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レクトとウルリケ  作者: やまだのぼる


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37/44

絶叫

 

 やめるんだ、ウルリケ。

 レクトは声を上げようとした。

 いちいちお母さまにお伺いを立てるような、君はそんな子じゃないじゃないか。

 けれどいくら動かしても、レクトの口からは何の音も発されなかった。

 ウルリケは頬を伝う涙もそのままに、レクトにゆっくりと歩み寄って来る。

 その手には、大事そうに小箱を抱えていた。

「お母さまが言っていたわ。この学院には、お母さまのような存在を快く思わない人間がいる。だから、秘密は守らなきゃならない。本当に信頼できる人にしか、お母さまの存在を打ち明けてはいけないって」

 ウルリケは、悲しそうにレクトを見た。

「だから、私、あなたに打ち明けたのに。あなたを一番信用していたのに。結局、あなたもそちら側の人だったのね」

 違う。

 レクトは叫んだ。

 違うよ、ウルリケ。

 僕には、分かる。

 それは、君のお母さまなんかじゃない。

 だが、その叫びはやはり声にはならなかった。

 必死に口をパクパクさせて何かを叫ぶレクトを、ウルリケはじっと見つめ、それから首を振った。

「だめよ、レクト」

 ウルリケは、冷たい目でレクトを見た。

「お母さまが怒っているわ。もうあなたを許すことはできない」

 レクトの足を締め付けるツタが、その強さを増した。

 草がしゅるしゅるとレクトの身体を伝って上に伸びてくる。

 身体をよじって振り払おうとしたが、草は蛇のように茎をくねらせて巻き付いてくる。

 草が首にまで達した時、ウルリケの意図に気付いたレクトはぞっとした。

 もしかして、このままツタで僕を絞め殺すつもりか。

 レクトを見つめるウルリケの表情に変化はなかった。

 小箱を耳に近づけ、小さく頷いたウルリケは、右手を上げた。

「ほら。お母さまの力があれば、この程度の魔法ならいくらだって使えるのよ」

 レクトの身体を締め付ける草が、さらにその力を強めた。

 みしみしと、身体がきしむ。まるで大蛇か何かに巻き付かれているかのようだった。

 レクトは苦悶の唸り声を発したが、それさえも音にならなかった。

「残念だわ」

 ウルリケはぽつりと言った。

「あなたなら信頼できるって、本当にそう思っていたのに」

 それから、まだ何か叫び続けるレクトを無表情に見る。

「助けてほしいって? だめよ、お母さまは許さないって言ってるわ」

 レクトの首に、草が巻き付いた。それが徐々に締める力を強めていくと、見つめるウルリケの顔に、かすかにためらいの表情が浮かんだ。

 けれど、手の中の小箱がかたかたと揺れると、それも消えた。

「さようなら、レクト」

 レクトの顔色が、徐々に赤黒くなっていく。

 それでもレクトは何かを叫んでいた。

「そんなに助けてほしいのね」

 ウルリケは微笑んだ。

「いいわ。最後に思い切り叫びなさい。裏切ってごめんなさい、許してくださいって」

 そう言って、ウルリケが緘口の術を解除する。

「叫んだからって、助けたりはしないけどね」

 ウルリケは小さな声でそう付け加えた。

「君のお母さまがそんなことを言うわけない!」

 だが、レクトの口から出た叫びは、予想外のものだった。

 命乞いではない。助けを求めてもいない。

 ウルリケは「えっ」と言って目を見開いた。

「君も言ってたじゃないか、ウルリケ。亡くなったお母さまは、君にたくさんの人を助けなさいって言ってるんだって、だから君はこの学院に入学できたんだって。そんなお母さまが、君に僕を殺させたりするわけないだろ!」

 レクトは命乞いなどしていなかった。

 顔を真っ赤にして、口から泡を飛ばしながら、それでもレクトはウルリケのために叫んでいた。

「そんなものに負けちゃだめだ、ウルリケ! 僕の好きな君はそんなじゃない。君はそんなものに簡単に負けたりしない子なんだ! 君はこれから僕と一緒に約束した森の遊び場に行って、そこで薬草を見付けたりして、それで治癒術の勉強をもっとがんばるんだ、そんな学院生活をするんだ!」

 レクトは叫び続けた。

「君は一人でも強いけど、ラウディにだって勝っちゃうけど、それでも誰かの助けが必要なときは、そんな箱じゃなくて僕を頼ればいいじゃないか! 僕じゃ何もできないかもしれないけど、それでも僕は君の担当なんだ!」

