ジン 1
ぱちりと目を開けると、ぎらぎらと輝く太陽が目に眩しい。
光は強いが、風が爽やかでそこまで暑いとは感じなかった。じめじめと蒸し暑い日本の夏とは大違いだ。
「さてと。急がねェとな」
俺はがばと起き上がると、まずは近くの木陰に隠れて様子を窺う。
付近に人影はなく、他の転生者が送り込まれてきた様子はない。
「っかしいな。首都ってぐらいなんだから、他のやつもここらに送られてきてるだろうに」
十六人もいれば、少なくとも何人かは首都を開始位置として選ぶはずだった。
遠目に大きな城壁と、何やら門のところに人が並んでいるのが見て取れる。あれが首都への入り口だろう。
俺がいるあたりは、色気も何もない田園風景である。首都の門からいくつもの街道が枝分かれしているので、他の転生者の姿を覆い隠すように神様の野郎が転生者を配置したのかもしれない。
「まァ、それならそれでいいんだ。城門のところまで辿り着いちまえば、いくら殺る気のやつだろうが一般人ごとボムるのは躊躇するはずだからよ」
発覚したときのリスクを考えて直接手を下していないが、地球にいたころに何件かの殺人に関与した経験から言うと、この手の殺しで、一番危険なのは最初と最後だ。予期せぬ抵抗が起きる最初と、ひと仕事終えて気が緩む最後に、最も人はミスを犯しやすい。
特に俺は初期レベル増加の特典を受けていないので、いま襲われてしまうと抗えない。複数の転生者がバッティングするようなら誰かを盾にして逃げるか、もしどうしようもない一対一の状況に持ち込まれたら、二枚舌を使ってどうにかするしかないと思っていた。
「へへ、ツイてやがる」
最も恐れていた開幕死は、どうやら避けられたようだった。
「案外、ヌルいんじゃあねえか、この競争」
転生直後でスキルの育ちきっていない現状、それも最も人が集まるであろう首都周辺は、他の転生者を襲うなら絶好の機会、絶好の狩場のはずだ。それなのに、喜び勇んで他の転生者を殺しにかかるヤツがいないってことは、最初から殺しを躊躇しない俺みたいなヤツがあまり参加してないという可能性が高い。転生者をランダムで選んだという神様の言うことに嘘はなかったってわけだ。
一般人が多く混ざってるなら、最初から道を外れた行為を躊躇わない俺の勝率はぐんと上がる。
「そうと決まりゃあ、とっとと街に入って下準備しちまうか」
俺は、遠くに見える街に向かって走り出した。しっかりと舗装された石畳の道を走りながら、懐を探って持ち物の確認をする。
俺の服装は、黒地に白のハイビスカスが咲き乱れたアロハシャツだ。いつもの普段着である。下は腰まわりが伸縮するタイプの短パンで、走るたびにポケットの小銭がじゃらじゃら鳴った。
「ちッ。ピアスやリングは持ち込み不可か。気に入ったデザインだったのによ」
スマホや財布、それに護身用のナイフがポケットに入っていないことに気がつき、ふと手をやると、耳たぶがつるつるした。ピアスが没収されてしまっている。
「ポケットに入った小銭のみでやってけってことか。徹底してんねえ」
左右のポケットから小銭を取り出して表面を眺めてみる。銅、銀、金のコインが何種類も入っていた。表面には見たことのない文字が彫られているが、誰に聞くわけでもなしに、それがこの世界の数字であることがわかった。
「銅貨が1から50ゴルドまで。銀貨が100から5,000ゴルドまで。金貨が10,000ゴルドから、か。要するに銀貨の真ん中から下が小銭で、それから上が万札のかわりみてェなもんか」
様々な硬貨を織り交ぜて、きっちり500,000ゴルドがポケットに入っている。
「くっそ、ンだよこれ?」
小銭をじゃらじゃら言わせながら走るうちに、俺は自分の身体に起きた異変に気がついた。
走るのが遅いのである。身体が重いというか、キレが悪い。思うように足が動かないのだ。
「クロックスのせい――じゃあねェよな。履きなれたサンダルなんだからよ。これはあれか、魔法使うために精神とかいうステータスに偏らせたから、敏捷が低くて動きがすっトロいのか」
成人男性の平均的なステータスが10ずつだと神様は言っていた。
俺は精神が高いかわりに、腕力と敏捷は8しかない。つまり、一般人よりもノロマなのだ。
「くっそ、走りづれえな。こんなんじゃあ喧嘩も出来やしねえ。早いとこレベル上げねえと。街ん中に入ったら、まずはホテルを取って、後は殺しの道具だな。剣とか防具とかって売ってんのか? あとはメシだな、食えるもんが出てくるんだろうな? 金が余ったら風俗でも行くか。人が集まる広場とかも探さねえとなあ――」
やることは山積みである。とにかく、一刻も早くレベルを上げることが重要だ。
効率よくレベルを上げるには、衣食住をしっかり確保することが先決だろう。
「オラ、きりきり動け俺の脚。見ろよあのでっけえ城壁を、でっけえ街を。あの首都が、王国が、全部俺のものになるんだぞ――」
もどかしさにやきもきしながら、鈍くしか動かない脚に鞭を打ち、俺は走る。
待ってろよ、俺の国。




