終幕への序曲
◇◇◇
「あ」
神獣の森から遠く離れた洋館で、デザートのプリンにスッとスプーンを刺した瞬間にイズミは短く声を上げる。
「ウヒヒヒ、どうされました?髪の毛でも入っておりました?」
イズミが感じたのは、言葉で表せない喪失感。だが、不思議な事に言葉で表せずとも何が起こったのかはわかった。
イズミは嬉しそうに首を横に振る。
「ううん」
その理由は一つ。
「シロウがハクアの剣を手に入れたみたい」
そう言ってプリンをパクリと口に頬張り、嬉しさを堪え切れずに笑う。
「ふふふ、おいし」
「ほう、3人目でございますか。なかなかやりますなぁ、イズミ様の想い人も。ウヒヒヒヒ」
想い人、の言葉に照れもせずイズミは満面の笑顔をヴィクリムに向ける。
「でしょ?シロウはすごいんだよ。きっと今に世界中の人が知ると思うんだけどさ、私は一番最初から知ってたんだから!例えば4歳の時なんてさ……」
興奮気味に『勇者シロウ』の英雄譚を語る主の姿に、ヴィクリムは満足げに相槌を打つ。
そして、食後はお馴染みの特製ポーションを飲む。取り寄せをしてヴィクリム自ら定期的に街に買いに下りているようだ。
「あ」
再び短く声を上げるイズミ。
「何です?今度こそ虫でも入っておりました?ウヒヒッ。何虫でしょうねぇ」
一口に飲み干した空瓶をイズミはジッと見つめる。
瓶にはラベルが貼られていて、その内側に手書きの文字を見つける。
その文字は、幼い頃から見慣れた文字だった。
「え……?何で?」
ラベルの内側には、見慣れた幼馴染の文字で『うまいだろ?』と書かれていた。
「他のは!?空き瓶とか!」
興奮した声を上げるイズミの背中には黒い羽が4枚出ていて、ピンと広がっている。
「今お持ち致しますが、羽出てますよイズミ様。ウヒヒヒ」
「えっ!?あっ……うん」
恥ずかしそうに顔を赤くすると、羽を小さく閉じる。
羽は黒い炎で出来ているのだが、無意識下で制御している様でヒラリと羽が落ちても燃え広がらず炎は消える。
制御ができていると言う事は、封印が徐々に解けていると言う事であり、イズミもヴィクリムもそれは理解している。かつての魔王は6枚羽であり、今のイズミは4枚羽。
少し経ち、飲み終わりの瓶と買い置きのポーション合わせて60本程を器用にトレーに乗せて音も立てずにヴィクリムがやってくる。
その一本一本を手に取り、ラベルの裏を確認する。
空き瓶のラベルには何も書かれておらず、丁度今日の分から全ての瓶に一言ずつ書いてあった。
『元気か?』
『飯食べてるか?』
『元気100倍!』
『俺は元気です』
などなど。多少重複はあるものの、その全てに一言ずつ見慣れたシロウの文字で書かれていた。
「……これも、これも。何で?ふふふふ、ヴィクリムわかる?」
今にも泣き出しそうに瞳を潤ませながら、嬉しそうにイズミは笑う。
ヴィクリムも嬉しそうに瓶をつまんで眺める。
「ウヒヒヒ。何ででしょうねぇ。実は、シロウ様がお作りになっていた……と言う事でしょうか?ウヒヒヒヒ」
両手で持った瓶に口づけをする様に唇を触れながら、真っ赤な顔で嬉しそうにイズミは微笑む。
「ね。……すごい偶然」
「偶然?イエイエ『運命』、でございましょう?」
目を閉じて得意気にヴィクリムは頷く。
そして、きっとそれはイズミの求めている言葉だろう。
シロウの前で、何度もこの特製ポーションを褒め、薦め、そう言えばダメ出しをした事もあったなと思い出す。
今になって思えばダメ出しをした時に妙に深く質問をされた気がする。そして、すぐに味も戻った。
いつからなのだろう?
魔王として、彼の元を離れた後もこのポーションは絶える事無く市場に回っていた。
多分、きっと、自惚れでなくイズミに届ける為に作り続けていたのだろうと思う。
それを思うと、胸の奥がキュッと締め付けられる。
いつからなのだろう?
