志村不比等 1
この三日間、僕は地盤固めに時を費やしていた。
首都郊外の地面で目を覚ましてからすぐに歩きだして街に入り、首都を歩き回って地理を覚え、そこそこ安くて清潔で静かな宿を取り、魔物を狩るための資格でもある冒険者ギルドへの登録をするために教会で戸籍の登録をした。
そう、冒険者ギルドに登録するために、教会で戸籍を登録する――この世界においては、戸籍というのは役所ではなく教会で管理するものらしい。
その戸籍がなくては、身元が確認できないため冒険者ギルドへの登録ができないというのだ。
「ようこそ、マナに導かれし旅人よ。お祈りでしたら右手の礼拝堂へ。それ以外のご用向きでしたら、お伺いしますわ」
「あ――ああ。戸籍を、作りに来たんですが。ええと、僕、戸籍がなくて」
この教会を選んで正解だったと、僕は口ごもりながら思った。
治安の悪いスラム街にほど近い、お世辞にも立派とは言いがたいボロボロの教会だったが、教会に入ってすぐ僕を出迎えてくれた修道服を着込んだシスターは、大層な美人だった。
修道服といっても、地球でよく見かけたキリスト教のシスターや牧師が着ているあれではなく、シャツのような下着の上に、一枚布の藍色トーガを身体に巻きつけたもので、顔を隠していないことを除けばどちらかというとイスラム圏の人々のような印象を受ける。
この教会の何がそれほど気に入ったかというと、このシスターが素晴らしい肉体をしていたのである。
全身にゆったりとしたトーガをまとっているので露出はもちろん少ないのだが、布を巻きつけた胸元は隠し切れぬほどに豊かなふくらみをたたえており、僕の目を釘付けにした。
膨張色ではない、黒に近い藍色のトーガを着ているというのに巨きさがわかるというのは、並大抵の持ち物ではない。
「戸籍がないなんて、お珍しい――いえ、はしたなかったですね。気を悪くなさらないでくださいね」
花のように笑い、シスターは古びた椅子から立って、僕を導くかのように前を歩き始めた。
歳の頃は二十前後だろうか、ちょうど女性としての魅力が完成してきた頃合いの彼女は、神に仕えている立場からなのだろうか、黒みの強い茶髪をばっさりと首元まで短く刈り揃えていた。
後頭部は刈り上げに近いほどに髪が短いため、うぶ毛のような生え際とうなじが見えて、匂い立つようである。あのうなじに顔を寄せて、思うさま彼女の髪の匂いを嗅ぎたくなる。
「はぁ、戸籍がない? それじゃあ探索証は発行できませんよ」
冒険者ギルドの受付に座っていた、僕を胡散臭げにじろじろと眺め回してきたあの態度の悪い女とは大違いだ。どうも戸籍がないイコールまともな教育や親に恵まれなかった貧民層の住民か、訳有りで身元を明らかにできない犯罪者であることが多いらしく、そのせいで僕への態度もぞんざいなものだった。
戸籍をどこで作ればいいのかと問うた僕を、まるで犬を見るような目つきで見下した後に、どこかの教会で作ってきてくださいね、はい次の方、と追い返したあの冒険者ギルドのメスはそのうち犯してやろうと思う。
「お差支えなければで結構なのですが――ご出身はどちらの街でしょう? お生まれになった街で戸籍を作らなかった事情は、仰りたくなければお伺いしませんが」
「故郷は、海に囲まれたところですよ。戸籍を作らなかった理由ですか、そうですね――遠いところからここまで、神様に送られてきたものですから」
初対面の人間を前にした僕にしては、珍しく口が軽かった。
「まあ、面白い冗談。それでは、あなたが今日ここへいらしたのは、マナのお導きではなく創世神様のお導きですわね」
ころころと口元に手を当てて笑う仕種も、清楚で品があった。
ヤバい。超可愛い。いますぐにでもその巨大な胸を揉みしだきたい。
「おや、シスターセレス。そちらの旅人はどうされました?」
鼻息を荒くなるのを抑えきれぬまま彼女に付いていった先は、教会の奥にある扉から外に出たところに拡がる畑だった。どうやらここは教会の裏手のようで、掘っ立て小屋のような粗末な家々に四方を囲まれた日当たりの悪い土地だった。
麦や野菜のようなものが植えられたじめっとした黒い土が拡がっている。
