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花咲侠者 1

 ぱちりと目を開け、仰向けに寝転がった状態から、上半身だけをむくりと起こす。そのまま、しばらくぼけーっと景色を眺めていた。


 異世界で初めて見たものは、たどたどしい開発しかされていない、のどかな田舎のような風景である。転生直後は首都の間近で起こすと聞いていたので、こんなに牧歌的な田園であっても、もっとも先進的であろう首都のすぐそばなのだろう。開発の行き届かなさが忍ばれた。


「あっれー?」 


 俺は自らの心の内に湧いた疑問符を、あえて口に出してみた。


 あれほど前世では漁色に走った俺だというのに、身寄りもなく、恋人も家族もいない、この孤独な現状において、女を作らなければという半ば強迫観念じみた欲求が湧いてこない。


 別に一人なら一人でもいいや、と割り切ってしまえている。

 

「おっかしいな」


 はっきり言って、これは異常である。


 自慢ではないが、前世において、俺は常に多くの女性から愛情を注がれていなければ不安になる性質だった。愛薄き家庭で生まれ育ったせいだという自己分析は出来ていたが、分析ができたからといって欲求が減るわけでもなく、常に多くの恋人たちに囲まれていなければどうも落ち着かなかったものである。


 それがなんと、今は一人でも大丈夫なのだ。進歩とかいう次元ではなく、変貌であり革新であった。


「そっか、千尋のおかげか」 


 なぜなのかとしばらく自らの心の内に問いかけ続け、俺は一つの結論を得た。


 俺は、いつも本当の愛情というものを欲しがっていた。父にも母にも必要とされていなかったから。そして、どれほど愛情を言葉で告げられようと、ベッドでかわるがわる肉体を交えようと、心の底から愛情というものを信用しきれなかったから、多くの女性たちに囲まれることで、俺はこんなにも愛されていると自分を騙そうとしていたのだ。


 しかし、自分の死後に、恋人の一人である千尋が、俺の遺児と残した恋人たちを守っていってくれると言う。本当に俺は愛されていたのだと、すとんと心の隙間に何かが埋まるごとく、俺は納得したのだ。


 俺が求めていた空白は埋められた。もはや、多数の女性に囲まれていなければ安心できないということはない。


「なあんだ。もう叶っちゃってるじゃん、俺の夢」


 こっちの世界でもハーレムを作るんだ、と意気込んで特典を貰ってみたものの、それらを活用して恋人を増やそうなどという気分は、あの青空を流れる風と同じように、すっかりどこかに流れて見えなくなってしまっていた。

 

「ま、とりあえず街に向かってみますかね。特にやることもないし、カケラロイヤルとやらに参加するつもりもないけど、余生を過ごすなら趣味の一つと家の一件は必要だろうし」


 てくてくと歩き始めつつ、自分の独り言を改めて呟いてみる。


 余生。


「そっか。余生なんだな、今の俺。やることやって、隠居したお爺ちゃんだ。はっ、はははははは」 


 発作的な笑いがこみ上げてきて、誰もいない石造りの街道の上で、馬鹿みたいに笑い転げた。


「せっかく特典で若返ったってのにな。精通直後の、下手したらランドセル背負ってるみたいな歳で、老後か。はっはははは、ばっかみてえ。あははははははは」


 こみあげてくる笑いが止んでから、にやにやしながら俺は再び歩き出す。


「まあ、それもいいか。のんびりのんびり。水が流れて雲が行くが如し、ってな」


 どこかから、川のせせらぎも聞こえる。空には雲だって流れてる。

 ときたま、しゃっくりみたいに不意に訪れる笑いをこらえずにぐふぐふと笑いながら、俺は眼前に広がる巨大な城壁都市へと向かって歩み続けた。 

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