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ヤハウェ 4

「いよいよ、他の街にいる転生者を呼び始めます」


「おー」


 俺の宣言に対して、ソアラ嬢とキョーシャ君がぱちぱちと拍手をしてくれた。

 

(同盟に加わる気があるのなら、指定の日時に首都の当家へお越し下さるよう――)


 草原街にいるテツオという転生者に対して、伝書鳩でそう手紙を出したのは数日前だ。その返信が、届いた。草原街のカナン商店支部にテツオ氏自身が顔を出し、期日に首都に赴く旨を伝えていったのだという。


 同盟に加わるかどうかまでは明言しなかったものの、応対した商店員の話では、武器を持ち、異装に身を包んでいる割には、物腰は丁寧かつ穏やかで温厚そうな人物であったという。

 

「ここが、正念場です」


 心地良い緊張感と興奮が、俺を包んでいた。

 転生者をまとめあげ、誰からも手出しされないために強固な同盟を作る――それを目的とした俺たちにとって、テツオ氏がこの同盟に従うかどうかは、分水嶺と言えよう。


「日本人は、より大きな同盟や集団に属したがる傾向があります。同盟が大きくなればなるほど、正面きって同盟と事を構えようという転生者はいなくなるでしょう。私たちの同盟が飛躍できるかどうかが、明日の会合にかかっています」


 俺のプチ演説に対して、ぱちぱちわーと、場を盛り上げてくれる二人であった。


「もちろん、テツオ氏が凶漢で、我々に襲いかかってくる場合もないとは言えません。距離が離れているので薄いと見ていますが、彼が忍者ルンヌである可能性もあります。二人とも、気持ちを引き締めて明日を迎えるようにしてください」


 彼が実は忍者ルンヌで、首都で凶刃を振るった後に、ほとぼりを冷ますために草原街へと移ったという可能性も、なくはないのだ。

 テツオ氏は和服を好んで着ているという情報も上がってきている。忍者装束のルンヌ氏とは、どこか相通じる点がある。油断はできない。


「ソアラさんが魔物狩りに精を出してくれていますので、頼もしいレベルになってきました。私に戦闘能力はほとんどありませんので、護衛、期待していますよ」


 お茶請けの焼き菓子をもごもごしながら、んーん、とソアラ嬢は元気よく挙手をした。

 はーい、と言いたかったのだろう。


「キョーシャ君は――もう少し頑張りましょう、かな?」


 俺は苦笑した。

 彼はほとんど、レベルが上がっていないのである。


 俺が95、キョーシャ君が132、ソアラ嬢がなんと483。これが俺たちのレベルだ。


「あはは、ヤハウェお兄ちゃんと狩りに行くとき以外、魔物狩ってないからね」


 そういって朗らかに笑うキョーシャ君である。

 遊びたい盛りとはいえ、もう少し危機感を持ってもらいたいものだった。


 俺はしょうがない。

 俺のレベルが低いのは、どうしようもないのだ。


 フライドチキンのチェーン店は、すでに三店舗目ができている。売り上げもそれに伴って順調に上がっているが――代償として、俺は日中に時間が取れない。


 俺のチェーン店「コンスタンティ家の揚げ鳥」がこうも短期間で成長できるほどの大成功を収めた理由は、ひとえに「誰も真似ができない」からだ。


 転生特典の料理スキルによって、「一瞬で」「コストを最大限抑えて」「最高の料理を」作りだせるからこそ俺の商売というのは成立しているわけだが、それは裏返せば、俺がいなければ成り立たないという欠点もある。


 チキンは作りたてでなければ味が落ちる。

 作り置きができないということは、すなわち日中に俺が首都を離れられないことを意味するのだ。


(しかし、俺はレベル上げもしなくてはならない)


 これは戦闘のためではない。チキンを作るのに使うMPを確保するためだ。

 いくら金があってもMPが足りなければ、多くの店舗で売るためのチキンを作れない。MPを回復させるポーションも市販されているのだが、とても高価な代物だったため、採算が合わなくて使えなかった。なんでも、マナを他人に譲渡する魔法をわざわざ魔石に篭めて、それを砕いて粉末状にしたものを水に溶かしたものなのだそうだ。


