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関兵太 2

 研修期間の一週間はあっという間に過ぎた。


 軍の組織系統を覚えたり、生活習慣とかを身体に覚えた後に待っていたものは、守護隊の地獄の訓練だった。


「ヒョウタ! 脇が甘いぞ、もっと足を使え、足を!」


 俺ではなく、俺の背後に控える魔術師に向けて火矢ファイアアローの魔法を射かけつつ、訓練教官のベアバルバは怒鳴った。


(無茶言ってくれるよ!)


 火矢を鉄の篭手で受け止めながら、筋肉ムキムキの上半身をさらけ出した髭面に俺は内心で悪態を吐く。 


「オラ、足が止まってるぞ! 走れ走れ!」 


 一発受け止めて終わり、ではない。半裸マッチョは、木々の間を縦横無尽に駆け回っては俺に火矢をあちこちから放ってくるのである。これを後衛まで届かせないように守るのが訓練というわけだ。


(好き勝手しやがって!)


 鉄の鎧ということは、中は密閉空間である。動き回っているので、かいた汗で中が蒸れる。暑いし熱いし蒸すしで不快指数は限界突破、アドレナリンもだばだば分泌されて思考は妙にハイだった。


(せめて、普通の革鎧だったらもっと楽に動けるのに――ああ、脱ぎたい!)


 金属の鎧、それも鉄板で出来た板金鎧プレートメイルを全身に着けている俺の身動きは、鈍い。

 それはそうだ、全身に鉄の塊を身に着けているのだから。


 歩く、跳ぶ、向きを変える、手を上げる、普段何気なく行っている一つ一つの動作がとても重い。おそらく総重量三十キロは下らないであろう鉄の鎧は、容赦なく俺の体力を奪っていく。


「火矢! 火矢! 火矢! 火矢!」


「やめろ畜生!」


 間に合うものについては剣や盾で払い落とし、そうでないものは剣を握ったままの篭手や、時には身体で何とか受け止める。マナで作られた魔法の矢は、鉄の鎧に当たると火の粉を散らしてかき消えた。


 顔を覆うような板金兜は、視界がとても悪い。おまけに、兜の下に巻き付けている、汗垂れ防止の手拭いで吸いきれなかった汗がしばしば目に入って痛む。


あづっ!」


「すまん!」


 そんなこんなのマイナス要素が重なって、受け止め切れなかった火矢が俺の脇をすり抜けて、後衛の魔術師役をしている同期の太ももに突き立った。俺の小隊内で唯一の女性である。


 後衛の彼らは金属鎧ではなく、革鎧しか身に着けていないので、火矢を受けると普通に怪我をする。訓練教官のベアバルバは威力を最低限まで落として魔法を撃ってくれるものの、それでも革鎧を貫通して十センチ四方の火傷ができるぐらいの怪我はする。


「いいよ、前向いて!」


 彼ら後衛の魔術師たちはそんな怪我をしても、その場から逃げ出したりはしない。背後に控えているもう一人の監督役に小回復ヒールを受け、ただ俺の後ろで棒立ちになっている。


 彼らにとっても、これは訓練なのだ。

 前衛を信じてその場に棒立ちになり、時としては攻撃が自分に振りかかってくるプレッシャーに慣れるという。


 紅一点のニーナ、お調子物のフェルペス、しっかり者で小柄のカーター。この三人の魔術師が俺の小隊員であり、俺が守るべき後衛である。


(くっそ――俺も、槍組が良かったなあ) 


 仲間の攻撃を阻害しないようにという理由から、守護隊ではパーティの組み方がほぼ決まっている。槍持ちの戦士だけで構成された槍組は、もっともスタンダードで、やることが単純な組だ。


 前衛一人、後衛が数人という、このいわゆる魔術師メイジ小隊は、総勢五百人はいる守護隊の中でも、珍しい部類に入るパーティだ。理由としては簡単で、エリートクラスなのである。

 もともと兵士の中でもエリートである守護隊の中でも、さらにエリート。どんだけ選良なんだって話ではある。

 

 なぜこの魔術師小隊がエリートなのかというと、特典で魔法を簡単に覚えられる俺たち転生者と違って、一般人の魔術師は魔法は一つ覚えるのに多大な時間がかかる。そんな魔法を複数扱えるまでに修めた魔術師は、替えが効かない貴重な戦力なのだ。


