神流崎秀也 0
「世の中ね、顔かお金かなのよ――逆から読んでも全く同じ文章、回文ってやつなんだよな。これを考えたやつは天才だと思うぜ。俺の座右の銘にしてるほどだ」
「ふむ」
「やっぱりさ、世の中金だと思うんだよ、神様。愛や品性は金で買えないって言うやついるけどさ、金がある男はモテるし、心に余裕ができて大らかにもなれると思うんだよね」
「享年十六歳の台詞とは思えない台詞だな、それ」
「他の奴が気づいていないことに、俺はいち早く気づいちゃったわけだ。世界は金で回ってる。どんな綺麗事を並べようが、金をどれだけ持ってるかが人間の価値なんだなって。たまたま読んだギャンブル漫画にそういうことが書いてあって、まったくその通りだなと思うんだよね」
「ざわざわしてるあれか。受け売りかね?」
「感銘を受けた、と言って欲しいね。ともかく俺は気づいたんだ。金さえあれば幸せになれる。死んじまったものは仕方がないが、俺は運のいいことに転生できるんだろ? 次の人生じゃ、しこたま金を稼いでやろうと思ってな」
「個人的には君の思想に異論があるが、君の人生だ、好きにするといい」
「なんだよ、神様は金がいらないってのか?」
「私の感性では、美心はとても可愛い女の子だよ――話が逸れたな。別に漫画談義をして過ごすのも一興だが、ここで延々と語るのは君の本意ではあるまい。スキル選択及び、疑義応答の質問タイムは三時間までだ。なにか質問があれば、答えられるものには答えよう」
おっと、そうだった。無駄話をしている暇はない。第二の人生を華麗にプランニングしなければ。こういう転生モノにおいては、初動が肝心なのだ。向こうの世界で原住民が食べたことのない、マヨネーズや化学調味料などの食品で胃袋をつかみ、チェーン店の経営を展開して巨万の富を得る。
そして、得た金を使い、強い冒険者とコネを作り、金で雇う。
世界征服の暁には、俺が王様、いや天皇として君臨し、美女たちに囲まれながら悠々自適の隠居生活をしよう。
「そういえば神様さ、向こうの世界の人らって日常的に魔物と戦うんだろ。ちゃんと強いやつは強いのか? あと、俺たちは平均的な一般人と同じぐらいの強さっていうレベル30で向こうに転生するって言ったけど、一般人じゃなくて、普通の兵士の能力ってどれぐらい?」
金で雇える戦士が、他の転生者の足止めにもならないほどに弱いと、金を稼ぐ意味が薄れてしまう。
「まず、普通の兵士の詳細から説明しておこう。彼らは志願制で、体力テストをクリアできる健康な成人なら男女問わず入隊できる。そして、大部分の兵士は伝令や見張りといった雑務に回されるな。他の生物を殺さなければマナは吸収できないから、レベルが上がることはない。そういった点では、君らが転生した直後のレベル30というのは、普通の兵士たちとも大差ないレベルであると言える」
「あれ? 今の話を聞いている限りじゃ、普通の兵士って弱いんじゃ?」
「レベルが上がったときの成長と比べると微々たるものだが、筋トレなんかの訓練でも身体能力は向上するぞ。転生者はレベル30、言い換えれば合計30点の基礎ステータスを持って転生するが、同じレベル30でも、鍛錬に余念のない兵士なら30点以上のステータスを持ってることは有り得るだろうな。ただ、現地の兵士は訓練によって剣術スキルなんかを習得しているだろうが、それは初歩だけだ。もし転生者が戦闘に使える技能――例えば剣術スキルを取得した状態で彼らと戦ったら、
一対十でも転生者が勝つだろうという程度だな、現地の兵士は」
「くっそ弱いじゃん。そんなので魔物から国を守れるのかよ?」
「地球とは軍隊のあり方が違うんだよ。数の力じゃなく、個の力で魔物と対抗するのが普通なんだ。魔物との戦闘を担当する兵士はエリート扱いをされる。誰でもなれるってわけじゃないが、エリート部隊の兵士になると、見張りなどの雑務はせず、ひたすら魔物と戦い続けてレベルを上げるんだ。熟練のエリート兵なら、一人で一般兵何百人と戦っても勝てたりする」
「なるほどねえ。そういうのを雇えたら一気に有利だな。金で雇えるのか?」
「それは本人たちに聞けよ。エリート兵は軍属の扱いだが、進退まで縛られてはないから仕事辞めて俺のところで働いてくれって持ちかけるなり、休日に雇いたいって声をかけるなりするのは自由だ。ただ、彼らも人間だからな、彼らにも選択の権利はあるぞ?」
