関兵太 0
「はあ。俺の人生って何だったんでしょうかね。これといって変わったこともなく、大きなことも為せず、終いには交通事故であっさり死んじゃった。何のために生きてきたんだろう」
「おおっと、待て待て待つんだ」
前世での最後の記憶――要するに事故の瞬間を思い出し、ちょっとブルーな気分に浸っている俺に対して、神様は大仰に両手を振って会話の続きを押しとどめた。
慰めてくれるのかと思っていたら、神様の口からそんな言葉は出てこなかった。
「その若者特有の哲学というか、俺って一体何なんだろうとか、生存意義がうんたらかんたらってのは聞いている側からすると極めて面倒くさくてどうでもいいものであるから、一人のときにじっくり考えてくれ」
にべもなかった。神様というのは冷たいものらしい。
「ひどくないですか神様。もう少し慰めてくれてもよくないですか?」
「やだよ面倒くさい。何で自分の時間を使って、ひとさまの悩み事を聞いてやらにゃならんのだ。百歩譲って相手が仲の良い女友達や狙ってる娘だったとしたら、まあしょうがない聞いてやるか、女は人に悩みを打ち明けたがる生き物だからなぐらいは思うかもしれんが、野郎の悩み事なんざ聞いたところで何が楽しいんだよ」
「うわあ。何というか神様って、めっちゃ俗物ですね」
「そういうお前は、ずいぶん女々しいな。そんなんじゃ彼女も出来ねえぞ?」
俺は普通の大学生であるからして宗教とは無縁な生活をしているが、神様というのは何というか、もっと厳かなものであるというイメージがあったのに色々と台無しである。
「神様がいつの時代の方なのか存じ上げませんがね、女々しいとか、女はそういうものだからなって言い方、昨今のご時勢だと男女差別ですよ? つい先日も、女性差別な発言をした議員が大ブーイング食らって失脚しましたし」
「知らんがな。それじゃ神様らしく一つ説教でもしてやろうか。お前、女できたことないだろ?」
俺はぐっと返答に詰まった。いい雰囲気になった女性はそこそこいるが、恋人といえるほどの関係になった女性はいない。清潔感や誠実さには遺漏はなかったはずなのに、あと一押しがいつも足りないのだ。
「あのな、女ってのはな、支配されたがってる生き物なんだよ。あいつら頭じゃなく子宮で物考えるからな、自信満々な男に魅力を感じるように出来てるんだ。理屈じゃないんだよ。お前に足りないのは自信と強引さだ。もっとオラオラ行かないと女は釣れないぞ」
「そんなことはないと思いますけど――それに、神様みたいに女性を蔑視するような発言って、かなり嫌われますよ?」
「んなもん、本人たちの前で出さなきゃいいだけの話だろうが。本質を知ってるかどうかは別の話だ。あのな、よく女が出来ない理由をイケメンじゃないからって卑下してる奴がいるが、あれまったくの勘違いだからな。イケメンは自分に自信があるからモテてるだけで、別に不細工でも堂々と行動してりゃそれなりに女は出来る。本当に顔面偏差値が良くなくてもいいんだよ、雰囲気イケメンだけで」
「そんなもんですかねえ」
所詮この神様は人間ではないのだから、どこまで発言を鵜呑みにしていいか疑問が残る。話半分ぐらいに聞いておく方がいいのかもしれない。
「俺は元人間だよ。といっても、俺の素性を追及するのは無しだ。今回のカケラロイヤルに影響があるわけでもなし、どうすれば人間から神になれるのかなんて考え出されたら面倒臭いからな」
「面倒臭いって、口癖なんですか? 何というか、あまりいい印象を受けませんけど」
「それを言うならお前の何というか、もな。自信なさげに見えるぞ。いいか、自信の有無ってのは女作るにゃ本当に大事なんだ。見た目の清潔感で第一印象、ついでに自信の有無で第二印象、最後に細かい気配りが出来るかとか優しいとか、個人個人の好みの問題っていう第三印象をクリアしてようやくカップルの出来上がりだ。自信過剰すぎてもウザがられるだけだが、お前にゃ足りなすぎる。塩の入ってない料理と一緒だ。ある程度はちゃんと味がついてないと美味くも何ともないだろう?」
