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盤台哲雄 4

痺毒蛾ポイズンフライか。実体化するまでもないよ、カエデ。こっちで片付ける」


 フライとは名ばかりで、羽を広げると一メートル近くにもなる、巨大な蛾の魔物である。身体を麻痺させる毒を持っており、飛び回りながら毒の燐粉を周囲に撒き散らす。毒を吸い込んで身動きできなくなった生物に卵を産みつけ、孵化した幼虫に食わせるという習性を持つ。


 こいつに負けてしまうと、かなり凄惨な死に方になってしまいそうだった。


 そのポイズンフライが二体、近寄ってきていた。ぱたぱたという微かな羽音。

 森の奥から、木々の隙間を縫うように飛びながら近づいてくる。


操作マニピュレイト


 僕は懐に差し込んでいた紅葉切を鞘から払い、空中に放り投げた。

 ぴたりと空中で静止した紅葉切は、切っ先をポイズンフライに向けて、風を切って空を飛んでいく。


 一体のポイズンフライを貫き通した紅葉切は、そのまま空中で弧を描き、もう一体の蛾に襲いかかる。この刺突は避けられてしまったので、反転して今度は横一文字に斬り付ける。胴体を両断されて、ポイズンフライは羽ばたきを止めて地面に転がった。


「お疲れ様でした、あなた様」


 可視化ヴィジュアライズ状態のカエデが、ねぎらってくれた。


 操作マニピュレイトは、精霊契約した媒体を自分の好きなように念じて動かせるスキルである。先ほど紅葉切を動かしてポイズンフライを倒したのも、僕が操っていたのだ。


 なぜ実体化マテリアライズ状態になったカエデに倒してもらわないのかというと、MPの消費が多いのである。操作マニピュレイトで倒せる程度の敵ならば、僕がやってしまった方が効率がいい。より長い時間、カエデと話していたかったがための、節約法であった。

 

 ちなみに、可視化の状態であれば紅葉切とカエデは共存できる。本体の紅葉切を僕の懐に差し込んだまま、実体のないカエデと喋ることは可能だ。


 だが、実体化させてしまうと、僕の懐から紅葉切は消え、カエデの手へと握られる。実体化には、契約の媒体を実際に手に持っていることが必要なのだそうだ。


 実体化中に、紅葉切がカエデの手から離れると、数秒で消えてカエデの手に戻る。狂猪との対決時も、魔物の脳天に突きたてた紅葉切が、いつの間にかカエデの手元に戻っていたっけ。


「早くお金を溜めて、あなた様の眼に適う二本目の武器を買いとうございますね」


「はは、まだ早いよ。一日中カエデを実体化させておけるようになるのが先さ」


 僕はステータスを表示させた。魔物を倒した直後は、確認することにしている。


《パブリックステータス》


【種族】人間(転生者)

【名前】テツオ・バンダイ

【レベル】82

【カケラ】3


《シークレットステータス》


【年齢】33

【最大HP】220(+110)

【最大MP】39(+37)


【腕力】22(+11)

【敏捷】21(+10)

【精神】39(+19)


【習得スキル】

 闇属性魔法

 精霊契約

 魔力抵抗

 魔力貫通

  

《身体能力強化》

《視力強化》

《精力強化》

《レベル成長促進》

《魔力量上昇》

《魔力回復》


【アイテムボックス】

 6.2t 




 僕のレベルは、80を超えた。三日前にこの森で正体のわからない忍者の転生者と出会ってから、危機感を覚えて狩りの時間を増やした成果である。三日前に、すでにあの転生者のレベルは264もあったのだ。忍者は戦うわけでもなくその場を去っていったが、もし襲われていれば歯が立たなかっただろう。


「そうでもありませんわ。この調子で成長なさっていけば、一週間ほどでそうなりますもの。わたくしが実体化している最中に、あなた様の身の回りを守る二本目の武器が必要ですわ」


「そうだね。100レベルぐらいになったら、また考えよう」


 MPがゼロの状態から全回復するまで、常人でまる一時間かかる。僕は魔力回復のパッシブスキルを持っているので、四十分で全回復だ。

 

 カエデを実体化させておくには、二分で4ポイントのMPが必要だ。四十分なら80ポイントである。魔力量上昇などのスキル補正込みで、もう少しで最大MP80ポイントが達成できそうなのだ。そうすれば、二十四時間カエデを実体化させておける。


 もっとも、戦闘時などは余分にMPを消費するので、実際にはもっとMPは必要なのだけれど。最大MPが80を大幅に超えてじゅうぶんな余裕ができたら、カエデの言う通り、二本目の武器と精霊契約してもいいかもしれない。


