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24話 心に誓った


「というわけで! 作戦タイムです!」

『はあ?』

「魔力測定だよ! 魔力測定! あと学園のこともあるし!」


 バンバンと床を叩くと、スクルが鬱陶しそうにゆらゆらと尻尾を揺らしながら、こっちを振り返ってきた。手に新しいリンゴを持って。どんだけ食べるの⁉ さっきまでケーキ食べてたのに!


 今、お姉さまは入浴中。この部屋には誰もいない。いつもの夜中に作戦会議でもいいけど、さすがに今日は色々とやったしあったしで疲れているから、今がチャンスなのだ。誰もいない時間だとスクルと堂々と話せるしね。


 そのスクルはシャリシャリとリンゴを食べている。ねえ、まず食べるのやめて?


『魔力測定? 学園? さっき王子様が話していたこと?』

「そうだよ!」

『それって大事なことなの?』

「そうなんだよ! 魔力測定次第で、もしかしたら殿下の婚約者にって選ばれてしまうかもしれないんだよ!」


 そう! 魔力測定をした結果を色々と考えてみた!


 魔力は貴族の価値だ。どれだけ多くの魔力を持っているか、その魔力をどれだけ魔法で行使できるか、その技量も価値の中に入ってくる。


 お姉さまは魔力が高い方だった。前の時間軸でもこの屋敷で測定したんだけど、今はもう見る影もないあの仏頂面のお父様が、その時ばかりは満足した顔だったのを覚えている。


 殿下もそうだ。あの時言っていた。


『良かったよ。さすがに僕の婚約者で魔力が少ないと、余計な邪魔が入るかもしれなかった』


 お姉さまにそう言っていたのを聞いて、ちょっと嬉しくなったんだ。王族の殿下に認められるってことはすごいことだって。単純に喜んでいた。今考えるとバカすぎるけど。殿下はお姉さまを何とも思っていないわけだし。だから見捨てたわけだし。


 でもその言葉を思い出して、これがきっかけになるのでは⁉ と今ははっきり焦っている。


「そんなことになったら、あの未来に近づいちゃう。それはスクルも避けたいでしょ?」

『でもさぁ。あの王子だよ? ここに来ては好きに惰眠を貪って、あたしにこのリンゴとかを貢いでくる王子だよ? 今更セレスティアと婚約者になろうとするかなぁ?』

「どんだけ懐柔されてんの⁉」

『懐柔だなんて人聞きが悪い。あたしは今現在までのあの王子様の現状を話してるんだよ。婚約者にするなら、もっと分かりやすくセレスティアに何かしら行動してるんじゃないって話。でもしてないじゃん。寝るか本読むか勉強するか、あたしに珍しいリンゴ持ってくるかじゃん』


 どう見ても懐柔されてますけど⁉ 珍しいリンゴで懐柔されてんじゃん!


『ハア……何をそんなに焦ってんのさ? そりゃ前の時間軸では婚約者が原因で死んだのかもしれないけど、今回はそうなってないんだよ? 今はかなり前とは違う時間軸になってると思うけどね。知らないけど』

「……そうだよ。スクルは知らないでしょ」

『知らないけどさ、でもあんたも分かってないよ。歴史を変えるってことが』


 やれやれと言いたげに、最後の一欠けらのリンゴを口に放り込むスクルをつい眺めていると、どこからか新しいリンゴを取り出した。


 ってまだ食べるの⁉ 今大事な話じゃない⁉ あとどっから出てきたの、それ⁉ 


 でも今はそれを突っ込むべきじゃないから、グッと口を噤んだ。


『お父様も変えた。虐げてきた元凶のお母様も今はいない。分かる? これがどれだけの変化をもたらすか』

「変化?」

『前提が違うんだから、未来も大きく変わっていく。人との関わり方も、関係性も、世の中の流れも』


 そう言われると……なんか大きいな。世の中って。


「確かにお父様も変わったし、お母様もバールが領地に連れてっちゃったから、この屋敷の人たちも大分変わったけど……世の中は言い過ぎじゃない?」

『いいや、確実に変わってるよ。本来関わらなかった人が関わっていたり、前の時間軸で関わってた人たちの関係性も消えている。それは大きなうねりになっている』


 ゆらゆらと尻尾を揺らしているスクルの目がかなり真剣だ。ジッと観察するかのように私を見てくる。真面目な話だしちゃんと理解したいのに……口にリンゴの食べ残しがついていて、全っ然集中できないよ!