なるほど、わかりやすい。神様はしょっぱすぎる料理というわけだ。
「ちゃんと女の前に出るときは塩分落とすよ俺は」
「うわあ」
何というか、ここまで打算とか欲望とかをあけっぴろげにした神様も珍しい。ここまで来るといっそ清々しいかもしれない。よくいえば庶民的な神様だ。悪くいえば俗物である。
「まあそんなわけでな、お前はもうちょっと、自分に自信を持ってだな――」
「――はっ!?」
しばらく俺と神様は男同士の会話に興じていたが、あるとき神様が我に返った。
「今何分だ――? いかんいかん、話し込みすぎた。やべ、めっちゃ時間押してる」
何もない虚空を睨みつけてから、神様はあたふたと俺の方に向き直った。
今までの流れを断ち切るからのように、ぱんぱんと手を打ち鳴らす。
「よし、世間話おしまい。本題に入ろう。転生については一通り説明したな? 特典を選んでくれ」
「何というか、とってつけたかのような今更感がひどいですね」
「うっさい。はよ選べ」
はいはいわかりました、と俺は特典一覧のウィンドウに向き直る。
ぐだぐだであった。
「しかし、いきなり特典選べって言われても、最初の話に戻っちゃうんですよねえ。これからの人生、どういう風に生きていけばいいかってビジョンがなくて」
「何だっていいんだぜ。特典を駆使して出来ないことなんてまずないからな。死者蘇生、永遠の命、宇宙旅行、世界征服。他の転生者の妨害がなきゃ、まず成功する」
「え、そんなことまで出来るんですか?」
宇宙旅行ぐらいであれば科学の力で何とか出来そうだが、永遠の命を実現する特典なんてあっただろうか。この長寿という特典も、さすがに不老不死までとはいかないだろうし。
「詳しいやり方は教えないけどな、多分実現できる。重要なのは想像力だ。例えばそうだな――四次元ポケットを作ろうとお前が考えたとしよう」
「四次元ポケットって。例の未来から来た猫型ロボットのアレですか?」
「そう、アレだ。といっても、アイテムボックス自体がまんまアレみたいなもんだがな。いくら何でも次元を超える理論をお前が知っていてそれを実現できるとは思えないが、似たようなものなら実現できる。例えばお前が自宅を持っていたとして、地下に倉庫となるスペースを作っておく。お前が四次元ポケット的な穴に物を入れると、途中の経路に配置した風の出る魔石によって倉庫に自動的に物が積まれる。出したいときは倉庫内の風の魔石を起動させることによって、四次元ポケットの穴へと物が運ばれてくる。元ネタから比べるとかなり性能が劣化してるが、やっていることはかなり近いだろう?」
「そうですか? 持ち運びとか出来ないじゃないですか、それだと。全然四次元じゃないですよ」
「物の例えだよ。全世界に倉庫へと繋がる地下経路を掘っておけば、ある意味では
どこからでも倉庫に置いてある品物を取り出せる機械になるだろう?」
「ぜんぜん魔法のある世界、ファンタジーっぽくないですよね、それ。現代科学でも出来ることじゃないですか」
「文明ってのは、そうやって進化してきたんだよ。いきなり一足飛びに夢みたいなことが出来るわけじゃない。空を飛ぶ魔法があるなら、魔石にその魔法を篭めて誰でも空を飛べる機械を作れるかもしれない、それが高じたら飛行船だって作れるんじゃないか、宇宙に行くにはどんな飛行船か必要だろうってな。だから、お前が何かやりたいことがあるんだったら、それを実現させるための特典を選んで、ああすればできるかもとか、今は無理だから先に便利な道具を作っておこうとか、そんな風にして頑張るといい。行き着くところまでいったら、不老不死だって何だって出来るだろうさ」
