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望月素新 0

「お前もまた、ずいぶん変わったメンタルしてるなあ」

 

 神様は呆れ顔で私にそう言った。自分では変わっているとは思わないが、受け取り方は人それぞれだろう。


 すでに、転生についての一通りの説明や注意事項を聞き終わり、いざ特典スキルを選ぶという段階になっている。

 どのように次の人生を送りたいか問われたので、異世界でつつましく生きていきたいと告げたところ、私の心の奥を読み取って、神様は呆れ顔をしたのだった。


「私の考えていること、そんなに変ですか? 真っ当に努力して生きていくって、素晴らしいことですよ。突然力を与えられたからといって、現地の人々を踏みにじっていいかは別問題です。何もなければ、私は特典なんかに頼らず、地味に堅実に生きていきたいです」


 私は地球で生きていたころに、労働の尊さを知った。他人から与えられた力で、楽して生きていくのは、なんだかズルみたいで嫌だった。

 世界が平和で、私は特典なんかを使う機会もなく、額に汗の粒を浮かせながら一生懸命働いて、平凡に生きていく。私にとっての理想だ。


「一理あるが。それにしても、せっかくの特典を、そんな動機で眠らせておくやつがいるとはなあ」


「使う機会がなければ、それに越したことはないですよ。平和が一番です」


 私の心中を覗き込むようにじっと眺めていた神様は、やれやれとばかりに肩をすくめる。


「まあ、そうしたければそうするがいい。俺としては干渉しない」


「そうしてください。ところで神様、一つ質問があります」


 転生に関する説明を受けている最中に浮かんだ疑問を、私は口にした。


「話を聞く限りでは、元からいた貴族の子供になれたり、現地で家や土地を持っていることにできたりと、転生先の世界に神様は干渉できるようですが、それっておかしくないですか? すでにあるものを改変すると、自分以外の世界すべてに影響を与えてしまいません? 時間遡行ものの本か何かでそういう話を聞いたことがあるのですが。バタフライ効果でしたっけ?」


 私が気になったのは、まずそこだった。どうも転生することは強制らしいが、私が転生することによって、いたはずの人がいなくなったり、すでに存在する生活を壊すようなことは避けたい。


「博識だな――転生者をリングワールドに送り込むことによって、どの程度の影響が及ぼされるのか、それは俺にもわからん。転生者が現れた時間軸と、転生者が現れない時間軸では、それぞれ様子が異なってくるだろうとは思うが。君らが転生することで、生まれるはずの人物が生まれなかったり、あるいは生まれなかったはずの人物が生まれるかもしれない。率直に言えば、そういった影響については、考慮していなかったな」


 考慮していなかった、という台詞に、私はぴくりと反応する。

 現地の人たちに重大な影響を与えるかもしれない世界の改変をするというのに、そこを考慮していないと彼は言い切ったのだ。


「例えば、特典ポイントで家を貰ったとします。そうすると、本来その家に住んでいたはずの人はどうなるのでしょう? 消えてしまうのですか? 存在自体をなかったことにされて」


「そこらへんを厳密に説明しだすと非常に長くなるので、出来れば御免蒙りたいんだが。簡単に言うと、全ての転生者が特典を決め終わった段階で、それを既存のリングワールドに上書きする。自然とその状況になるように時間を巻き戻して原因と結果から再編成するのではなく、概念自体をいじっている。特典に相応しい状況に、世界の方が改変されるわけだな」


 よいしょっと、などと呟きながら、神様は宙にあぐらをかいて煙草に火を付けた。


「要するにお前が心配してるのは、お前たちが転生して異世界に割り込むことで、存在を消されたりとか、不利益を蒙る現地人が出てきてしまうかってことだろ?」


「まあ、そうですね。他人の物を盗るのは好きじゃないです」


「その疑問に対しての満額回答となるかはわからんが、そもそも現時点ではリングワールドは動いていない。お前たちが特典を決め終わった時点で、それを反映させたリングワールドは動き出す。現地の人々には、長年生きてきた記憶も実感もあるだろうが、実際にはまだ生まれてもいないに等しい。君らが現地に転生した瞬間から、あの世界そのものもまた、生まれるのだ」 


