終章 新句国王・戰 その2
終章 新句国王・戰 その2
「早く兄上にお会いしたいものだ」
空いた句国王の王座を前に酒杯を掲げながら、烈は満足そうに呟いた。
句国の城を乗っ取る作業は、余りにも呆気なく終わり、後は兄王である闘を迎え入れるのみとなっている――と烈が率いる剛国軍の誰しもが思っていた。今此の場で、最も権力を有しているのは郡王位の烈を置いて他無く、即ち彼の機嫌さえ損なわれねば、全て丸く収まるのだとも。
家臣たちに、半ば侮りを以てそう思われているのにも関わらず、露程も思っていない烈は上機嫌で隣に座る斬を振り返る。
「楽しんでいるか、斬」
「……はい、兄上の御蔭を持ちまして」
素直に頷いてみせる斬に、そうか、ならば良い、と烈は益々機嫌を良くし相好を崩した。
「しかし、同じ騎馬の民の国であるとはいえ、句国には陛下が毎朝嗜まれる馬乳酒がないのが残念だ。そうは思わぬか?」
暗に、平原に出て生温くなった句国の民を扱き下ろす発言をする烈に、お追従の笑い声がゆっくりと流れる。表情を変えずに傾けていた酒杯を口元から離した斬が、恐れ乍ら、と間髪入れずに口を開いた。
「特別の祝賀の為にでしょう。僅かばかりでありますが、残存している品を探し出しております」
「――ほお、其れはまた……」
微かに烈は鼻白んだ。斬に口答えされるなどと思いもしないのは実に烈らしい。
「斬よ、其の方にしては気が利くではないか」
「恐れ入ります」
やはり、硬い表情のまま斬は頭を下げるが、機嫌が良い烈は気づく様子もない。
常日頃の烈からは想像も出来ない姿に、同席を許されている家臣たちは驚き、そしてちらちらと互いの顔を見合った。
秋の空模様に喩えられる女心などよりもずっと、烈の機嫌は変わり易い。
と言うよりも、激変する。
まるで童子のように燥ぐ烈の恩恵にあやかりながらも、穏やかな春の日差しが真冬の猛吹雪か若しくは真夏の嵐のように豹変する烈に、家臣たちは嫌という程振り回されている。
而も、今現在の烈の此の機嫌の良さは、『空元気』なのだ。
口にしないだけで、烈の躓き、しくじりと言ってもよい――兎も角、仕損じを隠す為に虚勢を張っているに過ぎない。
見栄から来る虚静恬淡さが剥がれ落ちた時、烈の暴れ狂い様を想像し、皆、ぞっ……と身震いしつつ、出来るならば嵐を知らずにやり過ごしてしまいたい、と言葉を少なくして腫れ物に触るように諂っているだけだった。
「さて……馬乳酒があるのならば、ついでに尋ねておくとするか。兄上が句国王として即位する祝の日は程近い。耳杯の用意はさせておるか?」
耳杯とは、楕円形状の酒灰を指す。
通常の酒灰とは違い、両側に小鳥の羽に似た|耳(持ち手)が着いており、其処から耳杯と呼ばれるようになった。雀ような形状のもの有り、羽觴や羽爵とも呼ばれる。
平原では主に、祝の席で多く用いられており、またそうした席に相応しく翡翠などの玉石や貴重な銀で作られているものも多い。
烈の機嫌の良さが何処まで続くか、とひやひやしながら家臣たちが見守る中、はい、と斬は感情の無い、抑揚を抑えた声で答えた。
「無論、抜かり無く」
