参謀長は休暇を延長します
陽光を跳ね返す、銀の婚礼衣装が眩しい。
貸してくださったカロッサ王ご夫妻には申し訳ないが、自分の色だと主張するには少し明るい銀だなと、一瞬だけ思ってしまった。
この陽射しの下なら、私の暗めの銀髪も少しは明るく見えているだろうか。
本当は何もかも一から準備して臨みたかったのだろうに、それでも輝くような笑顔を見せてくれる。
本国に着いたらちゃんと準備をしてお披露目を行おう。
父や祖父母たちも絶対口も手も出してくるだろうし、なにより私自身がしてあげたいから。
そう言ったら、困ったようにしながらも、嬉しいですとまた笑ってくれた。
ああ、本当に、愛おしい。
ようやく見つけた、私の―――――
微かに呟きが聞こえた気がして、部屋の主は荷造りの手を止めた。
移されたばかりで本人もまだ全く馴染めていない自室の、真新しい寝台にそっと歩み寄る。
半分だけ閉じた天蓋をそっとめくると、静かな寝息を立てて熟睡する『眠り姫』が見えた。
目覚めている様子はないから、先ほどの呟きは寝言か、でなければ空耳だったのかもしれない。
音を立てないよう気を付けて、そっと寝台の縁に腰かけてその人の顔を覗き込む。彼の幼馴染でもあるルシアン王太子も言っていたが、整いすぎている容貌を一言で表現するなら、確かに『美人』が一番しっくりくる。
暗銀の長いまつ毛に縁取られた瞳は今は閉じられ見えない。今日はいつにも増して肌が透き通るように白く見えたのは寝不足からきていたのか。こうして近づいてよく見ればうっすらと隈もできている。
「……貴方は本当に、わかりにくいのだから」
晴天の空の下で竜達に祝福されての婚姻式を終えた後、ささやかではあるが祝いの席が設けられた。
竜王ナザレにより拉致されてここに居るが、ルシアン王太子は本来カロッサからすでに出国している身。できるだけ速やかに船団へと戻らなければならない。
招集された竜使達も、王太子が王都へ戻るまでの残り数日、今度こそ本当の休暇となる。
「使節団は明日ターレ港入りした後は、王都まで飛空艇で三日の行程の予定だ。
地行魔法なら、半日もあればカロッサから王都エリサールに戻れるだろう。
カロッサ出国をいつにするかは各自の判断に任せるが、使節団到着までには竜伯に帰還報告を行うように。」
「了解致しました、ザクト竜使長」
先ほど夫となったばかりの人が『竜使』の顔で指示を出すのを、レイリアは隣で見つめていた。
内苑で一緒に過ごした数日の間も何度か通信魔道具で指示を出すところは見てはいたが、基本は『休暇中』という感じだったので不思議な感じがする。
植物を調べている時の『学者』風な彼ではない、『騎士』の顔の彼はこんな感じだろうかと。
そんなレイリアの視線を感じたのか、竜使たちとの話が終わったカルセドニクスがふわりと笑って彼女の頬に口づけを落としてくる。
銀面の竜使たちから口々に「おぉぅ」という形容し難い声が漏れたが、レイリアは聞かなかったことにする。
「準備ができ次第、私達も発つよ、レイリア」
「フェアノスティ王都へ、ですか?」
「いや、新婚旅行へ」
「え…? でも国王陛下や御父上にご挨拶、とか…」
「そんなの後回しだ。
こちらに来る前、陛下にご報告した際に休暇の延長をお願いしてきた。
婚姻休暇だ。本当は2カ月くらいお休みが欲しかったのだが……」
「2カ月て」
無理だろそれ、と言ったのはルシアン。
「でも、陛下と宰相とに猛反対されて」
だろうな、と苦笑交じりに呟いたのは竜使の銀面をしたままのフラシオン。
「でもなんとか1週間の休暇延長はもぎ取ってきた。
その間に、王都の屋敷も貴女を迎えるための準備が整うはずだから。
フェアノスティに運ぶ品々は後ほど送ってくださるということなので、その時はザクトの高速艇を手配しよう。
