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レクトとウルリケ  作者: やまだのぼる


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相談室

 

 担任のヴィルマリーの耳に入るのは早くても翌朝のことだろうと思っていたが、アインが寮の管理人のマイアに報告してからさほどの時間も経たないうちに、ヴィルマリーはレクトの部屋を訪ねてきた。

 夜だというのに、いつもの褐色のローブ姿だった。

「先生」

 突然の担任の訪問に、レクトだけでなくモリスも目を丸くした。

「ど、どうしたんですか」

「用があるのは、レクトです」

 ヴィルマリーは相変わらずの冷たい口調で言った。

「一階の相談室へ来なさい」

 そう言い残して去っていく。

「いったい何をやらかしたんだい、レクト」

 モリスは心配そうに言った。

「まさか、退校処分になんてならないだろうね」

「それはないと思うけど……」

 それでも、レクトはこれから自分が決して褒められるわけではないことは分かっていた。

 重い気持ちで部屋を出る。

 寮の一階にある相談室は、テーブルのほかには椅子が数脚あるだけの殺風景な小部屋だ。

 相談室とはいうものの、そこで誰かが何かの相談をしているところをレクトはまだ見たことがなかった。

 談話室が混雑しているときに、三年生の女子数名がお菓子を持ち寄ってそこでお喋りをしているのを何回か見たことがあるくらいだ。

 そうか、こういうときに使うんだな。

 レクトは彼の気持ち同様に重苦しいドアを開けた。

「あ、レクト」

 ドアに背を向けて座っていたウルリケが、ほっとしたような声を上げた。

 庭園で意識を取り戻した時よりも、頬に血色が戻っていた。

 彼女の前には、魔力の補充のために飲まされた薬湯の小壜が置かれている。

「ごめんなさい、あなたまで」

「ううん、別に」

 レクトは首を振る。

 ウルリケのためなら、来るのは当然だった。レクトはウルリケの担当なのだから。

「レクト。ウルリケの隣に座りなさい」

 ウルリケの向かいに座るヴィルマリーに言われるがままに、レクトは椅子に腰を下ろす。

「話はマイアさんから聞きました」

 ヴィルマリーは言った。

「この小箱のことも」

 そう言って、褐色のローブの袖から黒い小箱を取り出す。

 ことり、と音を立てて机の上に置かれたそれは、ウルリケがお母さまと呼んでいた、エルオン紋の小箱だ。

「ウルリケ。この箱からあなたのお母さまの声が聞こえたそうですね」

「……はい」

 ウルリケは頷いた。

「聞こえました。今思い返すと、それがお母さまの声のわけはないんですが、でも、そのときはそう思いました」

「三年生のアインから、この箱についての大まかなことは聞いたそうですが」

 ヴィルマリーはそう前置きした。

「闇の力は、人の弱い部分に付け込みます。ウルリケ、あなたが特別に弱い人間だったわけではありません。誰にでも弱い部分はある。あなたにとってはそれが亡くなったお母さまだった」

「……はい」

「この小箱があなたを取り込もうとした理由は明白です。あなたの魔力を吸収して、闇の力を高めていき、そして、実体を持つこと」

「実体、ですか」

「この箱の中にいるのは、外界と遮断された場所でしか存在することのできない、不安定な魔力体です。それが箱の外に出るためには、闇の力を高めて実体を持つ者と同化する必要があるのです」

「それってつまり」

 そこまで言って、ウルリケは絶句する。

 あらためて、自分の陥っていた危険な状態に思いが至ったようだった。

「闇に侵された魔力体は、すでにかなりの力を有していたようです。あなたの意識がないうちに箱が破られていたら、あなたは自分の姿をした自分ではない何かとなってしまっていたかもしれません。本当のあなたを取り戻す方法もないではありませんが、容易ではなかったでしょう。少なくとも、今こうしてここにいられることはなかった」

 そこまで言って、ヴィルマリーは言葉を切った。

「……私もあなたの変化にもっと早く気付くべきでした。クラスの大きな変化に注意が向いてしまったのです。良い変化の裏では、往々にして悪い変化もまた進行している。そんなことは、頭では分かっているつもりでしたが」

 ヴィルマリーはそう言って顔を曇らせた。

「ウルリケ、レクト。これは、私のミスです」

 頭を下げるヴィルマリーを、二人は呆然と見た。

 それから慌てて首を振る。

「そんな、先生」

「私です、悪いのは私」

「僕も、先生に報告しなかったので」

「いいえ」

 顔を上げたヴィルマリーは、きっぱりと言った。

「私の未熟のせいです」

「先生が、未熟」

 ウルリケとレクトは思わず顔を見合わせた。

 何事にも動じないこの老練な女魔術師が未熟だというのなら、自分達などいつになったら一人前になれるというのか。

「ウルリケ、あなたの付け込まれた隙はもう一つあった」

 ヴィルマリーは言った。

「それは、魔法を少しでも早く身に付けたいという焦り」

「……そうです」

 ウルリケは認めた。

「私、少しでも早く、魔法に触れたかったんです。オリエンテーションの三年生たちのような魔法が使いたかった。きっとそれをあの箱に付け込まれたんだと思います」

「瞑想が、退屈だったかしら」

 瞑想はヴィルマリーの担当する授業だ。

 いいえ、と言いかけて、ウルリケはやはり首を振った。

「退屈、でした」

「そうね」

 ヴィルマリーは頷く。

「瞑想が楽しいという生徒はあまりいません。けれど、魔法の基礎となる土台をしっかりと作るために、必ずやらなければならないことです。今の三年生たちも皆、やってきたことです。ウルリケ、あなたはまずそこに意味を見出すことから始めなさい。意味さえ見出せば、あなたは継続することのできる生徒です」