「……そうか。ならば良い。まあ、坂杯を用意させる程度の使い、童の仕事だ。覚束ぬ、となれば無能と謗られよう」
酒気を帯びた重い息を吐き出しながら、烈が笑う。ちか、と斬の目の端に危険な色を含んだ光が輝いた。
「処で、兄上」
「――ん?」
「兄上に申し上げたき儀が御座います」
「ほう……?」
語尾を上げながら返す烈の眸には、明白な殺気が浮かんだ。家臣たちの顔色が、危険を察知して切り替わる。
「何だ? 斬よ、此の俺に面と向かって何を言いたい?」
烈は身体ごと、斬の方に向き直ると、ずい、と上半身を乗り出して来た。
斬の背後に並ぶ家臣たちは、うっ、と息を飲んだ。たった一人の烈の迫力に気圧されて、揃って仰け反るという醜態を晒す為体に赤面する余裕すら、無くしていた――斬を除いて。
烈の口元が曲がり、きり、と眼尻は上がり眉が跳ねる。
――此奴。
自分に畏れ入らぬ斬に対して、烈は激しい苛立ちを覚えていた。
此れまでの斬であれば、時分の一睨みで大いに怯み、飛び退りながら平伏叩頭していたものだ。
其れが、どうだ。
眼前の斬は、緊張に頬を赤くしながらも、真一文字に結んだ唇からは兄と己は対等である、と自身を叱咤しているのが分かる。
弟の精神的な成長に内心で目を見張りながら、許す故申してみよ、と烈は鷹揚に答えた。
「兄上」
「だから、何だ。勿体付けずに申してみよ」
「私は兄上の遣り方に賛同しかねます。いえ、はっきりと、反対致します」
「何ぃ……!?」
ぎろり、と眸を剥いて凄むと、烈は立ち上がりざまに怒号を放った。
「貴様、もう一度言ってみろ!」
★★★
怒鳴り散らす声と共に、周辺に物が破壊される痛烈な音が響き渡った。身を竦めつつ息を呑む音や生唾を飲み下す音が、其処に重なる。
剛国王弟の名に恥じない、正しく名は体を現すかのような烈火の如き怒号を発した烈の視線の先には、同じく闘の異腹弟である斬の姿がある。
血の気が引いた青白い顔をして身体を固くしながらも、だが斬は、引き締めた唇と釣り上げた眦に己の硬い意思を表明していた。
異腹兄である烈から浴びせ掛けられた罵声に対して一歩も引かぬ、と言う意思を。
「言え、と言われるのであれば、何度でも。私は兄上のやり様に同意しかねます。何卒、お考え直し下さい」
顔面を赤黒く染め、斬、貴様っ……! と烈は唸った。
「よくも言ったな! 其れでも騎馬の民の血を引く漢と胸を張れるのか!?」
フンッ! と鼻息荒く目玉を剥いた怒り顔で迫る烈の迫力に、年若い斬は気圧されて仰け反る。
「腑抜けめが。貴様がそんな有様では、陛下が侮辱されるのだぞ、分からんのか」
「……あ、兄上の為さり様は、悪戯に備国を貶めて甚振るだけのもの。上に立つ者の為す行いでは御座いません」
語気を強める烈を前に、斬は項垂れそうになる。
――膝頭が……震えて止まらぬ。
何という滑稽さだ、と心が砕けそうになるが、直ぐ様、しっかりしろ、と己を鼓舞する。
――こんな無様さで歯向かおうなどと、兄上に気が付かれでもしたなら、更に嵩に掛かって馬鹿にされるのがおちではないか! 気合いだ、気合いを入れろ! あごを下げ地面を見ようとするな!面を上げ、兄上と真っ向勝負するのだ!
