24 覇者と王道 その2
24 覇者と王道 その2
「闘陛下が剛国を治められてから6年が経ちました」
真の言葉を受けて、6年、と闘は呟いた。
「そうか……もう、そんなに時が流れていたか」
闘のような男でも6年という月日に思う処があるのだろう、感慨深げに何度も頷く。笑顔で応じる真を、ちらりと盗むように見やってから、闘は遠い目をしてみせた。
闘は己の苦難を殊更に誇示して見せるような、器の小さい男ではない。
が、其れでも王座を手にするまでの紆余曲折、そして禍国と蒙国と云う強国の圧力を物ともせず、剛国と王座を守り抜いてきた激動の日々が、一気に胸に溢れて抑えられる物ではないのだろう。感慨多端の表情を隠しもしない。
敵となった兄弟と其の背後に群がる門閥貴族たちの多さ、そして母の実家の非力さと己の身内の頼り無さを比べると、闘が歩んできた苦難に満ちた道程は戰と同等、いや其れ以上かも知れない。
なのに闘は、家門内での骨肉の争いを制して勝者として君臨している。
未だに郡王として燻り、兄皇帝に顎で使われている戰などよりもはるか先を往く。
そう、闘は――堂々と、覇道を進んでいる。
「厳しくも艱難辛困の連続であったが、其れ故に充足した日々であったのも確かだ。到底、俺と父や兄たちが感じている刻の流れが、均しいものであるなどとは思えぬ。してみると、魂の満足感が深く生命を懸けただけの価値と充足感を得れば得る程、月日の流れは早いと感じるものなのかも知れぬな、真よ、お前はどう思うか」
満足気に目を細めた闘に、真は頭を下げる。
「確かに、其れは私も陛下と同様に感じる時が御座います」
「そうか、人間の感情とは実に不可思議なものだと、お前もそう思うか、真よ」
「はい。時として私も、そう思う瞬間が御座います。無論、陛下と私では、意味合いが違ってまいりますが」
同意しながら全くの同調ではない、と釘を差してくる真に、そうか、と闘は呟くと、くっく、と喉を鳴らして笑う。
自信に満ち溢れた者特有の、余裕がある笑い方だ。
「我乍ら、改めて我が治世による国内の変わり様に目を見張るが、其れについてはどう思う?」
そうですね、と真は項を触りつつ、上目遣いをしながら闘に答える。
「剛国に入り、直に此の目で陛下の施策を目の当たりにし、己の認識の浅墓さに身を打たれております。己が見て確かめるのと出処の不確かな噂でのみ判断するのとでは、天地の差程の違いがある、と痛感致しました」
「ほう?」
「剛国の変貌ぶりは驚愕しか得ません。禍国の先帝・景皇帝陛下が御代と比して、国力の逆転を痛感しております。最早、此の平原一の強国を名乗る資格があるのは、禍国ではなく剛国でしょう」
「此れはまた……」
王である自分を前にして持ち上げて来るのは兎も角、自国である禍国を貶すとはな、と闘が面白そうに真の顔を凝視する。
「えらく、此の剛国を持ち上げて来るではないか。お前が其の様に素直だと、かえって気色が悪いものだな」
「嫌ですね、陛下。何処まで私を悪辣で邪な男であると思われているのですか?」
態とらしくとぼけた口調で拗ねてみせる真に、其うれ、そう言う事をしたり顔で言わぬ処がだ、と闘は声を立てて笑った。
★★★
笑う闘に、暫し付き合って笑みを浮かべた真だったが、居住まいを正すと、恐れ乍ら陛下、と口調も改めて声を掛ける。
「何だ? 許す、申してみよ」
「では――陛下。剛国は元来、砂漠に根幹を持つ騎馬の民であるのを誇りとする国。ですから、陛下が国内い急速に推し進められておられる平原化の政策は本来であれば、畏敬の念どころか蔑視嘲笑の対象となる筈です」
真は軽く目を伏せると、話しながら無意識的に左腕を擦った。
