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~サバイバル無双~ゾンビの蔓延る世界で彼は希望を紡ぐ  作者: 稲二十郎
第一章 サバイバル1日目
12/13

11『義を見てせざるは勇無きなり』

「よし、これで、どうだ」


 中島基樹がグレネードランチャーを取り付けた小銃のホロサイトのダイヤル調節を行いながら、呟く。そして、1発、2発、3発と一定の間隔で射撃していった。

 発砲音よりも高く響く空薬莢が落ちる音が空気に散っていく硝煙のように薄らいでいく中、的を注視する。


「だいぶ中央に集まってきたな、でも、まだ右に0.8センチ、下に1センチずれてる」


 ただ佇む的に残る弾痕群をスコープで覗く基樹。彼は弾痕群を線で結び、三角形を形作り、平均弾着点を割り出してから、狙撃点と弾着点とのズレを数値化。そして、修正すべきポイントを算定していく。 


「さっきのじゃ足りなかったか……よし、」


 基樹はため息を吐くようにぼやき、ダイヤルを細かく調節していく作業を行う。そんな中、隣側でも、小さい発射音がリズムよく響きだした。基樹と同様に、田島治樹や矢島健太郎が平均弾着点を照準点に近づけていくという、照準調整ゼロインを行っているのだ。

 

 無駄な装飾など一切ない実用一辺倒の無機質な空間、武器・弾薬庫の近くにある簡易的な屋内射撃場で、4人は今、武器を用いてその準備を整えているというわけである。そんな中、義弘はフェイスアーマーを取り付けた戦闘用ヘルメットを急いで身に着け始めた。


「ホントに学校にいる連中を助けに行くつもりなの?」


ゼロインを終えた田島治樹が小銃を固定具から外しながら問う。


「勿論俺は行くよ。みんなは行きたくないのか」

 

 義弘の言葉に全員が顔を俯かせ、口を噤む。その行動から彼らの心情は容易に想像はついた。

彼らは助けに行くことを躊躇っている。

 

「ぎゃ、逆に聞きたいんだけど、義弘君はさ……なんで助けにいくの。正直言ってさ、助ける価値のない奴ばっかりじゃん。生徒も教師たちも、平気で人を見下して、笑いものにするような底の浅い連中ばっかりだし」


 床に胡坐をかく田島治樹が、やや、まごつきながらこの気まずい静寂を破る。


「確かに、治樹君の言うとおり、正直言って、心から助けたいと思えるような連中じゃないよ」


「だっただらなんで……もしかして、リア充どもを見返すためにいくとか?」

 

 義弘に田島治樹が再び言葉を返す。よっぽど彼はスクールカーストの上位者を嫌っているのだろう、彼の言葉の節々には並々ならぬ怒りの感情が宿っているように聞こえる。


「違う……それは違う」

 

 渋い表情で首を振りながら、義弘は否定の言葉を噛み締めるかのようにゆっくり呟く。そして、彼を諭すかのように話し始めた。


「手を伸ばさずにはいられなから。苦難の中にある彼らが傍にいるのに助けようと行動しなかったら、俺は絶対になんで行動しなかったんだって自分を恥じると思う。恥じて、恥じて死ぬまで後悔する……まぁ要するに、俺は自分が思い描く自分の道を踏み外したくないんだ。自己満足のためだよ」


――それに、あそこには”結花”がいるからな


 孟子は言った。人には皆、人に忍びざるの(人を思いやる)心が有ると。幼児が井戸に落ちようとしているのを見れば、人はそれを恐れ、危ぶみ、痛ましく思って助けようとする。その時の心に、野心もなく、名誉を求める心もなければ、人の不評を恐れる心もない。只々、幼児やその家族を思いやる心があるのみであると。だから、惻隠(人の不幸を痛ましく思い、思いやること)、羞悪(不善を恥じ、悪を嫌うこと)、辞譲(気遣って遠慮すること)、是非(物事の良し悪しを考えること、善悪を見極めること)の心を持たない者は人間ではないと。

 

 四書五経の『孟子』を愛読していた義弘、彼は自分の中に生ずる人を思いやる心、心に灯っている”仁”に背を向けたくない、つまりは”人”でありたいのである。家族を大切に思う義弘だからこそ、このような優しい感情を抱くのだろう。


 他者を思いやり、人の道を外れてしまうことを恥じ、幼馴染を想って戦いに赴くその姿はまさしく”義を見てせざるは勇無きなり”の言葉を貫く侍のようであった。


 本当に自分たちと同じ高校生かと、颯爽と去って行く義弘の後ろ姿を見る3人。その勇ましく、優しさに溢れた背中を驚きながら眺める彼らは、不思議にも全員が似たような感情を抱き始めていた。この時、彼らの奥底に眠る”何かが”、大きく揺れ動き始めていたのである。



 燦燦と照り付ける太陽に、澄んだ青空。暑さが空気に染み渡り、地上から湧き上がってくるかのように纏わりつく中途半端な蒸し風呂状態になっている外に出てきた義弘。建物内には届かなかった光の眩しさに、まだ慣れていないため、彼は眉に手をのせ、日よけを行った。