「はい、神父フェリオ。戸籍を作るために見えられた方です」
「ああ、そうですか。すみませんが子供たち、少しこの場を離れますね。セレス、今日はあなたの洗礼名を頂いた親神のセレニアス様が司る氷の日なのですから、黙祷を欠かしてはなりませんよ」
畑には、四人の子供と野良仕事をしている一人の神父がいた。
はーい、と元気な返事をする子供たちを慈悲深い眼差しで眺めやってから、神父は僕の前で両手を組んで祈るように頭を下げた。
「この教会を預かる司祭、フェリオと申します。よくお越し下さいました、旅人よ」
「あ、ああ、はい、どうも」
僕が戸惑ってしまったのは、単にあがり性という理由だけではない。
このように他人から真摯な礼をされるというのは、日本の社会においては稀なのではないだろうか。
「戸籍を作られたことがないとお聞きしました。恐縮ですが法で定められておりますので、神前にてその言葉に嘘偽りがないことを誓って頂き、審判の魔法をかけさせて頂きます。もし準備が整っていないようでしたら、後日お越し頂いても構いませんが――」
「審判?」
初めて聞く単語だったので、僕は首をかしげた。
「はい。火と破壊を司る炎帝としてのヘリオス神ではなく、創造神としてのヘリオス様の魔法です」
そう言って、神父は眩しそうに目を細めながら、天高く輝く太陽を眺めやった。
そういえば、僕は魔法の特典を取らなかったので忘れそうになっていたが、火属性魔法と光属性魔法を司る神の名前が、確かヘリオスとかそんな名前だったような気がする。
「審判は、偽証を看破する魔法です。大変失礼な仮定で恐縮ですが、もしあなた――旅人が以前他の街で戸籍を作ったことがあり、意識して私に嘘を吐いていた場合、この魔法をかけられると顔にそのしるしが出ます。このしるしが出ると偽証罪に問われ、罪を購うまでしるしが消えることがありません。余談ですが、教会の司祭になるにはこの魔法の習得が必須でして」
「嘘発見器みたいなものなのかな――ああ、いえ、こちらの話です。ええと、その魔法で真偽を問われるのは、戸籍をこの世界で作ったことがないかどうかという点だけでいいんですか? そこは嘘を吐いていないんですけど、今までの人生で嘘を吐かなかったかと聞かれたらそんなことはないもので」
「ええ、もちろんです。誰しも秘め事の一つや二つがあるものです。本来、審判は身の潔白を証したいときに用いる魔法でして、隠し事を暴くために用いるものではありません。それでは、神前にて」
フェリオ神父に連れられていった先は、礼拝堂とは名ばかりの、質素な部屋だった。
こまめに掃除をしているのか、ささくれこそないものの荒削りな木の椅子が室内に並べられており、神父が説法でもするためのものか、部屋の正面にはやはり安物と思しき机が置かれている。
「祝日である闇と光の日には、この礼拝堂にも人が溢れるほどに旅人がいらっしゃるのですがね。今日は氷の日、ほとんどの方はお仕事をなさっているので、ご覧の通り空いておるのです」
何となく僕が懐かしさを感じたのは、この家具の配置が、学校の教室に似ているためであろう。
正面の机は教卓、人々が座る椅子は勉強机に見えて仕方がない。黒板のかわりに、七角形を描かれた布が掲げられていた。七角形の外周の記号は、よくよく見れば太陽や氷のマークである。
あれがいわゆるキリスト像のかわりのようなもので、七角形の外周に描かれているのはそれぞれの属性の神様のシンボルみたいなものなのだろう。
「炎帝ヘリオスに仕えるフェリオの名に於いて、彼の者の潔白を現さんことを。
審判」
神父が魔法を唱え終わると、彼から流れ出てきた白いマナが僕の回りへとまとわりついてきた。
そのマナが僕の全身へと吸い込まれきったあたりで、フェリオ神父が厳かに宣言する。
「汝、旅人よ。あなたはどの街においても、戸籍を作ったことはありませんね?」
「え、ええ。ありません」
厳密には、日本で戸籍は持ってたからどうなんだろうなと思っていたが、僕の心配は杞憂だったらしい。僕が返事をするや否や、僕の全身に入ってきていた白いマナは霧が晴れるようにすうっと消えていった。