 自分でも、もはや何を言っているのか分からなかった。

「君の担当はそんな箱じゃない! 僕だ!!」

 レクトは絶叫した。

「僕が自分で立候補したんだ!!」

 そう叫んだとき、不意に身体を締め付けていた草から力が抜けた。

 レクトはその場に倒れ込み、激しくむせた。

 レクトの叫びが夜の闇に吸い込まれ、静まり返った庭園に、レクトが咳き込む音だけが響いた。

「……ごめんなさい、お母さま」

 ウルリケは呟いた。

「レクトは、殺せない。だってレクトは私の大事な」

 そのとき、箱が激しく揺れた。

「きゃあっ」

 ウルリケの悲鳴。

 箱の中の何かが暴れ、出てこようとしている。

 そう思わせるような揺れ方だった。

「ああ」

 ウルリケは頭を押さえた。

「だめ。私、もう私じゃなくなる」

「ウルリケ!」

「そこまでだ」

 鋭い声。

 二つの影が飛び込んできた。

「おい、大丈夫か」

 地面に倒れていたレクトは誰かに助け起こされた。柔らかな優しい動きだったので、それが三年生のエメリアだと分かってレクトは驚く。

「しっかりしろ」

「僕は大丈夫」

 レクトは呻くように声を絞り出した。

「それよりも、ウルリケを」

「ウルリケ・アサシア」

 ウルリケの前には立ちはだかったもう一つの影はアインだった。

「その箱を離せ」

 箱はウルリケの手の中でなおも激しく揺れていた。

「今ならまだ間に合う。さあ」

 一瞬、ウルリケは泣き出しそうな顔をした。

 それから、大きく首を振る。

「いやよ!」

「ウルリケ!」

 アインの厳しい声。ウルリケはいやいやをするように首を振った。

「お母さまと、離れたくない」

 揺れ続ける箱に、ひびが入る。

 それを見てアインは舌打ちした。

「仕方ない」

 アインが手を突き出すと、そこから眩い光が迸った。

 光は鞭のようにしなってウルリケの手から箱を叩き落とす。

 箱は地面に転がって軽い音を立てた。

「やめて!」

 ウルリケが叫ぶ。その身体の中で激しい魔力が渦巻いた。

 それと同時に、草がアインの足に絡みつき、どこからか飛来した無数の石つぶてが彼を襲った。

 それでも三年生のクラス委員は動じなかった。

 先ほどの光を今度は幕のように大きく広げて石を防ぐと、足元の草に手をかざす。力を失った草が地面にくたりとくずおれると、アインは地面に転がる箱に手を伸ばした。

「触らないで!」

 ウルリケが叫ぶと、箱の下の地面が隆起した。箱は跳ねるように転がっていく。

「くそっ」

 アインは毒づいた。

「エメリア、僕に手を貸せ!」

 エメリアもアイン同様に舌打ちした。

「情けないクラス委員だ、たかが一年の女子相手に」

 そう言うと、腕を大きく振るう。

 見えない空気の塊が飛び、ウルリケの足元で土が爆ぜた。

「きゃあっ」

 土を頭からかぶったウルリケが悲鳴を上げる。

 その隙にアインは素早く駆け、箱を拾い上げた。

「やっぱりだ。エルオン紋の小箱」

 箱の模様を確認してそう呟くと、なおもがたがたと蠢く箱を、光を束ねた網でぐるぐる巻きにしていく。

「おとなしくしろ、こいつめ」

 箱に光の糸を、何重にも何重にも巻きつける。

「ウルリケ!」

 レクトが叫んだ。

 突然、ウルリケの身体から力が抜け、糸の切れた操り人形のように地面に倒れたからだ。

「ちっ」

 エメリアがウルリケのところに走った。

 助け起こすが、意識がない。

「しっかりしろ、おい」

 エメリアの呼びかけにも反応しない。

「ウルリケ」

 レクトも、痛む身体に鞭打って駆け寄った。

「ウルリケ、目を覚まして」

 その様子を見て、アインが顔をしかめて首を振った。

「くそ。呼びたくはなかったが」

 そう言って、庭園の奥の闇に呼びかける。

「やはり、君の助けが必要なようだ」

 その声には悔しさがにじんでいた。

「頼む」

 アインの声に応じて、闇の中から艶やかな金髪の男子生徒がゆらりと姿を現した。

 三年二組のクラス委員、ウォリスだった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] レクト何気に告白してますね。 [一言] きゃーウォリスー!!! 待ってましたぁぁぁぁ!!!!!!!!!
2023/07/15 22:07 退会済み
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