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22話 ちゃんとぴったり


「いいですか、旦那様。相手は王族。王族に対しての礼儀を以て接してください。そこをお忘れなく」

「……分かっている」

「フィリア様もいいですね。相手は王族。睨まない。口答えしない。セレスティアお嬢様のことを取り合わない。よろしいですね?」

「……善処します!」


 ちょっと考えてから大きく返事をしたら、バールは頭が痛そうに首を振った。この三年間での殿下への接し方に思い当たることがあるらしい。


『あんたとお父様って、血が繋がってないのに似てるよね』


 ユラユラと尻尾を振りながら、どこか呆れたように肩の上にいるスクルが呟いた。そう? お父様より私の方がお姉さまに対して素直だと思うよ?


 それにしても、殿下かぁ。殿下ねぇ。なんでよりにもよってこの日に来るのかなぁ。は~あと内心溜め息をしつつ、これから来る殿下のことを考えると気が重くなる。


 この三年、殿下は本当によくこの屋敷に来るようになった。あくまでも友人としてらしい。


 確かに、今は前の時間軸みたいにお姉さまと婚約とかはしていない。じゃあ何をしに来るかって? 一緒にご飯食べたり、本読んだり、勉強したりと、本当に他愛もないことをしに来るんだよね。


 お姉さまと一緒にいても、特に二人で楽しそうに何かを話しているわけでもないんだけど……こっちはいつもハラハラドキドキしながら見ているんだよ! いつお姉さまと婚約するとか言い出すのか分かったもんじゃない!


 二人きりにさせたらそんなことを言い出すんじゃないかと思って、私はいつもお姉さまにひっついている。お姉さまに話しかけたなら割り込んで話を遮るし、お姉さまに話しかけさせない為に興味もない話を殿下に振ってたりもする。


 要するに、この三年、ものすごく殿下の邪魔をした。


 もう途中から相手をするのが面倒臭くなったっていうのもあるんだけど、私が殿下と話す時は実はそっけない。私から話を振ったりはするけど、「へーそうなんですね」と棒読みで返したりとか、「ああ、ごめんなさい。特に思うことないです」とか答えるようになっちゃったよ。


 そんな私の応対ぶりをバールは知ってるから、さっきの注意はいつもしてくることである。バールもハラハラしてるんだろうな。王族に対しての私の冷たい態度は、誰だって心配するかもしれない。


 でもさ! いいじゃん! ここ、私たちの屋敷だよ! それに殿下もそれでいいって言ってたし!


『僕に対しての振る舞いとか気にしなくていいよ。ここで何を言ったとしても、特に罰されることとかないから、安心して』


 というお墨付きも貰ってるから、バールは気にしすぎだよ。それにさ、本当は今でも殿下と関わりたくないのが本音。


 だけど、私のそっけない素振りを気にする事もなく、殿下は時々ここに来る。何しに来てるんだろうってたまに思っちゃうよ。私もお父様も帰ってほしいオーラを纏わりつかせているのに。


 そんな私とお父様のことをやっぱり気にしないで、殿下はここにいる時は本当にゆっくり寛いでいる気がする。庭で日向ぼっこもしているし、スクルに楽しそうにリンゴで餌付けみたいのもしているし。


 そんな殿下を見ていると、ふと前の時間軸のことを思い出す。

 庭の芝生の上にゴロンと寝転んだり、うたた寝したり、スクルにちょっかいかけている時の殿下の顔はちょっと楽しそうで、いつもの作り笑顔じゃない。こんな顔をする人だっただろうか? って不思議な思いでいっぱいだ。


 前と違う殿下に戸惑いつつも、それでも不安の方が大きいんですけどね! お姉さまへの仕打ち、絶対忘れるものか!


