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ジン 2

「くくっ、くっくはははは」

 

 とうとう、この瞬間がやってきた。

 レースを勝ちぬくための、圧倒的なレベルを、俺は今から稼ぎ出す。


 今日が、国盗りの第一歩目となるのだ。


 事を起こす前に怪しまれてはマズいから、顔を見られないようにローブを羽織って顔を隠していたが、抑えようとしても次から次へと笑いがこみ上げてくる。


「犯罪ってのはやるのは簡単なんだよ、バレねえように隠し通すのが一番難しいんだ。素人じゃあるまいし、成功する前から高笑いとかヤキが回ってんぞ、俺」


 口ではそう言ってみたものの、勘では今回の計画は上手く行く。

 経験上、今回みたいな意外性のある犯罪っていうのは、成功しやすい。


「名物女将の家庭料理が自慢、『メノルカおばの晩御飯』亭はこちらです! 今日の看板料理は、マヨネーズをたっぷり使ったタルタルソースとローストビーフのサラダ! 麦酒エールが進む一品ですよ!」 


「食事どころ『できたて窯』はこちら! 今日は食べ頃のチーズが入ってるよ! 焼きたてのふわふわパンにチーズ、葡萄酒に合うこと間違いないさ!」


「酒場『飲んだくれの兄弟樽』亭、今日の目玉料理は狂猪の腸詰めだ! カリッと焼き上げた表面にマスタードをたっぷり付けて食ってくんな! 腸詰めは赤字覚悟で作ってるからよ、しこたま飲んでってくれよな!」


「暢気なもんだなあ、これから大事件が起きるってのによ」


 ぼそりと呟いた俺の声は、呼び込みの喧騒にかき消される。


 いつだって庶民は脳天気なものだ。テレビで散々、痴漢冤罪だの暴力団の抗争だのと報道されていても、対岸の火事だと楽観して身の危険を感じないらしい。

 我が身に起きて初めて、自分も被害者の一人になり得る犯罪だということに気がつくのだ。


「さて、どのあたりにするか」


 人が、最も密集しているところがいい。

 店がある場所は除外だ。建築物があるせいで人口密度が下がってしまう。 

 

(理想としちゃ、だだっ広いとこ、広場で集会でもやってりゃ最高なんだが――)


 当然というか何というか、そんな都合の良い状況には遭遇しない。

 スポーツの大会か何かで、観客がごったがえしてるような状況でもいいのだが、どうもそういった公式な大会は長いこと行われていないらしい。


 ずっと昔に建てられたらしい闘技場コロシアムは、催しごとが行われなくなり、屋台でファーストフードを買った人々が腰を降ろして食事をする程度にしか使われていない。石段のあちこちに座り込んでいる人がいるが、俺が求めるような密集には程遠い。


「しょうがねえな、やっぱここか」


 俺は、あらかじめ目星を付けておいた場所に移動した。

 首都西区の商店街、その一角にある屋台広場である。


 屋台という障害物が人口密集の妨げとなっているが、それを差し引いてもここは人通りが多い。学校の運動場ぐらいのスペースに、最低限の通路を除いてところ狭しと屋台が並んでいる。

 その日の昼食を買い求めて、広場は人の群れでごった返していた。

 人が多く集まるであろう昼飯時を狙っているせいもあったが、やはり圧倒的な人ごみである。


「うっかり俺のいるところに人が紛れ込んできたら邪魔だし面倒臭ェからな、高台か四方を壁に囲まれたような場所がいいんだが――ここでいいか」


 おあつらえむきに、広場の中心にちょうどいい場所があった。

 古参なのか、板でしっかりと作られた屋台の裏手であるそこは、三方を屋台の尻で塞がれていた。入り口は屋台と屋台の間、身体を横にしてようやく入り込めるぐらいの狭い隙間である。


「ちょいとごめんよ、小銭を落としちまって」


 この狭い隙間に怪しまれないように潜り込むため、100ゴルド銅貨を隙間に落とした振りをする。


 客の対応で忙しい左右の屋台の店員は、俺を気にも留めなかった。


「うし、んじゃまァ、やっていきましょうかね」


 俺は天を見上げる。屋台の屋根で狭くなった、小さな空だ。

 前方には僅かな隙間、残り三方は屋台の壁。ここから、俺の成り上がりが始まる。


「最終チェック、と――よし、MPは問題ねえな」



《パブリックステータス》


【種族】人間(転生者)