「……はい」

「レクト」

「は、はい」

 急にヴィルマリーに名前を呼ばれて、レクトは椅子の背もたれから身を起こした。

「あなたはウルリケの変化に気付いてくれましたね。それは、どうしてかしら」

「え、ええと」

 レクトは記憶をたどる。

「少し変だなって思ったのは、ウルリケがランプの灯もなしに暗い道を帰ってきたときだったと思います。それから、魔法を見せてもらったときに、どういうことだろうって思って。あ、いや、ウルリケの態度が前よりも柔らかくなったなって思ったのが先だったかな」

 まとまらないレクトの話を、ヴィルマリーは黙って聞いている。

「でも僕、ウルリケが変だなんて思いたくなかったから……ええと、そうだ。やっぱり、はっきりウルリケがおかしいのかもしれないと思ったのは、三年生のエメリアさんやアインさんがそう言ってくれたから」

「そうね」

 ヴィルマリーは頷く。

「あなたほどウルリケのことをよく見ている人でも、断定するには覚悟がいる。人は、二種類の目に育てられるのです。ウルリケのお母さまやレクトのような、近くからの目。そして、アインやエメリアのような遠くからの目」

 二つの視点。

 確かにそうだ。レクトは思った。

 エメリアが気付いてくれたから。それをアインに伝えてくれたから。だからアインが来てくれた。レクトは彼に相談することができた。

 そして、ウォリスの言った通り、最後にウルリケを呼び戻すのはアインやエメリアではなく、レクトの声でなければいけなかった。

「ウルリケ。あなたの一番の過ちは、自分一人で強くなろうとしたことです」

 ヴィルマリーは言った。

「一人で磨くことのできる能力には、限界があります。他人と切磋琢磨することによって能力は開かれるのです。そのためには、他人も自分と同じ水準に引き上げねばなりません。競い合うにはまず、協力し、高め合う必要があるのです」

 レクトにはヴィルマリーの言う意味はよく分からなかった。だが、彼の隣で唇を噛んでうつむいたウルリケには分かっているようだった。

「あなたたちをこの学院に集めて育成する最大の理由がそれです。別にこの学院で友達を作る必要はない。けれど、競い合う好敵手を作りなさい。そして好敵手というのは、常に敵対している存在ではありません」

 好敵手。

 そう聞いて、ウルリケは誰のことを思い浮かべたのだろうか。

 レクトは障害物競走で最後に競ったラウディの顔を思い浮かべ、さすがに身の程知らずだろうか、と思い直した。

「今日起きたことは、決して良いことではありませんでしたが、あなたたちは、自分たちの力で闇の誘惑を断ち切りました。それは得難い貴重な経験であることに間違いはありません」

 ヴィルマリーは言った。

「誘惑を断ったと言っても、私はレクトに助けてもらっただけで」

「僕も三年生たちの言う通りにしただけで」

 二人の言葉に、ヴィルマリーは穏やかに首を振る。

「彼らと違ってあなたたちは知識もない。魔法も使えない。それでも、その絆だけで乗り切ったのです」

 ヴィルマリーはにこりと笑った。

「今後の糧としなさい」

 その言葉よりも、ヴィルマリーの口から覗いたまるで狼のような犬歯にウルリケもレクトも驚いた。

 ああ、とヴィルマリーは右手を挙げて口元を隠した。

「これがあるから、あまり笑わないことにしているのよ」

 ヴィルマリーは言った。

「生徒を驚かせてしまうから」

「びっくりしましたけど」

 ウルリケが素直にそう言い、レクトがその言葉を継いだ。

「でも、かっこいいと思いました」

 ウルリケも頷く。理知的なヴィルマリーに似合わないその犬歯が、二人の目には何だかひどく魅力的に見えた。

「かっこよくはないわ。若い頃の過ちの成れの果てよ」

 ヴィルマリーはそう言うと、それから穏やかに微笑んだ。

「私の話はここまでです。二人とも、今日はしっかりと眠りなさい」

「はい」

 返事をした後で、レクトはどうしても気になっていたことを最後に尋ねた。

「先生。その小箱はどうして寮の帰り道なんかに落ちていたんでしょうか」

「そうね」

 ヴィルマリーは表情を改める。

「断定はできないけれど、こういう罠をたくさんばらまいて、小さな波を立てようとしている者がいるのかもしれないわね」

「小さな波、ですか」

「ええ。いつか大きな波に繋がる――」

 そこまで言って、ヴィルマリーは首を振った。

「確証の無いことを言っても仕方ありませんね」

 そう言って、立ち上がる。

「ウルリケは明日の朝、もう一度様子を見ましょう。身体に魔力が戻っているかどうか」





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― 新着の感想 ―
[一言] 先生、犬化したことがあるんでしょうか。 いい話でしたねー。周りのみんながいてくれてよかったです。 報告しなかったから云々のところは何かを思い出すような気がしますが、この辺の対応は先生によ…
[一言] 先生良い人〜。 …というか吸血鬼だったりします?
2023/07/17 14:24 退会済み
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