 それ故に、魔術師小隊の前衛は、歴戦の猛者が務めることが多い。

 その名誉ある役目に新人の俺を指名したのは、守護隊長のペズン、レベル2158の化け物である彼だ。


 目をかけられているのだと思えば嬉しいことは嬉しいのだが、重圧もまたすごい。自分がミスったときに被害を受けるのは、後衛である魔術師たちなのだ。

  

「大技行くぞ、ヒョウタ!」


「来いマッチョ野郎!」


「はっはっは――俺の筋肉美に見惚れて、火傷するなよ?」


 突っ込む暇などなかった。

 木々の間から姿を現した半裸は、天高く掲げた両手に、巨大な火球を作り出していたからである。


 ヤバいヤバい、と脳が警報をかき鳴らす。

 しかし、逃げるわけにはいかなかった。あれは、俺が受け止めきって後衛に流さないようにしなくてはならない。


火弾ファイアボール!」


 ごうっ、と音を立てながら、五十センチほどの火球が俺に向かって飛んでくる。

 詠唱速度はもっとも短く、威力を最低限にまで抑えてくれた一撃であるが――それでも圧倒的にレベル差のある相手が放ってきた強烈な攻撃魔法だ。


 あの訓練教官ベアバルバ、半裸マッチョのレベルは1200を越えている。

 見て分かる通りに肉体派なので、同レベルの魔術師が撃つ魔法よりかは威力は下がるはずなのだが――


「ぐああっ!?」


 しっかりと構えた盾の中心で、火球を受け止めた瞬間――


 ばがんっ、という轟音がした。

 火球が、炸裂した。

 構えていたはずの盾が、爆発の勢いに負けて俺の顔面に押し戻され、ぶつかる。


 板金鎧を全身に着込んでいるずっしりとした身体が、爆風に負けて浮き上がる。握っていた盾も剣も弾き飛ばされ、手ぶらのまま俺は吹っ飛ばされた。後衛の魔術師たちを巻き込んで、地面を転がっていく。天地がぐるぐる回っていた。


「足で踏ん張りながら、盾で下からカチ上げるように守ると、ぶっ飛ばされないで耐え切れるぞ。次はちゃんと守りきれるようにな――よし、今日の訓練はここまで」


「ありがとう、ございました」


 平地から林の入り口まで盛大に吹き飛ばされて死屍累々の体を為す俺たちは、何とかそれだけを口にする。ご機嫌に鼻歌なんか口ずさみつつ、髭面半裸マッチョのベアバルバはその場を去っていった。


「ちょっと、ヒョウタ、どいてくれ。重い。あとすげえ熱い」


「ああ、すまん」


 フェルペスが、火弾ファイアボールで吹っ飛ばされた俺の下敷きになっていた。

 鉄の塊を着込んだ男が上に乗っているのである、そりゃ重かろう。

 

「ぎゃはは。ヒョウタ、お前ぷすぷす煙出てるぞ」


「笑いごとじゃないよ。焼けた鉄板で全身焼かれてるんだぞ? バーベキューの肉の気分だ」


 笑うだけのフェルペスと違って気の利くカーターが作水クリエイトアクアの水流を全身に浴びせてくれた。

 じゅうっと音がする。

 火弾ファイアボール火矢ファイアアローで熱せられた部分の鎧が熱を持っていたのだろう。


「よくそれで平気だよね、ヒョウタ」


「平気じゃないよ。我慢してんの」  


 かしゃりと兜の面頬を上げ、新鮮な空気を思い切り吸い込む。

 熱せられた鉄板の匂いがする焦げ臭い空気だったが、それでも兜の中に篭もるそれよりはマシだ。


 着てみてわかったことだが――金属の鎧は、熱に弱い。そりゃそうだ、鉄なんだもの。炎属性の魔法なんて撃たれた日には、ガスコンロで炙られるフライパンよろしく熱を持つ。当然、熱伝導が発生するわけで、鎧の中は蒸し焼き状態と相成るわけだ。


(これがまた、キツいんだ)


 いくら厚手の布鎧クロースアーマーを鎧の下に着ているからといって、まるきり熱さを遮断できるわけではなく、じりじりと肌を焦がされる苦しみは一度味わってみなければわからないだろう。


 俺は痛覚耐性の特典スキルを持っているのでそこそこ耐えていられるのだが――この熱さが、重装甲の戦士に浴びせられる一種の洗礼というわけだ。これに耐えられなければ、後衛の命を預かる前衛タンクとしてはやっていけない。


