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盤台哲雄 10

「あなた様、この子に飲ませる物を買いに行きませんと」


 関所の並びの列が終わって入場許可が降りるなり、カエデはあたふたしながら街中へ駆け込んだ。懐には、先日殺害した山賊の娘――まだ赤ん坊のディアナを抱いている。


 初めて見る首都ピボッテラリア、その立派な街並みだというのに、まるで彼女の眼中にはないようだ。


「乳が出ない場合、何を飲ませたら良いのでしょう――重湯? 重湯ですか? いえでも、年齢を考えると離乳食に切り替える頃合でしょうか。すると粥? どちらにせよ米を探さねば。売ってなければどうしましょう、西洋の子らは米を使わずに一体どのような離乳食を与えられているのでしょうか」


 ついぞ見たことのない、カエデの浮き足立った姿である。


 道中は僕たちが持っていたサンドイッチに似た食べ物を細かくし、水に溶かして与えた。今すぐ餓死しかねないほど痩せていたのだ。

 赤ん坊の前歯は生え揃っていたので、生後十二ヶ月前後といったところだろう。


「林檎なんかの果物をすりおろして与えれば大丈夫だと思うよ、カエデ。まずは宿を探そう。育児に詳しい人をそこで探せばいい」


 放蕩息子の里帰り亭のように、人情味に溢れた居心地のいい宿が見つかれば一番いいのだが、それは高望みというものだろう。商売っ気の薄いパルマ夫人の人徳と、長年居着いている常連で何とかもっている宿だった。


「ここがいいかな」


 僕たちが入ったのは、「炎帝の寝起き亭」という大きな宿だった。


 モルゲンレーテ商会という会社が経営している宿で、ここは四号店だと看板に書いてあった。宿の外観は高級感のある石造りだが、おそらく外壁に石を貼り付けているだけだろう。玄関や受付、内装なども程よい高級感を出しつつ安い素材で間に合わせており――要は、商売が上手そうな宿だった。


 宿をここに決めた理由に深いものはない。いくつも支店を出せるいわゆるチェーン店の宿ならば、そこまで下手な接客や設備はあるまいと考えてのことである。


「三人が寝泊りできる部屋を。見ての通り子供がいるので、防音が効いている部屋の方がいいかな」


「かしこまりました。お一人様あたり一泊1,000ゴルド頂戴しております。六歳未満のお子様からは御代を頂いておりませんので、お二人分でよろしいですか?」


「いや、さらに一人増えるかもしれない。大人三人分で」


 カエデ、クローベル、自分の分である。

 常に物質化させて剣の状態にしておけば宿代もかさまないだろうが、宿代をケチって彼女たちと触れ合う時間が減るのでは本末転倒だ。


「ふむ、いいところだね」


 案内された部屋は、なかなか広い三人部屋だった。

 未熟物の剣を背負っていたため、魔物を狩る人が寝泊りするための部屋を指定された。清掃は行き届いており、淡い色をした柄物のベッドシーツは手で触れるとさらさらする。汚れてもいいように、絨毯などの敷き物がなく、床は黒みの強い木材でできていた。


 ここが、しばらくの間、僕たちの拠点となるだろう。


「あなた様、一刻も早くこの子の食事を買いに出ませんと」


「そうだね、行こうか」


 焦りすぎだと思わなくもないが、今すぐ餓死しないまでも赤ん坊がお腹を空かせているのは事実である。子供を放置してゆっくりしようという気にはなれない。


「林檎を買って、おろし金を買って、あとは何が必要でしょうか――肌着ですね、そのうち縫うとして今は市販のものを――玩具なども買わなくては――」


 カエデのあたふたは続いていた。母性が刺激されているのかもしれない。本格的な話をするのなら、彼女が落ち着くのを待たねばならないだろう。

  







「お待たせしました。あなた様、お茶でも淹れますね」


「ん」


 赤ん坊――ディアナが林檎の摩り下ろしを食べ、眠ってしまったのを見届けてから、僕とカエデは机を挟んで向かい合った。


 どちらも口に上せてはいないが、話し合わなければならないことがあることは二人ともわかっている。お茶でも淹れようというのは、それを話し合おうという意思表示に他ならない。


