3『この世界には奴らがいると俺だけが知っている』
銃弾、砲弾、硝煙が立ち籠める戦場の世界をなるべくリアルに描いたフルダイブ型のVRFPSの戦場というゲーム内のゾンビモードと呼ばれるゲームモードに義弘は嵌っていた。
オンライン内で”アズヒロ”というオンラインネームでプレイする義弘は、幼いころから叔父に武術を通して鍛えられた抜群の反射神経で好成績を残し、他プレイヤーからも崇拝される存在になるほどの実力を持っている。そして、昨日も自身を持ち上げるオンライン仲間たちとそのモードを楽しんだばかりだった。
義弘は呆然としながら眺める見慣れた景色の中にその時の記憶を重ね合わせていく。
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「走れ、走れっ」
不気味な獣の呻き声が彼ら覆い囲もうとしている。囲まれたら一環の終わりだと、戦闘服を身に纏った4人の男たちはポップコーンが弾けるような小さい銃声音を響かせて、交差点を曲がっていった。
タクティカル・ライトやカメラなどのアタッチメントを付けた戦闘用ヘルメットの頭上には4人のオンラインネームが表示されており、前から”小銃手タケ”、”分隊長アズヒロ”、”LAM手ケンイチ”、”小銃手ナカモン”と出ている。
4人の鍛え上げられた肉体、伸ばした髭が良く似合うほど野性味のある顔つきは彼らが纏う精鋭部隊専用の戦闘装備によく映えている。まさに軍人と呼ぶに相応しいアバターだ。
彼らを追い立てる奴らは、この荒廃した都市に相応しい住人そのもので、頭髪は抜け落ち、目は白目、体は朽ち果てている。そんな腐敗臭がしそうな典型的なゾンビがアズヒロの傍に出てくると、彼は正確に頭部を撃ち抜いた。そして、すぐさま小銃を勢いよく捻り、残弾数の少なくなった弾倉を横に飛ばす。
「タケ、やっぱり、数が多すぎる。手榴弾で突破口を開こう」
走りながらスピードリロード(弾倉を捨てて予備弾倉に交換する方法)を行うアズヒロが”ポイントマン”のタケに語った。それを聞いたタケは自慢げに微笑みながら答える。
「もう投げこんでる、手榴弾!!」
4人は急いで遮蔽物に身を隠す。そして、タケが端末を操作して予め投げていた手榴弾の爆発制御を解除した。電子的に制御されていた複数の手榴弾はその制限を解除されたことにより、破裂音とともに頭上に飛び上がり、空中で爆破。
建物の遮蔽物に急いで隠れる4人の耳をヘッドホン越しからでも容易に分かる連続した爆発音が覆うと、小さな入れ物から衝撃波、爆風が放たれた。そして、大通りを占拠するゾンビ達を押しのけるように吹き飛ばしていく。
「行くぞっ」
爆発の余韻と残骸が残る中、ポイントマンのタケがそう言って遮蔽物から飛び出していく。他の3人もそれに続いた。そして、4人は悠々とビル街の裏通りに入り、8階建てビルの裏側にある鉄骨製の柵付き非常階段のドアの前に着いた。
そして、そのすっかり錆びついてしまった非常ドアを突入用装備エントリー・ツールで開けようとするアズヒロ。そんな彼をテールガンのナカモンが発砲しながら急かした。
「急げ、急げアズヒロ、めっちゃきてる」
「分かってる…よっ。よっし、あとちょっと!!」
勢いよく押し込まれたバールのような破壊器材がドアに設定されている耐久値を一気に減少させていく。そして、遂には”破壊開錠”という文字が表示された。その瞬間、アズヒロは”開いた”と叫ぶ。
その言葉を合図にして、再びタケがポイントとなり、3人は彼の後ろに続いて一気に駆けあがっていく。一段一段を上がっていくたびに彼らの視界に表示されているスタミナゲージはどんどんと減っていった。
『アルファ、こちらチョッパー03。着陸地点到着一分前 現在地を合図せよ、送れ』
階段を踏み鳴らす音が慌ただしく響く中、分隊長であるアズヒロが持つ無線機が鳴った。その無線内容が、彼らの足ぶみを更に忙しなくさせる。
『チョッパー03、こちらアルファ。これより発煙筒で合図する』
「やばいな、時間がない。三人とも、俺が破壊してる間、頼んだぞ!?」
無線の返事を終えたアズヒロが後ろの二人にやや焦りながらそう言い放つと、
「分かってる」
ナカモンがそれに答え、下に駆け降りていき、上がって来るゾンビに射撃を始めた。ケンイチ、タケもその後に続く。
