9話 お猿さんの正体
『は~あ、なんでこんなことになってんだか……』
また声が頭に響いてきて、さすがに体を起こした。
いやいや、誰の声? 聞こえてくるっていうか、頭に直接響いてくる感じ。
お姉さまを起こさないように、そっと布団から出て、部屋の中を見渡してみる。……誰もいないんだけどな。
『え、まだ気づいてないの?』
気づくも何も、どこにもいないんですけど? え、え? まさか……幽霊、とか⁉
なんて変なことを考えていたら、また柔らかいものがぺシッと手を叩いてきた。さっきもこの柔らかいのが頭に――
『こっちこっち』
ソローっと叩かれた方に視線を向けると、その先にあるのは白い毛のしっぽ……そう、しっぽ。視線を上にあげると、こっちをジト目で見てくるお猿さん。
ふと、ある考えが頭に閃く。
いやいや、まさかね。そんなはずあるわけないじゃん。
『いや、ここまできて信じないってどうなの?』
即座に突っ込まれた。つっこまれ……?
「って、えええ⁉」
『ちょっ⁉ シー! シー! そんな大きな声出すとこの子が起きる!』
はっ! お姉さま、せっかく寝てくれたのに!
バッと自分の口を手で塞いで、そそそっと寝ているお姉さまの顔を見てみる。あ、まだ目を閉じてる。これは、きっと寝ている。寝てるふりとかじゃないよね?
ついジッとお姉さまの寝顔を見てしまう。お姉さま、寝顔可愛いなぁ。朝起きた時も思ったけどね。でも、つい見ちゃうんだよなぁ。
『って、こっちのこと忘れすぎでしょうが!』
えへへとつい口元を緩ませていたら、また頭にしっぽが振り落とされた。はっ、そうだった! お姉さまの寝顔を堪能している場合じゃなかった!
お姉さまから声の主だと思われるお猿さんの方にまた視線を向けると、これまたさっきと同じようにジトーっとこっちを見ている。えーっと……頭に響いてくるのって、この子の声でいいってことなのかな?
『たぶん、今あんたが思っていることで合ってるよ』
え、まさか、考えてることが伝わってる⁉
『やぁぁっと、通じたね。ていうか、詳しいこと話すから、ちょっとこっち来なって』
軽やかな足取りで、お猿さんがぴょんっとベッドから飛び降りた。なんか、ついていかなきゃいけない感じ。詳しいことって何? と興味もあるけど、お姉さまの寝顔をまだ見たいっていう欲もムクムクと湧き上がっている。
『どんだけその子に夢中なのよ⁉ 大事な話があんだから来いっつうの‼』
ベッドから降りたはずのお猿さんにまた尻尾ではたかれた。痛くない。勢いそのままで今度は私の腕を引っ張ってくる。
強引すぎない⁉ 分かったから引っ張らないで⁉ 転ぶ転ぶ! 転んだらお姉さまが音で絶対起きちゃうから!
仕方ないからそーっと静かにベッドから降りたよ。お猿さんは呆れたように見てから私の腕を離して、ドア付近に足を運んでいた。ちょこんと座っている。え、話すってそこで?
『この部屋から出るわけにもいかないでしょうが』
それはそう。お母様たちが来ちゃうかもしれないから、私も出るわけにもいかないし。
『それより、とっとと近くに来てよ。そうじゃないと、話が進まないんだけど』
ものすごく偉そうに言われてしまった。でも確かに話が進まないよね。ということで、恐る恐るお猿さんに近づいた。ちょこんとお猿さんの前で、床に座ってみる。
「……あの」
『ああ、ちょっと待って。ここまで来たら……うん、少しは大丈夫』
え? うん? 何が大丈――
疑問に思う暇もなく、フオンっと周りの空気が変わる。何かに包み込まれたような奇妙な感覚がした。何、これ?
「ふー、やっぱりこれぐらいだとさすがに展開できるか」
「え?」
え、え⁉ 今、喋った⁉
「あー大丈夫だよ。普通に喋っても。この中だったら、周りに音が漏れないから。あんたのお姉さまも起きないでしょうよ」
「……」
「なんでいきなり無言になってんの? さっきまでそこのお姉さまにグイグイ迫ってたくせに」
……なるでしょ⁉ 何も言えなくなるでしょ⁉ お猿さんが普通に喋ってんだよ⁉ あとそんなにグイグイ行ってたかな、私⁉ じゃあ、お姉さま、もしかして引いてた⁉ いつも戸惑っている感じだったけど、あれって本当は引いてたってこと⁉
そんなつもりはなかったのにって少しショック受けていると、またまたしっぽが振り落とされた。痛くないけど。
「その一人百面相、いつになったら落ち着くわけ? 詳しい話をするって言ってんでしょうが」
「だ、だって……お姉さまに嫌われるのは……」
……ん? いや、私、元々嫌われてるんじゃなかった? あ、でもそれは前の時間軸のことであって……いやいやでもお母様のこともあるし、本当は最初から嫌われてた? なんか混乱してきたぞ?
そんな混乱している私をよそに、目の前のお猿さんが首を微かに傾げている。
「嫌われる? そんな風に見えなかったけど」
「え? そ、そう?」
「嫌ってたら、あんたと一緒にいることなんて望まないんじゃない?」
……確かに! そうだよね!
