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ヤハウェ 3

 心臓が、早鐘を打った。


「今、何て言ったんですか?」


 俺の聞き間違いでなければ、ソアラ嬢は今すごいことを言った。


 ソアラ嬢の顔色が変わっておらず、昼食のカナッペを笑顔でパクついていたので俺は一瞬耳を疑ってしまった。そんなにあっさり話せるような事柄ではないはずなのだ――しかしソアラ嬢は、やはり口調を一切変えず、のほほんと言い切った。


「だからね、カナン商会が協力してくれることになったよ。情報集めてくれるんだってさ」


「いやいやいやいや」


 キョーシャ君が、よくわからないといった顔をしているのはいい。わかる。

 しかし、カナン商会の協力が得られたというすごさを当のソアラ嬢が理解していなさそうなのは何故だろうか。


「カナン商会って何? すごいところなの?」


 これがキャビア!などと目を輝かせながらカナッペを頬張るソアラ嬢にかわって、首を傾げるキョーシャ君に俺は説明をする。


「この国で五本の指に入る巨大な会社ですよ。日本で言ったら、三菱財閥とかが該当します。主に雑貨や食料品なんかの、店で物を売るという形態の商売において非常に強い力を有している会社なのですが」


「へえ、お兄ちゃんすごいや! 物知りなんだね!」


 弟分のようなキョーシャ君から褒められて、俺は誇らしい気分になった。

 そうだろうすごいだろうと胸を張りかけて、慌てて話を元に戻す。


「そんなことより、どういうことですか、ソアラさん。なぜあなたがカナン商会とのコネを持っているのです?」


「んーふぉね、私が住み込みで働いてる店のオーナーが、そのカナン商会の跡取り息子さんなんです。異世界からの転生者なんだよってことを話したら、限定的にですけど助けてくれるって言ってくれました。具体的には、自分の権限の範囲内だったらカナン商会の通信網とか好きに使っていいよって」


 俺の左右前後に、クラッカーが出てきたような幻視をした。

 クラッカーといっても、カナッペに似た食べるやつではなく、紐を引っ張ると紙吹雪と音が出るあれだ。


 それが、俺のまわりでパン、パパン、と盛大に鳴らされている幻聴を聞いた。


「すごいじゃん」


 魂が抜けたようになった俺は、どうにかその一言を絞り出した。素の口調になってしまっている。


 えへへー、などとはにかみながら、カナッペを口に咥えつつ両手でピースを作るソアラ嬢であった。


「よく、この世界の住人に転生のことを打ち明けるつもりになりましたね?」


 結果論で言えば今回は大成功だったが、これは釘を刺しておいた方がいいかもしれないと、俺は我に返って考え込んだ。だれかれ構わず転生のことを吹聴して回られたら、意外なところで敵ができかねない。そのあたりの危機意識がないほど脳天気な娘なのだとは思わなかった。


「ん、ミハイルさんと一緒で、信用できると思ったんです。大丈夫、彼は口が堅い人ですよ」


 ぐっと俺は返答に詰まった。確かに事情を打ち明けてあるのは俺の執事、ミハイルも一緒である。それを持ち出されると、怒るに怒れない。


「それでですね、具体的にその、カナン商会の通信網で何ができるのか聞いてみたら、なんと伝書鳩を使えるらしいんですよ」

 

「ほほう」


 俺は身を乗り出した。カナン商会がどんな協力をしてくれるか次第で、俺たちのカケラロイヤルはぐっと有利なものになる。


「ヤハウェさんがくれた念話の指輪あるじゃないですか。これって、他の街まで電波? が届くわけじゃなくて、同じ街中ぐらいの範囲までしか通じないんですよね。だから、遠くの街と情報をやり取りするには、わざわざその場所まで街道を歩くなり馬車なりで人が行かなきゃいけないんですけど、伝書鳩を使えばすごい短時間で情報が届くってわけです」


「なるほどね」


 遠くの街と情報がやり取りできるというのは、使いようによっては便利かもしれない。


「でも、他所の街に伝手がない私たちは、伝書鳩が使えても意味ないじゃないですか。そこで、さらにライオット――ああ、さっきいったカナン商会の跡取りです――に伝書鳩の有効な使い方を聞いたら、何と他の街に駐在しているカナン商会の商人が、情報を集めてくれることになったんです」