【名前】カンタ・ジンナイ

【レベル】63

【カケラ】1


《シークレットステータス》


【年齢】14

【最大HP】160(+80)

【最大MP】31(+30)


【腕力】16(+8)

【敏捷】16(+8)

【精神】31(+15)


【習得スキル】

 隠身

 火属性魔法

 土属性魔法

 魔力抵抗

 魔力貫通


《魔力量上昇》

《身体能力強化》

《視力強化》

《精力強化》

《レベル成長促進》


『痛覚耐性』

『毒耐性』 

『麻痺耐性』

『睡眠耐性』

『石化耐性』

『気絶耐性』


【アイテムボックス】

 4.3t 




 補正値込みで、俺のMPは61だ。消費MP60の終級魔法を一回だけ撃てる。

 

(俺も悪党だが、あの神様も結構なタマだよな。心を読めるんだったら、俺が何をしようとしてるかわかってただろうに、何食わぬ顔して俺に情報を与えやがった)


 俺は、死後の世界、あの真っ白な空間にいたときの、神様との会話を思い出す。 


『なあ神様、レベルアップしたときってよ、ステータスが上がるわけじゃん? 例えば精神が成長したら、その分MPってのは1ポイント、回復するのか? MPが0のときに精神が成長したとして、残りMPが0になるのか1になるのかが知りたいんだけどよ』


『1になる。レベルアップで精神が成長したなら、その分のMPはちゃんと増えるぞ。ついでに言っておくと、レベルアップに必要な経験値は、自身のレベルの値と等しい。そして、生物を倒したときに得られる経験値は、倒した生物のレベルに等しい。お前がレベル30から31に上がるためには、レベル1の生物なら三十体、レベル30の生物なら一体だけ倒せばレベルアップする』


『ほお。確か、転生先の成人男性の平均的なレベルが30だって言ってたよな? 人間を殺しても得られる経験値は変わらないんだよな?』


『そうだな。魔物だろうが人間だろうが、生物を殺せばレベルに等しいだけの経験値は得られるぞ――』


 俺は回想をやめ、閲覧していたステータス画面も引っ込めた。


 すべてのお膳立ては整った。今から始まる虐殺劇が、国盗りの第一歩となる。


「さあ、始めようか――」







【土属性魔法】地母神ドロレスの属性。


終級:大地の咀嚼(チューイングガイア)――自分を中心に、周囲を地割れで飲み込む。


 


 俺は頭の中で、唱えるべき呪文の名前を思い浮かべる。

 すると、俺の全身、頭からつま先まで、ありとあらゆる場所からマナが吸い出され始めた。


(結構、時間がかかるもんだな)


 最大MPが61の俺は、消費MPが60の終級魔法の詠唱が終わるまでに、ほぼ一分かかる。今回の計画のネックは、この詠唱中に他人に姿を見られてしまうと頓挫することだった。

 詠唱中は、ちょっとぶつかられて体勢を崩すだけで魔法の発動に失敗してしまうのだ。


 人の密集地帯で魔法を唱えたいが、そういう場所では人目が多く、気づかれやすい。宿の一室など、完全な密閉空間で唱えても、人口密度が低くて効果が薄い。


 しかし、この三方を屋台に囲まれた狭いスペースならば、俺の要求を満たす。人が多い上に、目立たない。


(――あァ?)


 俺の全身から流れ出ていくマナは、俺の目の前に集まり、人の形を為しつつあった。

 

 身長170cmの俺より、まるまる頭一つ分は背の低い、半透明な人間。金髪三つ編みの少女だ。

 マナで出来ているせいか、彼女の童顔は向こう側が透けて見える。


(なんだ、このロリ顔は――? あァ、こいつが地母神ドロレスとかっていう奴か)


 身体のラインが浮き上がるかのような、白い薄手のワンピース。

 肩口を覆う、露出の少ない服であるのに、僅かなフリルがついたその服は妙にエロさを感じさせる。


(俺はロリコンじゃねェが――こういうのも悪かねえな) 