だが斬は、兄の圧力に屈しまいと、心の中で己を叱責して必死で顎を上げ続ける。
だがそんな健気な弟を、ふん、と烈は鼻でせせら笑った。
「どうした? 震えておるぞ? ……最も、つい先頃初陣したばかりの、戦に対する気構えも覚悟もない甘ったれでは当然と言えるか」
「兄上!」
「其れも、だ。他国の、而も人に在らぬ身の男の浅知恵を借りての勝利だからな。騎馬の民の男として胸を張れる戦を経験しておらぬ貴様だ。世間知らずであっても是非も無しであろうな」
「兄上!!」
小馬鹿にした口調の烈に、斬は頬を紅潮させて叫んだ。
いとも容易く烈の図に乗った異腹弟を、ふふん、と烈は鼻で嘲り笑う。
ゆっくりと酒杯を傾け、残っていた強い芳香を放つ中身を一息に飲み干す烈に、怒りでわなわなとを身体を震わせながら斬がずい、と身を乗り出して来た。
「兄上。其れと此れとは話が違います。陛下の御為とあらば、私は何時でも生命を捨てるられます。そしてどんな事でもする覚悟が御座います」
決死の表情と口調で斬は食って掛かる。
ほう? と烈は片眉を跳ね上げると、面白い、と零した。
「では、其の覚悟とやらを、先ずは此の私に見せてみよ、斬」
奥に殺気を漲らせた眸で、ぎろり、と睨まれた斬は、うっ、と言葉を詰まらせる。
「どうした、出来ぬのか?」
――まるで蛇に睨まれた蛙だ。
情け無さで身震いが益々酷くなる。
此れまでの兄の言動を見れば聞くまでもないのだが、反駁する気概を見せてみろ、と余裕を以て佇む兄を前に、だが堂々と、何を見せろと言われる御積りか、と言おうとしても唇が強張り、喉が干からびた井戸のように乾いて声が出てこない。
「貴様が温情を与えた、備国王の後宮と王子を連れて来い。そして貴様自身の手で、処するがいい――出来ぬとは、言わせぬぞ。此の剛国王弟・烈の前で、あれだけの見得を切ったのだからな」
「……あ、あに、うえ……!?」
――し、知って……知っていた!?
いつ……いつ、気が付いたのだ!?
備国王の後宮と王子の事を!?
驚愕に目を見張り身体を強張らせる斬を、愚か者めが、と烈は吐き捨てた。
「此の俺が知らぬとでも思っていたのか、いや、貴様が考えそうな事など、見通せずにいるとでも思ったのか」
「……」
「だとしたら、俺も相当に舐められ、軽んじられたものだ」
答える余裕を失い、遂に視線を彷徨かせながら項垂れ、肩を落とした斬を、ハッ! と烈は小馬鹿にしたように短く笑った。
「下がれ、斬。兄上の覇道の為に役に立たんする、気概を持っているのは買ってやる。だが、頭を使うしか脳のない達者な男に感化され、口真似ばかりが達者な童子にまとわりつかれては目障りだ」
「……兄上……其れは……」
わなわなと震えながら、気力で声を振り絞っているかのように見える斬を無視して退室しようとした烈の耳を、異腹弟の強い声が打った。
「聞き捨てなりません。撤回して下さい」
「――何? 貴様、今、何と言った?」
烈は、ぐ、と上体を覆い被せるようにして斬に迫った。が、斬は何時ものように仰け反りもせずに、目を見開いて叫ぶ。
「撤回して下さい、と申し上げました。兄上が郡王となりし身を誇られるのであれば、私とて、陛下より直々に軍旗と将軍位を授かった身です。童でもなければ誰かの真似事のみ上達したのではありません」
「そぅれ、其れが口達者だと云うのだ。口だけを動かして敵兵を貶めて気楽に勝ちを得た苦労知らずが、悪びれもせずにおるとは。ふてぶてしさまで、真とやらに似てきておるではないか」
此れまでの斬であれば、烈の無体な言葉に顔を赤くしながらもすごすごと引き下がっただろう。
だが、斬は引かなかった。
膝頭をがくがくと戦慄かせながらも、踏み止まった。
斬の思わぬ反逆に、烈が一瞬、怯みを見せた隙を突いて、斬は鋭い声を発した。
「ならば兄上! 言わせて頂きます! 兄上とて、私と同じく臆病風に吹かれておいでだったのではありませんか!?」
「な、にぃ……!?」
「意気揚揚と郡王の軍に奇襲を掛けておきながら、結局、句国王の大軍旗を手に入れられなかったではありませんか!!」
動揺が、家臣たちの間に駆け巡った。
★★★
烈の放つ殺気は凄まじく、まるで巨大な窯に掛けられた鍋の中で、ぼこりぼこりと不穏な音を立てながらあぶくをたてて煮え滾っている羹のようだった。しゅうしゅうと唸る蒸気の音まで聞こえて来るようだ。
「私が知らぬとでもお思いだったのですか?」
声は上擦ってはいるが、厳しく追求する斬に、烈の眸が赤く染まり、眼尻はいよいよきりきりと切れ上がった。
「斬、貴様……」
「烈兄上、よもや、御自身の失態を私に押し付けて、陛下の不興は私に贖わせようという魂胆だったのではありますまいな?」
