10話 強力な助っ人
君は精霊を知っているかい?
実はね、精霊って僕たちの身近にいつもいてくれる存在なんだよ。
君は魔法を使えるよね? 魔法も僕たちにとってはとても当たり前のものだ。
寒い時に火を起こしたり、喉が渇いた時には水を出す。
洗濯物を乾かすのに必要な風も、野菜を作るために必要な土だってそう。
でもね、知ってるかい?
その魔法を生み出す時、実は精霊たちが手助けしてくれていたんだ。
魔法ってね、実は僕たちだけじゃこの世界に出せないものなんだ。精霊たちの導きがなければ、火だって水だって風だって土だって、目の前には出せないんだ。それぞれの精霊たちがね、助けてくれているんだよ。
精霊はね、僕たちからは姿も形も見えないけれど、僕たち人間を助けてくれる存在。
だからね、僕たちは感謝しなければいけない。
いつも手助けしてくれる精霊にありがとうと伝えなければいけない。
今からでも遅くないよ。
僕たちと一緒に、精霊たちに感謝をしようね。
――――『初めての精霊信仰』。
「の、精霊⁉」
「いや、まずその本どっから出してきたの?」
精霊と聞いて、つい昔を思い出した私は、それはもう素早い動きでバババッと自分の部屋に駆け出した。
自室にあったその本を取り、そしてまたお姉さまの部屋に戻ってきて、スクルさんにその本の一ページ目を開いたわけだけど、ものすごく呆れた様子で私を見てくる。
この本、実はジルのだったりするんだよね。
この屋敷に来た時、毎日読み聞かせさせられていた。「今から知っておいて損はないですよ」って笑いながら楽しそうにしていたから、なんか覚えてた。つい勢いで持ってきちゃったよ。
でも、今ではジルはもうこの本のことを忘れたのか、ずっとお母様に付きっきりだけどね。
「それにしても、ふーん……人間の間で、あたしらってこういう風になってんだね」
興味がなさそうだけど、私からその本を取って、スクルさんがペラリペラリとページを捲っていた。今、あたしらって言った?
「スクル……さんも、精霊ってこと?」
「さんいらない。スクルでいい。ま、あたしの場合、ちょっと精霊そのものとは違うけどね」
精霊じゃない? なんかよく分からないんだけど、とりあえずお言葉に甘えて、スクルって呼ぶことにしよう。
そもそも、精霊っておとぎ話だと思ってた。この本を作った精霊信仰の教会はあるにはあるんだけど、そこまで信者はいなかったと思う。
昔の昔はほとんどの人がその教会を支持していたとか。でも当時のお偉い人が酷い事件を起こしたとかでどんどん廃れていったらしい。そんなことを前の時間軸で殿下が教えてくれたような。ちょっと記憶が曖昧だけど。
でも、目の前のお猿さんが精霊……あれ、つまり?
「お猿さんの姿が、精霊ってこと⁉」
「違うけど⁉ いきなり何言いだしてんの⁉ あんた最初にあたしの姿見てんでしょうが‼」
あ、それもそうだった。魔法使い姿の女の子だった。あまりにも衝撃的過ぎて、その事実が一瞬記憶の彼方に飛んでいっていた。
「あのね、もっと驚くことがあるでしょうが」
「……あ! あの時のスクルの恰好のこと? あんな服を着る人も今いないよね」
「そうなの⁉ あんな姿って何⁉ 可愛いじゃん――ってそうじゃない! さっき言った精霊王のことでしょ!」
「ひひゃひ、ひひゃい!」
ペシンと本を閉じたスクルが、少しショックそうな顔をしてたけど、すぐにまた小さい手を伸ばしてきて私の頬を引っ張ってきた。地味にこれ痛いんだってば!
その小さい手を慌てて取って私の頬から離すと、またジトーっと見てくる。いやいや、分かってるって。精霊王さんのことだよね。精霊王、精霊王…………。
お姉さまが、精霊王の娘。
精霊王の……娘⁉
「え、え⁉ お姉さまが⁉」
「反応遅すぎる!」
「いやいやだって、まず精霊って本当にいたんだぁってことで頭がいっぱいで!」
そうだよ! おとぎ話の方をつい考えちゃって! ジルがそういえばよく読んで聞かせてくれてたよなぁって思い出しちゃったんだもん! しかもその本で描かれている精霊さんの絵って、もうこれでもかと美化されているわけ、で……。
と、思ったところで、チラッとまだベッドで寝ているお姉さまの方に視線を向けた。
煌めく銀髪。
整った顔立ち。
透き通るような綺麗なサファイアの瞳。今は見えないけど。
あれ? 本の絵みたいに綺麗じゃない?
「……納得」
「は?」
「お姉さまがあんな綺麗なのは、精霊王さんの血筋だってわけだね!」
どおりで、お父様に似ていないと思った! だからお姉さま、あんなに綺麗なんだ。精霊王さんがどんな顔なのかは分からないけど、綺麗な理由に納得しちゃったよ。
理由が分かってすっきりって顔をしたら、スクルが「ええ……」と何故か呆れた声を出している。なんで?