「であると云うのに、烈殿下や斬殿下の忠誠心は益々厚くなるばかり。陛下を欽仰し崇拝する事、天帝を敬うが如しです。此れは即ち、陛下が発せられた政策綱領より豊穣な国となりし剛国に、万民が心酔しておればこそ。禍国の新帝として玉座に在られし建皇帝陛下は、どうでしょう? ただ、御自身の欲求を満たすことにのみ専念されておられます。家臣は追従するばかりが残され、苦言を呈する者は尽く首を切られ城を去っている有様、皇帝は国を喰い潰すであろうと、既に地方の領民ですら口の端に乗せて嘆いております。栄枯浮沈とは良く言い表したもの。遠からず禍国は大きく荒れ、屋台骨を揺らがせ、自ら崩壊して行く途を辿る事でしょう」
「……ほう……」
闘のような男でも、領民を思う施政と家臣からの忠誠を集めている王としての姿を褒められて悪い気はしないのか、表情を緩ませてみせる。
だが、口にしては別の言葉を投げ掛けた。
「なかなか、興味深い話しだ。だが、真よ。敵国の王である此の俺に、禍国の内情を晒してよいのか? 郡王に類が及ぶぞ」
構いません、と真は肩を竦めると、遠く、此処に居らぬ誰かを見るような表情をしてみせた後、当て擦るような笑みを浮かべた。
「私程度の男一人が意気がって隠した処で、事実は何れ何処からかより露見するものです。其れに、私を使って戰様を貶めようとするよならば、かえって好都合と言うもの。堂々と、回天の偉業の切掛とさせて頂くだけの事です」
遂に本音を漏らしおったか、と腹の中で呟きながら、ふっふ、と闘は不敵に嗤う。
「お前なら、そう言うであろうと思ったぞ」
悪戯が成功した悪餓鬼のように笑い続ける闘を前に、真は何とも言えない中途半端な、ぼうっとした表情で後頭部の後れ毛を掻き上げる。
「――何よりも」
「何よりも?」
「陛下は疾うに知っておられる事ですから。剛国の花めく隆々発展に反して、急速に衰退し、末路の坂道を転がり出している禍国の現状を」
闘は勢い良く顎を跳ね上げて、いよいよ高く嗤う。
そんな激しさすらも、闘と云う漢は様になった。
「何方も事実だ。が、花めく、とは、また真よ、麗しくも甘い言葉で堂々と誑し込んで来るな」
笑いながら、闘は肯定してみせる。
明らかに、真の次の言葉を期待している。しかし真は、そんな闘に対して、ですが、と冷たく言い放つ。
「ですが、何だ?」
「ですが陛下、陛下が心底から求めてられておられる剛国の変化は、残念ながら有りませんし有り得ません。此れまでも――そして此れからも」
闘は、ぴたり、と笑い声を収める。
そして、何ぃ? と捻るようにして片眉を上げつつ真を睨んだ。
★★★
「よくも言ったな、真よ。……此の俺が求めている変化が、剛国に起こっておらぬ、だと?」
「はい」
烈という横槍が入らないからだと気が付いているのかいないのか、闘は真との会話が途切れずに進む事に奇妙な喜びを感じていた。
と同時に、揶揄するのではなく、ただ淡々と真実を口にしているだけだと言わんばかりの平坦な声音が闘の胸の奥にある王者としての自尊心に爪を立ててくるのを感じてもいた。
だが闘は、王の威信に懸けて、真の言葉をひていせねばならぬと威嚇はしない。
烈や斬を筆頭とした兄弟たちは自分を賛美する言葉を惜し無いが、決して意見を述べようとはしない。
其れが闘には不満だった。
――尊ばれるのは構わん。
尊貴なる身と敬われ畏れられる、其れでこそ王者。
だが俺は烈や斬、家臣たちに、称嘆しておれば良いと思われる程度の矮小な男だと思われているのか?
己の意見を、俺にぶつけて来る者は居らぬのか――?
当初、確かに自分は烈たちからの支持を獲得して即位した。
まるで噴出する火山の炎のように、新時代を切り開く熱で、彼らは自分を盛り立てて呉れた。
あの頃の情熱的な、そう全身を焦がし尽くすような、煌々と火の玉が輝いている熱狂とは、また別種のものに取って代わられている。
自分を見る目が、変化してきている。
――烈でさえも、俺に対する目付きが違う。
烈も、斬も、忠義に厚い功臣であると認めている。
慕って来る姿に確かに兄弟である、血の繋がりがある、と感じて愛情も覚えている。
だが、拭い去りようのない、違和感を闘は常に感じていた。
此の違和感の根は、一体、何時から始まったものなのか。
そして、烈だけの話なのか。
斬は? そして斬以外の兄弟、家臣たちは?