「よくわかりません。哲学ですか?」


「あの星は、お前たち転生者がどう動くかを見るために俺が作った世界だ、っていうのは言ったろ? それはそのままの意味だ。お前たち転生者が現地に行った瞬間に、眠りから醒めて動き出す。お前たちが転生しなければ、そもそも世界自体が動き出しゃしないんだから、現地人の人権がどうのとか、小難しいことを考えるのはやめておけ。俺たちが見たがってるのはお前たちの人間模様であって、宇宙の成り立ちを追究する研究者じゃないんだ。演劇の最中に、壇上の人物が舞台裏の仕組みを気にし始めたらおかしいだろう?」


「よくわかりました――あなたが、人の命など何とも思っていないことが。指先一つで現れたり消したりできる、ただのオブジェぐらいにしか思っていないのでしょうね」


 いま、はっきりと神様が嫌いになった。地道に生きる人間の尊さを、彼は理解していない。


「神様だからな、の一言で終わらせておこう。この話題を続けると、議論になりそうだからな。他に何か質問はあるか?」


「あります。仮にカケラロイヤルを勝ち抜いたとして、あなたの死を願うことはできますか?」


 恐らくは無理だろう。それでも一言ぐらいは文句を言っておきたかった。遠まわしにではあるが、死ねと言ったのと同じことだ。


「できんな。『誰か一人の願い事を』『リングワールド内の事象に限定して』『なんでも一つ』叶えるというのが報酬だ。劇中の人物の願いごとは、劇中で叶えられるべきだろう? 客席に物を投げる役者など聞いたこともない」


「はあ、わかりました。とっとと特典を貰って転生させてもらうことにします」


 私は手早く、手元の電卓めいた計算機に特典を入力していく。

 自衛としても使える戦闘術と初期レベル、ひっそりと平和に暮らしていくために必要な隠密技能。それに、少しの所持金。これらは、もし転生者同士の戦闘が発生してしまったときのための備えだった。できれば、使いたくはない。


【取得特典一覧】

 ウェポンマスター:20

 レンジャーマスター:20

 ステータスマスター:25

 『レベル成長促進』:20

 所持金選択:5

 初期レベル選択:10


 計:100ポイント



「これでいいです。転生させてください」


「ふむ。2,500,000ゴルドの現金と、初期レベルは80になるな。敏捷特化でいいのか?」


 神様はひらりと手を振った。虚空に私のステータスが浮かび上がる。


《パブリックステータス》


【種族】人間(転生者)

【名前】ソアラ・モチヅキ

【レベル】80

【カケラ】1


《シークレットステータス》


【年齢】13

【最大HP】210(+100)

【最大MP】21(+10)


【腕力】21(+10)

【敏捷】38(+19)

【精神】21(+10)


【習得スキル】

 斬術

 刺突術

 殴打術

 射術

 隠身

 索敵 

 魔力感知


《身体能力強化》

《視力強化》

《精力強化》

《レベル成長促進》


【アイテムボックス】

 6t 




「最終チェックだ。これでいいか?」


「構いません」


 これ以上関わりたくないので早めに転生させて欲しいと念じ続ける。心の中を読めるらしいから、私の悪意もストレートに神様に伝わっていることだろう。 


「嫌われたもんだな。まあ、生い立ちや信念を持ったまま転生させるからこそ、見てる側としちゃ面白いんだ。無理に好かれようとも思わんし、脳をいじったりもしないから安心しろ。現地でお前が何をしようとも、俺が干渉することはない」


 私を見透かしたような台詞が、いちいち勘に触る神様だ。


「ああ、ああ、わかったよ。そう怒るなって。それじゃあ転生させるぞ、良い人生を。また会えるといいな――こらそこ、二度と会いたくないとか思わないの。傷つくから」


 神様の苦笑顔が、やがてぼやけていき、私の意識は暗転した。

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