毛を逆立てて威嚇する野獣の如きに、烈は猛り狂った。
「おのれ、烈! 其処になおれ! 斬り捨てて呉れる!!」
叫びながら、烈が席を蹴立てて立ち上がる。
そして立ち上がりざまに抜刀して斬に向かって斬り掛かった。
激情に駆られた兄がどう出るかなど見越していた弟の方は、頬を強張らせながらも冷静に剣を抜き、思い一撃を受け止める。
しかし悲しいかな、烈の剣の腕前は斬の其れを遥かに凌いでいた。
――当然だ……兄上と私では、所詮、潜って来た修羅場の数が違う。
斬の腰から下が速さと重さを支えきれずにふらついた。
ぐうっ……、と息を詰まらせながら耐える斬を、上段から真っ二つにするつもりなのか、烈は全く手心を加えずに腕に力を込めていく。
「斬! 貴様如きが何を小生意気な! 陛下より郡王位を授かっておる此の烈を愚弄するか!」
「……私は……私は、事実を述べているだけ……です、兄上……素直に御認めになって下さい、そして……」
「ええ、喧しい!」
隠しきれぬ緊張感に脂汗を額に浮かせておきながら斬は引き下がらず、なおも反駁する。
烈は益々顔を赤くして怒鳴った。
「斬!! ああ、貴様の云う通り、其の通りだ! 私は句国王の大軍旗が手に入れられなかった! だが、其れが何だと云うのだ!」
突然、堂々と開き直る、いや居直り出した烈に、斬は絶句してとうとう仰け反った。
言葉が出ない斬に、烈は大声を覆い被せて来る。大声で迫れば、元来気持ちが大人しい斬は、自分が正しくとも気を萎えさせて鉾を引っ込めると見越しての事だった。
高を括って居丈高に振る舞う烈を前に、斬は膝頭をがくがくと戦慄かせながらも踏み留まる。必死の形相に、烈は嗜虐性を刺激されたのか、更に声を高めて怒鳴り散らした。
「何れ郡王の奴はのこのこと此の王城に顔を出す! 其の時に奪えば良いだけの事だ! 其れを何だ貴様は! 己こそ失態を隠しておきながら、兄である私を貶める発言を繰り返すとは! 許せん! 断じて許せん!」
家臣たちは全員棒立ちになって、若い王子たちを取り囲むしかなかった。
此のままでは、確実に斬は烈の手に掛かって生命を落とす。
だが、逆上した烈を諌める事が出来る人物など、此の世には只一人しか存在しない。
歴戦の勇者たちが、青くなって互いの顔を見合わせながら、まるで嫁と姑の喧嘩を見守る下人たちのように途方に暮れていると、どかぬか、と鋭く命じる声が辺りに響いた。
★★★
烈の怒りの勢いが止まり、斬の強張りが緩む。
兄と弟と、揃って出口の方へと首を向けると彼らの家臣たちは一足先に跪いて礼拝を捧げていた。
背の高い、堂々たる体躯の男は正しく偉丈夫と言うに相応しく、神々しさすら漂う威厳に満ちており、跪いている男たちに目も呉れず言葉も掛けない。
鋭く細めた双眸をし、闘は王座を見据えて歩く。
だが此の男には、此の驕慢放縦とすら見える振る舞いこそが似合っていた。
誰もが認めざるを得ない。
此の男こそが、王の中の王の器であるのだと。
王座の背凭れに手を置いて立った男は、暫くの間、座面を睨んでいた。
何を思っているのか、と烈も斬も、言い争いを止めて男に見入った。
沸点を上げきった二人の興奮とは真逆で、陶然とするでもなく勝利に酔うでもない冷めた態度、そして固く引き締められた唇からは、微かな呻き声も漏れてこない為、何も窺い知る事は出来ないのが、烈と斬の落ち着きを無くした。
烈と斬だけでなく家臣たちの間にもじりじりとした焦燥感は募っていき、部屋中に不穏な空気が充満仕切り、異様な空気に包まれる。
と、不意に男は、ふっ……と唇の端を持ち上げると、烈、そして斬よ、と漸く声を掛けた。
「双方、引け」
声の主の方を振り返った烈と斬は同時に叫んだ。
「兄上――!」
「――陛下!」
「私の前で下らぬ諍いは許さん。悋気に狂った女どもの如き言い争いは、其処までにしておけ」
反射的に烈と斬は剣を鞘に収め、額を打ち付ける勢いで平伏する。
「兄上……!」
「……陛下!」
同時に叫ぶ烈と斬の前で、男――剛国王・闘は尊大な態度で腕を振るった。
圧倒的な威圧感に、家臣たちは一斉に叩頭する勢いで平伏した。
まるで暴風に薙ぎ倒された森の木々宛らだった。肩越しに家臣たちの様子を満足気に眺めていた闘だったが、其れは王座の背凭れに手を掛ける迄の事だった。
黄金の竜が空を巡る意匠に碧玉と紅玉、翡翠に瑪瑙や水晶などが散りばめた王座を、闘は欲してやまなかった筈だ。
平原を剛国の、いや闘のものとする足掛かりとする為に、敢えて郡王・戰如きと手を結んだのだ。
――そして、其の時が来たのだ!