「汝の潔白は神の名の下に証明されました。もう姿勢を崩されて結構ですよ」
にこにこと微笑む神父の言葉に、緊張をほぐした僕は一つ大きく息を吐く。
あとは、フェリオ神父が用意してくれた書類にいくつかサインをして終了らしい。
「そういえば、お代はおいくらなんですか? 戸籍の証明とか、書類代とか」
「お代は頂戴しておりません。書類代などは、国が用意してくれるので元出はかかっておりませんので。慣習としては、教会、ひいては神様への寄進としていくらか置いていかれる方が多く、私どもも有り難く頂戴しておりますが、無理に出して頂かずとも結構でございますよ」
「はあ、そういうことでしたら」
タダで手続きをしてもらったのだ、小遣い程度のはした額ぐらいなら寄付してもいいかと僕は考え、次いでシスターセレスの豊満な肉体のことを思い出した。
すでに目の保養にはなっているし、少し奮発したらあの娘からの印象も良くなるかもしれない。
「むき出しですいませんが、これ、寄付です」
懐から取り出して渡したのは、10,000ゴルド金貨である。日本の貨幣価値にして、およそ二万円を渡したことになる。
「おお、このような篤志を頂戴できますとは――旅人に、マナのご加護があらんことを」
他人と比べても、高額の寄付であったらしい。恭しく金貨を受け取ったフェリオ神父は、深く頭を垂れる。
「神職としては相応しくない態度だとは自覚しておりますが、それでも高額の寄付は心底有難いものです。子供たちを食べさせていかねばなりませんので」
裏手の畑にいた、四人の子供たちのことを思い出した。まだ小学生ぐらいの男女だったように思う。
「神父のお子さんで?」
子持ちだったことが意外だったので、僕はそう問うてみた。
生臭坊主というか、この世界では神父も結婚したり子を持ったりするのだろうか。
「ええ、可愛い子たちです。血の繋がりはありませんがね」
ああ、神の名の下に人類はみな兄弟であるとか、等しく神の子であるとか、そういうやつなのだろうか。
「ここだけではなく他のところもですが、教会というのは孤児院も兼ねるものなのですよ。親を失った子、良き親に恵まれなかった子、家計が困窮して手放さざるを得なかった子を引き取って育てているのです。とはいえ、生きていくには金銭が必要なのは私ども神職も同じです。寄付だけで子供たちを食べさせてはいけませんので、お恥ずかしながら畑仕事の傍ら、このように教会を運営しております。シスターも副業をして働いてくれておりますので、何とか食べていけております。ですので、寄付は大変有難い。子供たちの口に肉と乳が入ります」
「はあ、なるほどねえ」
冒険者ギルドの職員が面倒臭そうに語ったところによると、この首都だけでも十箇所近い教会があるという。
宗教に無頓着な日本人としてはそんなに非生産的な建物を増やしてどうするんだと思っていたが、戸籍管理の上に孤児院も兼ねているとなれば納得だった。
「旅人のお名前はフヒト様と仰るのですね。こちらが当教会にて審判を受けた証であり、旅人の戸籍証明書になります。今後、冒険者ギルドなどで戸籍の証明を求められた場合、この書類を見せて頂くことになりますので、破いたり紛失しないようにご注意を。住所込みで名乗る場合、首都ピボッテラリア南西区のヘリオパスル教会――当教会のことです――所属、なになにの宿逗留中、といった感じで大丈夫です」
フェリオ神父の説明を聞きながら、戸籍証明書となる書類に羽ペンで名前を書き込む。
インクに浸した羽先はすぐに乾いてしまうので、何度もインク壷に先端を浸さなければならず、紙に書き込むときにインク液が多すぎたり少なすぎてかすれたりと大変だった。ボールペンが欲しい。
「道に迷われたとき、神に感謝の祈りを捧げたいとき、教会はいつでも門を開いています。また、いつなりとお越し下さい」
フェリオ神父に見送られながら、僕は教会を後にした。手には丸められた戸籍証明書がある。紙というより、布に近いごわごわした手触りなので、丸めても皺になりにくそうだ。