「それもそうか。まあ、世界征服に金が役立つってわかっただけでじゅうぶんだ。他の転生者に歯が立たないほど現地の兵士が弱かったら金を稼いでも意味がないからなあ」
俺は、神様がくれた電卓に取得するスキルを入力していく。
「商売の元出は必要だからな、所持金選択にもいくらかポイントを振らないといけないし――なあ神様、この家格選択ってのは、最初っから貴族に生まれたりとかそんなのか?」
「そうだ。ただ一つ言っておくと、それなりに家格選択は必要なポイントが高いぞ? 家族のいない状態で、家持ちで転生するってことだけは確定してるが、それ以外の条件は俺と相談になるな。例えば貴族の家格を選択するなら、それに見合った屋敷と使用人がいないと不自然だろう? その分他のやつより有利になるわけだから、ポイントもごっそり貰わないとな。小さな家を持つだけの平民出身だったとしても、10ポイントは貰うことになるだろう」
「家族のいない貴族ってのもなんか変な話だな。そもそも現地の貴族ってどんな存在なんだ?」
「まず、国家のありようとしては地方分権だな。首都には国王がいて、大臣がいて、政府がある。その国王が、有力な貴族を地方に出向させて遠方の街を治めるわけだ。初代国王がいかにして人間をまとめあげたかなんて歴史は聞いても面白くないだろうから省くが、貴族っていうのは初代国王の仲間や協力者の末裔だな。建国にあたって功績があったから、子々孫々に至るまで特権階級にしてやるっていうのが貴族の成り立ちだ」
「あんまり貴族っていいイメージがないんだよなあ。こう、選民思想に凝り固まって贅沢をする人種というか」
「貴族も人によりけりだからその点はノーコメントだ。それで話を戻すと、だ。貴族っていうのも代を重ねると子孫が増える。恩賞として、各街の統治権と広大な農園、数多くの奴隷を初代国王から貰ってるが、その権利を子供たちに分けてやるわけにはいかんだろ? 大体の貴族は子沢山だし、それらにいちいち領土やらを分けていたらいつかはなくなっちまうわけだから。本家と分家で、貴族には明確な序列の差があるんだ。もし大量の特典ポイントを払ってでも貴族として転生したいなら、当主の息子ではあるけれども、跡目争いには関われないぐらいの末の息子として、って感じになるかな。母親は身分が低くて死亡済み、手切れ金代わりに屋敷を一個ぽんとくれて、名前だけは一族を名乗ってもいいよ、ってところか」
「ふむ。特典ポイント的にはどれくらい払えばそうなれるんだ?」
商売を始めるにあたって、貴族のお墨付きというブランドはかなり使えるはずだった。
客だって、貴族が後ろ盾だとわかれば、商品が良いものだと思い込みやすいだろうし、商売敵に変な因縁をつけられることも減るだろう。
「50ポイントじゃ安いかなあ。身分証明に加えて社会的な地位が保障されるし、最低限の現金だって蓄えてるだろう。屋敷自体の大きさで変わってくるだろうが、まあ一族を名乗らせる以上それなりの家をくれるだろうし、60や70は特典ポイント貰わんとなあ。まあ相談次第だが、かなり高いとだけ言っておこう」
「詳しいポイント数、決めてなかったのかよ」
「身分証明がわりに平民出身を選ぶ転生者がいるかもとは思ってたが、正直なところ貴族の出ってところに興味を示すやつがいるとは思ってなかったからなあ。どんな環境下で転生したいかなんて人それぞれだし、希望者がいればその時に考えよう程度に思っていたよ」
「まあいいや、オーケー神様、俺は貴族として転生したい。屋敷の大きさは最低限でいい。使用人もゼロでいい。商売の元手にしたいから、現金はそれなりに欲しい。農園みたいな、屋敷以外の領地はいらない。この条件だと何ポイントになる?」
「まず、使用人がゼロっていうのはダメだな。ちょいとお前の思考を読んだが、要は貴族としての看板が欲しいんだろ? 本家としても、一族を名乗る以上、最低限の暮らしはしていてもらわないと貴族としての家名に傷がつくって考えるだろうから、狭い家に使用人なしで貴族を名乗るのは不可だ。よって、貴族を名乗りたいなら、そこそこの屋敷と、最低一人の使用人は必須だ。日本人の感覚でいうと、広めの庭付き、立派な一戸建てに召使い一人、ってのが最低ラインだな」
「仕方ないな、それでいい。可能な限り土地や建物の資産評価額は低くして、使用人は一人だけ。現金はそうだな――日本円にして500万程度もあればいい。この条件でどうだ?」
