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レクトとウルリケ  作者: やまだのぼる


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笑顔

 

 レクトの目の前でバッタが跳ね上がる。

 先だ。

 レクトは自分に言い聞かせる。

 今見えているものの、その先。

 レクトが腕を伸ばすと、バッタはその手の中に飛び込んだ。

「やった!」

 レクトの手の中で、バッタが赤い銅貨に変わる。

 これで三枚目。

 それを目にしたジルコが驚きの声を上げる。

「すげえな、レクト。どうしたんだよ、今日は」



 寮の大扉の前に立っていたレクトは、目の前の雑木林がすっかり夜の闇の中に沈んだころ、灯もなしに歩いてくる人影を見付けた。

「やあ」

 人影はレクトに気付くと、気さくに片手を挙げた。

「どうしたんだい、レクト。誰かを待っているのかい」

「僕、アルマークを待ってたんだよ」

 レクトが答えると、北からの編入生は意外そうな表情で目を瞬かせた。

「僕を?」



「今度、一年生は運動競技会っていう行事があるんだけど」

「ああ、そうらしいね」

 談話室の隅。夕食を終えた生徒たちが思い思いにくつろぐ中で、レクトはアルマークと向かい合って座っていた。

「エルドに聞いたよ」

 アルマークは微笑む。

「一組と三組には負けないって張り切ってたよ」

「うん、僕はその一組なんだけど」

「そうか、レクトは一組か」

 アルマークは穏やかに頷く。

「がんばって。僕はそのとき授業中だろうから、応援には行けないけれど」

「うん、それはいいんだけど」

 レクトは思い切って切り出した。

「運動競技会にはコイン集めっていう種目があってね、虫とか鳥に変わったコインを集めるんだけど」

「へえ。すごいね」

「僕、うまく捕まえられないんだ」

 レクトはうつむき加減でちらりとアルマークを見た。

「この間も、バッタ一匹捕まえるのがやっとだった」

「そうか」

 アルマークは軽く頷いて先を促す。

「それで?」

「この前、アルマークはすごく簡単に蛾を捕まえてたよね」

「え?」

 一瞬きょとんとしたアルマークは、「ああ」と言って合点のいった様子で微笑んだ。

「そうか、そういうことか。僕なんかに何の用だろうと思ったよ」

 アルマークは立ち上がった。

「虫の捕まえ方が知りたいんだね」

「う、うん」

 レクトは頷く。

「教えてくれる……?」

「なんだか新鮮だよ」

 アルマークはそう言って笑った。

「ここに来てからの僕は、人に教えてもらってばかりで何かを教えるっていうことがないから」

 アルマークは窓から外の闇を見た。

「行こう、レクト。夜は色んな虫が集まるから練習しやすい」



 アルマークが教えてくれたコツは、単純だった。

「今、虫がいるその場所を狙ってはいけないんだ」

 アルマークは言った。

「虫は、僕ら人間よりもよっぽど感覚が鋭くてすばしっこいからね。今いる場所に手を伸ばして捕まえようとしても、さっと逃げられてしまう」

 確かにその通りだった。

 レクトはいつも、草の中のバッタに手を伸ばしては逃げられてばかりいた。

「だから、こうする」

 アルマークは草むらに一歩足を踏み込み、それに驚いて飛び出してきた虫をひょいっとすくうように捕まえた。

 相変わらず、恐ろしいほどの手の速さだった。

「分かったかな」

「そ、それは無理だよ」

 レクトは首を振る。

「そんなに速くは手を振れないもの」

「いや、手の速さじゃなくてね」

 アルマークはもう一歩踏み出し、また虫を捕まえる。

 それでようやくレクトは、アルマークが虫のいる場所を狙っていないことに気付く。

「虫が次にどう動くのか考えるんだ。虫が今いる場所じゃなくて、そこに向かって手を出す」

「次に動く場所に?」

「そう」

 アルマークは頷いた。

「自分が虫なら、どっちに逃げるかなって考えるんだ。そして、そっちに手を伸ばす。最初は難しいけど、だんだん虫の気持ちが分かってくるよ」

「そうかなあ」

「まあ、騙されたと思って」

 アルマークは手招きした。

「やってみよう」



 アルマークの言う通り、最初はひどく難しかった。

 全然見当違いの方に手を伸ばしてばかりで、本当に騙されたんじゃないかと内心疑うほどだった。