 赤ん坊を、これからどうするかという問題だ。


「どうしたい?」 


 僕は手短にそう言った。これだけで伝わるだろう。

 

「育てとう、存じます」


「わかった」


 カエデの返事も、またそれへの僕の相槌も、短かった。

 言葉にする必要がない、いくつかの思惑が省かれている形だ。


 子供の世話をするには、多大な労力がかかる。生後一年ほどの赤ん坊となれば目を離してはいられないし、付きっ切りにならねばならない。


 僕は、カケラロイヤルの参加者だ。命を狙われる日常にいる。

 僕が死ねば、精霊契約をしているカエデもまた、命を失う。結果、子供の面倒を見る人がいなくなる。


 それよりも、子供の世話にカエデの人手が取られるのであるから、戦力の低下は免れない。いわば、僕への迷惑がかかる形ではある。


 孤児院を兼ねている教会などに預けるという手段もある。寄付を弾めば悪い顔はされまい。


 そもそも根本的な、他人の子供を自らの子供だと思って育てきる覚悟があるのかどうか。

 

 

 そういった事柄を全部含めて、僕はどうしたいか、と聞いた。

 カエデは育てたい、と言った。


 なら、それでいい。


「――」


 よろしいのですか、などとカエデは僕に聞き返さなかった。ただ、微笑んだ。

 僕とカエデは夫婦である。迷惑をかけるかけないも一蓮托生である。恩着せがましく、いいよ育てて、などと僕が許可を出す筋合いのものでもない。


 カエデがそうしたいのならば、僕はそれを応援するだけであった。


「してみると、血が繋がってないとはいえ、その子は僕の娘になるのかな?」


「ええ。そして私は、この子の母ですわ」


「実感が湧かないなあ」


「わたくしもですけれど、それは少しずつ、本当の家族になっていけば良いことですわ」


 長い目で見れば、悪いことではないかもしれない。精霊であるカエデは、子を為せない。子が欲しければ、カケラロイヤルが無事に終わってから孤児を引き取れば良かったのかもしれないが、そのように自分たちだけの都合で子を貰ってくるというのもどこか違うという気もした。


 ただ、ディアナは僕たちと縁があった。それだけのことだ。


「ふむ」


 ずず、と茶を啜りつつ、僕は今後の展望に思いを馳せた。

 ディアナを連れて魔物の狩りに出かけられるわけがないので、しばらく狩りにカエデを連れていくことはできないだろう。

 信頼できるベビーシッターでも見つかれば話は別だが、そうそうすぐに働き手が見つかるとも思えなかった。


 そうすると、しばらくクローベル一本で戦わねばならないことになる。

 彼女を使って僕が戦うとなれば、緊急時――例えば奇襲などをされたときに、対処できない。

 

「もう一人、増やすべきかな?」


「それがよろしいかと。むしろ、この際二人増やしてはいかがでございますか?」


「二人も? 維持できるかな」


 山賊を討伐したり、魔物を斬って回ったりの日々を過ごしていたおかげで、僕のレベルは大幅に上がっている。

 

 現在のレベルは211であり、最大MPは100近い。魔力回復の特典により、僕はマナが空っぽの状態から回復するまで、本来の一時間ではなく四十分で済む。

つまり――僕が一時間に使えるマナは、最大で150だ。


 精霊契約した武器をずっと実体化させておくと、一時間に120のマナを使う。余った30のマナでクローベルを実体化させたりしているのだ。


 カエデがほとんど実体化しているのに対して、クローベルが実体化していることが少ないのは、そのためである。単純に、マナが足りないのだ。


 しかもそれは、闇属性魔法などの他にMPを使う行動を一切しなければという前提の話であって、戦闘中に余分なマナを確保しておくことまで考えると、四本もの武器と契約しても使いこなせるかは疑わしい。


「一本は、あなた様が戦闘に使う用ではありませぬ。これを」


「これは――彼女が持っていた短剣ダガーか」


 カエデが懐から取り出したのは、柄と鍔に精緻な彫刻が施された、小さなダガーだった。赤ん坊――ディアナの実の母であるレアが、死を求めて僕に斬りかかってきた刃物だ。元々短剣というものは小さな物だが、これはその中でもさらに小さく細い。