よかったぁ、嫌ってないのかぁ。それがすごく安心する。
そうだよ。嫌ってたら、前みたいに冷たい目で見てくるよね。あれ、すごいショックだったんだよね。あ、思い出したら胸が苦しくなってきた。
「……で、話進めていい?」
前の時間軸での最期のお姉さまの様子を思い出して勝手にショックを受けていたら、またまた呆れたような目でお猿さんが私を見てきた。
……そうだよ。前のことでショックを受けている場合じゃなかった。
このお猿さんはなんなの? なんで喋ってるの? さっき何をしたの?
今更ながらすごいいっぱい疑問が出てくるんだけど。
「えーっと……こんにちは? フィリアです」
「なんでまず挨拶なわけ……」
「いやだって……名前も知らないし」
まずはそこからかなって思っちゃって、それだったらまずは自己紹介からかなぁっと。
ふうと軽く息を吐いてから、お猿さんがまた私を見てくる。
「スクル。これでいい?」
スクル。
スクル、スクル。
……何度思い返してみても、全く心当たりがない名前。というか、今まで一度もお猿さんとお友達になったことないんだけど。
「えーっと、スクル、さん? 初めまして、だよね?」
「初めまして、と言いたいところだけど違うんだよね」
え⁉ 初めましてじゃない⁉ 本当に心当たりがないんだけど⁉
「そう、あんたとは初めましてじゃない。でもね……」
何故か言葉を切って、お猿さんが下に顔を俯けた。と思ったら、ガバッと顔を上げて、私のほっぺをその小さい手でいきなり引っ張ってきた。
何この状況⁉ なんで⁉ あとなんでそんな睨みつけてくるの⁉
「あんたがあの時、無理やりあたしの術式に入ったせいで! あたしは今この状況ってわけよ! 責任取れええええ‼」
はぃぃぃぃ⁉ 全く訳が分からないんですけどぉぉ⁉
「ひひゃひひゃ、ひゃんのほほ⁉」
「あんたが! あの時! あたしの術式に入ったのよ! 忘れたとは言わせないから!」
同じこと言われても! 忘れたも何も記憶にございません!
「あんたがあの瞬間、あの魔法発動の時! あたしの術式に無理やり入ったせいで、こんな不完全な形で時間巻き戻りが起きたって言ってんのよ!」
……時間、巻き戻り? 魔法?
思い起こされるのは、お姉さまの棺の前にいた知らない女の子の姿と、見たこともない大きな魔法陣。
まさか、このお猿さん……!
「あのひょひほほ⁉」
「何喋ってるのか分かんないし!」
それ理不尽! まずこの手を離してほしい! というか、本当にこのお猿さんがあの時の女の子⁉
モガモガと口を左右上下に好き勝手に引っ張ってくるお猿さん――いや、スクルさんが、やっと気が済んだのか最後に思いっきり左右に引っ張ってから手を離した。
「はあ、もう言っても仕方がないけどね」
「いやいや、痛いよ、さすがに!」
ヒリヒリする頬を両手で擦っていると、スクルさんがまた恨みがましく睨みつけてきた。
「それで? あたしのこと思い出した?」
「あの女の子じゃないの?」
「あっそ。ちゃんと覚えてるわけね。それはそうか。あたしの魔力もあの時一緒にあんたに渡ったから」
魔力が渡る? そんな現象、この世界にあった?
「何不思議そうな顔してんの?」
「全部が不思議なことで、頭が追い付いてないんですが?」
「それもそうか。じゃあ、まずは状況確認が必要だね」
うん、ぜひお願いしたい。いっぱいいっぱい疑問だらけ。
この子があの女の子だって言うなら、なんであんなことをしたのか。時間が戻ったこともそう。
それに。
「まず、なんでお猿さんになってるの?」
「なんでそこから⁉」
また尻尾が振り落とされた。だって、そこが不思議に思っちゃったんだもの! というか、さっきからペシペシやり過ぎだと思う!
「もう、さっきから! そんな器用に尻尾動かすとか、元々が人間だって思うわけないよ!」
「そもそもね! この姿になったのも、ぜんっぶあんたのせいだからね!」
「私の?」
「ああ、もう! だから状況整理からまず始めるよ!」
ゴホンとスクルさんがわざとらしく咳ばらいをした。
「まず、あたしがあの時魔法を発動させたのは分かってると思うけど」
「知らない魔法だけどね」
「その説明もあとでするから。あの魔法はあんたも知っての通り、時間逆行の魔法。今、あんたは子供時代に戻ってる」
ふむふむ。その通り。おかげでお姉さまにまた会うことができた。そこだけは本当に感謝してる。
でも分からない。
どうしてスクルさんがそんなことをするの?
「理由は?」
だから、率直に聞いた。一番の疑問。
だって、お姉さまの知り合いにスクルなんて名前の子はいないはず。しかもあんな知らない大規模な魔法陣を展開できる魔法使い。それこそ世界中探してもいないと思う。
そんな子が、何故、お姉さまを中心にその魔法を発動したの?
お姉さまに、何かをするつもりだったんだよね?
ふうとまたスクルさんが息をついて、今度は真剣な目で見つめてきた。
この子がもしお姉さまに何かをするつもりだって言うなら、私だって守るために考えなきゃいけな――
「あんたのお姉さま、いや、精霊王の娘の死を覆すためだよ」
……
…………
精霊王⁉




