第九話 八方ふさがり ①
「今は凄く混乱していて……でも、なぜ私なんだい? 貴方の厚情に報いるための恩賞すら用意できないのに……」
謁見の儀が終わるや否やライの下へ駆けて来たルディアスが、喜びと申し訳なさが入り混じった複雑な表情で困惑を口にする。
その謙虚な姿勢に感心したライは、思わず口元が綻ぶのを抑えられなかった。
自分とて不仲な兄たちの板挟みになって辛い思いをしているのに、今日出会ったばかりの傭兵にまで気配りをする実直さを好ましいと思ったからだが、それを素直に口にするのは気恥ずかしくて、皮肉めいた物言いで本音を隠す。
「なに……ただの気紛れですから気にしないでください。まあ、貴方さまのようなお人好しは放ってはおけないというか……その程度のものですよ」
こちらを窺っている傭兵や騎士らの手前もあり、礼を失さない程度の言葉遣いを装ったが、どうやらルディアスは、その返答が気に入らなかったようで……。
「そ、それって褒めてくれているんだよね? 少し複雑なんだけど……」
如何にも不本意だと言いたげな風情の第三王子が、甘えるかのような上目遣いで問い掛けてきたが、その追及をライは笑顔で煙に巻いた。
「う~~~。なんだか納得できないけれど、これから討伐行の詳細を決定する会議があって今は時間が取れないんだ。あとで私の部屋に来てくれないか? その時に真意を確かめさせて貰うからね!」
「承知しました。実は私も少し野暮用がありましてね……後ほど御部屋へ御邪魔させて頂きます」
ライが了承すると、ルディアスは実に嬉しそうな顔をして『必ず来てくれよ』と何度も繰り返しながら会議の場へと向かったのである。
軽快な足取りで退出していく第三王子の背中を見送っていると、これまた不快感を隠そうともしない棘のある言葉が背後から投げ掛けられた。
「あまり調子に乗らないで頂戴。ルディアス殿下が御優しいのを良いことに無礼を働くようことがあれば……この私が承知しないわよ」
現在、天敵とも呼べる苦手な相手からの威嚇に冷汗が止まらないライだったが、ここで狼狽えては傭兵の沽券に係わる。
「そう嚙みつかないでくれよ。少なくとも一年間は同じ王子様に仕える仲間じゃないか。キツイ物言いばかりしていると、折角の美人が台無しだぜ?」
「なっ!? く、口先ばかり達者な男など最低よっ! な、軟弱者めっ、恥を知りなさいっ、恥をっ!」
荒くれ者の傭兵とはいえ、金髪碧眼で均整がとれた体躯の持ち主であるライは、見た目だけならば十分美青年で通用する逸材だ。
そんな男の口から『美人』だと誉めそやされれば、女性ならば誰だって悪い気はしないだろう。
それは堅物の天馬騎士団長殿も例外ではなかったようで、完全に不意を衝かれたアルテナは、大いに狼狽してしまう。
あまつさえ、異性からの誉め言葉に取り乱した己への羞恥心も重なり、嫌悪感を露にした眼差しでひと睨みするや、足早にルディアスの後を追うのだった。
だが、そんなアルテナの異変を見逃さなかったライは、楽しげに口元を綻ばせて軽口を叩いたのだが……。
「美人だと誉められて顔を赤くするなんて、可愛らしいところもあるじゃないか。彼女には褒め殺しが有効だな」
……『怖いもの知らず』とは、よく言ったものである。
◇◆◇◆◇
王城を出たライは、ケインと合流すべく市街区へと向かった。
すると内壁の正門を出た辺りで十歳ほどの少年から声を掛けられ、一枚のメモ紙を手渡された。
『繁華街の北側。酒場〝ヴィータ”の個室で待つ。~ケイン~』
(もう調査は終わったのか? まだ夕方にもなっていないが……)
怪訝に思ったものの、会って話を聞けば済むことだと割りきったライは、謝礼として数枚の銅貨を少年へ渡すと、さっそく指定された酒場へと足を向けた。
まだ陽も高いうちから営業している店があるのか、との不安が脳裏を過ったが、それは杞憂に終わる。
繁華街の中とはいえ、メイン通りから外れた裏路地の奥まった区画にひっそりと建つ古い一軒家が目的の酒場〝ヴィータ”であり、薄暗い店内では幾つかのテーブルに陣取る酔客らが、ほろ酔い気分でグラスを傾けていた。
