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花咲侠者 生前

 花咲侠者はなざききょうしゃの死因は、刺殺である。加害者は恋人のうちの一人だった。


 端的に言ってしまえば痴情の縺れであるが、彼ばかりを責めるのは片手落ちであろう。彼は異性と付き合う前に必ず、自分にはハーレム願望があり、多くの女性を侍らせたいと宣言してから口説き始めるからである。多数の女性を交際を持っていることを、彼は一度たりとも隠したことはない。  


 彼は、より多くの愛情を受けることを幸せと感じる男だった。

 親からの愛情が薄い家庭に育った反動だと自己分析をしていたが、ともかくも多数の女性と遊び、多数の女性と寝室を共にし、多数の女性に囲まれながら縁側気分でごろごろするときに至福を覚えるのだった。


 現行法で重婚が認められていないため、彼は誰とも正式に夫婦にならず、籍も入れなかった。とはいえ彼が女性の扶養義務を怠ったかといえばそうではなく、経済的に依存したがる女性とは一緒に住んだし、自らの子を産んだ相手に対しては、しっかりと父親であると認知もした。


 彼は精力的な男であった。それは下半身もそうであったが、自分を取り巻く環境を整えることにも全力を尽くした。


 彼の享年は三十四歳であったが、その時点で多くの家族が住み暮らすための広い一軒家とそれなりの貯金、そして週休二日制の定職を持っていた。


 これらの財産と身分を得るために、彼はそれなりの苦労をした。

 まず、学生時代は猛勉強をした。といっても、大学に行くつもりはなかった。学費が払えないからである。彼の実家は貧乏であり、その上に半ば絶縁状態であったため、援助は期待できなかった。


 彼が目標としたのは、英語力である。学校に通い、放課後はバイトをし、深夜に勉強をこなした。その上で、ある意味では彼の本業ともいえるハーレム作りにも余念がなかった。多忙な中、時間を割いて彼はデートやお泊りを楽しんでいたものである。睡眠時間の平均は三時間を切るほどであった。


 彼は高校三年の卒業時において、英検の準一級と、TOEIC900点という資格を得るに至った。彼を「キョーシャ、キョーシャ」と呼んで慕うガールフレンドのイギリス人がその成功に寄与していたこともあるが、そうであったとしても侠者は実によく努力したものである。

 

 彼は高校を卒業するや否や、就職活動を開始した。目標であった高級取りの一流企業には、意外とすんなり入れた。


 彼は履歴書に、自分のハーレム願望について書き、その目標達成のために英語の資格を取り、現在四人の女性と付き合っていて、全員を養うための安定した休日と給料が欲しいと包み隠さず申告したところ、採用担当の目に留まり、最大手の化粧品メーカーの営業部門に就職することに成功したのである。


 営業は彼の天職であった。多くの女性と付き合った経験から、コミュニケーション能力は高く流行には敏感であった。主な顧客となる女性との接し方は堂に入ったもので、彼の手がける案件は軒並み好成績であった。


 なお、出世については堂々と拒否したので、彼を採用した人事担当者でもあった上司は苦笑いしたものである。

 出世したら休みが減ると公言し、残業と休日出勤は恋人たちと過ごす時間が減るから嫌です、と言い放った彼は、生来の人徳もあって、上司からも同僚からも嫌われることは少なかった。勤務時間中は誰よりも精力的に仕事をこなし、結果を出し、その上困っている同僚を助ける余裕まで見せるのである。彼は代えの効かない重要な戦力であった。


 結局のところ、営業主任補佐かつグループリーダーという、責任の薄い現場の司令塔的な役割に収まり、彼は結果を出し続けた。出世レースから外れているにしては高い給料を貰い、しっかりと週休二日は譲らなかった。


 都心に通勤可能なベッドタウンに、ローンを組んで広々とした一軒屋を買ったのは彼が二十四のときである。今まで待たせ続けていた女性たちをそこに住まわせ、侠者はハーレム街道を驀進し続けた。仕事絡みで関係を持った女性も増えていたから、十人近い大所帯での生活である。


 生活費を入れる自立志向の女性もいたから、それだけの人数であっても、金銭面は意外と余裕があった。家が広いということで家事もそれなりの量になるため、専業で家事を行う女性と外で稼いでくる女性、役割分担することでちょうどいい配分になるのである。


 広大な家に多くの人間が住むとなると、規律が必要になってくる。侠者はそのあたりも抜かりなく、古参のハーレムメンバーで姉御肌の人間にまとめ役をさせつつ、自分は女たちを平等に愛した。


 釣った魚に餌をやらない男もいるが、彼はそうではなかった。愛情に濃淡が出ないよう、日替わりでローテーションを組み、しっかりと全員を愛しきっていたし、新たに口説きたい女ができたときも、既存の恋人たちとの間で不平等が出ないように全員をしっかりと構ってもいた。


 彼の失敗は、見えている地雷を処理しきれなかったことである。 

 彼が三十四のときに新たに口説いた女性は、いささか独占欲が強く、そして精神が不安定であった。彼女の幸薄さを哀れんだ侠者は、ハーレムであることを説明し、了承を貰った上で彼女を家族の一員に加えたが、彼女は自分が捨てられるかもしれないという妄想と独占欲をこじらせ、侠者と二人きりのデート中、彼に睡眠薬を盛った上で馬乗りになり、侠者の腹部を滅多刺しにして殺害した。


 広大な一軒家と二台の車、それなりの額のローンと、借金を数年は払っていけるほどの貯金と、八人の恋人と六人の子供を後に残して侠者は世を去った。なお、恋人たちの後追い自殺に関しては、先述の姉御の必死の説得により、食い止めることができた模様である。

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