 あどけなさを残しつつも、どこか挑発的な童顔。とりあえず股を開いときゃいいと思っている、組織の女たちにはなかった品のあるエロさだ。


 金髪三つ編みの少女は、俺から流れだすマナで満ちていくにつれ、透明さは薄れ、だんだんと向こう側の透けない、実体を持った存在へと変わっていく。

 やがて、俺のMPがすっからかんになったころ、マナの流出もまた、止まった。


 ドロレスは上目遣いで、小首を傾げながら俺を見つめた。 

 魔法の発動許可を待っているのだろうか。


「いいぜ、やっちまえ」


 俺の台詞を皮切りに、ドロレスは両腕を左右にうんと伸ばした。

 左右の屋台、その壁がわりの布垂れを押し広げながら、彼女はその小さな唇を開いた。




大地の咀嚼(チューイングガイア)」 




 大地が鳴動した。


 石畳がめくれあがり、ひび割れた。あちこちで、何か硬質なものが割れている音がする。悲鳴がそれに混じった。いくつもの屋台が崩れたり、倒れたりしているようだ。


 俺たち――俺とドロレスが立っているあたりだけ、揺れとは無縁だった。涼しい顔で立っていられる。


 しかし、外は地獄絵図のようだ。もはや立ってもいられないようで、布の隙間から見える外の通りでは、人々が転び、倒れこみ、それが更に人や屋台で押しつぶされ、新たな悲鳴を呼ぶ。


「ははっ――はっはははははは! いいぞドロレス! 何もかも飲み込んじまえ!」


 吠える大地と、広場に満ちる悲鳴に負けぬように、俺は大声で叫んだ。


 俺の叫びに呼応したのか、唸り声のような低く鈍い音を立てて大地が割けた。それも、あちこちでだ。


 地割れに人、土、石、屋台、ありとあらゆる物が飲み込まれる。すぐにその地割れは閉じられ、別の場所に地割れが起きる。そこでも真上にあった物質すべてが穴へと落ちていく。その穴もすぐ閉まる。


 地割れができ、ありとあらゆる物を飲み込み、閉じ、別の場所でまた地割れができ、閉じる。地割れで生まれた穴の真上にあった物は、人であれ無機物であれ、等しく穴に飲み込まれて消える。

 一度地割れが閉じた場所に再び穴が開くことがあるが、以前に飲み込まれた物はそこにはなく、黒々とした穴がぽっかりと口を開けているだけだった。


(なるほどなァ。大地の咀嚼、ね)

 

 俺たちの周囲を囲んでいた屋台も、いつの間にか穴に飲まれてなくなっていた。

 

 未だ大地は揺れ続けている。あちこちで穴ができる、穴が閉まる、その繰り返しに、いつの間にか動くものの姿は少なくなっていった。


「来た――来たぞ来たぜおい!」


 俺の身体に、マナが満ちてきていた。

 この広場にうじゃうじゃといた、屋台に群がる人ごみは地割れに飲み込まれて消えたが、彼らを殺害したことによる経験値としてのマナが、四方八方から俺へと集まってきていた。


「すっげええええ! ひゃっはははははは!」


 まるで濁流だ。


 左から、右から、前から、後ろから、下から、マナの奔流が俺へと吸い込まれていく。ぐんぐんと、力が満ちる。力も、素早さも、精神も、何もかもが強化されていく。


 ちらと、ステータスを見た。レベルがすごい勢いで上がっていく。101、142、176、210、242――。


「まだまだ上がるぜ! ぎゃはっはははははは!」


 一体何人の人間がこの広場にいたのだろう。少なく見積もって五百人、いや千人は下るまい。それら人の群れが死体すら残さず跡形もなく飲み込まれて、経験値と化して俺へと流れこんでくる。


 やがて、ドロレスの魔法は、その効果を切らせ、大地の揺れは収まった。

 俺たちの周囲には、何もかもを飲み込まれ、平たい更地と化した荒野が広がっている。


 あれほどにいた人間も、あちこちに広げられた屋台も、石畳も、何もかもが綺麗さっぱりなくなっている。


 ステータスに表示されているレベルは、400を超えていた。元のレベルが63だったことを考えると、実に六倍から七倍のレベルになったことになる。


「ふゥん? もう少し上がるかと思ってたが――まァいい、欲張るのはいけねえんだ、こういう時はな。とっととバックレて、また別の場所でやりゃあいい。次に魔法を使うときにゃ、もっと効果範囲も広がってるだろうさ。ドロレス、良くやった。また今度呼んでやるからよ」


 小首を傾げたあと、光の粒子となって、ドロレスの姿は宙に溶けて消え去った。


 ほとんどレベルが上がらなくなってきたのを確認してから、俺は隠身スキルを使った。俺の姿がかき消える。

 

(今だ、今が一番危ねェんだよな、顔を見られちゃ元も子もねえ)