 さすがに見ていられなかったからハンカチで拭い取ってあげた。スクルは『ぶっ! 手荒! もっと優しく!』とか文句を言ってから、やっぱり真面目な顔つきに戻っていた。


『全く……話を戻すけど。あんたはそこまで考えていないかもしれないけど、本当はこの逆行魔法って禁呪だからね』

「え、禁呪?」

『そう。歴史を変えるってことは本当に危険なんだよ』

「危険?」


 え、なんで? 私にとっては奇跡の魔法なんだけど。お姉さまを助けられる可能性ができたし。


 でもスクルはやっぱり真剣にジッと見てきた。



『本来生きる人が、死ぬ可能性だってある。本来守られるべき命が、守られないことだって起こる。その犠牲の上に、あたしらは今ここにいるんだってこと、忘れちゃいけない』



 ――ヒュッと喉の奥で音が鳴った。


 スクルの言っていることは正しい。


 それが歴史を変えることだ。

 歴史を変える危険性だ。


 考えないようにしていた。

 考えても、私にはどうしようもないって。


 だって、私には、この手しかない。

 目の前のたった一人を救えるかも分からない、この自分の手しかない、


 だから、目の前のことだけを考えるしかできない。

 考えたら、躊躇いが出てくるって分かっているから。


 誰かの犠牲。

 それは絶対にあるって知っている。


 ()()()()()()()()()()()


 ギュッと、持っていたハンカチを強く握る。


「それでも……」

『……』


 ポツリと呟く自分の声が、やけに細く小さく聞こえた。


 だけど、まっすぐ私はスクルを見つめる。


「それでも、やらなきゃ」

『その覚悟は、前にしたよね?』

「そうだよ。もうとっくに覚悟はできてる」


 お姉さまが助かる未来を。

 お姉さまが笑える未来を。


 だって。



「今、確かに変わっている未来でも、この先の未来まで変わる保証なんてどこにもないんだから」



 知らない誰かじゃない。


 私が一番助けたいのは、

 笑ってほしいのは、


 あのお姉さまなんだから。


 誰にも助けてもらえなくて、

 誰にも声を聴いてもらえなくて、


 自分の心を隠して、

 分からなくなって、


 笑うことも泣くこともできなくなった、あの人だから。


 その覚悟を見せつけるかのように、ジッとスクルを見続ける。私の覚悟は揺らがないよ、スクル。


「もし今こうしている間に、誰かが犠牲になっていたとしても、私はお姉さまを助けることを選ぶ」


 お姉さまが笑えるように。

 喜べるように。


「だから、スクルも覚悟してよ」

『は? あたしが?』

「うん」


 スクルは時々こういう風に覚悟を聞いてくる。

 そして、何かを探るように、今みたいな目で見てくる。


 心配なのか、信頼していないのか、そういう疑いを持っているように思える。


「何度言われても、聞かれても、私は揺らがないから。お姉さま第一だから。だから、お姉さまを絶対死なせない未来を、一緒に考えてよ。一緒に助ける覚悟を持ってよ」


 それは絶対だから。

 だから、ちゃんと一緒に考えてよ。


 私が誰かの犠牲に怖気づいて動けなくなるんじゃないかって、ずっと心配してるのも分かってるんだから。


 それと、私が裏切るって、スクルは心のどこかで思ってるんじゃないかって。


「もう三年だよ、スクル? いい加減、信じてくれてもいいんじゃない?」

『……』


 私の問いかけにスクルはまだジッと見てくる。本当に信じてなさそう。そんなスクルに思わず笑っちゃうと、そこでやっとハアと軽く息を吐いた。


『別に、信じてないわけじゃないよ』

「本当?」

『あんたがお姉さま大好きっていうのは、この三年、ずっと近くで見てきたしね』


 それはもちろん、お姉さまをどう喜ばそうか、楽しませようかと、色々とこの屋敷内で駆け回ってましたからね。大半が失敗して、お姉さまがヨシヨシと慰めてくれるまでが一連の流れですけど。


