23話 あんな風に、笑わせませんからね
「そういえば、そろそろ魔力測定があるね」
お姉さまのお誕生日だからとタックが気合を入れて作ってくれたケーキを皆で食べていた時に、思い出したように殿下から声が上がった。
あれからお姉さまにプレゼントを渡してしばらくの間、それはもうお姉さまの手を堪能したよ。ずっとひっついてたら、スクルにさすがに尻尾でペシンと叩かれたけど。
ずっとこうしていたい願望はあったけど、今日はお姉さまの誕生日。プレゼントでは私の方が喜んでしまったけど、楽しませることはできるはず!
と、気合を入れ直して、それからは部屋の飾りつけをしたり、皆でお父様が買ってきてくれた玩具で遊んだり、お父様と殿下が黒い笑顔で睨み合っていたりと、時間があっという間に過ぎていった。
タックのケーキを一口頬張った時のお姉さまの目が今日一番輝いているのを見て、嬉しいやら悔しいやらという複雑な気持ちになっている時のことだった。
「侯爵のところは、この屋敷に来てもらうの?」
「そうですね。昔から、我が家ではそうしています」
ケーキを既に食べ終えたお父様が、紅茶を飲みながら殿下に頷いていた。
誰が来るのかっていうと、教会の人たちだ。魔力測定に必要な器具を持っていて、この国では貴族の子息子女がある年齢に達したら、必ず測定することになる。教会に直接行く人もいれば、器具を持ってきてもらう貴族もいる。
『なんかあんの?』
「魔力を測るんだよ。貴族は必須」
『へええ』
そんな常識を知らないスクルに小声で教えると、興味なさそうにモシャモシャとケーキを頬張っていた。この国は魔法の力に頼っているけど、精霊界はどうなんだろう? 魔物とか出てこないのかな? スクルって精霊界のこと、ほとんど話さないんだよね。
それにしてもタック……スクル用に作ったケーキ多すぎない? でもスクルはどんな量を食べても大きくも太くもならないんだよなぁ。その小さな体のどこに入っているのか不思議でならない。
「僕もここで一緒にやらせてもらおうかな」
「御冗談でしょう?」
「割と本気なんだけど」
何やら殿下が面倒臭いことを言い始めたよ。お父様、青筋浮かんでますよ。
「王城だと息が詰まるのは侯爵も知っているでしょう? 母のこともあるし」
「……王族が王城以外の場所で測定をするなんて、どんな憶測が生まれるとお思いで?」
「前例はあるよ。あの人は勝手にやっていた」
あの人? どの人? さすがに分からない。お姉さまも分からないのか首を傾げている。分からなそうにしている私とお姉さまに気づいたのか、お父様が「ああ」と呟いた。
「王弟殿下のことだ。今はもう王位継承権を放棄して、国中を自由奔放に歩き回っている変人だ」
「旦那様……」
「大丈夫だよ、バール。侯爵の言うように、変人なんだから」
さすがに不敬だと思ったのかバールがお父様を睨みつけたのを、どこかおかしそうに殿下がフォローしているけど……王弟殿下⁉ 王様の弟⁉ そんな人を変人呼ばわりしてるの、お父様⁉
そっちに驚いていると、殿下が「そうだよね」と、また笑っていた。
「フィリアたちは知らないよね。もう僕が生まれる前に、叔父は王都を離れているから」
「生まれる前?」
「そう。僕ら世代の子たちは知らないけど、貴族の中では有名だったんだよ。あの人、破天荒だから」
破天荒……というのは、え、つまりどういう人?
「叔父はね、とにかく縛られるのが嫌いな人だった。誰かに利用されるのも嫌だって言って、王位継承権を自分から放棄したんだよ」
「……出来るんですか?」
お姉さまがさすがに驚いたのか、珍しく小さめの声で殿下に聞いている。
「本来は出来ないよ。病気でもない五体満足健康体の王族が、自分の好き嫌いを優先するなんてこと。でもあの人はそうした」
ちょっと呆れるように息を吐いて、殿下はカップの中を覗き込んでいる。
「いいよね。実力がある人はさ。叔父は魔力も高いし魔法も巧みに使える。武芸にも秀でていて、騎士たちの中でも勝てる人なんて限られていた。でもね、それを理由に放棄して周りを納得させたんだ」
それを理由に? なんか聞く限りだと、とんでもなく優秀な人にしか聞こえないけども。逆にその人を王様にって望む人がいそうだけど。
ハアと何故かお父様も溜め息をついていた。
「あれは無茶苦茶でしたね」
「侯爵もその時のことを知ってるんだ?」
「……巻き込まれましたから」
巻き込まれた⁉ え、え? 王弟殿下の王位継承権放棄にってこと?