「ねぇ、ヴィクリム」
「何でございましょう?イズミ様」
イズミは瓶両手で持ち、赤い顔でヴィクリムを見る。
「……2人は恋人同士だったの?」
遠く300年以上昔の勇者ハクアと魔王を思い出すように、珍しく薄笑いでなく柔らかな微笑みを浮かべ、ヴィクリムは口を開く。
「好き合ってはいたと思いますよ。実際には手も握った事は無いようですがね」
「50年も一緒にいて!?」
「エェ、まぁ。魔王様は吸命を気にされておりましたので」
「私……」
赤い顔でヴィクリムから視線を外してうつむいたまま少し考えたかと思うと、意を決して顔を上げる。
「次にシロウに会えたら伝えるわ。どんな状況でも、どんな結末でも、何より先に伝える。絶対。……貴方が好きだって!」
ヴィクリムはいつも通りニヤニヤと薄笑いを浮かべてコクリと頷く。
「ワタクシも、シアンも、恐らくはナギオウも、300年ずっとそれをお待ちしてましたよ。ウヒヒヒッ」
◇◇◇
王都クアトリア――。
人払いのされた一室、ナイルにより集められた元四極天の2人。ジーオと、カルラ。
「話、とは?」
ジーオの問いにコクリと頷き、神妙な顔で口を開くナイル。
「僕は、あなた方に隠していることがあります」
カルラは椅子に深く座り、腕を組み帽子を深く被っている。
「隠している事は一つ?大賢者さん」
『大賢者』の言葉にピクリと反応するジーオ。
ナイルはニコリと微笑みカルラを見る。
「流石ですね。生前は極力あなたに会わないようにしていたつもりなんですが。いつから気づいてました?僕の想定だと短刀を渡した時には気付いて貰えている筈なんですけど」
帽子のつばで表情は見えないが、カルラは大きくため息を吐く。
「感じ悪。馬鹿にされてるみたいだから子供の振り止めてくれる?」
ジーオの右手には拘束具にも似た装丁の義手が付けられており、その右手でカルラを制止する。
「ちょっと待ってくれ。じゃあ君は……ナイルでは無い、と言う事か?」
ナイルはカルラを見て首を傾げる。
「どっちで話せば?」
「……どちらでも、大賢者サマ」
ゴホン、と咳を一度してナイルはジーオに優しく微笑む。
その表情はかつての大賢者ゼルを思い出させる。
「その通り。4年前、肉体の寿命が来た儂はこのナイル少年の身体に転生させてもらったのだ。大賢者ゼルとしての全ての知識と技術と共にな」
「……転生!?そんな事が――」
ジーオの言葉に被せるようにカルラは補足をする。
「実際にしてる例があるじゃない。魔王とか、勇者とかね」
ナイル少年は老成した表情でコクリと頷く。
「全ては魔王をこの世界から消し去る為だ。……ナシュアがあの子を救ってから、ずっと手だてを考え続けてきたが、他に方法は無い」
「その方法とは?」
「かつての勇者ハクアを以てしても魔王の魂を滅する事は出来なかった」
ナイルはカツカツと音を立て、部屋を回りながら話を続ける。
「よしんば封印したとして、いつかまた生まれ変わるだろう。だから……儂の転生術で魔王の身体を得た後に、権能の届かぬ異空間……『知恵の樹』へと閉じ込めるのだ。永遠にな」
カルラは帽子のつばを上げ、ジッと疑いの目でナイルを見る。
「本当に可能なの?そんな事が」
疑いを晴らすようにニッコリと優しく微笑む。
「全ての術式は開示する。納得の行く迄調べると良い。お主なら分かるじゃろ?……知の極致カルラよ」
「……大賢者にそんな事言われるなんて光栄通り越して嫌味よ」
「さて、ここからが隠し事だ」
ナイルの口調はガラリと変わり、2人はハッと彼の顔を見る。
自信に満ちた薄笑いを浮かべて彼は言う。
「私が転生術を使ったのは、これが初めてじゃあないんだ」
全身から溢れ出る魔力に息を飲む2人に手を差し出しながら、彼は笑う。
「300年以上、この時を待ち転生術を繰り返し、君たちの様な知恵と力を持つ者に出会えた事を感謝する。私はラータ。且つて『遅れた賢者』と呼ばれた、悠久の時を生きる知恵の亡者さ」




