたしのコンセプトはたおやかなお姫様。ほっそりとしてて、動きはしなやかな感じ。でも、ちみっこくて可愛いだけのお姫様じゃなくて、凛としてて格好よくもあるの。気品と色気を両立させたいわね。おっぱいどれぐらい盛ろうかしら」
「ふむ。おっぱい星人という単語があるように、男はみなおっぱい大好きでそれぞれにこだわりがあるからなあ。あくまで多数決というか、多数派の好みとしては、乳輪小さめで桃色乳首、全体の形が崩れていなくて垂れてもいない、形のいいおっぱいが好きだと思うぞ。漫画でよくあるようなメロンみたいなおっぱいが好きな男性は、実はあんまりいない。カップにしてそうだな、巨乳派でもFからG前後がちょうどいいんじゃないかな。なんだかんだいって、谷間に男の視線は吸い寄せられるようになってるから」
「そうよね。なんで男たちって、あんなに胸元とかガン見するのかしら。あたしみたいなクソデブが夏場に薄着してたって、一応は見てくるのよね」
「それは男の本能だから仕方ないだろ。女だって、街を歩いてるときにブランド物のバッグとか売ってる店とか、美味そうなスイーツを売ってる店があったらとりあえず視線を注いじゃうだろ? あれと同じようなもんで、特に意識とかはせず、気が付いたら視線が行っちゃうんだよ」
「まあいいわ。これからのあたしは胸元ダイソンよ。谷間に視線を吸い込むわ」
表現がツボに入ったのか、胸囲の吸引力ってか、などと呟いて神様はげらげらと笑っている。
そんな神様を横目に、あたしは歩きだした。先ほどまでは宙に浮いているような感じだったのだが、今は透明な床のようなものが足の裏にある。
「おほっ、なにこれ。すごい身体が軽いんですけど」
普通に歩いているだけだというのに、肉の錘から解き放たれた足取りのあまりの軽さに、あたしは軽く感動した。
今まで歩くたびに感じていた、膝や足首などへの重力による負担をほとんど感じず、すいすい歩ける。
「痩せてる人って、こんなに身体への負担小さいんだ。そりゃキビキビ動けるはずだわ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねてみる。やはり羽が生えているように身体が軽い。
「ついでだ、容姿変更の特典で永久脱毛とか、肌や瞳、髪の色を変えたりもできるぞ。虹彩異色、左右で瞳の色を変えたりもできるし、健康な色素欠乏症にだってなれる。満足したら呼んでくれ」
「了解よ。乙女の一世一代の大変身、ゆっくり待っててちょうだい」
あいよー、と返事をしつつ、神様はどこからともなくアイマスクをして宙に寝そべった。あたしが容姿を決め終わるまで居眠りを決め込むらしい。
どうでもいいが、アイマスクの左右に「神」「様」と野太い字で書かれているのはジョークなのだろうか。
「神族失明拳ッ!」
「うおあ!?」
あたしがチョキの形で神様のアイマスクをずぶりと突くと、神様は跳ね起きた。
「やめろよお前!? 何てことすんの! しかも目って!」
「ちゃんと優しく刺してやったでしょ。むしろ起こしてあげて感謝しなさいよ。転生者が色々考える制限時間って決まってるんでしょ?」
「見えない目覚ましかけてたからそりゃ大丈夫だけどさ。びっくりするわもう」
「はい、できたわよ」
あたしはドヤ顔を決めつつ、神様の前で腰に手を当ててポーズを作ってみせた。ついでに特典も電卓に打ち終わっているので、今すぐ転生しても大丈夫である。
【取得特典一覧】
光属性魔法:8
プロダクトマスター:35
コマンダーマスター:10
テンプテーションマスター:20
ライフスタイルマスター:15
年齢退化:8
所持金選択:4
計:100ポイント
《パブリックステータス》
【種族】人間(転生者)
【名前】ユリ・シラノ
【レベル】30
【カケラ】1
《シークレットステータス》
【年齢】16(29)
【最大HP】80
【最大MP】14
【腕力】8
【敏捷】8
【精神】14
【習得スキル】
光属性魔法
錬金術
鍛冶
裁縫
細工
料理
統率
軍勢強化
性技
『容姿再選択』 ※転生後に消滅
『同性魅了』
『異性魅了』
『健康体』
『体型変化』 ※転生後に消滅
『美声化』
『長寿』
『年齢退化』 ※転生後に消滅
【アイテムボックス】
1t
「ふむ、お前さんの転生後のスキルはこうなるな。これでいいか?」
電卓とステータスを交互に眺めて確認を求める神様にあたしは不服を漏らす。
「ちょっと神様、そうじゃないでしょ。そこも大事だけど、あたしよあたし。どう、この美貌。かなり上手いこと行ったと思うんだけど」
大理石のように白く、乳液のようになめらかな透きとおる頬。