――はぁ、悪い癖だな。勝手に期待して、理想と違ったらそ勝手に落ち込む。無駄に期待するのは止めようって思ってたのに、はぁ、どうするかな、これから一人で、動くと分かった装甲車に水と食料を積みこむか?でもそれじゃ、もっと遅くなるぞ。少しだけバックパックに入れて、歩きで学校に向かうか?、いや、速さを優先したら、少量の物資しか届けられない……どうする、


 幻滅の悲哀と葛藤が犇めく中、義弘は上を見た。何か悩み事があれば空を見上げて物思いに耽る、それが幼いころからの彼の癖なのだ。淀みなく流れる白い雲を眺めている、そんな義弘の鼓膜を秩序だった足早な音が揺らす。


もしや、ついてきてくれるのではないかと、またしても期待を心に描いてしまう義弘。そんな彼を基樹の声が現実に引き戻した。


「アズヒロ、お前一人で行かせたら、俺は自分を恥じて絶対後悔すると思う。だから、そうならないように俺も行くよ」


「俺も、ここで動かなかったら、絶対自分を恥じると思いました。だから、アズヒロさんについていきます」


「俺はあいつらのことなんてどうなろうが知ったこっちゃないけど、この二人が行くなら俺もついて行く。それにさっき熱中症で倒れかかった時、義弘君に救ってもらったから、その恩返しも、うぁっ」



 溢れて零れてしまうのではないかと思えるほどの笑みを浮かべた義弘は、3人に駆け寄り、それぞれの正義を勇気を称えるかのように、肩を叩く。その突然の行動に一番驚いたのは、まだ喋っていた田島治樹だった。



「いや、ごめんっ、いきなり……」


 気まずそうに、治樹や基樹の肩に触れていた手を離した義弘。

一歩、また一歩と下がっていき、それでも興奮冷めやらぬ、己を諭すように誓う。この3人は何があっても、何が起ころうとも見捨てないと。


――叔父さん。俺は、やっと、自分の命を懸けられるような”生涯の友”を見つけれたのかもしれない


「んじゃ、さっそく出陣の準備をしよう」


*************************************


 冷暗所に備蓄されている災害用・非常用食料等や水を、それぞれが段ボールに詰め込んでいく中、義弘が作戦を提案していた。



「最下層の俺たちが武器を持って、従えと言ったら、彼らは絶対に嫌々従う。勿論、腰を低くして頼み込んで、教諭たちを抱き込んでも、それは同じだと思う。人の心は時に卑しいものだ、自分たちよりも劣っていると思っていた者が、自分よりも上位に立った時、只ならぬ嫉妬を抱く者が必ずと言っていいほど出てくる。これじゃ、遺恨が残り、必ず、いつか内部分裂が起きて内戦が起きてしまう。今は、力を合わせて、生き残る術を見つけていかなければならないのに、これじゃ、何の得にもならない。だから、俺たちは、正体を隠した日陰者になろう。そうすれば、リア充たちのしょうもない地位を脅かすこともない。これ以外に生徒と教諭全員に遺恨を残させず、この場所に導く方法はないと俺は思ってるんだけど、みんなはどう思う……ナカモン?」


「あぁごめん。めちゃくちゃ聞き入ってたわ。そうだな、つまりは、俺たちの正体を隠して、全員をここに連れてくると言うこと……で合ってるよな?」


「大丈夫、合ってる」


「だよな……いや、ちゃんと考えられてて、いい作戦だと思う。とにかく、説得力が凄いし、あと、日陰者でありながら全員を救うために行動するという中二的かっこよさもいい。お前らはどう思う?」


 義弘が語った作戦の内容に中島基樹は何度も感心したかのように深く頷く。そして、他の二人にも確認を取った。


「いや、それより俺さっきから、思ってたんだけど、義弘君、ちょっと凄すぎないか。風格が侍みたいなんだけど」

 

――それよりも何も、今、重要なのは作戦内容の是非なんだけど

 

田島治樹の言葉は作戦内容に賛成すると取っていいものなのだろうかと、義弘は苦笑いをする。


「ふ、やっと気づいたのか?治樹。俺はアズヒロさんが動画配信をしてる時からとっくに気づいてたぜ。この人は侍だってな」

 

腕を組み、脚を組んで、遅いぜと言わんばかりに、偉そうに語る矢島健太郎。彼は義弘の信者か何かなのだろうか。何を言っても、賛成と言いそうな雰囲気がある。これにも義弘は苦々しく笑みを浮かべた。


「ええっと、全員賛成ってことでおk?」


「「「おk、おkっす、大丈夫」」」



「よし。じゃ、さっそく、車庫にある装甲車に乗せれるだけの食糧と水をのせて、それから学校まで行こう。ルートは勿論、最短距離で。俺たちが行おうとしてる作戦で一番大事なのは、俺たちが元々、この世界にいたという雰囲気を全面に押し出すことだ。顔はフェイスアーマーで隠れるし、体の線もこの装備で大分見えなくなる。だから、後は演技をしっかりしないといけない。名前も違う名前で呼び合った方がいい。まぁ、そもそもヒエラルキー圏外でほとんど空気みたいな俺たちだから別に大丈夫とは思うけど、正体がばれないように声色も一応、変えた方がいいかも、ちょっと、一回みんなで軍人を演じてみよう」