「ケインという男が来ているはずなんだが……」
カウンターの中でグラスを磨いている老店主に声を潜めて訊ねた。
すると如何にも胡散臭い奴だと言いたげな視線で一瞥した彼は、くいっ、と顎を小さくひと振りする。
老店主が指し示したのは、カウンター脇にある煤けたボロ布が垂れ下がっただけの入り口。
謝礼に金貨を一枚カウンターの上に置いたライは、仏頂面の老店主が僅かに顔を綻ばせたのを横目に見て、仕切り代わりのボロ布を片手で払って中へと入った。
※※※
窓すらない狭い個室には小さな丸テーブルがひとつと、それを囲むように木製の椅子が三脚置かれているのみだ。
そのうちの一つに腰かけているケインが陽気な声を上げた。
「やあ! アニキ! 思ったよりも早かったじゃん」
「おまえもな……」
短い言葉を返したライは、弟分の対面の椅子に腰を下ろす。
卓上には地酒らしきものが入っている陶製の瓶と、同じく陶器の湯飲み茶碗がふたつ、そして、魚の切り身を素揚げした料理が一皿用意されていた。
日頃みせる剽軽な言動から軽薄な人間だと誤解されがちだが、商売人の血筋だけあってケインは気配り上手であり、世界中を飛び回っている所為か結構な美食家でもある。
そんな弟分をして、この程度の粗末なものしか用意できなかったことを鑑みれば、この国の食糧事情が如何に逼迫しているかは容易に想像できた。
「リーベラとは勝手が違うからさ……寂しい食事だけれど堪忍してくれよな」
苦笑いで誤魔化してはいるが、ケインの表情には自責の念が滲んでいる。
だが、これが精一杯の持て成しであるのはライも承知しており、表情を綻ばせて弟分へ謝意を伝えた。
「水臭いことを言うな……折角の心尽くしだ。ありがたく御馳走になるよ」
そして自ら酒瓶を手にするや、ふたつの湯飲みへと酒を注いだ。
その一方をケインへ渡し、もう一方を自ら手にして軽く目の前に持ち上げる。
兄貴分からお酌されて機嫌を直したのか、漸く笑顔を見せたケインも受け取った湯飲み茶碗を持ち上げた。
そして、ふたつの陶器が打ち付けられるや、再会を祝すかのようにカツンという鈍い音が狭い部屋に響く。
軽く視線で笑みを交わし合った二人は、一気に湯飲みを呷った。
酒精の強い液体が喉から胃へと落ち、大陸で常飲されているものとは違う野趣に富んだ独特な風味に、ライは感嘆したかのような顔を、そして口にしたことを心底後悔したケインは渋い顔をするのだった。
※※※
「それにしても、こんな所まで追いかけて来るなんて一体全体どうしたんだ?」
「なんだよぉ、その他人事みたいな言い方は? アニキが〝糸の切れた凧”みたいに予測不能の行動をするからじゃんか。然も『お人好しの性格が災いして貧乏くじを引くとは』って親父が呆れてさ。俺が御目付け役を仰せつかったってわけさ」
憤懣やる方ないといった風情のケインが、湯飲みに残った酒をチビチビと舐めながら愚痴を零すものだから、ライとしては平謝りに謝るしかない。
「悪かったよ……おまえには面倒ばかり掛けていつも申し訳ないと思っているんだ。俺が住民と悶着を起こした所為で聞き込みも儘ならなかったのだろうし、この店をキープするのも一苦労だったんだろう? 本当に済まなかった」
全ては己の浅慮が原因なのだから、ライとしては謝罪を繰り返すしかない。
しかし、大袈裟な仕種で片手を振ったケインは、その言葉を否定した。
「アニキばかりの所為じゃないよ。一緒に王家に雇われた傭兵連中が散々馬鹿騒ぎをして酒場や宿屋に迷惑を掛けたらしい……だから、余所者は例外なく鼻つまみ者扱いされてるってわけさ。本当にいい迷惑だぜ」
ケイン自身も不愉快な待遇を受けたのか、湯飲みに残った酒を一気に呷ったケインは、真剣な眼差しでライを見据えて突拍子もないことを口にするのだった。
「なあ、アニキぃ。違約金は全額俺が払うからさ、さっさとこの国を出ないか? すでに終わっちまった国に雇われても良いことは何もないぜ?」