先ほどと同様に屋上に通じるドアをこじ開けに行ったアズヒロが作業をこなす間、3人は非常階段に蠢くゾンビに抵抗した。火力を合わせ、何としても死守する構えをしている。
「やばいっ、これが最後!!」
ケンイチが先ほどのアズヒロの様にマガジンを飛ばして入れ替え、銃側面のスイッチを叩き薬室に弾を送り込む中、
「俺はもうハンドガンのしか残ってない!!まだか、アズヒロっ」
ナカモンはホルスターに入っていた拳銃に持ち変え、ゾンビに弾を浴びせていた。そんなギリギリの戦いを繰り広げる彼らの頭上では、アズヒロがドアの耐久値と格闘している。残りあとわずかだ。
「開いたぞっ!!」
ゾンビ達の屍が転がり落ちて、踊り場に溢れていく中、アズヒロの声が響いた。そして、そのまま叫ぶアズヒロは銃を水平に構えながら突入し、屋上をクリアリング。安全を確認し、発煙筒を灯した。
『アルファ、こちらチョッパー03、合図を確認した、これより降下する』
ヘリ側からの無線が入る中、下を守っていた3人は一斉に屋上へ駆け上がろうとしていた。しかし、その時、上がろうとしたナカモンの足が掴まれ、下に引きずり込まれそうになる。
それを見たタケが咄嗟に照準を動かし、掴んでいるゾンビの頭を撃ち抜くと、ナカモンはそいつを階段下に蹴り飛ばした。
「急げ、急げ。ロクマルが来たっ」
タケの言う、ロクマルとは頭上で大層なローター音を響かせながら降下してきている多用途ヘリコプターUH-60JAのことである。
ロクマルはアズヒロが乗れる高さまで降下すると、ホバリングをしながら待機。アズヒロはそれに乗り込んだ。そして、搭載されているミニガンを操作し、入り口に向けた。ゾンビ達をハチの巣にするつもりだ。
「よっし、早く乗れっ」
屋上に着いたタケやケンイチの視線の先で、アズヒロがヘリの中からミニガンを構えながら、叫んでいる。2人は逃げ込むようにヘリに飛び乗った。そして、最後尾のナカモンが多くのゾンビを背後に伴いながら走って来る。
ナカモンがミニガンの銃線を外れた瞬間、ミニガンの銃身が高速で回転しながら、弾を吐き出し始めた。出てきたゾンビたちが壁の表面を抉り取っていくような銃弾の嵐に悉く倒れていく。そして、その一瞬で、彼らの勢いは消え失せた。
『離脱する』
ナカモンも無事に乗り込むと、ヘリはこの場を離脱。荒廃した街の上をゆくっりと飛行していった。
アズヒロはミニガンから手を放し、作り込まれた仮想世界、廃墟と化した都市を眺めながら、ヘリのドアを閉める。
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――まんまだ、あの遠くに見える高層ビル群も、建物の外観もまんま、ゾンビモードに出てくるマップと同じ景色だ。でも、俺今、アバターの姿じゃないよな……
つい昨日に、ヘリの中から眺めた廃れた文明の景色、ゲーム内の任務を遂行していた時に否が応でも見ていた光景に義弘は唾を呑み込む。そして、自分がアバターの姿でないことを何度も確認した。だが、どう見ても慣れ親しんだ自分の体にしか見えない。
戦闘服を身に纏い、小銃を手にして走り回っていた街、輸送ヘリの中から何度も見下ろしていたから義弘にはよく分かる。
――でも、ここは間違いなくゾンビモードの世界だ、だとしたら
義弘が確信に至ったその時、何人かの男子生徒が教室のドアを開いた。開かれたドアから見える廊下も教室内と同様、地面と壁が草や根に覆われている。
「何が起きてるんだっ!?」
「分かんねぇよっ」
同じく尋常ないくらい慌てながら出てきた隣の教室の生徒と会話を交わす。どちらも冷静さを失った口調だった。
「これは一体……」
「大野先生、これは何なんでしょうか?」
「全く、分かりません」
廊下に出ていた教諭陣が生徒たちの騒ぐ声を聴いて起き上がり、目に映った世界に驚愕している。義弘の目に映る生徒も教師も混乱して、何が何だか分からないと言った状態だ。
騒ぐ彼らの中で、ゆっくりと一呼吸し、駆け抜けるように義弘は教室を飛び出した。
「おい、吾妻何処に行くんだっ!!」
教員の言葉に耳を貸さず、義弘は階段の方に駆けるように去って行く。
――此処がゾンビモードの世界と一緒なら、必ず”奴ら”がいる……急いで、とにかく急いで武器を調達しないと、