「ヒエラルキー圏外、空気みたいなって……いや、まぁ確かにそうだけど、なんか、いや……別にいいんだけど、なんか」

 

 中島基樹が悲しそうにそう言うと、二人も同様に、目になんとも言えない孤独の悲しみを宿し、俯き始めた。空気のような存在であったことをやはり気にしていたようだ。しかし、いかにも戦闘に身を置いてそうな装備を纏っている3人が、ボッチを味わったことがある者、特有の雰囲気を宿している姿は、どこかシュールさを感じさせる。


「いや、ごめん、言い過ぎた」


 義弘の謝罪が終わると、4人は演技練習を行った。さすが、休み時間などに寝たふり、本を読むなどして、暇じゃないことを演技しているだけあって4人とも演技がうまく、見事、軍人を演じることができていた。


そして、4人ともが別々の名前を呼び合うことも決定し、それぞれの偽名も決め合った。



吾妻義弘……ひろし


中島基樹……ともき


矢島健太郎……けんじ


田島治樹……はるま




「俺が”ともき”で、健太郎が、”けんじ”。それで、治樹が”はるま”で、アズヒロが、ひろしか……思わず本名で呼んでしまいそうだな全員。あ、アズヒロはオンラインネームだから、本名じゃないか」


「4人の中でお前が一番心配だな、基樹。普通に俺たちの名前呼びそうだわ」


 腕を組む治樹が皮肉めいた言葉を基樹に投げかけると、


「俺もそう思う」

 

 健太郎も、


「確かに、ありそうだから否定できない……てか、本当にそうなる気がしてきた」


 義弘もそれに賛同する。そして、彼はそうなった場合はどう、その場を取り繕うべきかと、さっそく指をおでこに押し当て、思考を巡らせ始めていた。


「いやいや、俺は言葉は出す前によく吟味するほうだから。それに言葉を丁寧に操るのが、ボッチの特殊能力だということを忘れたか、お前らは」


 かっこつけたポージングを取りながらそう言い放った基樹をよそに、


「俺たち以外の誰かが周りにいるときだけ、偽名で呼び合おう。んで、俺たちだけの時だけ、言い慣れた互いの名前で呼び合えばいい。そしたら、こんがらがることが少なくなると思う」


「あ、俺もそれがいい、演じてる時との区別があった方が、やりやすい」


「俺も、それがいいです」


「よし。んじゃ、段ボールを運んでいこうか」


 義弘たちは会話を進め、挙句の果てには段ボールを装甲車がある車庫の方に運び出した。



「人の話を聞けお前ら……ちょ、頼む、無視しないで、寂しい、今、俺の心寂しくなってるよ」


 佇みながら見た基樹は急いで段ボールを持ち上げ、3人の後を急いで、追いかけていく。


 こうして、全員を無事に駐屯地に連れてくるという作戦を、全力で遂行させるために、4人は学校に向かう準備を行っていった。

 そして、装甲車に物資を積み終えると、勇ましいエンジン音と共に駐屯地を後にした。





*******************************





「上手くいってるな」 


「だな」


「この調子で頑張ろう」


 合流地点の誰もいない食堂についた4人の男たちが拳を合わせ、互いの演技力をたたえ合う。そう、軍人の雰囲気を醸し出していた彼らは義弘たちだったのである。


 4人は埃を纏った椅子に腰掛け、各々体を休める。装備は大分軽いとはいえ、小銃や、弾倉の重さが、彼らの足腰を早くも疲弊させていた。


「疲れた。でも、あのリア充どもを驚かせたかったな。最下層の俺たちが助けに来てやったぞ、みたいにさ」

 田島治樹が誰かに聞かれないように小声で言い放つ。


「いや、さっきの話、聞いたら、それはとんでもない愚策としか思えなくなってくるから。後ろから撃たれるような未来が待ってる気がするし」


 中島基樹が喉を潤しながら、答えた。


「愚策って分かってても、あいつらを見返してやりたい気持ちがあるんだよ」


「まぁ、分からなくもないけどね……あいつら何ができるわけでもなく偉そうだし」


「だよね?義弘君。さすが軍師。もう、ね、義弘君になら俺、抱かれてもいい気がしてくるわ」


「うぁっ、気持ち悪ぅっ!!お前、そっちの趣味があったの!?」

 

 基樹が震える体を摩りながら、治樹から一歩後ずさる。


「お前、今度からあんま近寄んなよ!?寝るときは特に」


 矢島健太郎もそれに倣った。 


「いや、俺、武士の生きざまとかすっごい好きだけど、衆道の趣味は、さすがに無いから」

 

勿論、義弘も同様だった。

 

「いや、冗談なのにひどすぎるだろ……お前ら」




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