だからレイリア、ひとまず小旅行程度の荷物を用意して貰えるかな?」
わかりました、と答えたところで、レイリアが隣の新郎の顔色がよくないのに気づいた。
「カルス様…?」
「その間、私はちょっと仮眠する」
「え、仮眠…?」
仮眠ときいた竜王他フェアノスティ組が、一様に「あ。」と声を上げた。
「参謀長……ここ数日、寝てなくない?」
「そういえば……」
「え!?」
竜使たちの話からカルセドニクスのここ数日の行動をまとめると。
使節団到着から5日目の夜、内苑にて作戦のあらましを報告し、その後翌朝まで準備や作戦内容の確認に追われ、
6日目には作戦通りマルス公子他の身柄を抑えた後ネリーの環廻を見届け、その後スファルトードに向かい公王他をスファルトードからカロッサに移送し、公国内で集めた証拠品の数々を分析し、
さらに7日目までには北の魔導士集団の拠点を特定し、ナザレの加護を得て北に向かって単独で夜通し殲滅戦を行い、
8日目の朝方には殲滅を完了し、事後処理を竜宮から来た竜使たちに任せ、
その後フェアノスティ王城に立ち寄りフェルナン王や宰相たちに報告などを行い、そのまま取って返して内苑で資料を片付けながらレイリアの来るのを待っていた、ということらしい。
つまり―――――
「もう3晩もちゃんと寝ていないではないですか!」
「地行魔法で移動しているので魔力は全回復しているから」
「そういう問題ではないでしょう!?
魔法使いってこれが普通なんですか!?」
新郎を指差してそう言う新婦のあまりの剣幕に、フェアノスティの面々がふるふるふるっと首を横に振り否定する。
「確かに睡眠だけは足りてないがわりと平気…」
「寝てください!今すぐ!!」
とにかく寝かせねばというレイリアと大丈夫だとゴネるカルセドニクスを、ある者は苦情混じりに、ある者は微笑ましく見守って、少し早いがそろそろお開きにしようということになった。
せっかくの宴席を切り上げる形になったことをルシアンやナザレに謝罪すると、常よりも能動的に動き回るカルセドニクスに休息を取らせなかったことを逆に謝られてしまった。
「すごく怒ってたのもあるだろうし、他ならぬ大事な女性の為だから眠気を感じてる暇もなかったんじゃないかな」
そんな風に笑いながら、フェアノスティ王国御一行はカロッサ王宮から辞去していった。
レイリアとしても慌ただしくなって申し訳ないとは思ったが、あちらの国に渡った後にまたあらためて礼をしようと笑って見送ることにした。
そして彼らを見送った後、レイリア自身が引っ張って行って私室の寝台に押し込んだら、案の定、カルセドニクスはすぐに寝息を立て始めたのだった。
カルセドニクスが眠ったのを見届けた後、レイリアは姉や侍女たちに手伝ってもらい荷造りをしたり、両親も交えていろいろな話をしたりして過ごした。
婚姻式から数刻経ち、傾きかけた柔らかな日差しの入り込む室内は、ほんのりと暖かい色に染まっている。それを差し引いても、眠っているカルセドニクスの顔色も少しは良くなったように見え、レイリアはほっと安堵した。
「あまり無理をなさってはいけません」
彼女の呟きが聞こえたのか、ゆっくりと灰青の瞳が開いた。
ゆらゆらと視線を彷徨わせたのは一瞬、レイリアをその視界に捉えて破顔する。
「……それほど、無理はしていませんよ」
「横になった途端に眠りに入ってしまうような状態で、何をおっしゃいますか」
「…すみません」
「ご自分のことを心配性だとおっしゃるなら、貴方を心配する側の苦労も慮っていただきたいですわ」
「…返す言葉もありません」
「敬語に戻っていますよ?カルス様」
「………癖なんだ」
頬に伸びてきた彼の手に擦り寄るようにしながら、レイリアも自分の手を重ねた。