 事実、この苦しみに耐え切れずに配置転換を申し出る兵士もいたという話だ。


「ほら、いつまでも休んでるわけにゃ行かねえぞ。次は座学だ、ナーヴ教官だぞ」


「うええ。俺あの先生嫌いなんだよなあ」


 潔癖症で完璧主義者の教官の、吊りあがった三白眼を思い出す。

 なぜか俺を目の敵にしており、何かと絡んでくる厄介な教官だ。


「ヒョウタが優秀だから厳しく指導してるんだよ。有難いことじゃない」


 含み笑いをするカーターに、俺はため息を返す。


「有難いことだと思うんなら、代わってくれよ。いやそりゃ、理屈じゃわかってるんだけどさ、あそこまでやられると心底嫌になってくるんだぜ」


 守護隊とそうでない一般兵士の訓練は別々であるが、それは教官まで異なるという意味ではない。ベアバルバは守護隊しか指導しないが、話題に挙がっているナーヴは一般兵士の座学も見る。


 ここ一週間の間、これでもかというぐらいに嫌がらせを受け続けてきたものだ。


「しょうがないよ、みんながみんな、ベアバルバ教官みたくいい人じゃないもの」


 俺の周囲を囲む計三人の同期のうち、もっとも線の細い一人――ニーナが諦め顔でため息を吐く。うんうんと頷く俺たちであった。俺ほどではないにしろ、彼女もナーヴ教官の嫌がらせを受けている一人である。


「優しいベアバルバ教官と、厳しいナーヴ教官でバランスを取ってるんだろうね。ヒョウタ、さっきベアバルバ教官にすごいこと言ってたの覚えてる? このマッチョ野郎って」


 カーターの言葉に、俺はびっくりして聞き返した。


「いや、覚えてない。そんなこと言ったっけ?」


「大声で叫んでたよ。あんなことを許してくれるのはベアバルバ教官だけだよ。確かにベアバルバ教官はそういうところ許してくれるけどさ、じゃあ他の教官にそういう口の利き方をしていいのかどうかっていうと、そうじゃないでしょ? きっと、ナーヴ教官はそういうところも見てるんだよ。ヒョウタはもう少し、そのへん気をつけた方がいいと思うな」 


「う、うん」


 いくら俺でも、許可が出ていない上官に悪態を吐くほど愚かではない。

 訓練中に上官部下の間柄だからといって気兼ねすると良くないので、俺を敵だと思えと言ったのはベアバルバだ。


 俺に同調してナーヴ教官が完全に悪い、という論調で話が終わるのかと思っていたら、意外なところからお叱りが来た。

 逆に、こういう指摘をしてくれる同僚というのは貴重なのかもしれない。


「僕は父親も兵士だったから、軍人としての心得を事前に色々教えてもらったからね。なんでナーヴ教官がヒョウタに厳しく当たるかっていうのも、何となくわかるんだ――まあいいや、早くいこ。遅れるよ?」


「やばっ、そうだった」


 俺たちは立ち上がり、一斉に走り出す。

 

 魔術師の彼らは走るだけでいいが、俺は鎧姿のままなのですこぶる走りにくい。さらに、座学の授業をこの姿のまま受けるわけにもいかないので、兵舎に戻ってから着替えねばならない。


 次の訓練に間に合うかどうかも、また訓練なのだ。


 






「よし、開始三分前だ、何とか間に合ったな――げっ」


 ギリギリ座学の授業が始まる時間前に、教室となる兵舎の一室に駆け込んだ俺たちであったが、すでにナーヴ教官は教卓に着いていて、どたばたと兵舎に入ってきた俺たちを三白眼で冷ややかに下した。


「遅い」


 暑苦しい筋肉の誇示するベアバルバ教官とは対象的に、色白の細面で鼻筋が通っているナーヴ教官は黙っていればイケメンに見える、はずなのだが――容姿が整っていても、その内側から滲み出る性格から、受ける印象はただの一つ。冷たい人、である。