 けれど、諦めずに繰り返すうちに、何となく虫の動く傾向が分かってきた。

 アルマークのように鮮やかに捕まえることはできなかったが、それでも感覚が掴めてきて、何度かに一度は虫を捕まえられるようになった。

「いいね」

 アルマークは頷く。

「すごく呑み込みが早い。もしかして、最近誰かの気持ちを読み取ろうと一生懸命になった経験でもあるのかな」

 その言葉にレクトはどきりとする。

 ウルリケの顔がぱっと浮かんだ。

 確かに、ここ最近はウルリケのことばかり考えていた。

「べ、別に」

 慌ててレクトは手を振った。

「そんなの、虫を捕まえることと関係あるの?」

「さあ」

 アルマークは真面目な顔で首を捻る。

「僕も言ってみただけだから。もしも関係があったら面白いよね」

 どこまで本気なんだろう。

 レクトは半ば呆れながら、それでもアルマークの指導通りに虫の動きを予想して手を伸ばした。

 アルマークは、ずいぶんと長い間根気強くそれに付き合ってくれた。



 その成果が、本番で出た。

 暗い夜の草むらから飛び出してくる虫たちに比べれば、明るい校庭を跳ねるバッタの、何と捕まえやすいことか。

 夢中になって捕まえていると、ウルリケがいつの間にか近くに来ていた。

 彼女は既に銀貨を三枚も集めている。

「すごいね、ウルリケ」

 そう声を掛けると、ウルリケもレクトの手元を見て目を輝かせた。

「レクトこそ。もうそんなに捕まえてるの」

「うん、まあ」

 少し得意げに五枚の銅貨を見せたとき、太鼓が鳴った。

 時間だ。もうすぐ、終わってしまう。

「おい、やべえぞ」

 ライマーがそう叫びながら走ってきた。

「うちのクラスだけ、まだ誰も金貨を取ってない。これじゃまずいぞ」

「えっ」

 夢中になっていて気付かなかったが、レクトが周囲を見回すと、レオンやラウディ、ベルティーナたちが必死の表情で空中に目を凝らしていた。

 金貨は、小鳥や小さなトンボなど、空を飛んでいるもののことが多いのだ。

「うちのクラスだけ?」

「ああ、俺の狙ってたやつは三組のタルウェンにとられちまった」

 ライマーが悔しそうに言ったときだった。

「次の太鼓で終わりですよ」

 審判を務めるヴィルマリーが、ゆっくりと生徒の間を歩きながら、厳しい声で言った。

「太鼓が鳴ったら、それ以上はコインを取ろうとしないこと。破った生徒は失格とします」

「くそっ」

 ラウディが喚いた。

「どこだよ、金貨」

 ライマーもベルティーナもレオンも、みんな空を見ていた。

「レクト」

 ウルリケがレクトを呼んだ。

 なぜ呼ばれたのかはレクトにも分かった。

「もしかして」

 とウルリケ。

「うん」

 レクトは頷く。

「君の言いたいこと、僕も分かるよ」

「でも、もし違ったら」

 ウルリケの瞳が、自信なさげに揺れた。

「僕が行くよ」

 レクトは言った。

「だけど」

「いいから。見てて。もしだめだったら」

 そう言って、口だけで笑う。

「僕が怒られればいいだけさ」

 今までのレクトらしからぬ、男らしい表情。

 ウルリケは思わずそれに見惚れたように頬を染める。

「レクト」

 だがレクトは残念ながら、ウルリケのその表情を見ることはなかった。

 そのときにはもう一直線に駆けていたからだ。

 急げ。

 太鼓の音が鳴る前に。

「ヴィルマリー先生っ!」

 レクトがヴィルマリーに飛びつくと、周囲の生徒たちから驚きの声が上がった。

「何やってるんだ、あいつ」

「おかしくなったのか」

「お、おい、レクト!」

 ライマーの焦った声が聞こえる。

 レクトも飛びつくその瞬間まで、自信はなかった。

 けれど、褐色のローブがぐにゃりと歪んで縮んでいくのを感じると、自分の勝利を確信した。

「やった!」

 レクトが高々とヴィルマリーに変化していた金貨を掲げたとき、太鼓の音が鳴り響いた。



「優勝は、一組」

 ヴィルマリーが告げると、一組の生徒たちは喜びを爆発させた。

「優勝だ!」

 飛び跳ね、互いに肩を叩き合う。

 中でも輪の中心になったのは、レクトだった。

「レクト、お前のおかげだよ」

 ライマーが抱きついてくる。

 事実、二位の二組との差はわずかだった。勝利を決めたのは、レクトが最後に手にした金貨の十点だった。

「本当にいかれたやつだぜ」

