第99話 市長選2
そしてとうとう市長選の投票日がやって来た。
昨日までの期日前投票で有権者の70パーセントが投票を済ませていた。とんでもない数字のようだが、女神さまが1週間も動いたわけだから当然の結果だろう。
投票日の今日、投票所にやってくるのは俺の祝福が行き渡らなかった連中の可能性が高い。全有権者の30パーセントがまだ投票していないが、その連中が全員対立候補に投票したとしても、白鳥麗子の兄正一郎の得票数には及ばない。まだ投票していない有権者も、白鳥正一郎絶対有利という選挙情勢は知っているはずなので、白鳥正一郎以外に投票しようと思っていた有権者は、諦めて投票しない可能性もある。
今日の白鳥正一郎は朝一で自分自身に投票したあと、市内にある選挙事務所でおとなしくしているらしいが、どうせ開票率0パーセントで当確が出るので、勝利宣言のスピーチのセリフを考えて練習でも始めた方がいいだろう。
俺は何もすることがなかったので、白鳥家での祝勝会会場である広間の隅で酒を飲んでいた。白鳥麗子のお父さんは祝勝会の準備をしておけという俺の言葉を信じたのか、敗戦ご苦労さま会でも仕方ないと思ったのか分からないが、祝勝会の準備だけは進んでいる。
午前10時から2時間ごとに投票率が発表され、午後4時の時点で20パーセントを越えていた。午後6時の時点での投票率は23パーセント。
そして、予定通り午後8時に投票は締め切られた。今回の選挙では期日前投票と当日投票を足し合わせ実に95パーセントの最終投票率を記録した。寝たきり老人も当然有権者なので、実質100パーセントの投票率の可能性すらある。
俺の予想どおり、午後8時0分、白鳥候補の当選確実がテレビに流れた。
投票総数の99パーセントが白鳥正一郎票、有権者の94パーセント以上が白鳥正一郎に投票したことになる。ヤリ過ぎ感はあるが、俺としても本番に備えていい勉強になったと思っている。これだけの票を獲得した市長に対して市議会は迎合することしかできないだろう。
白鳥正一郎が市長に当選し、選挙事務所でもインタビューが始まったようだが、白鳥家では午後8時1分にはバンザイ、バンザイの騒ぎの中、宴会が始まった。
バンザイの中、俺はトルシェ謹製のトランシーバーを使ってトルシェたちも宴会に呼んでやった。
その日、十分飲みかつ食べた俺たちは、翌朝、拠点に帰るため、白鳥麗子の屋敷の玄関先に集まった。その際、白鳥麗子も伴っている。玄関先には見送りに白鳥麗子の父親と屋敷の連中が並んでいた。
「娘をよろしゅう頼むけん」
「お父さん、任せてください。娘さんは立派な政治家にしてみせます」
「せ、政治家?」
「息子さんは市長だが、娘さんは来年には日程次第で東京のどっかの区長、その次は衆議院議員ということになっているから任せなさい」
「はえ?」
「それじゃあ」
そう言い残して、屋敷の玄関前にトルシェが作った扉を通って俺たちは恵比寿の拠点に戻った。
俺たちが娘ともどもいきなり不思議ドアの中に入って消えてしまったところを目撃した白鳥麗子の父親や屋敷の連中はビックリしたろう。
白鳥正一郎が圧倒的な得票率で市長に当選したことは政界に対してもかなりのインパクトがあったようだ。地元では素封家と知られる名家出身でも、バックに何も持たないタダのド素人が、文字通り根こそぎ票をかっさらったわけだ。しかも対立候補の岩盤支持層までも白鳥麗子の兄に投票したことが獲得票数から歴然だった。
従って、新市長白鳥正一郎は3年後に行われる予定の県知事選に鞍替え出馬するのではとのうわさもすでに囁かれている。今の県知事はまだ1期目なので、次期を狙っているだろうから強力なライバルが誕生したと思っているだろう。
俺たちが国政を牛耳るようになったあと、今の県知事を知事として不合格だと判断すれば、アズランがお邪魔して人造人間に置き換えるわけだから、ライバルうんぬんよりそっちの方が本人にとっては大ごとだ。最期の時になってもおそらく本人は自分の身に起こることを認識できないだろうがな。
白鳥正一郎新市長を取り込もうと各政党だけでなく、多くの団体が支持母体になるべく名乗りを上げたが、白鳥正一郎は丁寧に断っている。
白鳥正一郎市長がどう動くのか? 日本中の注目を集めたが、特に目立った動きもなく、従ってニュースになるようなこともなく徐々に国民の関心は薄れていった。しかし、当の市民たちは新市長が市長であるということだけで満足していた。
「ダークンさん、うちの兄、本当に市長に成っちゃいましたけど大丈夫でしょうか?」
「何も考えず、何もしなければ、何も起こらず市民の圧倒的な支持の元任期を満了できる。妙な色気をだして、妙な団体とくっついたりしたらボロが出る。そういうもんだ。今回は俺もテストケースということで勉強になったからお互いにWin-Winだな」
「そ、そうですね。私、今までダークンさんのこと本当の意味で女神さまだって認識できていなかったようです。
ダークンさんは本当に女神さまだったんですね」
確かに酒を飲んでいるか、どこかに殴り込みをかけているくらいだから神々しさが不足気味だったかも知れんな。
「俺の言ったことが本当になるって良く分かったろ?
ところで白鳥麗子、来年になればお前も25歳だろ? お前のお父さんにも言ったが、来年も区長選はあるはずだから、とりあえずどこかの区長になって、衆議院選があればそっちに鞍替えだ。いいな?」
「は、はい」