「喜べ貴様ら。守護隊様は、下っ端兵士のお前たちなんぞ待たせても何とも思わんそうだ」


 ナーヴ教官は、すでに席に着いていた、年齢もまちまちな七人の兵士たちを睥睨しながらそう告げた。

 彼らは、守護隊ではない一般の新兵である。俺たちと共に座学を学ぶ。


 というより、兵士歴の短い俺たちが守護隊になること自体がむしろ例外なので、どちらかといえば俺たちがお邪魔している側である。

 ニーナ、フェルペス、カーター、三人とも兵士歴は浅いながら守護隊に入る資格を得た、期待の新人なのだ。それゆえに、守護隊でありながら座学を受けなければならないという異例の事態が起きている。


「あんなのでも貴様らの上官だ。あいつらが死ねと命令すればお前たちは死ななきゃならん。いい上官を持ったなあ?」


 鼻で笑うナーヴ教官の言葉に、俺はかちんと来る。

 前の訓練が終わり次第、走って戻ってきて、しかも集合時刻には間に合っているのだから、それで良いではないか。


 俺が口を開こうとした瞬間、横にいたカーターが顔色を変え、一歩前に進み出た。そのままカーターは大声で叫びながら頭を下げる。


「お待たせして申し訳ありませんでした!」


 彼の言葉を皮切りに、フェルペス、二ーナも続いて、申し訳ありませんでした、と頭を下げる。

 俺一人だけが頭を下げないのも何だかなあと思い、俺もそれに倣った。


「七十点と言ったところだな、カーター」


 ニーナほどではないにしろ、小柄な彼は俺よりも頭一つ分身長が低い。

 そんな彼は直立し、はっ!と勢い良く返事をする。


「馬鹿のフォローをした分は褒めてやる。しかしだ、お前は小隊長なのか?」


 小隊長とは、いわゆるパーティリーダーのことである。

 俺たちの場合、二十二歳でもっとも最年長であるフェルペスだ。


 小隊長には実力よりも、小隊に指示を出す広い視野と戦術眼が求められる。

 俺たちの場合、お調子者というマイナス要素があるものの、明るく小隊を引っ張っていくフェルペスが適任だと話し合い、彼に決めていた。


「フェルプス、お前は三十点だ。小隊長のお前がどうするかを真っ先に隊員に示さないでどうする。戦闘中、とっさに指示が出せずに隊員が突撃していくのをお前は眺めてるだけか?」


「は、申し訳ありませんでした!」


「次、二ーナ。馬鹿とは違って愚かな行いに走らず、かといって積極的にフォローに回るでもない。五十点だ、と言いたいところだが――お前、自分の立場がわかっているのか?」


 言葉に詰まり、少し考えてから、二ーナは守護隊の一員であります、と答えた。


「質問の意図を正確に理解していない、減点だ。俺が言いたかったのはな、お前は女だろう? いいか、ただ女であるというそれだけで、お前は他の兵より劣っているんだ。男と同じように振舞ってどうする。他の小隊員と同じようなことしかしない女なんぞ要らん。人一倍努力しろ。誰よりも強く向上心を持て。何事も率先してやれ。三十点だ」


 はい!とやはり勢い良く返事をするニーナの傍らで、そんな言い方ってないだろう、と俺はまたしてもかちんと来る。男尊女卑にも程がある言い方だ。


「次、馬鹿。もちろん論外だ。点数を付けるまでもない。小隊員に迷惑をかけているだけだな。いない方がマシだ」


 ナーヴ教官が冷ややかな視線で見ているのは、俺である。

 もはや名前で呼ばず、馬鹿呼ばわりであった。


「馬鹿に付ける薬はないが――馬鹿に好き放題させている小隊員の貴様らも揃って馬鹿だ。連帯責任という言葉の意味をわかっているのか? このいい歳して子供みたいな頭をした馬鹿に、お前は馬鹿なんだとはっきり言ってやるのが同僚の務めだろう。それとな、例え馬鹿だから雑に扱っていいかというとそれも違う」


 中身は空っぽなんだぞと言わんばかりに、手にした杖で俺の頭頂部をぺしぺしと叩くナーヴ教官である。どれだけバカバカ言うつもりだこいつは。


「ここに走ってくるまでの間、お前たちは何をしていた? この馬鹿は重装甲で貴様らは軽装だ。こいつが必死こいて走ってるのにお前らは手ぶらで余裕の徒競走か? 頭と腕、篭手、足甲ぐらいはすぐ脱げるだろう。一人一つ持って走ってやるとか、それぐらいの気遣いはできんのか? そうすればもっと早くここに着けただろう」