 最近では、空が明るくなってきた早朝に、キョーシャ君と二人で短時間の魔物狩りに出かけるよう心がけている。夜は視界が悪く、思わぬ怪我をするかもしれないということで、狩りには出ていない。

 

 素材とMPさえあれば、チキンを大量生産すること自体は一瞬でできるので、俺のレベルがもう少し上がって余裕が出てきたら、四店舗目をオープンさせることも視野に入れなければなるまい。


「そういえば、僕からも提案があるんだった」


「お?」


 珍しく自分から意見を言ってきたのは、キョーシャ君である。

 

「そろそろ、お兄ちゃんのチキン屋さんだけじゃなく、他の商売も考えた方が良くないかな?」


「それはまた、どうして?」


「えっとね、チキンを作るためには、お兄ちゃんの手が空いてないといけないでしょ? でもね、それだとお兄ちゃんがいつも忙しいままだと思うんだ。同盟の代表として、他の転生者の人たちと会うことがこれから増えていくだろうし、この世界の人たちに任せられるような仕事を考えられたら、もっと楽になるんじゃないかなって」


「おお」


 俺は感動した。

 適当に遊んでいるだけだと思っていたキョーシャ君が、ここまで俺のことを考えていてくれるとは。しかも、商売のためにチキンにかかりきりになるという欠点を推察し、俺のことを案じてくれてもいる。


 可愛い弟分であった。


「それにね、あんまり良くない噂も聞いたんだ」


「ほう?」


「お兄ちゃんのお店が上手く行き過ぎてて、他の屋台とかの売れ行きが悪くなってるらしいんだ。だから、食べ物を扱っている人たちの間では、お兄ちゃん、あんまり良く思われてないみたい。この世界の人たちにも任せられるような他の仕事を何か考え出せれば、全部上手くいくと思ったんだけど」


「なんだ、そんなことですか」


 良くない噂と聞いたので、例えば他の転生者が暴れまわっているだとか、そういう重要な話なのかと思って身構えていたので、俺は肩透かしをくらった気分になった。


「キョーシャ君、社会っていうのはそういうものなんだ。資本主義って言ってね、強い会社がどんどん弱い会社を潰していくようにできている。確かに屋台とか小さな料理店なんかは、僕の店ができたことで経営が苦しくなるだろう。でもね、食べ物を買うお客さんからしてみれば、より安く、より美味しい物が食べられる方がいいに決まっている。キョーシャ君が日本のどのあたりに住んでたのか知らないけど、日本でもそういうこと、なかったかい? 駅前の小さな商店街が、大きなスーパーとかができたから潰れた、みたいな話」


「うん、ある気がする」


「競争力のないお店が潰れるのは、当事者以外にとってはいいことなんですよ。だから、キョーシャ君もそんな噂は気にしなくて大丈夫です。私のことを心配してくれたんですね? ありがとう」


「うん、ならいいんだ」


 そういって、やんわりと微笑むキョーシャ君であった。可愛い。


「私が忙しいのも、カケラロイヤルが終わるまでの話ですし、我慢します。いまはそれよりも、どんどんレベルを上げて、どんどん店の数を増やして、お金を溜めないと。使い道も、できましたしね」


 そういって俺は、意味深に微笑んで見せた。もう一つ、重大発表があるのだ。


「一つ、朗報があります。ソアラ嬢だけでは不安があった、護衛を雇うことができました」


 胸を張って俺が宣言したところ、焼き菓子を食べながら二人は驚いてくれた。再びのぱちぱちおーである。


「その護衛の人が、そろそろ来るはずです。二人にも紹介しますよ。ただし、彼には転生のこととかを説明してはいません。腕利きの暗殺者に狙われているかもしれない、とだけ伝えてありますので、そこは注意してください」


 二人が頷く。

 ちょうどタイミングを見計らっていたかのように、玄関からちりりーん、と呼び鈴がなった。


 出迎えの応対をするために、執事のミハイルが階下へと降りていく。


「来たみたいですね。ダメ元でこの世界の父親――貴族のコンスタンティ家当主に頼んでみたら、凄腕の兵士に話を通してくれました」


 やがて、ミハイルに先導されて、部屋の入り口にぬっと現れたのは、筋骨隆々の大男だった。未成年が多い室内の中にあって、彼の体積は圧倒的だ。圧迫感すらあったが、ふさふさの髭が見た目の強面さを少しやわらげていた。


「ジブリール様からお話があったと思いますが、ベアバルバと申します。軍では、現役で訓練教官と最前線の前衛をしておりました。よしなに」


「よろしくお願いします。歓迎します」


【種族】人間

【名前】ベアバルバ・ドラゴステア

【レベル】1653


(強い――!)


