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11話 できること

この回から2章になります!

 

「ねえ、スクル。そういえばさ、結局どうしてお猿さんになってるの?」


 厨房で、タックのお菓子が出来上がるの待っている間、ちょっと疑問だったことをテーブルの上でりんごを齧っているスクルに聞いてみた。シャリシャリと顎を動かし続けるスクルが厨房と私を交互に見ている。


『今聞くわけ?』

「大丈夫だよ。だってお姉さまも今はお菓子作りに夢中だもん」

『……一気にだらしない顔になってんだけど』

「いやあ、お姉さまのあの一生懸命タックに料理習ってる姿が可愛いなぁって思って」


 タックの隣で頑張って腕を動かしているお姉さまを見て、つい口元が緩んでしまう。


 あの日以来、本当に生活が変わった。

 お母様は睨みつけてはくるけど、特にお姉さまに何かをしてくることはない。


 私にはちょくちょく「目を覚ましなさい」とか言ってくるけど、お父様が「フィの好きなように」って言うものだから、無理やりに私をお姉さまと離そうとはしなかった。


 というか、バールがすぐ駆け付けてくれるんだよね。バールの姿を見ると、お母様は何故か悔しそうにその場を離れていく。バールはずっとニコニコした顔だけど、一体お母様に何を言って、私とお姉さまを一緒にいられるようにしたんだろう? 


 そのバールは、実はもう今領地じゃなくて、この屋敷でお父様の右腕として過ごしている。元々お姉さまのお母様に仕えていた侍女のカンナとアネッサが、「バール様は優秀ですから」と妙に強張った笑顔で言っていた。


 私のお母様の腰巾着のジルを筆頭にしていた他の侍女たちも、バールの前では妙にかしこまって、どこか怯えた表情をしていたから、うん、知らない方がいいこともあるよね! バールが味方でよかったよ! ってそう思うことにしたよ。


 バールのおかげで、今、私はお姉さまと一緒にいられる。ご飯を食べるのも、夜寝るときも、ずっと一緒に過ごしてる。


 お勉強も今は一緒にしていて、家庭教師の先生が満足そうにいつもお姉さまの回答を見ているのを、嬉しくて眺めている。それをスクルに気づかれて、尻尾でペシンとされるわけだけど。


 お姉さまも、前の時間軸より顔色がいい。毎日躊躇いがちに挨拶してくれるし、私みたいにくっついたりはしないけど、でも、嫌がったりする様子はない。だから、私の事をまだ嫌ってはいないみたい。自分の願望だけど。嫌ってないといいなぁ。


 だけど、まだ私はお姉さまを笑顔にできていない。


 私はまだ何もやれていない。今の生活だって、結局はバールが用意してくれたものだ。


 じゃあ、私は何ができるんだろう? 


 これから先、いっぱい色々と起こる。殿下のことだったり、学園のことだったり、ケーラのことだったり。


 それまでに、私ができることって何だろう?


 そう考えた時に、思いついたのは、前の時間軸でやれなかったこと。


 他愛もないお喋りだったり、当たり前のように一緒にご飯食べたり、お庭を散歩したり、そんな普通の事。


 いつでもできる――なんて、そんなの幻想だってもう分かってる。

 だから、自分で行動していかないといけない。


 お姉さまのことをもっと知りたいって思うけど、お姉さま自身が自分のことをよく分かっていない。何にも感じていないというか、感じないようにしている気がする。たぶん、お母様やお父様のことがあるから。


 でもね、お姉さま。


 苦しい時や痛い時、悲しい時に、私はそばを離れないよ。


 今度こそ手を伸ばし続けるから。


 だから、期待するのを諦めないでほしい。

 お姉さまにもっとたくさんの楽しいや嬉しいもあるんだよって知ってほしいから。


 そう思って、タックと料理してみたらどうですか? と言ってみたら、案の定ものすごく困惑していて、今の状況。


「お姉さまのお菓子、楽しみだなぁ」

『あんた、よく言うよね。あれだけしつこく迫られたら、誰だって渋々やると思うけど』

「それが必要だって思ったからね」


 スクルの言う通り、私はお姉さまにおねだりした。それはもう「お姉さまが作ったものが食べてみたい食べてみたい食べてみたい」と、迫って迫って迫りまくった。そうしたら困り果てた顔をしながらも、カンナとアネッサに「……私にできる?」と聞いていた。


 優しいんだよなぁ。本当はやらない選択肢だってあるのに、私のお願い事聞いて、やろうとしてくれてるんだから。その優しさで私の頬は緩みっぱなしなんだけど。


 今は私のお願い事だけど、でもいつかはお姉さま自身に、自分でやりたいこと見つけてほしいな。


『で? あんたはやんないの?』

「やらないよ。私はもう、前にやったことあるからね」


 本当は、お姉さまにも食べてもらいたかったんだけどね……。お母様に見つかって、結局渡せなかったことがあるから。


 少しだけ昔を思い出しちゃっていると、スクルが次のリンゴに手を伸ばしていた。あれ? 結局私の質問に答えてないよね?