ともかくも、戸籍は手に入れた。後は冒険者ギルドに登録して、魔物を狩って奴隷を買う金を溜めればいい。
狭くない家も買おう。
さらに何人もの女奴隷を買うためには、神様から特典で貰っただけでは足りないだろうし、稼ぎ口がなければいずれ金は尽きてしまうだろうから、これからどんどん魔物を狩って稼いでいかなければ。
これからの予定を脳裏に思い浮かべつつ、鼻歌交じりで僕は歩く。
青天には雲ひとつなく、僕の華々しい未来を暗示しているかのようであった。
「あ、あの。ちょっといいですか?」
「ん?」
これからの予定を考えつつ、とりあえず冒険者ギルドまで戻るかとぶらぶら歩き始めていた僕は、背後からの幼い声に呼び止められて振り向いた。
「君は――畑にいた子だっけ」
顔に見覚えがあった。教会の裏手で、フェリオ神父とともに畑仕事をしていた少女だった。歳の頃は十一、二といったところだろうか。まだ第二次性徴に達していない、本当の子供である。
「シーリィです。シスターのセレスは私の実の姉です」
ぺこりと頭を下げた顔には、確かに爆乳シスターの面影があった。数年後にはあの体つきになると思えば、将来有望な少女である。
「フヒトです。んでその、シーリィちゃんが何の用かな?」
今日までまるで面識もなく、というより話したこともない少女が後を追ってくるような用件など、思いつかない。何か教会に忘れ物でもしただろうか?
「あ、えっと。私を買ってくれる人に心当たりはありませんか?」
ごく平然とした口調で言われたので、僕は言葉の意味を飲み込むのにしばらく時間がかかった。
誰かに聞かれていたら外聞が悪いなんてものではないので、思わず周囲をきょろきょろ見回してしまう。
「買う、というと――」
「はい、想像通りの意味であってます。えっちぃ意味で私を買ってくれる人を探してるんですけど」
状況を受け入れるまでに少しばかりの時間を要した。
初対面の少女から売春の斡旋を要求されるなんて事態が我が身に起ころうとは思わないもの。
この世界の性はもしかして乱れているのだろうか。
「先に言っておくと、心当たりはないね。そもそも何でそんなことを僕に聞くんだい?」
そもそも入んねえから無理だよ、という突っ込みは心の中にしまっておく。
ついでに言うと僕に少女趣味はなく、好みは豊満な肉体なので彼女はストライクゾーンから外れている。
「あう、そうなんですか。お姉ちゃんを見る目がいやらしかったから、きっとそういう場所にも詳しいと思ったんですけど。あと、お金持ちっぽかったし、女の人が身体を売る場所にもよく行ってるのかなって」
言葉のナイフが僕の心に突き刺さる。
どこからか僕の表情を覗かれていたということも驚きだが、何より子供の発言は遠慮とか容赦がなく鋭い。
「教会の経営、苦しいんです。自分を売って奴隷になれば、いくらかまとまったお金が手に入ると思うんです。口減らしにもなるし、自分を売ったお金は教会にあげて、あそこを出ようと思って声をかけたんですけど」
「はあ、なるほどねえ」
日本人の感覚では自ら奴隷になりたがる人間なんていないはずなのに、どうして奴隷制度が存続しているのか不思議でならなかったのだが、その疑問の一角が氷解した気がする。
貧しい人々が手っ取り早くまとまった金を手にするために、この少女のように身売りをするのだろう。
「私は男の子じゃないからあまりいい値段は付かないんですけど、お姉ちゃんがああでしょ? 数年経てばあんな風になれるかもしれないし、将来美人になるかもしれないし、どうですか?」
「どうですか、と言われてもなあ。でも男の子の方がいい値段が付くっていうのは意外だな」
「男の子の方が力が強いから、畑を耕すために買うんだったらそっちがいいって人が多いんです。それに、魔物との戦いで死んじゃうのは男の人が多いから、男の奴隷はいくらいても困らないらしいですし。だから女の奴隷は、あんまりいい値段が付かないんです。顔とかが良ければ女でも少し値段が上がるんで、そういう方向で買われるのがいいんですけど」
「ふうむ」
少女の表情は真摯で、嘘を言っている様子はない。