 シャリッと、スクルがまだ食べていなかったリンゴを一口齧った。


『あんたがさ、セレスティアのことを想っていっぱい走り回ってさ、なんかしようとして失敗してるのも沢山見てきた』

「うん」

『だから、ちゃんといつも覚悟は伝わってる。信じてないわけじゃないから』

「それならいいけど」

『でもさ』


 口に入っていたリンゴを飲み込んだスクルが私を見上げてきた。


『どうして、あんたはそこまでセレスティアに執着してんのかって、不思議に思うことがある』


 躊躇うような声音で、スクルは言葉を続けてくる。


 ……なんだ、そこに引っかかってたんだ。


『大好きなのはいい。それも見てたら分かるよ。でもさ、あたしが言うのもなんだけど、誰かを犠牲にしてもいいとか言うまでなのって思うんだよ』


 そうかもね。大好きだっていう気持ちだけで誰かを犠牲にすることを、普通は選ばないかもしれない。


 でもさ、スクル。


「私はさ、絶対絶対お姉さまを助けたいんだよ」

『それは十分分かってるって』

「分かってないと思うよ」


 えへへとスクルに笑ってみせると、スクルが目をまん丸にしていたから、また少し笑ってしまった。


「分かってないよ、スクルは」

『……何が分かってないって?』

「私がね、呑気に笑ってた時に、お姉さまは苦しんでたんだよ」


 お父様とお母様と一緒にご飯食べて、笑って、お喋りして、呑気に笑っている時に。


 なんで笑わないんだろう?

 なんで一緒にご飯食べないんだろう?

 なんで殿下と一緒にいないんだろう?


 なんて、考えていた時に、



 あの人は、苦しんでいたんだよ。



「その意味が分かる?」

『? 知らなかったからでしょ?』


 ううん。違うよ。


 バカな私はさ。



「考えることを、しなかったんだよ」



 何も、考えなかった。


 お父様もお母様も、それにジル達使用人たちも、私と同じように私の見えないところで、お姉さまと過ごしていると思っていた。信じていた。


 気づいた時には、もう取り返しがつかなくなっていた。


「バカだよね。なんで考えなかったんだろう。なんで気づかなかったんだろう。ずっとずっと、後悔してる」

『……』


 リンゴを食べるのをやめて、スクルはまたジッと見つめてきた。


「自分のさ、楽しいや嬉しいの裏で、お姉さまは一人でずっと耐えてきた」


 それを知った時の絶望感を、スクルは知らない。



「お姉さまの犠牲の上に、私の幸福は成り立っていたんだよ」



 そんなの望んでいなかった。

 私は望んでいなかった。


 私は一緒に、あの人と笑い合いたかった。


「だから、絶対助ける。助けなきゃいけない」


 心に誓った。

 心から願った。


 お姉さまの幸福を。


『……罪滅ぼしってこと?』


 スクルの言葉に、ああそうかも、って思ってしまう。


 自分のせいで、お姉さまは笑えなくなった。

 自分がいたせいで、お父様もお母様も、お姉さまを愛さなかった。


 でもね、スクル。


「私は許されたくて、助けたいんじゃない。心から、お姉さまの笑顔を見たいって思ってるんだよ」


 助けた先に、きっとお姉さまの幸せがある。

 その未来が、きっとお姉さまに笑顔をくれる。


 そう信じて、だから私はお姉さまを助けたい。


 スクルが私を見定めるかのように、まだジッと見つめてきた。やっぱり信じられないかな? でもさ、誰かが犠牲になるとしても、私はその未来を諦めることはできないんだよ。それが執着する理由かな。