兄上!
何故、躊躇なされるのですか!?
王座の横に立ちはしたが、だが闘は一向に座ろうとしない。
寧ろ、内に篭もる、怒涛のように渦巻く感情を持て余しているかのように、じっと座面に凄むばかりだ。
此時ばかりは、烈と斬は一時休戦状態となり、闘の不審な動きを互いに伺いながら不安げに見守りあった。
二人の弟の煩慮になど気にも留めず、闘は王座を睨み続ける。
意図が読めない斬は、訝しげな顔付きで、遠慮勝ちにちらちらと烈を盗み見る。だが烈の方は、遠慮もなく明け透けだった。
「兄上、句国王の王座は最早、兄上のものです。どうか、平原に打って出る足掛かりとなる国を我が物とされし尊き姿を我らに……」
「黙れ、烈!」
熱を帯びた烈の言葉とは裏腹に、闘の声は山から流れてきた雪解け水よりも冷え冷えとしている。
目を瞬かせる斬の横で、うっ、と烈は息を詰まらせ、身体を強張らせた。
「あ、あに、あに、あにう、え……?」
「烈よ。私はお前に何を命じた」
闘は不機嫌さや不快さを、滅多に口調に出す方ではない。
寧ろ、笑いを交えながら揶揄するようにして悟らせる。今日のように突然に強い口調になるのは、闘が堪えきれなかった時のみだという事を烈は嫌というほど知っている。
だからこそ、言い訳をせずにはいられなかった。
否、言い訳ではない。
闘の認識を改めて貰わねばならない、そしてそれが出来るのは自分だけだ、という自負が烈の中にはあった。
「兄上、私は……私は! 兄上に覇者として此の中華平原を統べて頂きたい! ただ、その一念にのみ忠実に動いております!」
「黙れ!!」
闘の一喝が、周囲に響く。
頭ごなしに怒鳴り付けられた烈だけでなく、斬も、そして家臣たちも、びくっ、と身を竦めた。
闘の怒りの凄まじさは、正に、獣の王者である虎の如きだった。大の男たちが身の置き所の無さを感じ、雁首を揃えて縮こまる。
「いいえ! 黙りません! 兄上、何を躊躇なさっておいでなのですか!? この平原に遍く翻るべきであるのは剛国王の大軍旗しか似つかわしくない! 刻まれているべき剛国王の名は、兄上のものでなければ許されない!」
しかしそんな中にあって、自分だけは違う、とでも言いたげに烈は胸を張って闘に喰って掛かった。
「此の私が許さない! 兄上以外の者が中華平原を臨むなど! 天帝が許したとしても私が許さない! もしも天帝が平原の覇者たれと兄上に命じられぬと言うのであれば、そんな天帝など此の私が斬って捨てる!!」
数歩下がった位置から、斬は必死になって訴える烈の姿を食い入る様に見入っていた。
――私は烈兄上のように、出来るだろうか?
陛下の御為に彼処まで、魂を懸けられるだろうか?
己の全てをかなぐり捨てて仕える事が、出来るだろうか?