深く考えようとは闘はしなかった。
いや、してこなかったのだ。考えるのが怖ろしい、と尻込みしていた、というのが実の処だった。
闘には珍しい、いや考えられぬと言えるだろう。
闘にとって思考するとは、即ち旗幟を鮮明にする事であり、そして烈を始めとした家臣たちが揚言をする新時代の構想とのぶつかり合いで無くてはならない。
己の内側に、落ち葉に隠れた沼地の様に潜むこうした小胆さや怯懦さを、再確認する為のものではないのだ。
――そうだった筈だ。
だが闘には、其の最後が何時であったのかが、思い出せない。
急に、闘は胸の内側に、ぽかり、と空虚な音を立てて空洞が出来たように感じた。
だが、真に悟られる訳にはいかない。
「剛国の変貌に目を見張ると言いながら、国に変化は無い、だと?」
にや、と口元を歪めて平静を装う闘に、はい、と真は何処までもにこやかに答える。
「恐れ乍ら、陛下。陛下と初めてお会いした祭国での一件より今日まで、何一つ。そして此れからもまた、と断言致します」
「相変わらず、おかしな事を口走る奴だ。俺を激昂させて、話を惑乱させて筋から躱そうとする姿勢は変わらんな――そう言うのを、何と言うか、知っているか?」
「何でしょう? 後学の為、教えて頂けますでしょうか?」
「……変わらんな、貴様は何時でも……そして何処までも」
闘は不機嫌さと、其れとは真逆の、可笑しみが混じり合った複雑な笑い声を零した。
「良かろう、特別に教えてやろう――それはな」
「其れは?」
「詭弁を弄する、と云うのだ」
「畏れ入ります。流石、陛下ですね」
笑みを浮かべて軽く目を伏せつつ、何食わぬ顔で答える真に、阿呆めが、阿諛追従は必要ない、と闘は不機嫌そうに顔を顰める。
「ならば、真よ。郡王は祭国で何をした? 俺が国内に広めた平原の食物や習慣のように、我ら騎馬の民の衣服や馬具を本腰を入れて取り込んで広め、燕国で盛んな蕎麦を推奨し、陽国式の鉄器を造り上げんと遼国と手を組んでいるではないか」
「随分とお詳しいですね」
隣国を弱小国家などと侮らず、常に祭国に対して危機感を持ち探りを入れているのだぞ、と真正面から告白してきた闘に対して、真は微動だにしない。
揺ぎを見せない真を前に、当然だ、と闘は目を光らせる。
「郡王も人の事は言えまい。此の数年、貴様の父親の兵部尚書が国境附近で怪し気な動きをしていただろうが」
「陛下、お間違えをなさっては困りますね。父は禍国の兵部尚書です。戰様の家臣ではありません」
己を前にしても全く畏れ入らぬ真を、猛き王はギラギラと底光りする双眸で容赦無く睨みながら笑った。
★★★
「お前が郡王に仕えているのだ。何方にしても同じ事だろうが――」
くっくっく、と喉を鳴らして身体を震わせ笑っていた闘だったが、遂に堪えられなくなったのか顎を上げて豪快に笑い出した。
「――真よ。では俺から問うぞ」
「はい」
一頻り王の間に笑い声を響かせた後、闘は身体を傾かせると、じろり、とまるで獲物を狙う虎のような目付きで真を見やる。
「古きを尊ぶ祭国で、それらを一気に推し進めている郡王の治世、此れを変化の潮流と言わずして何と云う? 貴様たちはそうは思ってはおらんのか? 」
「そう見えますか?」
「見えるから言っている。何れ宗主国であう禍国の喉元に噛みつき、平らげ、併呑する積りでいるのだろうが。で、なくしては、此処まで国力増強に躍起になるまい。祭国の独立自存。周辺諸国を巻き込んで戦火を起こし、禍国が弱りきった処での帝位の簒奪。此れこそ、お前が郡王に嗾けておる策だろう」
「そうですか、陛下にはそのように見えておりますか」
「見えいでか」
惚けた物言いで、真は項を掻いた。
のらりくらりとした何とも腰引けた態度を崩さず、腹の底を見せようとしない真を、闘は双眸に危険な光を宿しながら睨み続ける。