「それで、スクル? さっきも聞いたけど、なんでお猿さんになってるの? 実は気になってたんだけど。私のせいとか言ってた気もするし」

『間違いなくあんたのせい』


 だから、理由を聞いてるんだけど? あ、でも話してくれるっぽい。リンゴを食べる口を止めて、スクルがジーっと見つめてきた。


『本来、あたしはこの姿じゃなくて、あの恰好でこの時間軸に来るはずだった』

「ふむふむ」

『でも! あんたがあたしの魔法陣に干渉したせいで、あたしの魔力が分散されたんだよ!』

「分散?」

『そう! そのせいで、あたしは本来の姿じゃなくて、魂だけがこの時間軸に飛ばされたってわけ! あんたは無事に巻き戻ってるけどね!』


 魂だけが……って、あれ? それって?


「じゃあ、今の時間軸のスクルがどこかにいるってこと? スクルが二人いるってことにならない?」

『ああ、それは大丈夫。あたしの存在ってちょっと特殊なんだよね。もうこの時間軸のあたしは、ここにいるあたししかいないと思う』


 特殊の一言で説明終わり? そもそもスクルって精霊なの? 魔法使いの女の子なの?


『それはさておき』

「いや、さておかれても分からないんだけど?」

『説明したところで、理解できるとは思えないからいいよ』


 ものすっごく馬鹿にされてる気がするのは気のせい? なんでスクルの中で私の評価低いんだろう? そういえば最初っからあたしに対しての扱いが雑な気がする。


 ついジトーっとスクルを見るけど、スクルは知らん顔で一口リンゴを齧っている。


『あたしがさ、ここに飛ばされた時、どこにいたと思う? しかも魂だけの状態で』

「え? ここの近くじゃないの?」

『近くだったら、間違いなくあんたの体に入ってたし。でも、あたしがいた場所は――』

「……場所は?」


 ギンッとスクルが睨みつけてきた。


『この猿の生息地だったわけ! だからあたしは近くにいたこの猿の子供の体に入るしかなかったの!』


 え、このお猿さんの生息地? ……つまり、この領地じゃないよね?


『しかも! なぜか、元々のこの体の持ち主の魂が、あたしを受け入れたわけだよ! なんでよ⁉ 適当なところで違う体に入ったりすれば、あんたのいるここまで辿りつけるって思ったのに! なんで異物であるあたしの魂を受け入れちゃってんのよ⁉ しかも妙にしっくりくるし! 離れられなくなるし!』


 大口を開けて、またリンゴを一齧りしているスクルは大層ご立腹の様子。


『おかげで、ぴょんぴょん飛び回りながら、ここまできたってことだよ! どんだけ遠かったと思ってんの⁉』


 そ、それは……大変かもね。スクルの体のお猿さんの生息地って、調べてみたらやっぱりかなり西にある国だったから。


 ああ、でもそれで私のせいでって言ってるのか。なんか納得した。


「じゃあ、確かに私のせいだね、スクルがお猿さんになったの」

『……納得するの早くない? っていうか普通、自分のせいじゃないじゃんとかならない?』


 自分で私のせいとか言ってるのに、何を今更。


「あの時確かに私はあの魔法陣に入ったからね。そのせいでスクルが今の姿だって言うなら、うん、素直にごめんなさいだよ。でもおかげで私も記憶を持ったまま、今の時間に巻き戻れたから、後悔はしてないよ?」