 ステータスを覗き込んで、俺は面食らった。

 

 軍で五本の指に入る強者だと話には聞いていたが、レベルを見ればそれも頷ける。圧倒的なレベルの高さだった。


 俺と同じく、彼のステータス画面を見たであろうキョーシャ君とソアラ嬢も、やはり驚きの表情を作る。


(これは、いける)


 内心で俺は歓喜した。

 これからやってくるテツオという転生者がどれほどレベルを上げてあるかは知らないが、さすがに1600というレベルを前にしては怯むだろう。


 他者のステータスを覗き見れる転生者だからこそ、彼のレベルの高さは威圧になる。ひょっとして提案を断りでもしたら、ベアバルバ氏をけしかけられるかもしれない、そう思わせるだけで交渉はかなり有利になる。

 

(これだよ、これがやりたかったんだ)


 この世界で金を稼ぎ、有力な冒険者、あるいは兵士を雇って抑止力とする。

 これこそ、俺がカケラロイヤルを勝ち抜くために考えた策であり、それがいま、見事に嵌まっていた。


 転生者がいかに優れた特典スキルを持って転生してくるとはいえ、一朝一夕で狩れる魔物の数には限度がある。長い年月をかけて魔物を狩り続けてきた戦士との間には、越えられないレベルの壁があるのだ。


「給金は弾みます。前職でもらっていた月給の二倍、出しましょう」


「ふむ? お気持ちは嬉しいのですが、安請け合いはやめておいた方がよろしいでしょうな」


 是が非でもベアバルバ氏の気持ちを掴んでおきたいがために金で釣ろうとしてみたものの、彼の反応はあまり良くなかった。見かけの豪快さとは裏腹に、無表情のままにこりともしない。


「魔物狩りに専念していた時分は、安くて800,000ゴルドから、多い月だと5,000,000ゴルドは稼いでおりました。狩りへの出撃日数と成果次第で、だいぶ左右されますが」


 キョーシャ君とソアラ嬢が金額を聞き、おおーと驚きながら拍手をする。反応が予想外だったのか、ベアバルバ氏は少し照れていた。


 一方、俺はといえば、あまりの金額の多さに驚いていた。

 確かに、二倍の給金を払うと軽々しく言ったのは失敗だったかもしれない。


 5,000,000ゴルドといえば、日本円に直して一千万円だ。それの倍払うとなると、二千万円。いくらフライドチキンのチェーン店が順調だからといって、三店舗だけで月々に産み出せる黒字ではない。


「給金は結構です。食うに困ってはおりませんし、使い道もさほどありませんのでな。お父君にはいくらか借りがありまして、それを返すという名目でやってまいりましたし、タダ働きで構いません」


「それは――正直ほっとしました。そこまで稼いでいる方だとは思わなかったもので、失礼なことを申し上げました」 


「それよりも、任務の確認をお願いします。ヤハウェ様の護衛を頼まれましたが、それで間違いありませんな?」


「合っていますが、余裕があったらで構いません。この屋敷に呼んでいる面子も守って頂きたいのです。彼らも、私と同じく命を狙われている身ですので。紹介します、手前がキョーシャ君、あちらがソアラ嬢です」


「三人が揃っているうちは、全員お守りしましょう。別行動を取られているうちは保証できません。そして、護衛以外の仕事を仰せ付けになるのはおやめ下さい。敵対勢力への攻撃などは致しかねます」


「それで構いません。ついでですが、我々が置かれている状況を簡単に説明しておきます。ここにいる三人、その全員がそれぞれ、証のようなものを持っていると思ってお聞き下さい。我々を殺害すると、その証を奪うことができます。それをすべて集めるのが、襲撃者側の狙いになります。ですので、私だけを優先して狙ってくるのではなく、他の二人にも狙われる理由があるのです」