 ぐっ、と俺は言葉に詰まった。

 座学の開始時刻に間に合ったのだからいいだろうと俺が思っていることを見透かされているかのようだ。

 ただ言葉が厳しいだけではなく、この男は見るところは見ているのだ。

 

「こいつが死ぬ、すなわちお前たちが死ぬのと同義だ。馬鹿だろうと、こいつがお前たちの前衛だ。もっと有効に扱え、以上だ。席に着け」


 杖で空席を指し示すナーヴ教官に従い、俺たちはぞろぞろと席に着く。

 無論のこと、俺たちが長々と叱責されている間中、一般兵士の七人からは見られ続けていた。とんだ公開処刑である。


「じゃあまずは――前回の座学の復習からだな。おい馬鹿、軍の組織図を上から下まで言ってみろ。皇家、貴家は省いていい」


 いきなり俺に当ててきやがった、と内心で舌打ちをする。

 

「はっ――守護隊が約八百名、常備兵が約六千名であります。守護隊はさらに、魔物を討伐する第一軍、要所の警護を行う第二軍、魔石の回収役を兼ね、回復魔法を使える第三軍に分かれます。常備兵も同様に、城壁等で見張りをする第一軍、定点を警護する第二軍、後方任務を担当する第三軍、特殊技能を持った第四軍があります。それとは別に、事務隊もあります」


 図にすると、こんな感じだ。


 ・守護隊 

 第一軍(魔物討伐の実働部隊:五百名)

 第二軍(要人警護等の部隊:百名)

 第三軍(医療班兼、魔石回収部隊:百名) 

 第四軍(建築等、特殊技能持ちの兵科:百名)


 ・常備兵

 第一軍(城壁や城門等の見張り:三千名)

 第二軍(要人警護等の部隊:千名)

 第三軍(装備や消耗品の補充、輸送部隊:千名) 

 第四軍(建築等、特殊技能持ちの兵科:千名)

 

 ・事務隊(情報処理等:千名)

 

(さすがにこれぐらいは、覚えておかないとな)


「まあ、いいだろう。城壁付近に出没した魔物を常備兵が処理することもあるが――

こちらから魔物を狩りに出かけるのは第二軍を除いた守護隊だけだ。数にして五から七百人。常備兵は、城壁や城門での見張り、それに街角で衛兵として働くから、率先して魔物を討伐に出ることはない」 


 メモを取るための粗い紙は配られているが、黒板やチョークなどはない。

 俺たち小隊の四人と常備兵の七人は、ナーヴ教官の話だけを聞き、各自で要点をまとめてメモを取るのだ。


「この七百人という数は、すべての街にいる人数を合わせたものなので――当然ながら、他の街へと守護隊は派遣される。首都に残る守護隊は、せいぜい三百名だ。この三百名に対して、首都の人口が何人いると思う、フェルペス?」


「はっ、およそ八十万人であります」


「そうだ。八十万人に対して、守護隊はたった三百名しかいない。常備兵を入れても三千名だな。国民の数からすると、百分の一をさらに下回る割合しか、貴様ら兵士という職はいないのだ。なぜこれ以上増やさないのか、答えてみろ、二ーナ」


「は、はいっ。兵士はほとんどお金を生まない、非生産的な職なので、ええと、農業などの他の仕事に従事する人口をこれ以上削るわけにはいかないからです」


「及第点だ。もう少し端的に、簡潔に要約して物事を報告する癖を付けろ――一般的に、兵士の数が増えれば増えるほど、国民は貧しくなる。非生産的な職が増えるわけだからな。農作物を作るわけでもなく、物を売るわけでもない兵士は、組織の維持それ自体を税金に頼っている。それが、これ以上軍の規模を大きくできない理由の一つだ」


 もう一つの理由が、冒険者制度の存在だ――そう言いながら、ナーヴ教官は懐から魔石を取り出した。マナを篭めて色が変わる前の、薄紫色の原石である。


「我々の生活に、もはや魔石は欠かせない。作水石アクアジェム作光石ライトジェムなど、これらはもちろん消耗品だ。人口八十万の首都の民が、どんどんこれらを使いきる。当然、新たに使うための魔石を魔物を討伐して採取してこなければならない――もちろん、守護隊の実戦部隊もそれを行うが、大部分は冒険者が採ってくる魔石に依存している」