その時のことを思い出しているのか、お父様が頭が痛そうに手を額に置いているのを、さっきまで怒りそうだったバールが慰めるような目で眺めている。でも訳が分からなそうにしている私とお姉さまを見て苦く笑っていた。
「あの方はですね、ご自分の力は火種になると言って、放棄したんですよ。貴族という貴族を当時の陛下の前で倒して」
た、倒して? えーと、それはつまり……。
「ボッコボコに?」
「そうです。もうボッコボコに」
私の率直な言い方に、バールが困ったように笑いながら答えてくれた。
「旦那様もそれに巻き込まれまして」
「本当に……碌なことを考えない。いきなり王都に住んでいた貴族たちを王城に呼びつけたと思ったら、『自分と戦ってもらう』とか楽しそうに笑っている姿ときたら……今思い出しても腹が立つ」
ブツブツ言っているお父様も、つまりボッコボコにされたと。
「僕はそれを母から聞かされていたけど、ちょっと見てみたかったなぁ。侯爵がボッコボコにされる姿」
「……は?」
殿下、何を楽しそうにしているんですか? これはあれですか? からかってるんですか? さすがにお父様がキレそうなんで、やめてあげてください。お姉さまの前で実はかっこつけたい人なんですよ。この三年で知ったけど。
さすがに殿下もこれ以上からかうのはしないようで、お姉さまに視線を向けていた。
「それで叔父は王位継承権を放棄することができたんだよ。晴れて自由の身ってわけ。でもさすがに王族としての責任は感じるみたいで、王国内を渡り歩いて、助けが必要な時にそのご自慢の力で国民たちを助けているんだ。外交にも積極的に動いているから、国外も今は渡り歩いているけどね」
へえ。だから知らなかったのかも。前の時間軸でも王弟殿下のことはあまり聞いたことなかった。自分を争いの火種にしないようにってことだよね? 優秀過ぎると、周りの人たちも乗っかってくるものね。利用する人も出てくると思うし。
魔力量が多いっていうのも理由の一つにありそう。地方の領地は結界に注ぐ魔力が足りなくて大変だって、前の時間軸で殿下が零していた気がする。
「あの変じ――ゴホン、王弟殿下のことはともかく……魔力測定は王城でちゃんとやってくだされば助かります」
お父様、全く誤魔化せていませんが? どれだけその王弟殿下は変人だったの? もしかしてお父様の王族嫌いって、その王弟殿下が原因なの? ボッコボコにされたらしいし。
ちょっとその王弟殿下に興味を向けていると、殿下はハアとわざとらしい溜め息をついている。
「やっぱり駄目か。まあ、現実的に無理なことだって分かってはいるんだけども」
「それはそうです。王族の魔力量は、この国の未来にも関わってきます。結界の大切さはこの国――いえ、この世界に於いて、一番優先されることなのは重々ご承知でしょう?」
「分かってはいるけどね」
殿下はお父様の返しに困ったように笑っていた。結界が維持できないと、魔物が押し寄せてきたり、食物が採れなくなったりと、人が暮らしていくには大変なことになる。それを殿下は十分理解しているから、王族に生まれたことを前の時間軸では嘆いたこともあった。
嫌なんだろうなぁ。だからこそ、自由な王弟殿下のことも羨ましかったりして。
だからといって、私には何もできないけどね。しようとも思わない。お姉さまの笑顔と幸せが第一優先なもので。それに私は魔力ないし、そっちでは何も助けられない。
あれ? お姉さまも魔力量は普通より高かったよね?
あれ? まさかとは思うけど、今後殿下がお姉さまを頼るとかないよね?
ないと思いたい。前の時間軸では、あまりそういう話はしなかったな。そもそも殿下がなんで婚約者じゃなくて、友人としてここにいるのかも分からない。結局理由は何も分かっていない。
……何を目的で、殿下は今ここにいるの?
やっぱりお姉さまを婚約者にしたいから?
でもそれだと、今でも婚約打診とかしないのは変だし。
「スクル、こっちのケーキも食べていいよ」
『え、マジ⁉ 殿下って実はいい奴だよね、フィリア!』
――色々と考えているのに、スクルの呑気な声に溜め息が出てくるよ! なんで絆されてるのかな⁉ 最初の警戒心どこいったの⁉ 食べ物にホイホイ釣られるとか、どんだけちょろいの⁉ お姉さまを守るの忘れてないよね⁉ 精霊王さんに命令されてるんだよね⁉
こっちはさ! 色々と考えてるんだよ! それはもう色々と――
「そういえば、魔力測定が終われば学園にも通わなきゃだよね。セレスはここから通うの?」
――が・く・え・ん!
殿下の言葉で、すっかり忘れていたことを思い出してしまった。
学園。そうだよ。魔力測定が終わったら、貴族の子供たちはこの王都にある学園に通う決まり。魔法、歴史、貴族の在り方、その他諸々を学び、国の未来の為に何が出来るかを考える場所。
……いやいや、違う! いや、違わないけど、違う!