「本人の努力次第、ですか。何というか、投げっぱなしだなあ」
「うむ、精進したまえ――で、早く特典を決めてくれ。無駄話が多いせいで、残り時間があまりない」
「神様が色々喋ってるうちに、もう決めましたよ。はいこれ」
【取得特典一覧】
ウェポンマスター:20
ガードマスター:25
レベル成長促進:20
ステータスマスター:20
痛覚耐性:5
初期レベル増加:5
所持金選択:5
計:100ポイント
「マジか。せっかくの熱弁はスルーか。神様からの有難いお告げだぞ」
「元人間って聞いちゃうと、やっぱり有難味は薄れますねえ。本物の神様じゃないというか、なんだ、同じ人間からの説教じゃないかってなりますよそりゃ」
「くそう、なんてことだ。見るがいい必殺の、有難い神様パーゥアー」
神様はバンザイをするかのように、やおら高々と両手を上げた。
すると神様に後光がさし、放射線状の光輪が出来た。ついでに神様にも陰影がつき、表情が読みにくくなる。
「フハハ、どうだ見るがいい。すごく偉そうに見えるだろう」
ああ、うん。何というか、色々と台無しだ。
「お前のその態度が気に食わないので骨の髄まで神様の偉さを叩き込みたくなる――お前、聞き上手だな。なぜか知らんが、お前と話していると会話がどんどん脱線して収拾が付かなくなる。いかんな、もう本当に時間があまりないのに」
それは果たして聞き上手というのだろうか。
「特典だが――ふむ、割とシンプルにまとまっているな。ウェポンとガードのマスターを取って近接戦闘に特化させ、レベルの成長促進がありな上にステータスの底上げもあり、と。完全な戦士タイプだな」
「結局、転生先でどうしたいかっていうビジョンが湧いてこなかったんですよね。だからまあ、あちらの世界では兵士がエリート職っていうか、高給取りみたいですし、そっちの方向に進もうかなと」
「ふむ、それもまた良しだ。痛覚耐性だけ取ったのは何でだ?」
「魔物と戦うんだったら、怪我だってするでしょう。でも、毎日そんなことをしてたら、絶対傷付くのが嫌になって、戦いたくなくなると思うんですよ、俺。痛いの嫌ですから」
「わからんでもない。安定して魔物を狩るなら、精神安定も必要だからな。痛覚を鈍らせるのは重要かもしれんな」
「あとは一応、俺はカケラロイヤルを勝ち抜くつもりでやるつもりですよ。転生して間もないうちから死にたくはありませんからね。兵士になるっていうのはそういう意味もあります。戦い方とか、戦士としての心構えとか、きっと兵士をやってたら身に付くでしょうから」
「そうかそうか。頑張ってくれ。んじゃま、これらを反映させたお前のステータスがこうだ」
《パブリックステータス》
【種族】人間(転生者)
【名前】ヒョウタ・セキ
【レベル】55
【カケラ】1
《シークレットステータス》
【年齢】21
【最大HP】250(+120)
【最大MP】15(+7)
【腕力】25(+12)
【敏捷】15(+7)
【精神】15(+7)
【習得スキル】
斬術
刺突術
射術
殴打術
盾術
回避術
防具術
《身体能力強化》
《視力強化》
《精力強化》
《レベル成長促進》
『痛覚耐性』
【アイテムボックス】
1t
「もう一つだが――転生先の希望は首都でよかったな?」
「はい、それで大丈夫ですよ。ステータスも確認しました」
「よっしゃ、それじゃあまあ、名残惜しいが転生させるとしよう。個人的に応援してるぞ。ぜひカケラロイヤルを勝ち抜いて、有難い神様からの有難い願い事を有難く受け取りにこい」
「はいはい、激励有難うございます、っと」
「じゃあな、良き第二の人生を。女を口説くときゃ自信だぞ、自信」
早く転生させてください、と俺は苦笑しながら突っ込もうとしたが、その余裕もなく、瞼が重くなってきた。やがて、俺の意識は真っ黒に塗りつぶされた。