 およそ四千人、それが首都にいる冒険者の総数だ、と彼は告げた。


「魔石こそ採ってくるものの、彼らは非生産的な職に分類される。我々軍と同じだな。彼らと我々の人数を合わせると、総勢八十万人の百分の一に到達してしまう。これ以上増やすと、経済に悪影響が出る。それ故に、軍はこれ以上規模を大きくすることはできない。国を護るという観点から軍という存在は必要なものだが、しかし無駄飯食らいであることも事実だ」


 喋りながら、ナーヴ教官は冷ややかな三白眼を俺に向けた。


「守護隊は、ただ魔物を狩りに行けばいいというわけではない。貴様らを後顧の憂いなく十全な状態で魔物狩りに送り出すために、武器防具や回復薬などの消耗品を手配する部隊、手に入れてきた魔石や素材などを市場に流すための事務隊など、多くの人間が関わっている。つまりだ――適当にやって(・・・・・・)もらっちゃ困る(・・・・・・・)んだ」


(くそっ)


 明らかに、俺一人だけに向けてナーヴ教官は喋っていた。

 お前のことだと言わんばかりに。


「首都にいる三百人の守護隊のうちの貴様ら四人は、それなりに大きな戦力だ。連携が取れずに大した成果を上げれませんでしたじゃあ、困るんだよ。効率良く魔石や、大陸奥地の魔鉱石なんかを取ってきてもらわないと、一体何のために税金を使って守護隊を維持しているのか国民に示しが付かん。貴様らが今思っているよりもずっと、貴様らの責任は重いのだ」 


 こつ、こつ、と教卓から離れて歩いてきたナーヴ教官は、俺の座っている机の前までやってくると、腰をかがめて俺を正面からじっと睨んできた。


「長々と喋ったが――自分の立場がまったくわかっていなさそうな貴様一人のために、貴様がどれほど駄目な奴なのかわからせるために言ったんだ。わかったか、馬鹿?」


 ぶちぃと、俺の頭の中で何かが切れる音がした。

 先ほどのニーナに向けた暴言といい、どれだけこいつは俺たちを馬鹿にしているんだ。


「そんな責任ある立場なんだったら、もっとまともに扱っちゃもらえませんかね――

俺にはヒョウタって名前があるんですよ、ナーヴ教官?」


 俺が斜に構えて言い放つと、室内の空気が張り詰めた。

 俺の言葉を受けて、やれやれと言わんばかりにナーヴ教官はため息を吐いた。


「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だったとは――」


「だからヒョウタって名前があるって言ってるだろ、この陰険野郎!」


 俺は椅子から立ち上がりつつ、溜まった鬱憤をこめてナーヴ教官を怒鳴りつけた。

 まずいってヒョウタ、と慌てたカーターが俺たちの間に割り込もうとしてくる。


「上官への口の利き方がなっていないな。貴様に不満があるからそういう口の利き方をしていいとでも思っているのか? いちいち上官が子供のわがままに等しい貴様の不満を母親みたく丁寧にあやしてくれるとでも? 図体だけはデカい癖に母親に甘える子供みたいな精神性でなれるとは、守護隊もずいぶん質が下がったものだ。ペズン隊長にベアバルバ教官も何を教えているのやら」


「あんたよりはまともなことを教えてくれてるよ」


 はあ、とため息を吐きながらナーヴ教官は背筋を伸ばした。


「上官への口の利き方を矯正してやる。背筋伸ばせ、歯を食いしばれ」


「次は権力を笠に着て暴行か? やることがいちいち陰険なんだよあんたは――」


 最後まで、言えなかった。

 ひゅん、と視界に何かがかすめたと思ったら、次の瞬間には顔面にすさまじい衝撃が来た。そしてすぐ、背中が壁にぶつかった衝撃がある。目の前に星が飛んだ。


 どうやら、頬を張られただけで、俺は壁際まで吹っ飛ばされたようだ。

 口の中が切れたのか、鈍い鉄の味がする。


 ナーヴ教官のレベルは1400だ(・・・・・)

 回避術スキルで避ける余裕すらなかった。


「フェルペス、カーター、二ーナ、立て。背筋伸ばせ、歯を食いしばれ」


 三人ともはっ!と声を揃えながら立ち上がる。

 間髪入れず、ばあん、と空気が弾けるような盛大な音とともに、一人一人頬を張られていく。女の子のニーナにも手加減などはなかった。みな、俺と同じように壁際まで吹っ飛ばされる。