「それでもいつかのように倒れなかったのは、褒めて差し上げます」
「はは……そういえば、初めて会ったときも、貴女に介抱されながら叱られたのだった」
もう一方の手も伸びてきて、引き寄せられた。
そのまま彼に身体を預けながら、そのときのことを思い出しレイリアもくすくすと笑う。互いの忍び笑いの振動が伝わる距離に居られる幸せが、じわりと二人の間に満ちてくる。
「少しは休めましたか?カルス様」
「おかげ様で。
レイリアは、ご家族とはお話できたかな?」
「はい」
「こんなにも急に貴女を連れて行ってしまうのは、本当に申し訳ないが」
「それはもう言いっこなしです。寂しくはありますが、二度と会えないわけではないですし」
そうだねと言ったきり、黙ってしまった。
そのまま暫く身を寄せ合っていたが、やがてカルセドニクスはレイリアを腕に抱いたまま起き上がる。寝台に座って華奢な身体を自身にもたれかからせたまま、カルセドニクスは静かに話し始めた。
「実は、もう一つ……貴女に話さねばならないことがある。
本当なら、求婚する前に話すべきだったのだが」
「………なんでしょう?」
真摯な声音でそう言った後小さく息を吐いた彼にいったい何を告げられるのかと、レイリアも身構える。
「竜騎士の、力のことで」
「はい」
「竜騎士は、加護を与えられた竜からその力の一部を受け渡されて使う」
「はい」
「その際には外見の変化を伴う。
竜と同じ皮膜の翼がはえて、体に鱗が浮かんだり、あとは…」
「瞳の色と、瞳孔が変化したりするのですよね」
「その通りで………………え?」
竜騎士の変化についての説明を補足してみせたレイリアに、カルセドニクスが固まった。
「どうして、知って……」
「カルス様が私の家族と話されていた時、クラリッサちゃんが銀面を外してくれましたので。だってそのままだと、お茶も飲めないでしょう?
ダカス卿たちからもいろいろ伺いました。
それに、マルス公子と対峙した際には、カルス様も同じように変化されていましたよね?」
「………………覚えて、いたのか」
あの日、といってもたったの2日前の出来事なのだが、レイリアは呪具と竜卵の両方から魔力を吸われ魔力切れで昏倒寸前の状態だったはずだ。
だからマルス公子の身柄を抑え込んだときに竜騎士に変じたカルセドニクスのことも覚えていないだろうし、恐怖や苦痛を伴う記憶なら思い出さないままの方がいいだろうと、今に至るまでカルセドニクスはあえてレイリアには何も話さなかった。
「てっきり、あの時のことはあまり記憶に残っていないのかと…」
「最初は朧気でした。でもだんだんと鮮明に思い出してまいりました。
カルス様は、12歳で竜宮の修練を終えられたと聞きました。
竜騎士になったのはその時ということですか?」
「いや…リトニスと守護の盟約を結んだ後だから、初めて竜騎士の姿なったのは、確か6歳の時だった。」
「まぁ…」
「幼い頃から竜の盟主となり、次いで最年少竜騎士となり……
類まれな才能を持っていると周りの者たちが誉めそやしてくれる一方で、大きな力を持つ私は普通とは違うものとして一線を画されてもいた。
それでなくとも、竜騎士の姿を恐れる女性は多いから」
「それも、皆様から聞きました。そのための銀面だと。
でも、私は竜と関わるカロッサの娘。
そして最後の竜卵の揺籠で、竜の代母です。
見くびっていただいては困りますわ」
「レイリア……」
胸を張る愛しい人に、カルセドニクスの顔に安堵が浮かぶ。
レイリアがどう思うのかは彼女次第。
それでも自分が思っていた以上に、彼女に忌避されることを恐れていたのだと少し驚いてもいた。
(ああ、本当に、この方は私の女神だ)
「レイリア、愛して……」
「それとね、カルス様!