有無を言わせぬ、そして言い逃れと迂闊な受け答えは一切許さぬ、と闘の眼光は物語っている。
家臣たちであれば、忽ち冷汗に身を濡らして平伏し命乞いの言葉を無意識の内に発している此の鋭い視線を、だが真は気にする様子もない。
まるで何か楽しい宴の席での余興を見た、とばかりに膝をぽん、と軽く一つ打ち、丸めていた背筋を伸ばす。
「陛下」
「何だ、真よ」
「父王の恩に対して、武を以て過ちを補い遺ちたるを拾う、そう、陛下の為さり様は正しく覇、覇者として名乗るに相応しき行いです」
「……何が言いたい? 急に諂い、持ち上げて来るとは。今度は何を企んでいる?」
「嫌ですね、陛下。私をそんなに腹黒い人間だと決め付けておられるのですか?」
「真よ、お前が清麗高雅な人間だと褒めそやす言葉に首を縦に振る輩は、余程の馬鹿間抜け阿呆の無能者の類であろう。何しろ、人を煙に巻く技についてお前の右に出る者を俺は知らん」
惚けた表情で、おや、陛下に於かれましては、ばれておりましたか、と言いながら、真は首筋を掻いた。
「まあ、佞悪醜穢と罵られるよりはましでしょうか」
「ふん……罵られた処で畏れ入るような玉でも、失意に溺れ心に闇を抱えるような殊勝な輩でもあるまい」
「酷い言われようですねえ、陛下に於かれましては、私の事をそのように見ておられたのですか?」
「当たらずと言えども遠からず、であろうが」
話題を、右に左に揺れる木の葉のように真は変えるが、何を今更、と闘は乗せられる事無く鷹揚に笑い、往なしてみせる。
彼方此方に話題を変えて此方を煙に巻くのは真の常套手段だと、思い知っている。
特に国外に向けては、自分が父王を弑逆して王座をに継いたのだと漏れぬ様に細心の注意を払って来ている。
真の方も、既に此の手段が闘に通用しないと悟っているのか別段慌てた様子も見せず、変わらず淡々としている。
「真、腹を割れ。そして端的に申せ。俺は気に入った奴には気が長い方だが、国王だ。諄すぎる嫌いのある奴に何時までも目を掛けて遊んでやれる程、暇ではない」
「ですね、急に気を変えられては堪りませんので……」
では、と真は大きく息を吸い込んだ。
「何を言いたいのかと申しますと――つまりですね、陛下が先剛国王を弑し奉ってまで求めた剛国です。よもや、おいそれと潰す気は御座いませんよね、と云う事です」
「……何?」
★★★
同一家門の者に対しての弑虐と簒奪は、平原でも砂漠でも、深く恥ずべき行為だ。
相手が実父や兄であれば尚の事、批難の対象となり、そして付け入らせる隙となる。
だから闘は、他国に情報が漏れぬよう細心の注意を払ってきた。
――其れを、真め。
睨む闘を前に、真は涼しい顔付きで跪いている。
陛下、と真は区切ると大きく息を吸い込んだ。
「別にその件について、陛下を譴責しようとは思っておりません。戰様にとって、陛下が剛国の王で在られる方が都合が良かったですし、陛下も、期待されておられたのではないのですか? でなくては、戰様が郡王として立たれたあの日、雲突く山を一気に駆け上がるとする悍馬を乗りこなしてみせよ、と此れ見よがしに数多の皇子様方の眼前で贈ったりなど致しません」
ふん、と鼻を鳴らして肯定する闘に、にこ、と真は笑い掛ける。
「最も、禍国の王城にはもう、戰様が剛国と誼を通じている、として糺して地位を剥奪し生命を奪うだけの頭脳を持ち合わせている方は居られませんでしたが」
「其れはお前にとっては、何よりだったと言えるな」
「はい、陛下に於かれましても。長じてみれば、陛下の目論見は願い通りとは参りませんでしたが、其の方が何かと御都合が宜しかったと言えます」
「俺にとって、どう、都合が良かったと云うのか」
「其れを、私如きに指摘させて宜しいのですか?」
「此の場に、烈は居らぬからな」
笑う闘と肩を竦める真の間で、静かに視線が火花を散らした。
