言葉
コイン集め。
魔法で昆虫や小動物に姿を変えられたコインを生徒全員で集める、運動競技会最後の競技だ。
名前で想像するほど単純な競技ではない。
蝶やバッタなどの捕まえやすいものはほとんどが銅貨で、蜥蜴や鳥など捕まえにくいものになるにしたがって、その正体は銀貨や金貨となり、それぞれの点数にも銅貨一点、銀貨三点、金貨十点という差がつけられている。
時間内に集めたコインの合計得点を競うのだが、意外に時間が短いので、簡単だからと銅貨ばかりを追わずに大物を狙う必要もある。
かといって、大物ばかりを狙って結局何も捕まえられなかったときは最悪だ。
そんな戦略性もあった。
ここまで三クラスの得点差はわずかだ。
現時点での一位は一組だが、二組と三組もこの競技の結果次第では十分に逆転が可能だった。
それだけに競技前から各クラスとも盛り上がっていた。
校庭では三つのクラスがそれぞれの場所に集まり、最後の話し合いをしている。
一組はこっちだ、と手を挙げてみんなを集めたのはレオンだった。
「すまない、板の塗り替え競争では、勝ちきることができなかった」
勝利を奪われたばかりのレオンは、さすがに悔しそうだった。
「二組がまさかあんな作戦に出てくるとは。予想できなかった」
「仕方ないわよ」
ベルティーナが慰め顔で言う。
「どのクラスも負けたくないもの。色々と考えてくるわ」
「そうそう」
ライマーが笑顔で頷く。
「それでもまだ俺たちが一位だしさ」
「まあ完全に俺たちのおかげだけどな」
そう言って、ラウディが勝ち誇ったようにレオンを見た。
「コイン集めでは足を引っ張らねえでくれよな、貴族の皆様方」
さすがのレオンも「む」と鼻白んだ顔をする。他の貴族の男子たちはあからさまに不愉快そうな顔をした。
「よしなさいよ、ラウディ」
「なんだよ、ハイデ。お前だって負けた側だぜ」
ラウディに睨まれても、ハイデは臆することなく腰に手を当てる。
「クラス全員で団結しなきゃ、勝てるものも勝てないわよ。ねえ、レクト」
「あ、うん」
輪の一番外にいたレクトは、遠慮がちに頷いた。
「レオン、さっきは本当に惜しかったよ。みんなでコイン集め、がんばろう」
レクトがそう言うと、ラウディは面白くなさそうに舌打ちしたが、それでももう何も言わなかった。
ラウディもレクトに一目置き始めた証拠だった。
「ありがとう、レクト」
レオンは真剣な顔で言った。
「コイン集めでは全力を尽くそう」
「うん」
貴族のレオンの自分を見つめる真っ直ぐな目に、レクトは居心地が悪くなってもぞもぞと身体を動かす。
「私たちも、頑張るわ」
ケリーがデルマと顔を見合わせ、言った。
「蜥蜴もカエルも触るのは苦手だけど、一生懸命捕まえる」
「その意気よ、ケリー」
ベルティーナが微笑む。
「大丈夫、まだ一位だもの。コイン集めでしっかり勝ちましょう。ね、ウルリケ」
「ええ」
ウルリケが頷くと、ケリーは少し緊張した顔をした。
「ケリーは前回の練習でも金貨をとっていたでしょう。今回もよろしくね」
「え、私が金貨をとったこと」
ケリーが目を瞬かせる。
「どうして、あなたが知ってるの」
「どうしてって、見ていたから」
ウルリケは不思議そうに言った。
「一緒に練習したでしょ?」
「し、したけど」
ケリーは呆然と呟く。
「あなたがそんなにちゃんと私を見ていたなんて」
その言葉の意味を測りかねるように、ウルリケが小首をかしげる。
今までのウルリケが見せたことのないその仕草がひどく可憐で、ライマーが隣のモリスに
「ほんとにウルリケ変わったよな」
と囁く。
同性のケリーまで、なぜか顔を赤くしている。
「そうね。みんな苦手な生き物もいるかもしれないけど、正体はコインなんだから我慢して捕まえましょう」
ハイデがそう言って、黙ったままのクラス委員を振り返った。
「ルネ。クラス委員からは何かないの」
別に何もないわ。
ルネならそう言うと、誰もが思った。
けれどルネは、
「ええ、じゃあ一言だけ」
と言って一歩前に出た。
「ルネが何か言うってよ」
ライマーがはしゃいだ声を上げる。
「みんな、聞け」
クラスメイト達を前に、ルネは口を開いた。