主張しすぎない程度に整った鼻と、ピーチゼリーのように色の薄い、うるおった唇。小振りな顔は痩せすぎず気品がある。
ぱっちりと見開いた瞳はごく薄い緑で、角度によっては琥珀色にも見える。ブロンドの長髪は白みが強く、両腕で宙に広げると金の滝になった。
コンセプトは、皇女様。人々の前に姿を見せ、民衆の歓呼に応える一国の姫君。類稀な美貌に気品をまとって、内心の責任感と芯の強さを覆い隠している、強く可憐なプリンセス。
可愛すぎて幼く見えないように、そして美しさを尖らせすぎず、あくまで気品を重視したカスタマイズは、渾身の出来だと思う。何度見ても良く出来ていて、思わずあたしは鏡の前で自分の容姿にうっとりしてしまう。
「うむ、よく出来てると思うぞ? ああ、なんだ、その。綺麗だと思う」
「ありがとう神様。あたしにその台詞を言ってくれた男はアラサー人生の中でも神様が一人目だ」
「そういえば年齢退化で若返ったんだな。なんで16歳にしたんだ?」
「恋愛にばっかり興味があるジャリガキじゃなくて、ちゃんと大人の女性として扱われる女の子にしたかったの。あとは、あたしに縁のなかった青春を今度こそ謳歌しようっていう意気込みよ」
「そうか。精神重視のステータスにしたようだが、出発地点のリクエストはあるか?」
「あたしね、歌姫っていうのにも憧れてたのよ。アイドルみたいに大勢の前で歌って踊って、それでみんなあたしに手を振りながら可愛いねって言ってくれるの。やっべ、想像したら涎出てきた」
「お、おう。それで?」
神様が何やらドン引きしているが些細なことである。
「そういう職業って、向こうでないの? なんかライブ会場で歌う踊り子みたいなの。音楽が盛んな街があるなら、そこへ転生させてもらおうと思ってるんだけど」
「ないなあ。酒場なんかで吟遊詩人が音楽を演奏したり歌ったりする習慣はあるし、劇場で楽団が演奏する催しもあるにはあるが、日本で言うところのアイドルみたいな、容姿を売り物にする文化はない。せいぜい娼館ぐらいか。あとは、教会で賛美歌の演奏があるぐらいだな」
「教会? なに、キリスト教でも広まってるわけ?」
「いんや、精霊信仰に近いかな。向こう独自の宗教だ。最高神は創世者である俺だから、ぶっちゃけ教会の賛美歌は俺を讃える歌ってことになるな」
今度はあたしがドン引きする番だった。
「え、向こうの人たちに自分を崇めることを強制してるの? どんな気持ちで?」
「率直に言うと、照れる。自分で生み出した奴らから賛美されるっていうのは、なんか痒い。まあなんだ、俺としては崇めてくれなくてもまったく構わんが、あっちは宗教が一つしかなくてな、熱狂的な信教者も多いから、転生先の世界で俺を貶すのはあんまりお勧めしない」
「ま、いいわ。正直なとこ、あたしと宗教なんて縁がないもんね。本当は、顔を売るなら首都に転生させてもらった方がいいんでしょうけど――問題となるのはカケラロイヤル、なのよね。興味もないし好き勝手やればって感じだけど、あたしも参加者である以上、見つかったら巻き込まれるのよね、多分。この超絶美貌アイドルプリンセスを問答無用で攻撃してくる男はいないと思うんだけど、でも美しすぎて性的な意味で襲われないとも限らないのよね。合意がないのが許されるのは二次だけだっていうのにわかんない奴らよねえ」
「お、おう」
ドン引きする役は神様へと戻ったらしい。ターン制バトルか。
「すると、あたしが転生するのは、他の転生者がいなさそうな場所がいいか。首都は除外でしょ、鉄火街はアイドルってイメージにそぐわないし、草原街や深緑街っていうのも、なんか地味でピンと来ないわね。海の街っていうのも案外ありかもね。ねえ神様、海の街ってどんなとこなの?」
「どんなとこと言われても、文字通り大陸から切り離された孤島にある街だな。人口は大陸の街と比べて少なめだ。せいぜい十万人ぐらいじゃないか? 特徴としては、海産物が豊富に取れるから食文化が独特な発展をした土地と言えるかな。魚醤を使った民族的な料理や、海の幸を豊富に使ったパスタや鍋が有名で、その食文化の進み具合から美食の街なんて呼ばれてもいる。別荘地としても人気が高いな」
「あら、いいじゃない。そこでいいわ」
「了解だ。もう転生させちまってもいいか?」
「いいわよ。じゃあね神様、あたしを生まれ変わらせてくれてありがと」
神様の目論見とか、目的なんかはどうだっていい。
あたしは一度死んで、最高の自分で生まれ変わって第二の人生を送れる。
それだけで十分だ。
「礼には及ばんさ。では、良き第二の人生を」
神様がぱちんと指を鳴らすと、あたしの意識は暗転していった。