「仲間にまで手を出すことはねえだろうが、この陰険野郎が!」 

 

「連帯責任という言葉も知らんのか、貴様は――まだ直らないようだ、もう一発だな。そこの馬鹿、立て。背筋伸ばせ、歯を食いしばれ」


 もう我慢がならない。

 俺はナーヴ教官を斬り殺すべく、腰に吊った剣を探って――座るのに邪魔だからと、部屋の隅に立てかけていたことを思い出し、内心舌打ちする。


 再び、頬を張られた。

 手加減容赦のないビンタに、俺は再び吹っ飛ばされる。


「貴様たちもだ。フェルペス、カーター、二ーナ。立て。背筋伸ばせ、歯を食いしばれ」


 彼らはよろけながらも、言われた通り立ち上がって直立した。

 間髪入れず、三人はまた、頬を張られて吹き飛ぶ。


「女にまで手を上げるんじゃねえよ!」


 フェルペスとカーターは、唇から血を流していたが、それはニーナもだ。

 小顔な彼女は当たり所が悪かったのか鼻血を流しており、元は色白だった左頬が紅葉色に染まっている。


「ほう? そこの馬鹿は、小隊員の女を守るために私に暴言を吐くのか。ニーナ、貴様だけもう一発だ。立て、背筋伸ばせ、歯を食いしばれ」


 膝は笑っていたが、二ーナは気丈にもはっ!と返事をし、立ち上がった。

 そんなニーナの頬が容赦なく張られる。流していた鼻血が霧となって宙を舞った。


「この、陰険野郎が――!」

 

 何が何でもぶっ飛ばす、と気合を篭めながら俺はナーヴ教官に殴りかかった。

 特典の殴打術スキルをフル活用してぶん殴るつもりだった。


 しかし突き出した拳は宙を切り、カウンターでもらった一撃で俺は三度、壁際まで吹っ飛ぶ。今度は追撃まであった。俺のところまで歩いてきたナーヴ教官は、膝を折っている俺の腹を蹴り付ける。執拗に、何度も何度も。

 胃液が逆流しそうになったところに、さらに蹴りを受ける。吐くことすらできず、俺はのたうちまわった。


「ナーヴ教官、私の指導不足でありました! ヒョウタの代わりに私を!」


 ナーヴ教官の腰にしがみつくようにフェルペスが割って入る。

 そんなフェルペスをちらと見て、良し、と彼は頷いた。


 何が良しだったのか、そのままフェルペスは頬を張られてやはり吹き飛ぶ。


「フェルペス、隊員をまとめるのは貴様の仕事だ。意味がわかったな?」


「はっ――わかり、ました!」


 鼻血で鼻声になりながら、それでもフェルペスは立ち上がって直立した。

 

「良し――。今日は座学の授業は取りやめだ。次までに何とかしておけ」


 言い残して、常に変わらぬ歩調でナーヴ教官は歩み去り、教室を出ていった。

 あとには、顔面血だらけになった俺たち四人と、一部始終を見守っていた常備兵の七人が残される。


 俺たちが座っていた椅子や机はぐちゃぐちゃなのに、常備兵の七人が座っている方は整然としていた。ナーヴ教官は彼らにとばっちりが行かないように俺たちを殴ったらしい。


「や、騒がせて済まなかった。君たちはもう行っていいぞ」


 フェルペスの言葉に、常備兵七人は顔を見合わせた。

 失礼します、と俺たちに一礼した後、彼らは教室を出ていく。


「みんな、手ひどくやられたなあ」


 こんな状況だというのに、笑いながらフェルペスは小回復の魔法を詠唱した。

 しかも、真っ先に俺にかけてくれた。


「ありがとう――俺よりも先に、二ーナに」


「駄目だ、ヒョウタ。前衛のお前が先だ。実戦でも、お前とニーナが同時に死にかけてたら、ヒョウタを優先して傷を治す。盾役のお前が死んだら、全滅する。ニーナよりもお前が優先なんだ」


 ケチャップでもぶち撒けたみたいに顔中血まみれのフェルペスが、俺の怪我を治してくれる。同じく血まみれのニーナや、カーターを差し置いて。


 その様子を見ていたら、俺の頭は冷えてきた。

 彼らは、俺のせいでナーヴ教官の指導に巻き込まれたのだ。


「みんな、すまない」


 俺は頭を下げた。

 俺とニーナが同時に傷付いていたら俺を先に治す、それが後衛の役割だとフェルペスは言った。それならば、自分の勝手な振る舞いで小隊員を危険にさらした俺は、前衛として失格なのだ。