(十字架のネックレスを、ちょっと大きくしたぐらいにしか見えないなあ)


 すらりと抜いてみる。意外と、いい鉄だった。

 あんな生活をしている人が持っていた代物にしては、ちょっと有り得ないほど物がいい。


 刃渡りは十四センチほどであろう。果物ナイフといい勝負の短さだ。

 短刀であるカエデが八寸、つまり二十四、五センチの刀身を持っていることを考えると、その短さ、小ささがわかろうというものだ。


「女性用だね」


 平均的な成人男性の身長である僕が握ろうとしても、柄から手がはみ出してしまう。鍔も短く、僕の人差し指ほどの横幅しかない。


「わたくしの同類ですわ。守り刀でしょうな」 


 柄と鍔には、植物の細い茎と五枚の花弁が、盾の紋章を取り囲むかのような彫刻が施されている。


「西洋の習慣は良く存じませぬが、銀でできた柄や鍔の古び具合からして、かなりの年代を経た短剣と見受けます。推察でしかありませぬが、嫁入りの際に母から子へ受け継がれてきたものなのではございませぬか?」


「そうかもしれないね。貞操を守るための自害用に、高貴な身分の婦人がダガーを持ち歩く文化が中世にはあったみたいだし、この世界でもそういう風習があったとしてもおかしくはない」


「この短剣を、ディアナに贈りたいと思っておりまする。どうせ贈るのでしたら、あなた様と契約しておいて、いざというときにこの子を守る精霊と為しておけば良いと思いまして」


 ふむ、なるほど。

 僕が使うのではなく、ディアナの護身用として契約しておけ、と。


 それならば問題はないだろう。

 短剣に少しマナを篭めておけば、いざというときに僕の命令がなくとも二分間だけ実体化ができる。僕が近くにいないとマナの補充ができないが、護身用としては最適だ。



契約コントラクト



 三度目ともなると、僕も慣れたものだ。

 僕の体内から、手にしたダガーに少しずつマナが流れこんでいく。


 一際まぶしくダガーが光り輝いて――やがて、その光は収まった。契約は完了だ。



実体化マテリアライズ



 姿を見せられるように、ダガーを実体化状態にする。

 契約完了済みのダガーから一瞬、淡い光が放たれ――次の瞬間には、ダガーの精霊である一人の女性がその場に佇んでいた。


「――子供?」


 カエデの身長は百五十センチに満たないほどで、とても低い。

 そのカエデよりも、現れたダガーの精霊はさらに頭一つ分は小さい――言ってしまえば小学生ぐらいの女の子である。金と紫の中間ぐらいの淡い色をした髪を、おさげにして左右でくるりとまとめていた。


「あら、可愛らしゅうございますな」


 うすうす、僕は気づいていた。

 契約した精霊がどのような姿で現れるかは、元となった剣の姿かたちに準拠しているのだと。


 例えばカエデであれば、短刀であるからして和装で背の低い女性に。

 巨大な両手剣であるクローベルならば、僕と背を並べられるほどのがっしりした女性に。


 その理論から行くと、ダガーの中でも一際小さいものの精霊が、このような子供になるのも自然であった。


「子供ではありません。ロベリアと申します」


 ダガーの精霊――ロベリアは、閉じていた目を見開くなり、無表情にそう告げた。髪の色と同じ、紫水晶アメジストのような瞳だ。


「柄に彫られたのはロベリアの花。盾の紋章で知られるサンタクララ家に三代伝わる由緒あるダガーでございます。ロベリアの花言葉はいくつかありますが、おもに貞淑の花と呼ばれます。お見知りおきを」


 淡々とそう述べると、彼女は侍女服の裾をつまんで持ち上げながら、優雅に会釈して見せた。


「よろしくお願いします、ロベリア。こちらがテツオ様。あなたの主になります。わたくしはカエデ。テツオ様の妻です。そしてあなたが仕えるのが、そこで眠っているディアナ。説明は要りませんね?」