正直、僕がこの少女を買ってしまってもいい。先物買いという意味で、だ。
女は大人になると化けるものだ。姉がああなのだから、ほんの二、三年も待てば熟れ始めるだろう。
「そんなに教会の経営、厳しいのかい? それこそ、君が身売りをしなきゃいけないぐらいに。国と提携している施設なら、何かしらの補助金とか出ていそうなものだけど。寄付だけじゃなく、君の姉さんも働いてるんだろう?」
「あそこにいた私たちだけで、子供が全員なわけじゃないですから。水汲みとか薪割りに出ているのが、他に十人ぐらい。それに、神父様は子供が働くのを嫌うんです。空いた時間は読み書きを覚えろって」
ああ、義務教育がないのか、こっちの世界。
「税金のことはよくわからないですけど、チカっていうのにしか補助金が出ないらしくて、あまり国からお金もらえてないみたいです。神父様はお金のことは教えてくれないんで、姉さんを問い詰めて吐かせたんですけど」
チカというのは、地価のことだろう。なるほど、ボロい教会だから補助金も僅かしか出ない、と。
幼い少女の口から問い詰めて吐かす、という言葉が出てきていささか驚いたが、
苦労している分、大人びるのが早いのかもしれない。
「どうしようもならなくなったら、また言いにくるといい」
ぽむ、と少女の頭に手を置く。一瞬少女はびくりとしたが、すぐに安心したようだ。
僕は女が苦手だが、少女に対しては苦手意識がないので普通に接することができるのだ。
「フェリオ神父も、君が身売りをしたお金で孤児院の経営を建て直すことなんて望んでないさ。本当に困ったら、僕が何とかしてあげる。だから、そんなことは気にしないでいいんだよ」
「フヒトさん……」
決まった。完璧だ。
少女から僕への好感度はうなぎのぼりだろう。この少女の口から僕のことが語られれば、間接的に姉のセレスから僕への評価も上がるに違いない。
セレスは、あれほどにいい身体をしている上に性格も良いという、ごく珍しい女である。特典スキルを駆使して強姦するのは難しくないが、そうしてしまうには惜しい。いずれ札束を頬で叩くなりして言うことを聞かせ、僕の女にしたいものだ。
そういう意味では、孤児院の経営状況は悪いままな方が望ましい。そしてどうにもならなくなった頃合を見計らって僕がシーリィとセレスを買い、行く行くは姉妹丼に出来たら最高である。
「また今度、お土産にお菓子でも買って教会まで差し入れに行くよ。だから、早まらないで今日はもうお帰り? フェリオ神父だって心配するから」
「はい、ありがとうございました、フヒトさん」
少女の顔に笑顔が戻ったことを確認し、またね、と手を振って僕は歩き出す。
シーリィを連れまわして飯か菓子でも食わせてやればさらに好感度は上がるだろうが、生憎と僕には用事があるのであまり時間を使ってもやれないのだ。
用事といっても、冒険者ギルドで登録を済ますことではない。それも用事の一つではあるが、これから行くところは、とても彼女を連れていけないところなのだ。
(あの爆乳シスターの身体を見たら、もう辛抱たまらん)
そう、ムラっときた性欲を解消するためにこれから僕が向かう先は――奴隷市場である。
風俗――この世界の言い方だと娼館に僕が行かない理由は二つある。
一つは純粋に無駄だからである。初期投資はかかるものの、奴隷を買って何回も使った方が効率がいい。
もう一つは、病気だ。科学と医療の発達していないこの世界において、性病のリスクはおそらく、かなり高い。罹患する可能性も高いし、それを治す医療があるのかどうかも疑わしい。そもそも肉体に異常が出たからといって、何の病気か検査が出来るかも怪しいものだ。
(ふむ、しかし奴隷市場はどこにあるのだろう)
大手を振って、とまでは行かないものの、奴隷売買というのはそれなりに認知された職業であるようなので、恐らく店を構えているか、専用の市場みたいなものがあるはずなのだ。
しばし街を歩き回り、それらしい店を探してみたのだが見つからない。
商店街らしきところをうろついているのだが、奴隷という字の影も形もなかった。
「すいません、ちょっとお尋ねしたいんですが」