「あ、来ましたね」


 屋敷の玄関ホールの外で馬車の音が聞こえて、バールが反応した。うえ~……もう帰ってほしくてたまらないよ。そう言っても無理なのは分かってるけど。


 玄関ホールの扉がゆっくりと開いていき、そこからはもう回れ右して帰ってほしい殿下が足を進めてこちらを見ていた。


「ちっ」


 お父様、その舌打ち、絶対殿下に聞こえてますよ。ほら、あの作り笑顔を向けていますもの。


 殿下はお父様のこの対応に慣れきっているし、その上でどこか楽しんでいるようにも見える。本当だったら怒られる事案だけどね。王族に対して舌打ちって。不敬にもほどがある。私もお父様のことは言えませんが。


 バールが後でお父様に説教するんだろうな、とか考えていると、殿下はまずはそのお父様に挨拶した。


「侯爵、急なお願いに応えてくれてありがとう」

「王族に請われて断れる貴族がいたら、ぜひ教えていただきたいですな」

「やだな、侯爵。そんな貴族がいるのなら、僕はさすがに陛下に進言しなきゃいけなくなるじゃないか」

「私のこともどうぞ進言してくださって結構ですが?」

「それは無理だよ。侯爵がいなくなったら、僕の安息の地がなくなるからね」


 ふっふっふっとお互いに笑い合っているけど、傍から見たら、ものすごく不気味である。喧嘩はよそでやってほしい。


「セレスもフィリアも、わざわざ出迎えてくれてありがとう。急に来たりしてごめんね」

「……いえ」

「今日じゃなくてもよろしかったのでは?」


 つい本音が零れてしまうと、バールの大きい咳払いが聞こえた。いけないいけない。これは心の中で思ったことだった。いつの間にか殿下がお姉さまのことを愛称で呼ぶようになってから、ついイラっとしてしまうんだよ。セレスって呼ぶなと。


 なのに、殿下は何故か満足そうに笑った。


「うんうん。フィリアはそうでなくちゃね」


 ……そうでなくちゃって何? そうでなくちゃって何⁉ っていうか殿下、私の辛辣な言葉に慣れ過ぎじゃない⁉ 慣れないで⁉


 何も動じていない殿下に悔しくなって、どうやったら殿下のことをイラっとさせられるんだ⁉ と、全く違う方向のことを考えようとした時に、お姉さまがジッと殿下のことを見ている。どうしたんだろ? 殿下も気づいたようで、軽く首を捻っていた。


「セレス? どうかした?」

「……また背が伸びました?」

「ああ、うん。前会った時よりはそうかも」


 自分の頭の上に手をかざしながら、クスリと笑う殿下。確かに大きくなった。お姉さまもこの三年で綺麗になったけど、殿下も背が伸びて少年らしくなったよね。でもまだまだ大きくなるよ、殿下。お姉さまもさらに綺麗になるけど。


「ところでセレス、誕生日おめでとう」

「……ありがとうございます」

「今年は何を贈ろうかなって思ったけど、こんなのを用意したんだ。喜んでくれると嬉しいな」


 ――え⁉ 今、ここでプレゼント⁉ もう⁉


 二人の未来の姿を思い出していたら、唐突に殿下が後ろにいた侍女に目配せをしている。まさかもうプレゼントするとか思ってなかった!