「結構です。本来であれば、レア様のかたきとして討たねばならないところですが、ディアナ様を育てていこうという志に免じて不問に致します」


 どこからどう見ても小学生ほどの子供なのだが、口調とのギャップがすごい。熟練の秘書のように、己を出さない淡々とした喋り方なのである。


「それにしても、その服装はいかがしたことでしょう。まるで、侍女のような」


 そうなのである。ロベリアが着ているのは、いわゆるメイド服なのだ。


 長袖の黒い服に、足首まである白のエプロンドレス。

 家紋である盾の紋章が控え目に縫い取られているだけで、エプロンに装飾らしい装飾はない。頭部には、やはりこれも白のヘッドドレスを着けていて、紫がかった金髪によく映えていた。


 新宿駅などでよく見かける、ミニスカートのなんちゃってコスプレメイドではなく、露出のほとんどない真っ当な侍女服である。銀の鎖に繋がれた、彼女自身でもある小さなダガーを首から下げていた。


「私は主を守る者。常に傍らに控え、出しゃばることはありません。なるほど、侍女のようなとは、言い得て妙です」


「よろしく、ロベリア」


 僕が挨拶すると、彼女は紫色の瞳でじっと僕を見つめてきた。

 花びらのように白く透けるような肌だというのに、ぴくりとも表情を動かさないのが少し怖い。


「一つ、釘を刺しておきます。契約者はあなたなのでしょうが、私はあなたには従いません。それが気に食わないならば、契約を切って頂いて結構。私の主はただ一人、ディアナ様です。よろしいですね?」


「ああ、元からそのつもりだったし、構わないよ。ディアナをよろしく頼む」


「結構です。それでは、ディアナ様の首にかけて下さい」


 侍女服の裾をつまんで丁寧に会釈すると、ディアナはそのまま淡い光を残して消え去った。どこに行ったのかと周囲を見回すと、首のあたりに違和感を覚えた。


 手で探ってみれば、銀の鎖で繋がれたダガーが、ネックレスのように僕の首にぶら下がっていた。もともと女性用ということで鎖が短く、僕が身に着けると首輪みたいになって窮屈である。


 彼女の言う通り、僕の首から外して寝ているディアナの首から下げてあげた。


「鞘に収まってるとはいえ、赤子に刃物を持たせるというのはいかがなものでありましょうな。指を切らぬよう、わたくしが見ていれば済む話ではありますが」


「本当に危なくなったら、ロベリアも実体化してディアナに怪我をさせないように動くんじゃないかな。ともかく、これでそっちは大丈夫か」


 カエデが赤子を抱いていて手を離せないときの護衛が出来たと考えれば良い。

 あとは、僕自身が使う武器をもう一本増やさねばなるまい。


「それも、ディアナの食事を買いだすついでに耳寄りな噂を聞いたではありませぬか」


「ん――ああ、武具市か」


 近々、首都の広場を利用してフリーマーケットのような青空市場が開かれるのだという。鍛冶屋で直接買うより安く済むということで、冒険者などに人気らしい。


「訳有り品や中古品が集まるのでしょうが――あなた様の嗜好からすると、新品を買うよりもそちらの方が馴染むのではないかと思いまして」 


「ふむ、そうかもしれないな。どうせ精霊として契約するなら、思い入れのある一本を選びたいし」


 僕の刃物としての好みは、味のある一品である。

 しかしそれでいながら、装飾過多な見栄えだけの武器は好かない。

 実用のために研ぎ澄まされていながら、どこかに味があるものがいい。例えば、クローベルのように。

 

「武具市に行くにしても、先に同盟とやらの呼び出しを済ませてからだな。無事に終わればいいが」


「手紙の文面を読む限りでは、穏健派のように見受けられます。よほどのことがない限り、戦いにはならぬかと」


 二人して、ずず、と茶を飲む。

 流通量が少ないために中々手に入らなかった、草原街グラスラードからわざわざ持ってきた緑茶である。


「他の女の匂いがするわね!」


 夫婦二人してまったりとした時間を過ごしていたところ、なぜか普段と口調が違うクローベルが現れた。あからさまに笑いを取りにきている。


「テツオ君、私というものがありながら、ババアだけじゃなくロリババアまで――ぐほあ!?」


 浮気現場に踏み入った恋人的なシチュエーションを演出していたクローベルは、例によって腹部に強烈な掌底を打ち込まれてよろめいた。

 そりゃババアって呼ばれたらカエデだって怒るだろう。


「というか、そのロリババアってもしかして」


「はい、ロベリアさんのことです。三代に渡って伝わったって自分から言ってたじゃないですか。ということは、控え目に計算しても五十歳は超えてるでしょう。十分にババアですよ。それなのにあの見た目、これはもうロリババアと言わざるを得ませんね。ロリババアのロベリア、なんか覚えやすいですしね!」