『潔すぎる……そこまではっきり言われると、なんか怒ってるの馬鹿らしくなってきたんだけど』

「だって、本当に奇跡だって思ったんだよ」


 スクルからお姉さまの方に視線を向けると、オーブンの中の様子をしゃがんで見ているのが見えた。やっぱり笑みが零れる。


「もうお姉さまに会えないって……思ってたから」


 私のおねだりに戸惑うお姉さまも見れなかった。

 お姉さまの躊躇いがちに頭を撫でてくれる手が、あんなにやさしいものだったなんて知ることも出来なかった。


「だからね、スクル、私は今度こそお姉さまに笑ってほしいんだよ」

『今度こそ?』


 つい気合が入って、グイっと顔をスクルに近づけちゃうと、スクルが逆に首をのけぞらせている。そう、今度こそ、だよ。


「スクルだってお姉さまの未来を変えたいんだよね?」

『……そうだよ。それが主様の命令だからね』

「私にも協力してって言ったよね?」

『事情を分かっている人間がそばにいれば、まあ、やりやすいかなと』


 消すとか言ってたくせに、とは言わないでおこう。


「前にも言ったけど、私もスクルに協力してほしい。私はお姉さまが普通に笑える場所を作りたいんだよ」


 あの人が自然と笑える、そんな場所を。


 この数日のお姉さまの様子を見て分かっているのか、スクルがまた一口リンゴを齧ってから、お姉さまに視線を向けていた。


『確かに……あんたのお姉さま、笑わないよね。でもさ、具体的に何しようと思ってんの?』

「それを、一緒に考えてほしいんだよ!」

『まさかのノープランだったわけ⁉』


 いや、そこまでノープランなわけでもないけども。


「今のままだったら、お姉さまは笑ってくれない。ううん、心の底から笑うってどういうことなのか分からないと思う」

『ああ、まあ、そうかもね。結構言われるがままだよね』

「だからね、楽しいや嬉しいをもっと感じてほしいんだよ。そうすればきっとお姉さまは笑ってくれる」

『うんうん。で、どうやって?』

「だからそれを一緒に考えてほしいんだよ!」

『やっぱりノープランじゃん‼』


 ペシンと器用に尻尾を私の頭に振り下ろしてきたスクルは、ハアとため息をついて、またシャリっとリンゴを食べていた。ずっと食べてるね。どんだけそのリンゴ気に入ったの?


『ま、でも、あんたのそのお姉さまを笑顔にする作戦は、ちょっとは協力してあげてもいいよ』

「え?」

『主様もきっと、それを望んでると思うしね』


 スクルの中で、やっぱり優先事項は主様――つまりお姉さまのお父様である精霊王さんだ。それでも、お姉さまの笑顔のために協力してくれるのはありがたい。


 ゴクンとリンゴを飲み込んだスクルが今度は真剣な目で私を見てくる。


『協力はするけど、魔法に関しては分かってるよね?』

「……極力使わない」


 そう。実はスクルは魔法を使える。魔法使いだから。

 スクルとの今の会話だって、実は私たち二人の周りにスクルが張った薄い結界が張られているから、誰にも聞こえていない。


 でもこの時間逆行の魔法を使った影響で、スクルが今使える魔力は限られているらしい。私が邪魔しちゃったのもあると思うけど。


「魔法を使わなくても大丈夫だよ。魔法に頼らなくても、私はお姉さまを笑顔にしたい」


 魔法で無理やり作られた感情じゃダメ。


 そんなの本当の笑顔じゃない。



 私は、本当のお姉さまの笑顔を見たいんだから。



 ニッとスクルが楽しそうに口角を上げた。


『そういうとこ、あたしは嫌いじゃないよ』

「そういうとこ?」

『ま、いいけど。ほら、お姉さまのお菓子出来たみたいだよ。まずは、あれをおいしいとか言ったら、お姉さま喜ぶんじゃないの?』

「え、もうそんなに時間経ってた⁉」


 バッとお姉さまの方を見ると、確かにお皿にケーキを置いている! 出来上がった時のお姉さまの顔見たかったのに!


「スクル、さっきの話、また今度ちゃんとね!」

『はいはい。ってなんであたしのこと置いてこうとするわけ⁉ あたしもケーキ食べたいから!』


 ピョンっと椅子から降りて、後ろで何かを喋っているスクルを無視してお姉さまに駆け寄った。あ、ちょっとまた困ってる顔してる。ちゃんと出来たか不安なのかな?


 だから、安心させるためにニコッと笑ってあげた。


「お姉さま、大丈夫です。ちょっと焦げたぐらいの方がおいしいんですから!」

「そうですよ、セレスティアお嬢様。初めてにしては上出来です」


 私とタックがそう言っても、不安そうな顔は変わらない。


 何をしても、今のお姉さまにはきっと不安が最初にくるんだろう。


 でもね、その不安をこれから取り除いていくから。



 その不安を、楽しいにきっとしてみせるから。



 その決意を心に秘めながら、私はそのケーキを口に入れて「すっごくおいしい」と伝えると、お姉さまはやっと安心したように息を吐いていた。


 ……ねえ、スクル⁉ 後ろから手を伸ばしてこないで⁉ これ、私の! お姉さまが私に作ってくれたものなの!


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