 え、どうしよう! 私、いつ渡そう⁉ 夕飯の時って考えてたからとか色々なことが頭を巡っていたけど、侍女さんが持ってきたものに目が釘付けになった。


「花?」

「そう。珍しい品種もあるよ。それと、王宮でだけ育てられている花も。目で楽しめるものがいいかなって思ってね」


 お姉さまが渡されたのはやっと両手で抱えられるぐらいの大きい花束。めちゃくちゃ綺麗。良い香りもここまで届いてくる。


 え、え? 何これ? 絶対嬉しくなるやつ。


「……匂いも」

「そう。落ち着くだろう? そういう効果がある香りなんだって。セレスはいつも頑張ってるから、たまにはリラックスできる時間を作るのもいいかなって」


 楽しそうに笑う殿下に、お姉さまが少し驚いたように目を開けていた。


「いいかもしれませんね」


 そのお姉さまの優しい声音に、モヤモヤとした感情が燻ってくる。

 殿下が色々と考えているなんてとか、お姉さまがちょっと嬉しそうだとか、色んな感情が混じり合って、嫌な気持ちになってくる。


 ……いやいや、良いことじゃない。お姉さま、嬉しそうだし。殿下も実はお姉さまが頑張っているのを知っているのも。全部良いこと。悪いことではない。悪いことじゃない。


 必死に心の中で何かの言い訳を探している自分がいる。


 ……分かってる。

 本当は自分が最初にお姉さまに喜んでほしかった。


 プレゼント渡して、いつも頑張ってるって褒めて、お姉さまの嬉しそうな声を一番に聴きたかった。


 殿下じゃない。

 いつも頑張ってるって一番知ってるのは、私だって。


 そう、ちゃんと教えたかったのに。


『あんたも渡したら?』


 少し悔しい想いをしてグッとついスカートの裾を掴むと、スクルの声が飛んでくる。あ、プレゼント……。


 顔を上げると、また大きな花束が視界に入ってくる。途端に自信がなくなっていく。


 ……私のプレゼント……あんな綺麗じゃないよ。お姉さま、喜ばないかも。


「フィリア、どうかした?」


 今度は殿下が声を掛けてきたけど、なんか心がしょぼんと落ち込んでしまった。殿下のすぐ後に、私からのプレゼント渡せない。顔、あげれない。


 なんか言わなきゃって思うけど何にも思いつかなくて、視線を上げれないままでいると、ふと、優しい手が頭に置かれた。


 うん? あれ? なんか、モコモコしてる?


 モコモコした感触が気になって顔をついあげると、ポンポンと頭を撫でているお姉さまを目が合った。


「……ぴったり」

「へ?」

「これ、さっきカンナが持ってきた」


 え? カンナ? え?

 目線を上にして、お姉さまの手を取ってみる。


 視界に入ったのは、手袋をしているお姉さまの手。


 これ……。


「フィリアお嬢様の、手作りですよ」


 カンナはさっき殿下が渡してきた花束を持っていて、にっこりと微笑んでいる。いつの間に。


「ちゃんとぴったり」


 ギュッギュッとお姉さまが自分の手を、私の目の前で開いたり閉じたりしている。


 私が自分で選んだ生地で、カンナに教わって縫って、ちょっと下手な刺繍を入れた手袋をして。



「ありがとう」



 お姉さまのその一言で、さっきまでの悔しさも不安も、全部が吹き飛んでしまう。


 不器用でも、でも喜んでほしくて、頑張ってみた。

 私が手作りしたって知ったら驚くかなって、その反応も楽しみだった。


 それに、ちょっと下手でも、お姉さまは喜んでくれるんじゃないかって、そう思ったのに。


 今一番喜んでるの、絶対自分だよ。


 嬉しさで堪らなくなって、お姉さまについいつものように抱きつくと、やっぱり優しく私の体を受け止めてくれる。


「っ……お姉さま」

「……何?」

「お誕生日……おめでとうございます……」

「……ありがとう」


 涙声になっているのを隠すように、ぐりぐりとお姉さまに顔を押し付けた。お姉さまは黙ってその手袋をつけたまま、いつものように頭を撫でてくれる。


 その優しい手で、やっぱり泣きそうになる。


 本当はお姉さまを喜ばせたかったのに。

 本当はお姉さまに、頑張ってるって、褒めたかったのに。


 全部全部、結局お姉さまに私の方がしてもらっている。


『よかったじゃん』


 お姉さまの肩にいつの間にか移ったスクルがそんなことを言ってきた。


 よくない! 本当はお姉さまに私みたいに嬉しくなってほしかったの!


 まだ、お姉さまがくれる嬉しさの方が多い。

 まだ、お姉さまがくれる優しさの方が多い。


 私はまだ、お姉さまを笑顔に出来ていない。


 頑張らなきゃ。


 もっと。

 もっともっと。


 お姉さまを笑顔にできるくらいの幸せを、私はお姉さまに与えたいんだから。


 心の中で固く固く変わらない決意をして、お姉さまに抱きついたままでいたら、大人たちの温かい視線が突き刺さってくる。


「よかったね、フィリア」


 殿下の言葉についイラっとしてしまって目を窄めると、バールがまた大きい咳祓いをした。


 だって! 殿下のその「よかったね」が無性にイライラしたんだもん! 自分の方が先だったって言ってるように聞こえたんだもん!


 殿下、あなたには絶対ここ譲りませんからね! 

 お姉さまにナデナデしてもらうのは、絶対絶対譲りませんから!


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