「陛下が富国強兵の策を徹底され、剛国が平原に我有りと覇を唱えるだけの力を蓄える間。戰様が禍国を乱して呉れるのを、陛下は大いに期待されておられました」
「……」
「そして陛下にとっては実に有難い事に、戰様は望み通りに動いて、いえ、踊って呉れたと云えるでしょう。戰様が禍国と祭国の間で呻いておられる間、陛下の国策は次々と成果を挙げられ、剛国の国力は文字通り、右肩上がりに増強させられました。北方に領土を構えながらも剛国は禍国を凌ぐ程に富み、家臣は敬畏の念を抱いて陛下に仕え、民は限り無い恭敬の心を以て陛下と国を愛しております。実に素晴らしい」
「其処まで分かっていながら、俺のした事が無駄になる、とはどういう意味だ」
「……」
「答えろ、真」
★★★
闘の声音は半可な答えは許さないとする、恐ろしいまでの厳しさがある。
が、其れ以上に、真の答えを聞いてみたいという好奇心の方が旺盛だった。
上半身を、ぐ、と乗り出す闘に、どうか、お慌てなさらず、と真は一呼吸置いてから話し始める。
「陛下。剛国の民も家臣も、陛下の武ばかりを見ているのです」
「俺の、武辺を、だと?」
何を云い出すのかと思えば、と闘は眉根を寄せるが、真の真剣な表情に、続けろ、と手を振った。
「陛下が剛国を愛するが故に行って来た数々の施政の本当の意味を知る者は、残念ながらただの一人もおりません。剛国の民は、陛下にはただ、分かり易く王として崇め奉る事が出来る綺羅びやかな覇道を望んでおり、そして剛国建国以来の覇者としての御姿を惜しみ無くお見せになられる陛下を、だからこそ褒め称えているだけです」
ガタ、と音を立てて、闘は背後に殺気を漲らせながら王座から立ち上がった。
「陛下の原点と御立場は、実は、戰様と然程お変わりになりません。然し乍ら、陛下は王座を手に入れられた。此れは戰様と陛下の歴然たる差です。陛下が至尊の冠を手にされるまで、身内の同士討ち……いえ、幾多の戦場を駆け抜けられた事でしょう。そうなるまで、陛下は武辺以外の御姿を示して来られたからこそ、多くの御兄弟や豪族諸侯は陛下につかれた。父王陛下や王太子たる兄王子殿下ではなく、陛下こそ、と思わせたのは、何なのでしょうか? 陛下が、御自らの理想、宿願、大望、雄志を叶えんが為、後世に国を転覆させた姦雄、家門潰しのと謗られる事も厭わず王座を奪い行ってきた内政です」
闘の殺気に気圧される事無く、真は涼やかに続ける。
「――なのに今、陛下の崇高なる初志を覚えておられる方はどれ程居られますでしょうか? 烈殿下を見ておれば瞭然。陛下の価値は、武に依るものとしか、認められていない」
「……黙れ……」
「烈殿下の今の行いを見れば明らかです。ただ、陛下に己の武辺を認めて頂ければ其れだけで良しとしている姿勢。此れを指して、陛下の理想も信念も、何を成そうとしておられるのかすら、問題にされていない。陛下の思惑など、どうでも良いのです、彼の方々は。」
「……黙れ、真……」
「お気の毒な事です、陛下。剛国の民は、愚かな父王と兄王子を誅し機運を自ら開いた、絵物語の英雄譚宛らの覇者であられる陛下しか、見ていない。真実、万民を思われて心を砕き、呻吟されてこられた陛下の内政を、誰にも、最も近い位置に置いて愛でておられた烈殿下にすら、目を向け心に留めて貰えておられぬとは」
「黙れ、と言っている!」
「ですが其れは、陛下が其れまでの王であったという証拠に他なりませんから、謂わば自業自得と申せましょう」
「黙れ! と、俺が命じているのだぞ、真!」
激昂する闘の前で、真は軽く息を吸い込むようにして、唇を閉じる。
荒々しい息遣いのまま睨む闘に、恐れ乍ら陛下、と真は微笑みながら頭を垂れた。
「陛下。私は陛下の家臣ではありません。其の御命令には、従いかねます――喩え、生命を取られようとも」