「屋敷は現地価格だと三千万ゴルドぐらいかな、一人の使用人は同等の奴隷を買ったときの金額で査定して、現金とあわせて五百万ゴルドぐらいか。特典ポイント1あたり五十万ゴルドを全転生者にくれてやってるから、これだけで70ポイントだな。さらに貴族としての身分保証がされてるから貰うポイント数も値上げしたいところだが――大量のポイントを消費するっていうデメリットを考えてそこはおまけしてやるか。今言った通りの条件なら、70ポイントでいいぞ」
「よし、それでいいや。残りは30ポイントだが――遠距離に移動するための魔法って何かあるか? テレポートで一気に目的地まで到着できるような魔法とか」
「ない。瞬間移動系の魔法はあえて作らなかった。移動速度が上がる魔法としては、風属性魔法の浮遊が該当するな。風を身にまとって空を飛べるようになる。速度は魔力依存で、飛行状態を維持するなら二分ごとに詠唱時と同等のマナが必要になる。他には、ステータスを底上げする光魔法の祝福も、一定時間敏捷が上がるから、まあ該当するな。あとは闇属性魔法の夢魔召還ぐらいか。馬型の魔物を召還できるから、騎乗して移動することができる。これもやはり、二分ごとに維持のためのマナを使わないと消えるがな」
「その中からなら、風属性魔法がいいな。それと料理スキルは確定だ。これで残り16ポイント。もし現地に冷蔵庫がなければ自分で作らないといけないか。神様、現地に冷蔵庫ってあるか?」
「あるぞ。木箱の中に冷気を発生させる魔石を組み込んだだけの簡単なものだが。細工屋を探せば売ってる。日本の感覚と大差ない値段で買えるはずだ」
「じゃあ、氷属性魔法は取らなくていいか。食料品の腐敗対策はしなくていい、と。長いこと王権を握るなら、健康体と長寿の二つは取っておきたいな。これで残り6ポイント。いっそライフスタイルマスターごと取得してもいいが――5ポイント追加で払う価値はないか。6ポイントで取れる特典はどれも微妙だなあ。雇ったベテラン兵士を強化するって点で、統率強化スキルはありかな? 神様、このコマンダーマスターってどういう効果?」
「統率スキルは、集団を指揮するときに、どういった指示を出すのが最適かが直感でわかる。いわゆる、指揮官の才能だ。軍勢強化スキルは、自分の属している集団、一人一人の性能を上げる。レベルを5%上昇させたのと同様の強化が、全員にかかるな」
「それは強いな、魅力だが――風属性魔法の消費MPを聞いてからにしよう。浮遊の効果時間と消費MPはどんな感じ? それと、どれくらい早く飛べるかも」
「魔法の消費MPは、すべての属性で共通だ。例外はあるがな。これを見るといい」
神様が腕を振ると、新たなウィンドウが俺の目の前に展開する。
作級:総魔力量の1%。発動保障MP1。
矢級:総魔力量の4%。発動保障MP4。
色級:総魔力量の8%。発動保障MP8。
範囲級:総魔力量の15%。発動保障MP15。
召還級:総魔力量の25%。発動保障MP25。
属性級:総魔力量の35%。発動保障MP35。
終級:総魔力量の60%。発動保障MP60。
「終級を例にとって説明しよう。発動保障MP60というのは、MPが60ないとその魔法は唱えられないということだな。左側に書いてある総魔力量60%というのは、もしお前の最大MPが500あるのなら、300MPまで終級の発動に費やせるということだ。その場合の効果は、60MPを使って唱えた魔法と比べ、おおむね5倍の威力を誇ると考えてくれればいい。注ぎ込む魔力量は自分が任意で調整できる。魔法を詠唱するときには、身体を巡っているマナを一箇所に集めて解放する必要があるのだが、途中でマナの供給を打ち切って魔法を発動させることが可能だ。その場合、詠唱時間を短縮することができる」
「なるほど。つまり、同じMP60を消費して終級とかいう魔法を撃つときに、魔力量が高ければ高いほど、詠唱時間を短縮できるというわけか?」
「その通りだ。発動保障ギリギリの魔力しかないやつが詠唱したときに、詠唱に必要な秒数は消費MPと等しい。最大MP60のやつが終級を詠唱したら、60秒必要だ。MPが600ある人間が60MPだけを使って終級を詠唱したら、必要な時間は十分の一、6秒で済む。フルパワーの360MPを使って詠唱したら、36秒だな」