学園に入るって、つまり……お姉さまと離れなきゃいけないんじゃない⁉
サーッと血の気が引く感じがしつつお姉さまを見てしまうと、パチパチと目を瞬かせていた。
「……ここ以外の場所があるのですか?」
「寮って選択肢もあるけど」
「それは王都に屋敷を持っていない遠方の領地組でしょう? セレスは当てはまらない」
寮⁉ そうだった、寮の存在も忘れてた! 前の時間軸ではここから通ってたから! でもお父様、さすがです! 寮に入られたら、お姉さまと一緒にいられなくなる!
「王都に屋敷を持っている貴族でも寮に入る子はいるけど……ああ、侯爵が寂しくなっちゃうか」
「私が寂しいからダメです!」
ついつい殿下の言葉に被せるように言っちゃったけど、いやいや殿下! お父様じゃない! 私の方が絶対寂しい! 寂しいというより、お姉さまに離れられると、お姉さまを守ることができなくなる!
隣にいるお姉さまの腕についしがみついてしまう。クスクスと殿下の笑う声が聞こえてきた。
「確かに。フィリアは寂しがりそう。でも寮に入るんじゃなくて、学園に入ったら寂しがりそうだよね。授業があるから、こうやってずっと一緒にいられるわけじゃなくなるし」
「フィはセレスが好きですからね。でもフィも理解しているでしょう、そこは。二人とも賢いですから」
「侯爵……何気に娘自慢してない?」
「悪いですか?」
お父様と殿下の会話が耳に届いてくるけど、今はどうでもいい。
お姉さまが学園にいる間……ううん、私が通うまでの間の学園生活をどう守るのかを考えなきゃ。カーラみたいな子がもし同世代でいるとしたら、大変なことになる。
前の時間軸ではお姉さまは一人で授業を受けていたけど、それは婚約者だったからだ。婚約者ということで変に絡まれないためにそうしていたとか殿下は言っていたけど、今回は違う。きっと普通に授業を受けるはず。
今の殿下との関係だって、他の子たちにとっては妬みの対象になるかもしれない。
どうすればお姉さまを守れる?
どうすればお姉さまに平和な学園生活を送ってもらえる?
考えることは山積みなのに……学園という名前だけで、お姉さまのあの姿が思い出される。
胸が痛くて苦しくなる、あの光景が脳裏に過ってしまう。
最近は平和すぎたから、気が緩み過ぎていた。
確実に時は進んでいるんだ。
あの絶対起こしてはいけない未来に、向かっていっているんだ。
前とはお父様やお母様、殿下の状況も違うけど、油断しちゃいけない。
あの未来が起きないように、もっともっと考えていかなきゃ。
遠い未来じゃない。
あの時間は、もうすぐそこまでやってくる。
ギューッとついお姉さまの腕に強くしがみつくと、ハアとお姉さまから溜め息が零れた。あ……強くしすぎた。困らせてるかも。というか、呆れてるかも。子供じみた行動だったかも。
ちょっと不安になって顔を上げると、お姉さまがもう片方の空いている手を私の頭に置いていた。
「……泣く必要ないから」
困ったような目で私を見下ろしてくるお姉さまに、目を瞬かせてしまう。泣く?
頭に置かれた手が、今度は頬に触れてくる。
「泣いて……ませんよ?」
「……そう?」
「泣いて、ませんよ」
「そう……ならいいけど」
また頭に手を置かれて、いつもみたいにナデナデしてくれる。あやすように、泣き止むように、優しくゆっくり撫でてくれる。
その手ですごく安心して、ギューッと顔をお姉さまの腕に押し付けた。
泣きそうにはなったけど、泣いてないもん。
……ちょっとだけ、思い出しちゃったんですよ。
貴女の最後の顔を、ちょっとだけ。
あんな風に、笑わせませんからね。
ちゃんと、幸せになって、喜んだ笑顔が見たいんですからね。
ちゃんと、
本当の笑顔に、させてみますからね。
『フィリアって、本当に全く成長してなくない? いつまでたっても甘えん坊のままじゃん』
――スゥクゥルうううううう!!!! スクルだって全く成長してませんが⁉ いつまでたっても結局そのお猿さんの中から抜け出せていませんが⁉ なのにリンゴを食べる量は増えるばかり!
スクルにも考えてもらうからね! お姉さまが学園に行った時の対処法! それまで絶対お気に入りのリンゴ食べさせてあげないから! 覚悟するように!
あとお父様も殿下も、その嫌味合戦もうやめてください! だから今日はお姉さまの誕生日なんだって! お姉さまにとって楽しい日にさせてよ!
……寂しくなってお姉さまに甘えている私が言うことじゃないけども。