 ラウディの乱暴な言葉の中にも、どこか称賛の響きがあった。

「先生に飛びつくなんて、俺にはとてもできねえ」

「でも、どうして先生が金貨だと思ったの?」

 ベルティーナに尋ねられたレクトは、曖昧に微笑んだ。

「なんとなく、普段の先生と違うかなって」

「そんなに普段から先生をよく見てたんだね」

 モリスが感心したように言い、みんなが笑う。

 レクトは、ウルリケに顔を向ける。

 ウルリケも微笑んでいた。そして、そっと人差し指を唇に当てる。

 秘密だよ。

 レクトは小さく頷く。

 指示を出していたヴィルマリーの口元に、犬歯がなかった。

 まさか先生が、と自信はなかったが、ウルリケもそれに気付いていた。

 人に興味のなかったウルリケが、先生の変化に気付いた。

 だから、レクトはそれに賭けた。

 そして、勝負に勝った。

「今日のお前は無敵だな」

 ライマーの言葉にレクトは、はっとする。

 そうだ、この勢いだ。

 レクトは心の中で頷いた。

 今日の僕なら行ける。

 レクトには運動競技会が終わったら、やろうと決めていたことがあった。

 オリエンテーションの日にいつか行こうと約束した、森の遊び場所。今度の休日に、二人で一緒に行かないか。

 ウルリケにそう伝えるのだ。

 後になったら、また勇気が挫けるかもしれない。

 伝えるなら、今だ。

 今の僕は、無敵だ。

「ウルリケ」

 みんなに散々もみくちゃにされた後で、ようやく輪から抜けたレクトは、ウルリケに歩み寄った。

 輪の外でクラスメイト達が喜び合うのを見ていたウルリケは、レクトが近付いてくるのを見て優しく微笑む。

 その目がキラキラと光っていて、レクトは、ああ、ウルリケは本当に可愛いな、と思った。

 ウルリケが、あのおかしな箱に奪われてしまわなくて本当によかった。

 今日まで二人を助けてくれた三年生たちの顔が浮かぶ。

 後でみんなにお礼を言わないと。

 だけどそれはともかく、今はもっと大事なことがあった。

「ねえ、ウルリケ」

「なあに、レクト」

 ウルリケの頬が赤い。それは運動した後だから、という理由だけではない気がする。

「今度の休日に――」

「よーし、みんな、今日一番の活躍をしたレクトを胴上げしようじゃないか!」

 背後からレオンの大きな声がした。それとともに、レクトの肩ががっしりと掴まれる。

「えっ」

「この野郎、いいところだけ持っていきやがって」

 笑顔のラウディが、ばか力でレクトを担ぎ上げると、ライマーやジルコたちが一斉に集まって来る。

「え、あの、ちょっと待って」

 僕、これからウルリケに大事な話が。

 今言わないと、挫ける気がする。

「レクト、すげえぞ!」

 ライマーが嬉しそうに叫ぶ。

「今日の殊勲者ね」

 とハイデ。ルネもベルティーナも、ケリーたちも笑っている。

 いや、あの。

 クラスメイト達に担ぎ上げられてあおむけにされたレクトは、なんとか首を上げてウルリケを見た。

 ウルリケもレクトを見上げて、クラスメイト達と同じように声を上げて笑っていた。

 年相応のその笑顔を見たレクトの胸に、じわりと満足感がこみ上げてくる。

 ウルリケが笑ってくれているならいいか。

 レクトは思った。

 僕らの学院生活は、まだ始まったばかりだ。

「せえの!」

 レオンの掛け声とともに、レクトの身体は宙を舞った。





この物語に出てくる三年生たちの活躍する「アルマーク」1~2巻発売中です。最新3巻が7月25日に発売しますので、この機会にぜひお手に取っていただければ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] レオンんンンンンン~!!! なんというタイミングで……。 邪魔されたーという気持ちと、でもクラスがまとまって、その真ん中で胴上げされたーという喜びがあって、もどかしさとニヤケちゃうような、…
[良い点] あらためて、いい話や。この安心感。 [一言] こうして読んでみると、ウォリスって、なんかいいやつですね。
[一言] デートに誘えなかったレクトくん、でもまだ早いか? ヴィルマリー先生もみつけてもらえて嬉しいことでしょう。 ああ、終わってしまった…レクトはきっといい魔術師になれますね。なれますように。
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