「それよりも、僕はカエデと一日中触れ合っていたいよ。どんどん魔物を倒して、早くレベルを上げないとな」


「わたくしも、ずっとあなた様のお傍に侍る日が待ち遠しゅう存じます」


 ひとしきり視線を絡ませてから、再び森の奥へと歩き出す僕たちであった。






「うん、今日の狩りは順調だったな。一気にレベルが15も上がったよ。この調子で行けば、カエデの言う通り来週には二本目の武器を扱えるかもしれないな」


 心地良い疲労が身体を漂っている。結局、朝から夕暮れどきまでずっと魔物を倒し続け、レベルは97になった。


「わたくしの方も、あなた様の総魔力量が増えてきておりますので、身体の調子がとても良いです。紅葉切の切れ味も増しておりますわ」


「僕のレベルが上がったら、精霊契約の媒体である紅葉切も成長するって神様は言っていたな。その影響かな?」


「そうだと思います。重さは変わりませんし、刃先が鋭くなったわけでもないのに、不思議でございますね。刀身にマナを帯びているせいだと思うのですが」


「それは良かった。また明日、一緒に狩りにいこう」


「はい、あなた様。それでは、また宿にてお逢い致しましょう」


「ああ、少しの間、お別れだ――物質化オブジェクティブ


 実体化していたカエデの姿が淡く光り、溶けて消える。同時に、彼女が手にしていた紅葉切は、僕の胸元へと戻ってきていた。


 魔物と連戦に次ぐ連戦をしたせいで、MPはほとんど空っぽだった。

 視力強化の特典を持っているため、夜の闇でも僕はものが良く見える。しかしそれは僕だけであって、カエデはその恩恵には預かれないのだ。魔力回復を待って夜の森へ進むという選択肢は取れない。今日はもう宿に帰るべきだろう。


 太陽は沈みかけていて、空は朱に染まっていた。もう間もなく、日が暮れてしまうだろう。


 僕は街へと帰るべく、少し薄暗くなってきた森の中を歩き始める。

 そこまで深部には進んできていない。ほんの三十分も歩けば、街へとたどり着けるだろう。


 僕は額の汗を拭いながら、土を踏みしめながら歩く。このあたりは巨木の群生地なので、木々の間隔が開けていた。頭上を大木の葉で覆われてしまうので、小さな植物が育ちにくいのだろう。大樹の足元こそ太い根が隆起しているものの、それ以外の地面は踏みしめられて固まった土と落ち葉で、平地と呼んでも差し支えないほどに歩きやすい。


 もう少し歩けば、三日前に忍者と出会った下り坂に着く。あのときは、坂の下から上を見上げる形だったが。あれからというもの、この道を歩くたびに緊張する。再びあの忍者が現れて、今度こそ襲われないかと心配なのだ。


 とはいえ、もう三日間も現れていないわけで、今日もいないのではないかと、少し気を弛めていたのだが――


「待ちな」


 予想外の方向からの声に、僕は心臓が飛び出るかというほど驚いた。今まで歩いてきた道に、誰もいなかったことは確認済みである。それなのに、僕を呼ぶ声は、背後から聞こえたのだ。まるで、忍者と出会ったあの日のように。


「お前、転生者だな?」


 背中からかけられた声に、僕は振り向いた。


 僕から二十メートルは離れた、坂めいた小高い道の上に、一人の人間が立っている。木々の隙間から漏れる光が、彼女の全身を際立たせていた。

 

 まず眼に付くのは、全身にまとった、ピンク色のドレスだった。淡い桃色のそれは、全体に多くのフリルが付いていて、膝まであるスカート部分が左右に広がった、ふわりとしたものだ。


 声の高さから想像はしていたが――顔立ちの幼い、小柄な少女だった。

 人形めいた小顔で、髪は金髪の、肩まで広がるような短いボブカットだ。


 こういう格好の少女を、新宿駅の改札付近で良くみたなあというのが第一印象だったが、悠長に構えている余裕はなさそうだった。少女は、両手にマシンガンを握り締めていたのである。


(――前回のやつとは、別人か?)


 僕に声をかけてきたのは、三日前の忍者かと思っていたが――どうも様子が違う。 あのときは背の高い、黒ずくめの人物だったが、今日の相手は、ピンク色のドレスを身にまとった小柄な少女だった。


 どっちにしろ好意的なお客さんじゃなさそうだ、とか、せっかくの服装に似合わず、大足を開いて大地をしっかり踏みしめているのはいかがなものか、などと色々な思考が頭の中を駆け巡るが――とりあえず、返事をしてみることにした。


「何か御用かな、ピーチ姫?」

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