「ふむ。深く詮索は致しませんが、その証というものは、皆様が常に身に着けているという認識でよろしいですか?」


「似たようなものですが――それは、我々を殺害するだけで奪うことができます。死体を漁う、あるいは盗むなどの手間は必要ありません」


「狙撃などの手段をとってくる可能性もあるというわけですね。了解しました」


 ベアバルバ氏は、淡々と必要なことだけを聞いてきた。

 そこがまた、いかにも熟練の兵士っぽくて、とても頼もしい。


 結果的にではあるが、彼をタダで雇えたというのも非常に大きい。

 金銭的に余裕があれば、出来ることの幅が広がるからだ。


「ところで――護衛と仰っていましたが、何時から何時まで守って頂けるのでしょう?」


「ご令息と私とは身分差があります。ベアバルバとお呼び捨て頂いて結構です。そうですな、どこまで完璧に守るのかはご令息がお決めになって下さい。二十四時間完全に護衛されたいのならば、寝所や風呂にもご一緒致します」


「お言葉に甘えて、いくらか言葉遣いを砕けさせてもらいますね。手厚い護衛は嬉しいのですが、それだとベアバルバさんの休憩時間や休日がなくなりませんか?

父とのやり取りがあるとはいえ、無給で朝から晩までコキ使うのは気が引けるのですが」 


「護衛とは、そういうものです。ジブリール様よりこの話をされて以来、しばらく休日はないものと覚悟しておりますので、お気遣い頂くには及びません。ただし私としても、いつまでも護衛の役を請け負うわけにはいきません。長くて一年。それが、護衛として務められる期間の限度だと思って頂きたい」


「一年も――」


 十分だ。

 

 一年あれば、フライドチキンの店の数を増やせる。別の護衛も雇える。

 そもそも、カケラロイヤル自体が、そこまで長引くまい。


「もう一つ、質問があります。こちらからベアバルバさんに護衛をお願いしている立場上、それ以外の仕事を頼む気はありません。しかし、私が自ら危険地域に赴いた場合でも、私を守って頂くことはできますか?」


 話の最中に、俺はとあることを閃いたのだ。

 彼がいれば、安全に魔物を狩ってレベルを上げられるのではないだろうか。


「私は毎朝、そこにいるキョーシャ君と二人で魔物を狩り、レベル――自分のマナを強くしようとしています。昼は店の営業があるので狩りにいけないものでして。そこへベアバルバさんに同道してもらって、我々の狩りの手助けをして頂くことはできますか?」


「可能です。弱らせた魔物をお二人に狩らせ、お二人が強くなる手助けをすることもできます。ただし、条件があります。これは魔物を狩りに出たときだけではありませんが、刺客に襲われるなどの危険が迫った場合、私の指示に従って頂きたい。さもなくば、身の安全は保証できません」


「それはもちろんです。全面的に従いますので、よろしくお願いします」


 よろしくね、お髭のおっちゃん!と横からキョーシャ君がずばりと言ったので、たしなめた。

 ベアバルバ氏は苦笑いである。怒気を発してはいないので、根はいい人そうだ。


「ねえねえ、いま彼女はいる?」


 キョーシャ君とソアラ嬢の質問攻めに戸惑うベアバルバ氏、そんな三人のやり取りを微笑ましく眺めながら、俺は内心でガッツポーズでも取りたい気分だった。


(とても、順調だ)


 金銭面に問題はない。

 腕利きの護衛も雇えた。

 パワーレベリングの目処も立った。


(追い風が吹いてきている)


 まるで歯車ががっちりと噛み合って回りだしたかのように、すべてが順調だった。カケラロイヤルを制覇するという目標に、大きく俺は前進している。

  

(今から神様に叶えてもらう願い事を考えておいた方がいいかもな)


 思わず頬が緩んでしまったので、自分たちのやり取りを見て笑っているのかとキョーシャ君が勘違いして、話の輪に俺を混ぜてくる。


 慢心して足元を掬われるのは馬鹿らしいし、気を緩めずに行こう。

 さしあたって次のイベントは、テツオ氏を傘下に入れられるかどうかだ。

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