「納得するの早くない?」
「え? 違うの?」
「違くないけど、順応早すぎるでしょ」
「だって、お姉さま、綺麗すぎるもの」
綺麗で、本当に目が離せなくなる。
だから、だからこそ、お姉さまの笑顔を見たいって思ったんだ。
それに。
「私はね、お姉さまが誰の子供かとかより、お姉さまが大事だから」
お姉さまが笑顔でいられる場所を作る。
それが私の絶対の願いだから。
「だからね、スクルには感謝してるよ」
「は?」
「だって、この時間に戻してくれたから」
この時間に戻ってこられたのは、つまりはスクルのあの魔法陣の影響なんだよね? 私が具体的に何をして、どうしてスクルが今その姿なのかはまだ分かってないけど、それは本当に感謝してる。
「それにさ、スクルがさっき言ったじゃない?」
「さっき?」
「ほら、お姉さまの死を覆すって」
それだけで、私の中でスクルは敵じゃない。
もしもお姉さまに何かをするっていうなら、私も守るためにって考えるところだったけど。
でも違うって言うなら、きっと手を取り合える。
「私も、あんな未来はもう来てほしくない。だから、スクルにも協力してほしい」
あんな悲しい思いも、あんな形での笑顔も嫌だから。
スッと目の前のスクルに手を出すと、きょとんとしたように目を開けていた。そんなに変なこと言ったかな?
「あんた……変な子だね」
「そう?」
「『精霊王って何⁉』とかもっと違う反応を予想していたのに、手を差し出されるとか、協力しろとか言われるとは思ってなかった。まさかあっさり順応してくるとは」
……まあ、私もお猿さんに協力してとか言う今の状況は全く予想していなかったよ。それでも私の中の絶対は変えるつもりはないしね。
ハアと何かを諦めたようにスクルが溜め息をついてから、今度は私をまっすぐ見てくる。
「いい? これからあんたには色々と協力してもらうから。詳しい説明は追々していくとして、すっごい大変になるよ」
「うん。私のことにも協力してくれたら助かる」
「目的は、あんたのお姉さまのあの未来を起こさないこと」
「それはもちろん」
「未来を変えるってことだから、これから先、前の時間のようなことは起こらない。だからこそ、色々な知らない危険も起こると思う」
「うん、覚悟の上だよ」
キュッと、スクルがその小さい手で私の差し出した手を握ってきた。
「あんたがもし、これから先、主の障害になるようだったら、その時は遠慮なしにあんたを消すから」
スクルにとって、精霊王さんのことが一番大事だって分かる言葉。
でもね、私だって負けないよ。
「私も、お姉さまに何かするんだったら、スクルでも容赦しないから」
にっこり笑ってそう返すと、またスクルはパチパチと目を瞬かせている。それから困ったというように笑っていた。
「主は主で厄介だけど、人間の中でもあんたみたいなこんなに変なのがいるとはね」
「そう?」
「そうでしょ。あっさり精霊の存在を信じるわ、協力しようと言った口ですぐに容赦しないとか」
え、それはスクルも同じでは? 消すって言ったのそっちなのに。
「ま、それでも、お互いの目的は一致しているわけだしね」
チラッとスクルがベッドの上で寝ているお姉さまに視線を向けたから、私もついそれに釣られてしまう。うん、ここから見ても可愛い寝顔。
「とりあえず、当面の暮らしの確保の方が優先か。あんたにはこの姿にしてくれた責任も取ってもらわないといけないんだから、めちゃくちゃ働いてもらうからね」
「さっきも思ったけどさ、その姿になったのが私の責任って、ものすごく理由が分からないんだけど?」
「……ふっ、そうだよね。分かるわけないよ。でも……」
でも?
「仕方なかったとしても、やっぱりあんたのせいだって思わずにいられないってわけよ‼」
何それ⁉ 仕方ないってことは、私のせいじゃないってこと⁉ 理不尽じゃんか! ってだからほっぺた引っ張らないでってば‼
ふがふがふがと抗議するも、いきなりまた怒ってきたスクルの手を必死で剥がそうとして、しばらく二人で取っ組み合いをしているのをお姉さまは全く気付かなかった。
ものすごく今は怒っているけど、きっと精霊王さんのためにも、お姉さまのあの未来を起こさせないようにスクルは強力な助っ人になってくれる。
お姉さまが笑顔になるための居場所作りを手伝ってくれるはず。
どんな大変なことが起きても、私は頑張れる。
絶対、あの未来は変えてみせる。
だから、お姉さま。安心して今は眠ってね。
あなたの未来を、笑顔で溢れるものにしてみせるから。
……だからスクル!「なんであたしがこんな姿にいい!」とか分かんないんだってば! まずはそこからちゃんと説明してほしいんだけどなあ‼