「仮に、ものすげえ魔力量の高いやつが矢級とかを使ったら、秒間何百発も詠唱できるのか?」
「無理だな。魔法の詠唱完成時に、魔法の名前を口に出す必要がある。どれだけ早口だろうと、一秒間に一発撃てるかどうかだろうよ」
「魔法の仕組みはよくわかった。つうことはあれだ、MPが低いと、浮遊の魔法とかを使っても大して飛べないってことなんだな?」
「その認識であってる。浮遊とか祝福とか、一定時間で効果が切れるような魔法は、ほとんどが二分間しか使えないな。二分が終わった時点で、もう一回分のマナを消費すれば、再詠唱の必要なく効果を維持できるが。それと浮遊の飛ぶ速度だが、発動保障分のMPを費やしただけだと、スズメの飛ぶ速度よりちょっと遅いぐらいだな。全力で走る人間と変わらん」
「仮に、特典ポイントを6点、初期レベル増加に支払ったら、何レベルぐらい上がる?」
「一律で1ポイントあたりレベル5、上昇する。30レベル追加されて、60レベルスタートになる」
「初期ステータスの割り振りは、こっちで決められるのか?」
「いいや。バランス型にするか、一点特化型かを選んでもらっている。バランス型の場合は均等に10が3つ、一点特化型の場合は8、8、14の割合だな」
「ふむ。一点特化型の方が良さそうだな。レベルが上がったときもその割合で上昇するのか?」
「レベルアップまでの間、どんな行動をしたかで成長の方向性は変わる。魔法を多く使っていれば精神が、筋肉を多く使う作業をしていれば筋力が上がりやすい。ある程度のバランスは保つから、魔法ばかり使ってるやつが100レベル上げたとしても、精神は50上がるかどうかだろうが」
「オーケー神様、この割り振りでいいぜ。俺を異世界に送ってくれ。転生先は首都で頼むよ」
俺は電卓に100ポイントをきっちり入力し終え、神様に転生を促した。
【取得特典一覧】
風属性魔法スキル:7
料理スキル:7
『健康体』:5
『長寿』:5
家格選択:70
初期レベル増加:6
計:100ポイント
《パブリックステータス》
【種族】人間(転生者)
【名前】シュウヤ・カムルザキ
【レベル】60
【カケラ】1
《シークレットステータス》
【年齢】16
【最大HP】160
【最大MP】28
【腕力】16
【敏捷】16
【精神】28
【習得スキル】
風属性魔法
料理
『健康体』
『長寿』
【アイテムボックス】
4t
「わかった。では、そろそろ転生させるとしよう。特典をステータス画面を反映させたから、最後に確認しておけ。この内容で転生させて問題ないか?」
「あ、最後に名前だけ変えさせてくれ。これから世界を征服するのに相応しい名前に変えるから」
「それは向こうに転生してから、自分でステータス画面をいじれば好きに変えられるぞ。極論すると、ステータス画面の名前欄を日替わりでころころ変えても問題ない。どうせ転生者同士でしかステータス画面は見れないわけだからな」
「オーケー神様、わかったぜ。俺はあっちの世界で神様って崇められるぐらい偉くなってやる。俺の名前は今日から――ヤハウェだ!」
キリスト教の唯一神にして、神の子イエスにとっての父。天地万物の創造者、全知全能の神聖四文字。
ヤハウェこそ、転生先での俺の名乗りに相応しい。
そんな俺の宣言を聞いて――なぜか神様はがくりと肩を落とした。
いくら神様って言っても、ヤハウェよりは偉くないだろうから、ビビったのかもしれない。
「すげえなお前。さっきの天皇になるって発言のときも思ったが、この短期間にそれだけ敵を作れるのはある意味才能なんじゃないか? 今ので軽く二十億人は敵に回したと思うぞ。しかもお前、なんとなく格好いいから名乗ってるだけで、キリスト教を詳しく知ってるわけでもないだろ?」
「いいんだよ。あっちの世界じゃ、奴隷制度だってあるって言ったじゃん。権力を握ったら、俺は奴隷解放宣言を出すんだ。数え切れないほどの人間を救ってみせるっていう意気込みだよ。そしたらさ、神様みたいなもんだろ。どうせだったら、一番偉い神様の名前を名乗っておきたいからな」
「まあ、お前の人生だ。好きに生きればいい」
「そうする。ヤハウェ、行ってくるぜ! 神様、ちゃっちゃと転生してくれよな!」
「ああ、ああ、そうするよ。また会えるといいな。じゃあな」
神様が投げやりにひらひらと手を振ると、俺の意識は暗転していった。