「はい?」
僕は道行く人を呼びとめ、素直に道を聞くことにした。
奴隷売買が違法ならばともかく、ちゃんとした職業なようなので、人に聞くのもそこまで恥ずかしいことではあるまい。
「奴隷の売買がどこで行われてるか、ご存知でしたら教えて頂けないですかね?」
「ああ、それでしたら――」
僕が声をかけたのは、目付きの涼しいイケメンの若者だった。トーガの色が黄色だから、恐らく商人なのだろう。眼鏡が似合っていて、頭の良さを嫌味なくアピールしている。くそ、僕もこんな容姿に生まれていれば前世イージーモードだっただろうに。
「というわけで、奴隷の売買は国の管理下で行われるので、中央区の役所に行かれると良いです。日に二回しか競りは行われませんので、急いだ方がよろしいかと。間もなく午後の競りが始まりますので」
「ご丁寧に、どうも」
要点を簡潔に抑えたわかりやすい説明だった。イケメンで頭も良いとか羨ましい限りである。僕は金の力で女を集めようとしていたが、容姿変更に特典ポイントを使っても良かったかもしれない。
(まあ、ともかく)
場所はわかった。後は現地に乗り込んで、好みの容姿の子を探すだけである。
「さあ、服を脱ぐんだ。大丈夫、最初は痛いかもしれないけどね、優しくするから」
こくりと頷いたアリアは、緊張のためかわずかに震えていた。
これからする行為の知識はあるのだろう、わずかに頬が紅潮していて、それが何ともいえずそそる。
栄養が足りていないのか、身体は痩せていたものの胸はわずかに膨らんでいた。
あえて、身体をなめるような執拗な視線に彼女を晒す。
身体を隠さないように命じられたために、上半身の肌を晒しながら面を背けて耐える様が、僕の欲情を煽った。
「ひっ――」
ねちゃりと、首筋から耳元まで舌を這わす。
もちろん、こんなものは愛撫でもなければ緊張をほぐす意味もない。
ただ、手に入れた玩具が自分のものであると確かめるだけの戯れだ。
一気呵成に剥ぎ取らず、残しておいた下半身の布越しに肉の感触を弄びながら、
充足していく征服欲に僕は満足した。
(いい買い物をした)
何とか奴隷市場の競りに間に合った僕は、このアリアという名の奴隷を気に入って競り落とした。
歳は、日本で言えば女子高生になりたてぐらいだろうか。自分の運命が決まる瞬間を目前にして、身をすくませながら震える彼女を一目見た瞬間、今日はこの娘を買って帰ろうと決意したものだ。
華奢で小柄な自らの身体を抱きしめながら、怯えた目で上目遣いにこちらを見てくる姿は、何ともいえず嗜虐心を刺激する。
手荒く扱い、怯えたところで優しくする。
犬のように首輪を付けて全裸で引きずり回し、外出時はいい服を着せてやる。
身動きできぬように縛り付けて強引に犯し、たまには丁寧に愛撫して絶頂に導いてやる。
メリハリを付けて調教し、俺の言うことに完全服従するように依存を植えつけてやろう。
(さて、そろそろお待ちかねだ)
自らの下半身を触ると、すでに痛いほど屹立していた。
今からこれで、この娘を蹂躙するかと思うと、自然と鼻息が荒くなる。
「今から君は、女になるんだ。僕だけの女にね」
最後の防壁である、アリアの下半身の布に手をかけようとして――しかし伸ばした両手は、宙をつかんだ。
僕の心臓は跳ね上がった。
突然、がさがさっという物音が間近で聞こえたかと思うと、僕の頭に何かが巻き付いてきたのだ。
「な、なんだ!?」
腕。恐らくこれは、腕だ。アリアは僕の前にまだ寝ているから、彼女の腕ではない。見知らぬ誰かの腕が、僕の頭をがっちりと抱え込んだのだ。
「有罪」
一瞬の茫然自失の後、敵に襲われている、と僕が気づいたころには、もう遅かった。振りほどこうと僕が暴れるよりも、闖入者の行動の方が早かったのだ。
耳元で囁かれるのと、僕の後頭部に鋭い切っ先が当てられたのが、ほぼ同時だった。その刃の冷たさに僕の全身は総毛立つが、闖入者はお構いなしと言わんばかりに、その刃先に力を篭めた。
極太の注射器が、後頭部へとめり込んでくる幻想が見えた。
目の前に白い光が弾けたかと思うと、すぐに暗くなっていった。