 隠身スキルは、自分よりも格下の索敵スキルでは居場所を察知できない。

 つまり、今の俺の姿は、同じ転生者、しかも索敵スキル持ちにしか見えないってことだ。


 俺は走りだす。レベルが上がった恩恵で、走る速度も素晴らしく早い。

 体感だと、時速100kmは出ているのではなかろうか。高速道路を二輪で走っているとき、ちょうどこれぐらいの向かい風を感じたものだ。


(あそこまで行っちまえば――)


 広場の入り口付近は魔法の効果範囲外だったようで、原形をそのままにとどめていた。地震が終わったからか、何事かと集まってきた野次馬が、荒れ果てた広場を前に人の山を築いている。


 あそこまで紛れこんでしまえば、もう俺を追うことはできまい。

 隠身は解けてしまうが、ローブ姿の男などそこら中にいる。犯人が俺だと特定することなどできはしない。


 そして、また別の広場など、人の集まる場所で同じことをやれば、更に俺は強くなっていく。普通に魔物を狩っているだけでは到底実現できない、圧倒的速度でのレベルアップだ。


(呆けた顔しやがって、バカなやつらだ)


 広場の入り口に集まっている人間たちは、誰一人として俺と目を合わせない。

 それもそのはずで、隠身状態での俺は、完全な透明人間だ。地面を蹴る俺の足音は聞こえているかもしれないが、俺の走る速度に対応できる人間などいやしない。

 

 あの群集に紛れちまえば、ゴールだ。


 俺は冷静に走る。人ごみにぶつかる瞬間は隠身スキルが解けちまうし、この速度でぶつかられた奴は死んじまうかもしれないが、そんなものは俺の知ったことではない。


 今、俺は、群集の中に走りこみ――


(これで、ゴール――)




有罪ギルティ




 喉に、すさまじい衝撃を感じた。正面から、何かを打ち込まれたらしい。

 姿を現した俺は、いくらか勢いを減じさせて、人の群れの中に突っ込んでいく。


 といっても、勢いそのままに倒れこんだだけだ。


(何が、起きやがっ、た――)


 声が出せなかった。

 不思議に思って自分の喉を見ると、切っ先を俺の方に向けて短剣が生えていた。


「おごっ――」


 喉に突き刺さった短剣を抜いていいものかどうか、俺は迷った。

 喉をかきむしるように、短剣に手を当てたまま、俺はもがく。自分の意思とは無関係に、俺は倒れこみ、身体は暴れまわっていた。


 そんな俺に、影が差した。


 何者かが、俺を真上から見下ろしているようだ。


 おそらくは、こいつが俺の喉に短剣を突き刺した犯人なのだろう。逆光で、顔がよく見えない。


(何モンだ、こいつ――)


 最後の力を振り絞って、そいつの方へ伸ばした俺の手を、そいつは無造作に払いのけた。そして、俺の喉に刺さっていた短剣の柄を握り、深々と奥へと抉りこんだ。


(ぐぎっ)


 俺の全身から、すでに力は抜けていきつつあった。

 せめて、自分を殺した人間の名前だけでも見ておきたいと思い、俺は脳内でステータスと念じる。相手のパブリックステータスが、俺の前に表示された。


【種族】人間(転生者)

【名前】ルンヌ

【レベル】315

【カケラ】1


(何で、コイツ、こんなにレベルが高い――)


 抜け道めいたレベル上げを行った俺と大差ないほどにレベルが高い理由を、俺はすぐに気づいた。特典で初期レベル増加を取った可能性もあるが、こいつは恐らくそうではない。


(こいつ、俺が大地の咀嚼で得られたはずの経験値を、横取りしやがった――)


 間違いない。人の数の割に、予想していたよりレベルアップが緩やかだった理由が、これだ。恐らく、大地の咀嚼が終わった後に、広場へと隠身状態で侵入し、経験値をかすめ取ったのだ。


 死体から、最も近くにいる人間に、経験値となるマナは流れこむ。

 それを、逆用されたのだ。


(負けた、か)


 つい先週にも感じた、全身から力が抜けていく感触。

 視界と思考には霞がかかり、白いもやが広がっていく。

 

 最後に、俺を殺した奴の顔を拝んでおきたいと思ったが、すでに敵の姿は消えていた。


(上手くいかねえなあ――)


 わずかばかりの悔しさを感じながら、俺は意識を手放した。


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