「僕は思うんだけどね、ナーヴ教官ってすごいな」 


 魔術師三人のうち、回復魔法を習得しているのはフェルペスだけなので――最後に小回復をかけてもらって傷を治したカーターが、そう切り出した。もちろん俺は反駁する。


「あの陰険野郎の何がすごいんだ?」


「全部だよ――わかってないのは多分、ヒョウタだけだ(・・・・・・・)。こんなに短い時間の中で、僕たちの一人一人が抱えてるダメなところを全部浮き上がらせてみせた。あんなにすごい指導の仕方もあるんだって僕は驚いてるんだ、もちろんいい意味でだよ?」


 俺は鼻白む。あれだけひどいことをされたのだ、てっきりカーターもナーヴ教官のことを嫌うかと思っていたのに――反応はまったく逆だ。


「小隊長の俺が、事前にヒョウタのダメなところを指摘して、納得行くまで話し合うべきだったんだな。ベアバルバ教官への言葉遣いにカーターが注意したときとか、今思えば機会はいくつもあったのに」


「私も、悪い意味で女っていう立場に甘えてたんだって改めて気づかされた。私たち、話し合いが足りてなかったよね。例えばヒョウタ――私、女の子扱いされるの大嫌いなんだ。男社会の軍隊っていう集団の中で、肉体的なハンデがあっても登りつめてやろうって思ってるの。それをヒョウタが知ってたら、変に私を庇うこともなかったよね?」


 うんうんとフェルペス、二ーナの二人まで頷き始めたので、俺は愕然とした。

 ナーヴ教官を恨んでいるのは、本当に俺だけらしい。


「僕の課題は、自分だけがわかってればいいって思うんじゃなくて、僕の考え方とか、どうしたらもっと良くなるかってことを、もっと小隊員と共有すべきだったってところかな。ねえヒョウタ、ナーヴ教官は君のことをお子様だって言ったけど――僕もそう思う(・・・・・・)。多分、フェルペスとニーナもそう思ってる」

 

 ずばり切り込まれて、俺はなんだか泣きそうになった。

 最年長のフェルペスが二十二歳、二ーナが十九歳でカーターは十七歳だ。

 その中において、二十一歳という俺は年長と言える。その俺が、お子様だと断言されたのだから。


「俺も、ヒョウタのことは困ったやつだなあと思ってた。言わなかったけどな。でも、それは思ってるだけで放っておいちゃダメだったんだな。俺たちは同じ小隊の仲間なんだから、しっかり全員が納得行くまで話し合うべきだったんだ」


 うんうんと頷くフェルペスだった。

 ここまでボロクソに言われているが、不思議と彼らの言うことを拒絶しようとは思わなかった。

 彼らの言葉は、すんなりと俺の中に入ってくる。


「俺は――俺は、自分のことを今でも正しいと思ってる。ナーヴ教官のことは、嫌な奴だとしか思わない。でもみんなは、そうじゃなくて、間違ってるのは俺の方だって言う。みんながそう思うなら、そうなんだろう。でも、それがなんでなのか、わからないんだ。その、教えて、くれるか?」


 にっこりとニーナが微笑んだ。大輪の花のような、眩しい笑顔だ。


「みんなでゆっくり話し合おうか。そうしたら何だか、私たち本当の仲間になれる気がしてるんだ」


 よっしゃ、と頷きながら、フェルペスとカーターは立ち上がる。

 

「それもいいが、昼飯を食いながらでいいだろ。ナーヴ教官がわざわざ授業を早く切り上げてくれたんだ。メシでも食いながら話し合えってことなんだろうぜ」


「そうだね、早く行こう」


 教室を出ていこうとして――ニーナはふと後ろを振り向き、俺の手を引いて走りだす。

 置いていけないほど、俺が情けない顔でもしていたのだろうか。


 華奢ではない。ぐいぐいと俺を引っ張っていく、力強い手のひらだ。

 それでも、どこかしっとりとした、女の子の手だった。

 

 軍での生活は厳しい。けれど、仲間がいるというのは、悪い気分はしないなと、俺は思った。

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