ナザレ様が幼い頃のカルス様はとても愛らしかったと、いろんなお話をして下さいましたの!」
「……は?」
「初めて歩いた時の事とか、あ、もちろん生まれたときのこともですわ!」
「え……」
「初めて話した言葉が『ゆぅ(竜)』だったとか、好きな果物をお腹いっぱい食べすぎて晩餐が入らなくてお義母様に怒られたこととか」
「ちょ、待って……あのお喋り竜、いつの間にそんなことを」
カルセドニクスも、自分が隣を離れた際にナザレや竜使たちと何やら盛り上がっているなと思った記憶はある。ナザレはともかく、他の竜使たちともあっという間に打ち解けたなと感心していたのだが、まさか自身の幼少期の話をされていたとは予想していなかった。
(油断した………)
ナザレが自分にとっては幼い時のことなどを面白おかしく話す厄介な存在であることを、カルセドニクスはあらためて思い知った。
しかも、次にレイリアが話した内容に追い討ちをかけられ、柄にも無く頭が真っ白になる。
「その頃のカルス様のことを私も見たかったと言ったら、念話でザクトのお義父様に話してくださって」
「は…? 父に? 何を!?」
「フェアノスティ王国に着いたら、カルス様が幼い頃の映像を記録結晶の魔道具で見せてくださると約束してくれたのです!」
「記録結晶!? そんなものがあるんです!?」
「生まれた時からずっと、記録を残しておられるそうですよ」
「そんなのがあるなんて聞いてないけど!??」
「あら、どこの家にでもたぶん多かれ少なかれありますよ。
こどもの成長を残すのって素敵です。
カロッサでは肖像画にすることがまだまだ多いのですが、記録映像を残せる魔道具が一般に流通しているなんて、さすが魔法王国フェアノスティですね。
私たちの子が生まれたら、その子の記録もしっかり残しましょうね」
「はぃ!?」
「カルス様は年下の子にすごく懐かれるからきっといいお父様になるとルー義兄様が」
「レ、レイリア、ちょっと」
「子供の髪はカルス様に似た銀も素敵ですが、やっぱりディアートみたいな金髪でしょうか」
「レイリア……ちょ、一旦止まって……」
「男の子でも女の子でもきっと愛らしいと…………
あら?カルス様、お顔が真っ赤ですよ?」
「………お願い、ちょっとそこまでで……いろいろすぎて、一度に処理しきれない………」
「……はい。」
こつりと額同士を合わせてきたカルセドニクスは、顔どころか耳も、首から上全部が湯気が出そうなほど赤くなっている。
寝起きだから感情の箍が緩んでるのかなと思うくらい、彼にしては新鮮な反応だ。きっとルシアンたちに話しても信じないだろうとレイリアは思う。
「子供の時の話とか、なんだかいたたまれないというか、こっ恥ずかしいというか……」
「私は嬉しかったですよ?
フェアノスティでお義父様にお会いするのが楽しみになりました」
「あまり、揶揄わないでください。」
揶揄ってないしまた敬語に戻ってると思ったが、これ以上はつつかない方がよさそうだ。
ここは素直に「ごめんなさい」とレイリアは謝っておいた。顔が緩んでしまうのは止められなかったけれども。
「それに、こどもの、こととか……なんていうか……」
「カルス様は私との子は望んでくださいませんの?」
「もちろん欲しいです!
けど………急に言われると、照れてしまう……」
「まぁ。ふふ…王国騎士団参謀長ともあろう方が?」
「笑わないでください………仕事一辺倒で、色恋沙汰は経験がないんだ」
「カルス様が? ほんとに??」
「初恋なんだって、言ってなかった?」
初恋はどうかわからないが、色恋沙汰未経験は無いだろうなぁと、カルセドニクスの秀麗な顔立ちを見ながらレイリアは思う。
「………信じてないね?レイリア」
「カルス様は悪い大人ですもの。」
「正直、貴女に出会うまでは結婚するなんて微塵も考えてなかった。ザクト伯は継ぐけど、養子をもらって次代の辺境伯として育てようと、本気で考えていたから。
貴女以外には、爪の先ほども心が動かなかったんだ。」
少し赤面が収まりつつあるカルセドニクスが、レイリアの頬に唇を寄せてくる。経験がないというなら、この手慣れている感じは生来のものということか。それはそれで恐ろしい。カルセドニクス本人はなんとも思っていないところで、やはりいろいろあったのではなかろうか。
(あちこちのご令嬢方に恨まれることになりそうだわね)
ちなみにレイリアの初恋は、多分ダナンだ。
小さい女の子のよくある淡い憧れで、恋と呼ぶのもどうかという程度の思い出である。