「ふむ」


 ちらとベッドで寝息を立てるディアナの方を見る。

 物質化状態とはいえ、会話は聞こえているだろうに、ロベリアが怒り狂ってクローベルを成敗しにくる様子はなかった。ディアナの身に危険が迫ったとき以外は実体化するつもりはないらしい。


「ふむ。怒らせれば出てくるかと思ったんですけどね。ノリ悪いですねあの人」


 一応、まったくの考えなしに彼女を煽ったわけではないらしい。

 また根暗枠が増えちゃいましたかー、などとボヤきつつ僕のお茶請けを横からひょいぱくとつまんでいる。


「というか、カエデさんとロベリアさん、キャラかぶってません? かたや短刀。かたや短剣。そしてババアとロリババア。どちらも陰気ですしね。そもそもカエデさん自体がロリババアみたいなもんだったのにお株を奪われたというか」


 最後まで言わせず、憤怒に顔を染めたカエデは懐の紅葉切を抜き放ち、無防備なクローベルの顔面に突き入れた。全身鎧のクローベルには、そこ以外に弱点がないからである。


 一瞬の差で、クローベルはかしゃりと兜の面頬を降ろして短刀を防いだ。金属同士がぶつかる音が響く。なぜ室内で、そんなにもレベルの高いやり取りを見なければならないのだろう。

 

「まあ、洋モノと和モノで区別化が為されていると思えばいいんですかね。そういえばご主人様、一つ聞きたかったんですけど、未だに私に手出さないですよね。魅力がないのかと私ちょっとショックなんですけど、ひょっとしてご主人様って幼女趣味なんですか?」


「いや、ないよ」


 僕は苦笑する。

 日本で住み暮らしていたときに、僕は女性に興味を持ったことがなかった。それは、こちらの世界に来てからも同様である。道行く若い女性を見ても、まるで興味は湧かない。

 カエデを愛しているのも、彼女が刃物だからである。


「では、ロベリアさんは嗜好範囲の対象外であると?」


「ふむ」


 刃物以外を愛せないということは、逆説的に言えば刃物ならば恋愛対象になるということである。


 確かにロベリアは、見た目が小学生である。なんせ身長百三十センチほどだ。もし彼女が生身の女性で、そして僕が彼女に懸想しているとなれば、これは立派な犯罪だ。ロリコンを通り越してペドである。通報待ったなしだ。


 しかし、彼女が自称している通り、彼女は刃物であり、そしてもう大人だ。ならば、一人の女性として扱わねばなるまい。

 

 何より――あの鞘の中に収まっていた彼女の刀身は、中々に美しかった。

 質の良い鉄でできた、親指ほどの太さしかないほっそりした両刃のダガー。


 しっかりと砥ぎ上げられたそれは、ぎらりと輝く美しい鉄だ。あのように細く、引き締められた刀身を持つロベリアのことだ、侍女服を剥いてしまえば美しい裸身があらわになるだろう。


 その身体に欲情しないのか問われれば、僕もこう答えざるを得まい。


 あえて言おう、有りであると。


「やっぱりご主人様は小さい子しか愛せなかったんですね! 変態だー!」


「あっはっはっはっは」


 両手をわきわきさせながら、クローベルに近づいていく。

 きゃーヤられるーなどと黄色い声を発しながら、彼女はぽんっと物質化、剣の状態に戻った。


 例によって僕たちの空気を明るくさせるために出てきたのだろう。

 意外と、そういうところで気を使う娘である。


(それにしても――)


 クローベルは、地球ではなくこの世界の出身のはずだ。

 洋モノとか和モノとか、あるいはロリコンだとかいう表現を一体どこで覚えたのだろう。


 いや、現実的に考えて僕とカエデが話していることを聞いていたのだろうが、吸収力の早い娘である。なぜあれでドジっ娘なのだろうかと、僕は悩むことしばしであった。

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