 だって、誰よりも、お姉さまの幸せを奪った私だから。


 ジッと私もスクルを見つめ返すと、ちゃんと伝わったのか、スクルが軽く息を吐いていた。


『確かにフィリアって、その軸は揺るがないよね』

「軸?」

『セレスティアの笑顔が見たいってところ』


 思わず目をパチパチさせてしまう。今更何言ってんの? そんなの絶対揺るがないよ。


 ……はっ! まさか、スクル……。


「お姉さまの笑顔を、一番最初に見る気⁉」

『そんなこと言ってないんだけど⁉ いきなり何言いだしてんの⁉』


 だって! 今の話の流れで、お姉さまの笑顔のこと言ったから! 何、私じゃないぞって言いたいわけ⁉ 


「スクルに負けないから! お姉さまを笑顔にさせるの、絶対私だから!」

『だから何言ってんの⁉ 何、その対抗意識⁉』

「やっぱりこうしちゃいられない……いっぱいいっぱいもっと考えていかなきゃ……」

『いやいやいや、いきなり一人の世界に入り込まないでくれる⁉』

「とりあえず……うん、やっぱり魔力測定のことだって! そこからまず考えて、それに学園のこともだよ、スクル!」

『人の話をちゃんと聞きなよ⁉ フィリアのそのいきなり一人の世界に入って話を進めるとこ、もう三年経ってるのに全く変わらないよね⁉ そこはちょっとは揺らいでほしかったんだけど⁉』


 何言ってるの、スクル? 揺らがないよ。そうやっていっぱい考えてやっていかなきゃ、未来なんて変えられないでしょ。今のところ失敗してばかりで、お姉さまにヨシヨシされてるけど。


 だけど! まずは魔力測定! そして学園! それを乗り切らないと、お姉さまの笑顔には辿りつけないんだよ!


 だから相談したかったのに、結局違うことで時間を使ったじゃない! もうお姉さまも戻ってきちゃうよ! 


「何してるの?」


 ギャアギャア喚くスクルを放っておいて、どうするべきか、むむむっと考えていたら、本当にすぐにお姉さまが戻ってきた。湯上りのせいか、若干頬が赤くなっている。ってスクル⁉ なんでお姉さまにひっついてんの⁉ ズルい! あったかポヤポヤお姉さまを独り占めする気⁉


「スクル、自分だけズルいよ!」

『いやいやいや、だからあんたは何言ってんの⁉ 違うじゃん! 今のはセレスが抱き上げてきたからじゃん! こういうのでいい加減嫉妬しないでくれない⁉』

「お姉さま! スクルはですね、また勝手にリンゴを持ってきたんですよ! 絶対盗んできたんですよ!」

『はあ⁉ ちちち違うし! 違うから! タックがこっそりくれたものだから! 告げ口とか、フィリアって意地悪くなったよね!』

「……」


 黙って私とスクルの言い合いを見守っていたお姉さまが軽く息を吐いたと思ったら、片方の腕でスクルを抱きかかえつつ、もう片方の手は私の頭に置いてきた。


「……喧嘩はだめ」


 あ、はい……ごめんなさい。


 で、でもですね! 喧嘩じゃなくて、これからのことをちゃんとスクルとも相談して何とかしますから! 学園のことも魔力測定のことも、きっと何とかしますから!


 ……だから、


 だから、この優しい手を、



 今は、私だけに、独り占めさせてほしいんです。


 

 心の中で、その優しい手を味わうための言い訳をしつつ、その手の優しさに甘えてしまった。


 お姉さまの手ですぐに大人しくなった私を見て、スクルがやっぱり呆れた目を向けてきたから、食べかけのリンゴは私が食べてあげたけど。


 いやいやスクル? これはスクルの体を思ってのことだよ? さすがに食べ過ぎだからね。決して嫌がらせじゃないよ、うん。


 あと、後でちゃんと相談乗ってね。そうしたら、もっと珍しいリンゴをタックにお願いしてみるから。


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