「情報を、集める――?」


 さらにずずいと俺は身を乗り出した。

 キョーシャ君は話に付いてこれず手持ち無沙汰なのか、椅子に逆さに座って手をぶらぶらさせている。ミハイルに紅茶のおかわりなどを頼んでいた。


「はい。転生者っていう単語とかは配下の商人の人たちにはぼかしてますけど、格好が奇抜だったり、一瞬で物を作ったりするような――つまり特典の使用が疑われるような行為や噂を耳にしたら、連絡をこっちに寄越してくれるようにしてくれたんです」 


「素晴らしい。それは、素晴らしいですよ」


 情報。それは、重要なものである。


 どこの街にどんな転生者がいて、どんな傾向を持って生活しているかがわかれば、どこの誰が危険人物なのか、そしてその転生者がどれぐらいのレベルなのかが大まかにわかる。


「で、早速なんですけど、昨日あたりからライオットに情報を集めてもらってて――

今日、それっぽい人が一人、見つかりました。多分、この人は転生者なんじゃないかなって人が」


「ほう!」


 恐らく俺の顔は紅潮しているだろう。素晴らしい進展だ。

 カナン商会の協力が得られ、そこから情報が届けられているというこの一点だけを取ってみても、この同盟関係を作ってよかったと言える。


 正直、レベルだけは高い用心棒ぐらいにしかソアラ嬢のことを思っていなかったが、思わぬ大殊勲だ。


「えっと、草原街グラスラードにいる、テツオって人がそうなんじゃないかって話です。目に見えるほど強力な精霊を従えてて、見慣れない服を着ていたらしいです。詳しく形状を聞いてみたら、どうも和服みたいなんですけど」


 思わず俺は笑ってしまった。他の転生者から居所がバレないよう振舞うのが普通だろうに、目立つ服装をしているとはどういう思考回路をしているのだろう。


 ともかく、そのテツオという人物は、裁縫スキルと精霊契約スキルをどうやら持っているようだ。


「どうします? 向こうに情報を届けることもできますから、何だったらそのテツオって転生者の人に、同盟に入るかどうか声かけでもしてみますか?」 


「そうですね――いえ、今はやめておきましょう。彼のレベルがどれぐらいかわかりませんから。ただ、将来的には声をかけてみるつもりです。もう少ししたら俺の商売にも余裕ができますので、そうしたら高レベル兵士の護衛を雇って、会談に臨みましょうか」  


 ソアラ嬢とキョーシャ君の二人は、素直にはーい、と言うことを聞いてくれた。

 ソアラ嬢は大手柄だというのに、それを笠に着て面倒な要求をしてくることもない。いい娘である。

 

 俺は社会に出て働いたことはないが、デキる部下を持つ上司の気分というのはこういうものなのだろうか。


「ただ、情報網っていっても、100%転生者をあぶり出せるわけじゃないです。探してくれてるのはあくまでカナン商会の人たちですから、相手のステータスを見れたりしませんしね。なので、目立たないように行動している転生者を探すことはできないんじゃないかなって。例えば、もう首都に他の転生者はいない(・・・)んじゃないかって私は思ってますけど、もしかしたらひっそりと隠れ住んでる転生者がまだいるかもしれません」


「いえいえ、それでも大きな進歩ですよ。素晴らしいです」


 確かに、潜伏というか、目立たない転生者を探せないのは痛いが、それでも情報網のあるとないとでは大違いである。


「――それにしてもソアラさん、良くその、ライオットさんですか? カナン商会の跡取りの人を説得できましたね。結構なお偉いさんなんでしょう?」


 ソアラ嬢を褒めておこうと思い、俺がそう問いかけると、ソアラ嬢はうすく頬を染め、てへへ、とはにかんだ。


「私、告白されちゃって。その、ライオットから」


 乙女の顔をしているソアラ嬢が何を言っているかわからなくて、一瞬固まってしまった俺であった。

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