その時、至近距離で見つめる灰青の中に、微かに混じる色を見つけた。
「カルス様の瞳、近くで見ると少しだけ紫色が混じってますね」
「ああ………産まれたばかりの頃は、瞳全体ももっと薄紫に近い灰色だったらしいけど、だんだん青味が強くなって。
今は虹彩が少しだけ、紫がかっているくらいだね」
「だから、原石の玉髄の色が薄紫だったのですね」
「生まれてすぐ選んでくれた物だからね。
今はもう紫色はすごく近くで見ないとわからないくらい微かだから、知ってるのは両親と、レイリアだけ。」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃないよ。レイリア以外、今まで女性をこんなにも近寄らせたことなんてないんだから。」
「男性の睦言は話半分と思えと、姉に習いましたわ」
「酷いなぁ……」
拗ねたような呟きも、本当なのにと口を尖らせる様も。
年上の男性なのにどうしても可愛く思えてしまう。
レイリアの中に、悪い大人に騙されまいという気持ちが全部なくなったわけではないが、少しくらいなら見たままそのままを受け取ってもいいのかなと思えた。
「いいですよ、信じてさしあげます。」
「……ありがとうございます。」
笑って触れるだけの口付けを交わし、手を取り合って立ち上がる。
侍女たちがまとめてくれた荷物と、レイリアが自分自身で選んだ身の回りの品を、カルセドニクスは婚姻式で身につけていた青い外衣と一緒に空間庫に仕舞った。
カロッサ国王夫妻らにあらためて出立の挨拶し、狼姿のリトニスを伴って向かったのは―――――
「シシティバルム様はああおっしゃったが、やはり旅立つなら内苑からがいいかなと思ったんだ。どうかな?」
「私には一番馴染んだ大切な居場所、
カルス様にとってはこの世の楽園、ですものね」
「その通り。では出発しようか」
「ここから? 魔法で移動するのですか?」
「魔法ではなく、竜の翼で翔んでいこう」
そう言うと、カルセドニクスはレイリアの手を離し、少しだけ距離を取る。
目を閉じて身の内に抑えていた竜の力を解き放つ。冷たい魔力が溢れ出し、カルセドニクスの背に勿忘草色に透き通る皮膜の翼が現れた。
開いた目は金色に、頬には翼と同じ色の鱗がうっすら浮き出ている。
「翼の色が……リトニスちゃんと同じですね」
「竜使の時はナザレの加護を受けているから、ナザレの白銀になる。
今はまたナザレの加護を放棄したから、リトニスの力を借りているんだ」
「放棄?」
「竜使の仕事は終わったからね。
他の竜使たちも、王都で父に帰還報告を終え次第、加護は放棄するよ。
それに私は婚姻休暇中なんだ、身軽にならないとまた何で呼び出されるかわかったもんじゃない」
「まぁ」
ふふっと可笑しそうに笑うレイリアに向け、カルセドニクスが手を伸ばす。
「おいで」
その手にレイリアが掴まれば、優しい力で引き寄せられそのまま横抱きにされた。
あまりに自然に抱き上げられて目を見張るレイリアに、カルセドニクスが嬉しそうに笑ってその額に唇を落とした。
カルセドニクスが呼ぶと、狼姿のリトニスがいつものちび竜の姿に変わり、パタパタと飛んでレイリアの腕の中に収まった。小さな竜を嬉しそうに撫でるレイリアを見たカルセドニクスが、自分達の周りに視覚遮断魔法をかけながらうっすら眉間に皺を寄せる。
「クラリッサといい、リトニスといい、私のいない間に小さな子たちとずいぶん仲良くなったね。
ディアートのこともすごく嬉しげに抱きしめてたし、子供が生まれたら私は構ってもらえなくなりそうだ」
「あら。こんなにも可愛く妬いてくださる旦那様を放っておいたりしませんよ」
人に聞かれたら砂を吐かれそうな会話も、新婚なのだから仕方ない。ここには、親も姉弟も幼馴染も、雛を見守る古竜たちも居ないのだから。
「どちらに向かいますか?」
「貴女に見せたい景色は沢山あるのだが、まずは北へ。
手始めに行くのだと言っていたでしょう?」
「………あ!」
確かに話をした。
北の大地、ザクトの領地もフェアノスティの王都さえ超えた先にある、竜壁山脈の麓にあるその場所へ、揺籠の務めを終えたら連れて行ってほしいと。
「では行こうか、私の愛しいひと」
「貴方となら何処へでも、私の竜騎士様」
竜の眠る島で出会った大切なひとをその腕に抱き、暗銀髪の竜騎士は勿忘草色の翼を広げて遥か北の竜宮へ向けて楽園から翔び立っていった。
拙い文章を最後の最後まで、お読みいただきありがとうございました。
もしもよろしければ、感想コメントなどいただけたら嬉しいです。