「ヴィルマリー先生からです」
「なんだよ」
ライマーが当てが外れた顔をする。
「お前の話じゃねえのかよ」
「ルネ。こういう時くらい自分の言葉で喋ってもいいのよ」
ハイデもそう言ったが、ルネは首を振った。
「先生の言葉を伝えるわ。聞いて」
仕方なく、ハイデも口をつぐむ。
「ヴィルマリー先生は、皆さんの優勝を期待しています、とおっしゃっていたわ」
「まあ、そりゃそう言うだろうよ」
ラウディが鼻を鳴らす。
「俺たちの担任なんだからな」
「そうよね」
ケリーが頷く。
「それはそう言うわよね」
クラスに白けた雰囲気が流れかけた。
「いや、待って」
そう声をあげたのは、レクトだった。
「みんな、よく考えてよ。あのヴィルマリー先生が、優勝を期待するって言ってるんだよ。それってすごいことなんじゃないかな」
「え?」
ライマーが眉を寄せる。
「すごいこと? そうか?」
「確かに、レクトの言う通りかもしれないぞ」
レオンが顔を輝かせた。
「そういえばヴィルマリー先生は、練習の時も一度も僕らに優勝を期待しているなんて言わなかった。みんなだって知ってるだろう。ヴィルマリー先生がどういう先生なのか。いつも厳しい顔で、簡単に僕らのことを誉めたりはしない。それなのに、優勝を期待していると言ったということは」
「うん、そうかもしれない」
明るい声でベルティーナが同意する。
「私たち、優勝できる可能性が高いってことじゃない? だって、ヴィルマリー先生ってそんな期待させるようなことを普段言わないもの」
「まあ、そうだな」
ラウディも認めた。
「先生だって二組のワルハット先生とか三組のイルーアン先生とかには負けたくねえんだろう。自分のクラスが勝ちそうなら口も滑るか」
リーダー格の三人がヴィルマリーの言葉を肯定的に捉えると、それでクラスの雰囲気は一変した。
「確かにそうね」
「言われてみれば」
「先生も驚いてるんじゃないかな、僕らの予想以上の健闘に」
「きっとそうだよ。だから、ついそんな風に言っちゃったんだ」
次々にポジティブな意見が出され、クラスメイト達の顔は明るくなっていく。
「よし、みんな。勝とう」
「おう!」
レオンが拳を空に突き上げると、みんながそれに倣って拳を突き上げた。ラウディすら一瞬拳を突き出しかけたほどだ。
ラウディは慌てて手を引っ込めた後できょろきょろと左右を見まわした。
「ルネ」
生徒たちが校庭に散らばって競技開始を待つ中、ハイデはそっとルネに近付いた。
「さっきの先生の言葉だけど」
ハイデは声を潜める。
「本当に、ヴィルマリー先生がそう言ったの?」
ルネと言えば、先生の言葉の伝達をする係。
みんながそう認識していたので、さっきは誰も疑問には思わなかった。
だがその後で、ハイデはふと不思議に思ったのだ。
今日のヴィルマリー先生は、競技の準備や審判で忙しそうにしている。
今も、コインを手に他の先生たちと何やら話している。
ルネはいつ、先生と話したのだろうか?
さっきの言葉を、いつ聞いたのだろうか?
だが、ハイデの問いにルネはにこりと笑っただけで、何も答えなかった。
本当にこの子は掴みどころがない。
ルネの笑顔を見ながら、ハイデは思った。
それが、クラス委員に選ばれた理由の一つなのかもしれない。
だがとにかく、クラスはハイデの望んだ方向に向かっていることは確かだった。
おかしな人間関係の軋みがなくなり、言いたいことが言い合える、勉強に集中しやすい環境になってきている。
その一番の功労者は、実はあの子なんじゃないかしら。
ハイデの視線の先には、相変わらず緊張した表情でぎこちなく身構えているレクトの姿があった。
「おい、レクト。お前は無理しねえでバッタ一匹でもいいから捕まえろ」
ラウディが言った。
「あとは俺らが何とかするから」
「そうだぜ、レクト」
ジルコが言った。
「俺たちに任せとけ」
「うん」
レクトは頷く。
以前の二人に比べたら、格段に優しい言葉だった。
レクトは心の中で二人に感謝する。
だけど。
大きく息を吸い込む。
僕にだって、できる。
そして、競技開始の太鼓が鳴った。




